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邂逅がキャリアを拓く【第9回】
森林との邂逅

ジャパン・アクティベーション・キャピタル株式会社 チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー

西田 政之氏

ジャパン・アクティベーション・キャピタル株式会社 チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー

時代の変化とともに人事に関する課題が増えるなか、自身の学びやキャリアについて想いを巡らせる人事パーソンも多いのではないでしょうか。長年にわたり人事の要職を務めてきた西田政之氏は、これまでにさまざまな「邂逅」があり、それらが今の自分をつくってきたと言います。偶然のめぐり逢いや思いがけない出逢いから何を学び、どう行動すべきなのか……。西田氏が人事パーソンに必要な学びについて語ります。

以前、このコラムでもご紹介しましたが、私の故郷は北海道の十勝です。畑作と酪農が経済の中心となっている十勝は食料自給率が1100%を超えており、「日本の食糧倉庫」とも呼ばれています。太平洋に面している地域では漁業も盛んです。加えて、北海道は日本の森林の20%超を占めており、十勝でも林業が行われています。

大学で東京に出てきて以来、都会暮らしの方が長くなってしまいましたが、今考えると、子供の頃は自然が本当に身近にありました。季節ごとに異なる小鳥たちのさえずりに耳を傾け、風が運んで来る肥料の匂いに鼻をつまみ、泥んこの感触を楽しんで、野山や雪山をかき分けるワクワク感に浸る。そして、どこまでも青く美しい日高山脈に守られながら、隣り合わせにあった動物たちの生と死を喜び憐れむ。ごく当たり前に、五感がフル稼働する環境にいたのがわかります。

「うらほろアカデメイア」

第一期うらほろアカデメイア

その十勝を舞台に、副業的な活動として、企業幹部を対象としたリーダー育成事業を展開しています。場所は十勝発祥の地ともいわれる浦幌町。20年前に東京からこの地に移り住んだ近江正隆さんが、地域活性化のために立ち上げた「十勝うらほろ樂舎」を母体として、そこに集う仲間たちと一緒に、「命と経済」「理想と現実」「過去と未来」をテーマとしたプログラムを開発しました。いずれのテーマも、地元の一次産業従事者の皆さんに加え、井上亨浦幌町長をはじめとした地元自治体の全面協力を得て、共に作り上げたものです。

昨年のトライアル実施に続き、2024年5月に「第一期うらほろアカデメイア」が二泊三日の日程で実施されました。サプライズ演出もありますので、詳しい中身はご紹介できませんが、参加してくださった企業幹部の皆さんからは「人生観が一変した!」などの高評価をいただきました。他の研修とは趣の異なるプログラムを提供できたのではないかと自負しています。

タイパ、コスパを求める先に

この第一期には、参加者兼特別講師として、『エネルギーをめぐる旅』(2021年、英治出版)の著者である古舘恒介さんも参加してくれました。古館さんが特別セッションで強調されていたのが、「コスパ、タイパ重視の生き方に対する問題提起」でした。

私たちはエネルギーを消費することで、物ごとのスピードをあげ、効率化してきました。食べものに火を通すことで消化を早め、ガソリンで乗り物を動かすことで長距離を素早く移動し、電力で電化製品を動かすことで作業を効率化して、コンピューターであらゆるプロセスを時短化することに成功しました。

私たちは、早くて便利になること、すなわち、タイパ、コスパが優れていることが良いことであると信じて疑っていませんでした。それが幸せにつながるとすら思っていました。でも、スピードアップすることが本当に幸せになることなのでしょうか。

スピードアップで空いた時間でさらなるエネルギーを消費することで、永遠ともいえるタイパ、コスパを求めてしまいます。そして、私たちはそのスピードを得るために、大量の化石燃料を消費しています。

その代償が地球温暖化です。もちろん、この議論には賛否があります。ただ、疑いようのない事実は、熱力学第二法則は否定しようがない、ということです。すなわち、「エネルギー交換の過程で無駄なエネルギー(散逸熱)が生じるため、完全に効率的なエネルギー転換は不可能であり、また、孤立したシステムではエントロピー(無秩序)が増大する方向に進むため、“消費された資源が元に戻ることはない”」のです。

私たちがスピードを得るために消費された化石燃料は決して元に戻ることはなく、私たちはその代償を確実に払い、かつ次世代にもその負担を引き継いでいることになります。幸せを求める行動が、実は真綿で自分達の首を締めていることになってしまっているのかもしれません。

林業のタイムスパンの長さ

一方で森林は化石燃料ではなく、再生可能な「生物資源」です。太陽エネルギーを利用して光合成をおこない、二酸化炭素と水から木材などの有機物を生成します。この過程はエネルギーを投入して秩序を作り出すプロセスですが、そもそも林業は植林と伐採のサイクルを適切に管理することで、エネルギーを効果的に利用し、エントロピーの増大を最小限に抑えつつ資源を継続的に得ることができる手段です。

しかしながら、そのタイムスパンは一般に50年~70年という長さであり、その間の“適切な管理”には膨大な労力と忍耐が必要になります。今享受している経済的利益は、先代の植林の努力によるものであり、私たちが行う現在の植林活動は、未来の世代に豊かな資源を継承する礎となります。林業のタイムスパンは、タイパを語る現代人にとっては想像できない長さがあります。

森が死んでいく

ご存じの通り、今、最悪の状況が進行しています。世界に目を向けると、アフリカの森林が商業用農作物の生産拡大や人口増加にともなう燃料需要、住宅用の木材需要により、急激な勢いで伐採され、砂漠化が進行しています。また、北海道においても、森林保有者の高齢化と5Kと称される林業従事者の減少が拍車をかけ、その長期スパンに耐えかねて、短期利益志向の業者への売却や、伐採後の放置が多発しています。

先人たちが苦労して育てた豊かな森林資源

先人たちが苦労して育てた豊かな森林資源を、次世代のことを考えず、ただ伐採し、その場の利益だけを追求する利己的な動きが見受けられます。やむを得ない事情のある方も少なくないでしょう。ただ、その結果として、このような行動は、持続可能な資源管理を阻害し、将来的な環境破壊や資源枯渇のリスクを高めるだけでなく、次世代に対する責任を放棄することにもなり、将来の世代に深刻な影響を及ぼします。

単純に考えても、森林はCO²を吸って酸素を供給する役割を果たします。さらに樹木の根が土壌をしっかり保持し、水分を吸収・貯蔵することで、降雨時の水の流出を緩やかにし、水害を防ぐ重要な役割を果たしています。近年多発している大雨による被害は、川上の森林伐採により、保水力が落ちていることが原因であることは疑いありません。

森林が役割を果たすために

では、この自然のサイクル、森林が果たす役割を維持するためには何が必要でしょうか。主だったものを挙げてみると、(1)バランスの取れた伐採と植林の管理、(2)森林を活かす生物多様性の保護、(3)健全な土壌の保全、(4)森林資源管理の経済的持続性の確立、(5)地域コミュニティの関与と教育、(6)森林管理の法的枠組みと政策支援、が考えられます。

このうち、(4)に関しては、うらほろアカデメイアで「過去と未来」のテーマの中で森林を取り上げている理由でもあります。また、(5)に関していうと、現状でも植林から成木になるまでにかかる諸費用は政府の補助金でほぼ賄えることが意外と知られていません。もっとも、経済的利益を生むのは伐採時なので先の話にはなります。いずれにしても、林業の持続可能性に向けた今の行動が、未来の世代に対する責任を果たすことにつながるのは言うまでもありません。

「自律連携型組織」への発想

森林問題は各企業のミッションにも掲げられている「持続可能な社会の実現」を考える上で、欠かすことはできません。加えて、この森林には、人事・組織マネジメントの観点からも見逃せない機能があります。それは、森林の地下に張り巡らされている菌根菌のネットワークです。

「マザーツリー」(2023年、ダイヤモンド社)で詳しく述べられていることですが、森林の地下は菌根菌が脳におけるシナプスのように根と根をつなぎ、情報伝達の媒体となって、外敵への防御や栄養分の分配など、巨大なニューロラルネットワークを形成しながら、あたかも一つの生命体として存在していることがわかっています。外から見ると、木々は一本一本独立してそびえ立っていますが、地下ではしっかりつながっていて、お互い助け合いながら共生しているのです。

自律連携型組織図

別の言葉で言うと、自律しながら連携しているわけです。私はこれを、「自律連携型組織」と呼んでいます。これまでも人間は、自然からさまざまなことを学んできました。また、昆虫の研究などでも明らかなように、自然界にある動きが最も効率的であり、自然を模倣することによってさまざまな画期的な発明が生まれてきました。自然は私たちにとって一番の先生と言っても過言ではないでしょう。

その意味で、企業における組織も、“自然”に無理のない形態となるには、この森林の地下に張り巡らされたニューロラルネットワークを模倣する「自律連携型組織」を目指すことが最適解の一つにつながるのではないかと考えています。

タイパ、コスパ重視の生き方の振り返りから、理想的な組織形態に至るまで、森林は私たちに多くのことを教えてくれます。

西田 政之氏
西田 政之氏
ジャパン・アクティベーション・キャピタル株式会社 チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー

にしだ・まさゆき/1987年に金融分野からキャリアをスタート。1993年米国社費留学を経て、内外の投資会社でファンドマネージャー、金融法人営業、事業開発担当ディレクターなどを経験。2004年に人事コンサルティング会社マーサーへ転じたのを機に、人事・経営分野へキャリアを転換。2006年に同社取締役クライアントサービス代表を経て、2013年同社取締役COOに就任。その後、2015年にライフネット生命保険株式会社へ移籍し、同社取締役副社長兼CHROに就任。2021年6月に株式会社カインズ執行役員CHRO(最高人事責任者)兼 CAINZアカデミア学長に就任。2023年7月に株式会社ブレインパッド 常務執行役員CHROに就任。2024年7月より現職。日本証券アナリスト協会検定会員、MBTI認定ユーザー、幕別町森林組合員。日本CHRO協会 理事、日本アンガーマネジメント協会 顧問も務める。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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