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タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第32回】
「人的資本の情報開示」を「人的資本の最大化」の機会に

法政大学 キャリアデザイン学部 教授

田中 研之輔さん

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。

タナケン教授があなたの悩みに答えます!

プロティアン・キャリアの知見を現代版プロティアンへとアップデートする際に、骨格に据えたのが「キャリア資本論(Career Capital)」です。

組織内外での「キャリアトランジッション=移動」よりも、これからのキャリア形成において大切なことは「キャリア資本=蓄積」であると考えたからです。

特に難しい考え方ではありません。これからのキャリアは、ビジネス資本、社会関係資本、経済資本の三つの資本の蓄積から形成されると考えます。この三つの資本の総量がキャリア資本となります。

これからの働くとは、キャリア資本を蓄積していくこと

(筆者作成)

このキャリア資本の考え方と密接にリンクするのが「人的資本(Human Capital)」です。人材版伊藤レポートで知られる伊藤邦雄先生が「人的資本」の重要性を提唱されています。

研究者の仕事は、問題の本質を的確に分析し、解決策を提示していくことです。学問領域をこえて、問題の本質への洞察は共鳴してくるものなのです。

私はキャリア開発の知見から、一人でも多く「やりがい、生きがい、働きがい」を感じて働く人を増やしていきたいと思っています。私のライフワークは、「ビジネスパーソンのポテンシャル開発」なのです。

伊藤先生の問題意識は、人材を資源としてではなく、投資の対象として捉え、「人的資本の最大化」を実現させていくことです。「ビジネスパーソンのポテンシャル開発」と「人的資本の最大化」は、同義語として捉えて問題ありません。

さて、ここで今、人事担当者として共通認識を育てておくべき課題が一つあります。それが「人的資本の情報開示」の動向です。詳細は本連載の第27回でも取り上げているので、併せて読んでみてください。

大切なことは、「人的資本の情報開示をゴールとしないこと」です。情報開示をするためには、企業内でさまざまなデータの収集が行われます。ISO30414の11項目にある、コンプライアンス、倫理、コスト、労災などのトピックは、企業の透明性を実現するだけでなく、コーポレートガバナンスをさらに強化していくことになります。

コーポレートガバナンスを強化していくこと自体は、悪いことではありません。しかし、ガバナンスとグロースのバランスは、想定している以上に難しいことなのです。

問題の本質をシンプルに捉えてみることにしましょう。

それは、「管理と成長」の関係性を考えることでもあります。人事データは、人的資本の管理と相性が良いのです。勤務時間、生産性、ワークコンディション、データを集めることで、人材を管理していくことが可能になります。

しかし、管理される主体は、これまでの組織内キャリアの再強化にもなりかねない危険性をはらんでいます。

今、日本企業が全力で向き合うべき課題は、社員一人ひとりの心理的幸福感を維持し、主体的なキャリア形成をサポートしながら、企業の生産性と競争力を高めていくことなのです。

そのためには、「人的資本の情報開示」をゴールにするのではなく、その先を見据え、戦略設計していくことが欠かせません。その先とは「人的資本の最大化」です。つまり、収集されるデータや開示されるデータは、人材管理のためではなく、人材活用のために戦略的に活かしていくことを忘れてはならない、ということなのです。

さらに、先日公開された人材版伊藤レポート2.0には、興味深い現在地が示されています。経営者からみて、取り組みが進んでいない課題としてあげられているのが、「動的ポートフォリオ」です。
 
その内訳は、人材ポートフォリオの定義、必要な人材の要件定義、適時適量な配置・獲得です。なかでも、人材ポートフォリオの作成と活用は、人的資本の情報開示と人的資本の最大化の鍵を握っています。

ポイントは静的な人材ポートフォリオではなく、動的な人材ポートフォリオである点です。静的な人材ポートフォリオは、たとえば職務履歴、パーソナリティ診断結果、所有資格などから構成される、これまでのキャリア実績や変わらない特性などをまとめたものです。一時期の人事評価や配属の資料として用いることができます。

しかし、静的な人材ポートフォリオは、投資対象としての人材という視点を踏まえることができません。投資対象としての人材とは、キャリアをグロースさせていく人材です。平たくいうと、組織や市場のニーズに適合して、スキルや資格、働き方なども変えていく人材です。

だからこそ、動的な人材ポートフォリオなのです。プロティアンは、自ら主体的にキャリア形成していくための最先端のキャリア知見です。アイデンティティとアダプタビリティが鍵となっていることからもわかるように、動的な人材を想定しているのです。

もちろん、現段階では課題も残ります。それは、動的な人材ポートフォリオの定義のみならず、いかに数値化していくかです。数値化することで、客観的に変化を捉えていくことができます。

実は私が監修をして、動的人材ポートフォリオの一つの指標となる「キャリア資産」の可視化に成功しています。

こうした動的な人材ポートフォリオデータを蓄積し、客観的にチェックしていくことで、これまで主観的に語られてきたキャリアを客観的に捉えることができます。あわせて、これまで俗人的にフィードバックされてきたキャリア相談も、このような客観的な数値や指標をもとに、より的確に戦略設計していくことができるのです。

人的資本の情報開示は、人的資本の最大化の「入口」にすぎません。公開データを収集していきながら、一人ひとりのポテンシャルを最大化させるための新人材戦略の設計・再設計、より実践ベースでのキャリア開発支援に取り組んでいきましょう。

人事担当者の皆さんが、人的資本経営のキーパーソンであり、人的資本の最大化を実現させる総合プロデューサーなのです。

それでは、また次回!


田中 研之輔さん(法政大学 教授)
田中 研之輔
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長

たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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この記事ジャンル キャリア開発研修

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【用語解説 人事辞典】
社会関係資本(Social Capital)
心理的資本(Psychological Capital)
キャリア・アダプタビリティ
プロティアン・キャリア
人材ポートフォリオ