タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第31回】
これからの組織と個人は、グロースパートナー
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
やるべきことは見えています。組織と個人がそれぞれにグロースしていくための関係性を構築していくことです。
これまでの日本型雇用は、組織内キャリアを前提としていました。終身雇用を前提とすることで、組織側のタイミングで人事発令や全国への転勤が行われ、副業は禁止とされてきました。
しかしコロナ・パンデミックを経て、明らかに働き方の歴史が変わりました。組織内キャリアから自律型キャリアへのトランスフォーメーションが加速したのです。
2019年8 月に『プロティアン』を出版したとき、問題意識として念頭に置いていたのは、組織内キャリアからの脱却でした。変化に適合しながら、主体的にキャリア形成をしていく働き方を、一人でも多くのビジネスパーソンに届けていくことを狙いとしていました。現在もほぼ毎日、企業での講演や研修、セミナー登壇を行っています。
オンライン実施の場合は、全国から参加できるので、毎回、200名から300名のビジネスパーソンに、自律的なキャリア形成の最新知見について伝達しています。このままのペースで推算すると、私が直接ライブでお伝えした方が、今年で10万人を超えることになります。
本連載をはじめ、メディアでの発信機会やe-ラーニングなども含めると、相当数のビジネスパーソンに、自律型のキャリア形成の考え方が届き始めています。
これからの働き方をより良いものにしていくために、今、私たちに求められているのは、組織と個人をグロースパートナーにしていくことです。
プロティアン、キャリア自律、これらの考え方は、組織に従属する個人ではなく、自らキャリアオーナーシップを持ち組織に向き合う個人を増やしていく動力源です。若手ビジネスパーソンの入社動機やその後の転職動向を見ていると、主体的なキャリア形成は間違いなくこれからの働き方のスタンダードになっていきます。
「いい人材が確保できない」「優秀な人材から流出していく」と頭を抱えているのであれば、それは組織内キャリア形成モデルから転換できていないからです。組織内キャリアモデルの最大の弱点は、経営や事業の視点からは常にグロース戦略を考えているのに、社員のキャリアグロースが戦略的に構築されていないことです。多様な働き方と年功序列が共存するいびつな組織形態が続いているのです。
社員それぞれでキャリアグロースのタイミングは異なります。子育て、介護、健康などのライフイベントも、それぞれのキャリア形成に密接に関連しています。
これまでのキャリア主体の歴史的変遷は、次のようにまとめることができます。
令和という時代のキーワードは、「関係性」です。個人と組織の関係性をより良いものにしていくために、個人は自律的なキャリア形成を続け、組織はそうした多様な個人のキャリアグロースに寄り添っていくことが欠かせません。そんなことは無理だと思ったのであれば、過去の経験にとらわれてしまっている証拠です。
HRテクノロジーの分野もますます発展していくことになります。HRテクノロジーの役割は、生産性改善や自動化への代替のみならず、多様な個人のそれぞれのキャリアグロースに伴走していくことです。
組織と個人をグロースパートナーにしていくために、今、私が企業と一緒に取り組んでいるのは、次の最先端のキャリア開発です。
まず、キャリア開発を「日常」化させることです。経営戦略会議、事業戦略会議と同じように、キャリア戦略会議を定期的に開催します。経営の最大のリソースは「人」であるという人的資本経営を実現していくために、キャリア開発を「非日常」の形式的イベントから「日常」の実践的ルーティンへと深化させていくのです。
次に、キャリア開発を「トレーニング型」に切り替えていく必要があります。社内研修が「休憩」の時間では困ります。社内研修は、キャリアグロースのためのトレーニング=修練の貴重な機会なのです。
トレーニングシートも私が作成し、企業現場で実践しています。例えば、次のようなビジョンシートも効果的です。
どうありたいのかを言語化していくのです。キャリアに悩んでいるうちは、打開策を見出すことができません。キャリアは考えるもの、より詳しく表現するなら、「戦略的に構築する」対象なのです。
これらの日常的なキャリアトレーニングを「やりっぱなし」や「本人任せにする」のではなく、組織力向上に向けて、データで把握していくことも欠かせません。
これまで、企業との取り組みで、いくつかのキャリア自律診断を開発してきました。キャリア自律診断は、キャリアトレーニングの前後の変化を数字で比較できます。キャリア形成の変化は、数時間では生じません。これまでのプレテストの知見からすると、四半期や半期ぐらいのスパンで、個人にとって納得感のある変化が数値化されていきます。これらのデータを蓄積していくことで、キャリア課題に対する効果的な対処法も、いずれAIなどがサジェストしてくれるようになります。
これらの取り組みを通じて実現していきたいのは、組織が個人を管理・調整するのではなく、組織と個人が共にグロースしていくパートナーになっていくことです。
これは遠い未来の話ではありません。実際、キャリアオーナーシップを推進している企業では、すでに組織と個人のグロースパートナーとしての関係構築に向けて、新人材戦略を掲げ、キャリアオーナーシップを推進する施策を運用しています。
ジョブ型、早期退職など、働き方の「一部」の切り取りが常に話題になりますが、私たちが本当に議論していかなければならないことは、組織と個人の関係性をアップデートしていくための極めて本質的で包括的なイシューなのです。
- 田中 研之輔
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。