タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第16回】
なぜ、自ら稼がないのか~キャリア自律とお金の話~
法政大学 教授/一般社団法人 プロティアン・キャリア協会代表理事
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
ずっと疑問に思っていることがあります。それは、キャリア論がお金について触れないことです。生き方や働き方に関する理論や考え方の中に、すっぽりと抜けているのがお金の話。
そこで『プロティアン』では、まずキャリア形成と稼ぎ方を接合させました。キャリアをビジネス資本、社会関係資本、経済資本の三つの資本から捉え、それらの蓄積と転換がキャリア形成の勘所であることと、その具体的方法についてまとめました。
実際、私のもとに寄せられるキャリア相談の大半が、お金に関することです。先日も「年収が上がらない中で結婚してもいいのか、悩んでいます。長年お付き合いしている彼女と別れた方がいいでしょうか」と29歳の男性から相談を受けました。
この切実な悩みに具体的な解決策を提示できないなら、キャリア論は不要なのです。
お金がない:人生の最大の悩みへの向きあい方
お金とキャリア形成に関する相談は、珍しいケースではありません。「貯金がない」「給料が上がらない」「住宅ローンが残っている」「子どもの教育費が心配」「年金が不安」「医療費が心配」「介護に時間をとられて仕事ができない」などなど。年代や性別ごとの人生の悩みランキングをみても、お金に関する悩みが必ず上位を占めています。
多くの人が、お金に関することに悩んでいるのです。言い方を変えると、多くの人のキャリア形成の障壁となっているのが、お金の悩みなのです。
従来のキャリア論は、お金のことで悩んでいても、「あなたの強みは何ですか?」「あなたには何ができますか?」「あなたは何がしたいのですか?」という、言わば間接的な問いかけを主戦場にしてきました。
しかし、悩みを軽減する近道は間接的なアプローチではなく、より直接的に向き合うことです。
お金がないというのは、今の状態に過ぎません。間違ってはいけないのは、お金がなくても心理的に幸福な生き方はある、ということです。
しかし、お金がないことにあなたが悩んでいて、自信や行動する気を失ってしまっているなら問題です。そういう状態にあるなら、悩みを軽くするための方法を考えることが不可欠です。
まず、意識をかえましょう。
お金がない悩みを軽くする最適の方法は、日ごろからしなやかにたくましく稼ぎぬくことです。人生100年時代を迎えた私たちには、そのような生き方が求められています。
目の前の環境や毎日の生活に何らかの不満や不安があるのなら、生き方を見直し、変えることが必要かもしれません。
断言できるのは、何も変えなければ今の状態から抜け出すことはできない、ということ。悪化することはあっても、好転することはないでしょう。お金は自然と湧いてこないのです。
性別や年齢も関係ありません。精神的に、身体的に、そして、経済的にも良好な状態で、それぞれの生を全うするために、私たちは稼ぎぬかなければなりません。
新型コロナ・パンデミックにより経済的な損害を被った2020年は、忘れられない1年となりましたが、Zoomで続けていたゼミで、ゼミ生たちからこんな悩みが寄せられました。
「居酒屋でのアルバイトがなくなり、生活に困っている」
2年から4年までの45名と1年生の希望者数名が参加する合同ゼミで、9割近くのゼミ生が、アルバイト代が減って困っているという悩みを抱えていたのです。つまり、個々人の問題としてではなく、ある意味、コロナ禍の構造的な問題として、アルバイト代が減少したことによる悩みに直面していたのです。
そんな大学生に対して、あなたならどんなアドバイスをしますか?
「そうだね、それはつらいよね。回復するまで辛抱しようね」と大学生の気持ちを察し、寄り添う人もいるかもしれません。しかし、それでは何ら問題を解決していません。
私は全く別のアドバイスをしました。「減収したアルバイト代を稼ぐ方法をグループワークで見つけ出そう」と提案したのです。
狙いは明確にあります。アルバイト代が減ったことに悩んでいるだけでなく、どうしたらそれを補うことができるかを考え抜くこと。目の前の問題から目を逸らすのではなく、自ら動くことで問題を解決していくワークとして、この局面を捉えたのです。
「減収分を稼ぐには」という課題を明確にすると、さまざまなプランが提案されました。オンラインで勤務が可能なアルバイトを探す。メルカリを使ってみる。Twitterで全国から生徒を募り、オンライン家庭教師を始める。翌週以降のゼミの時間にも、それぞれの進捗を共有し、ゼミ生同士でフィードバックし合う時間をとるようにしました。
こうしたワークを通じて、アルバイトへの向き合い方や時間の使い方への意識が変わり、結果的に収入を増やしたゼミ生が何人もいました。
ここで取り組んだことには、三つの意義があります。
一つ目は、悩みの悪循環から問題解決の思考へとシフトしたこと。二つ目は、実際に行動するために、何ができるのかを考え抜き、市場分析を行ったこと。三つ目は、新たな挑戦の結果について、実際に収入を増やせたかどうか、自ら振り返りができたこと。
「なんだ、学生のアルバイトのケースだよね?」と感じた人は、注意が必要です。
私たち社会人も、同様のケースに向き合っていたからです。コロナ禍でこれまでの事業を継続することが難しくなり、給料がカットされたときに、何をしたのか。何ができたのか。そして今、どう行動しているのか。学生たちのワークから学べるエッセンスは、少なくないのです。
稼ぐことの意味
稼ぐことは、プライベートなこと。大っぴらに口にすることは、ナンセンス。そのように感じている人も、少なくありません。これまでは組織のために働くことで、毎月、給料が支払われてきたので、自らの力でいかに稼ぐかは、たいして問題にはならなかったという背景もあります。お金は、稼ぐものではなく、もらうものだったのです。
しかし私たちは、「組織からもらえる給料で生活を設計する」という考えのみに基づき、人生100年を生きていくのでしょうか。
今回の新型コロナショック。感染防止のために、移動や集まりが制限されることになり、航空業界、観光業界、飲食業界をはじめ、さまざまな業界が甚大な影響を受けました。企業からの休業要請や、給与の減額、賞与のカットもありました。
これまでもらえていたものが、外的な要因でもらえなくなったのです。すると、これまでの生活を維持することができなくなります。一つの組織にキャリアをあずけて収入源を一つにすることが、いかにリスクであるかが露呈されたのです。
また、そもそもの前提として、稼ぎ方の具体的な方法について学ぶ機会や、自分の経験として稼ぐことについて語る機会がありません。経済学、経営学、商学などといった科目は並んでいても、「稼ぎ方入門」という科目は聞いたことがありません。基礎教養のコンテンツとして認知されていないことから、稼ぎ方という言葉に、私たちはどこかうさん臭さを感じてしまうのかもしれません。
しかし、それでは困るのです。これまでは良かったかもしれませんが、これからは違います。
今、求められているキャリア自律で考えるべきは、キャリアとお金のつながりを棚上げすることなく、個人と組織のより良き関係性を具体的につくりだしていくことなのです。
稼ぎぬく生き方とは?
そこで押さえておくべきなのは、稼ぎ方と稼ぎぬく生き方の違いについてです。
稼ぎ方と聞いて思い浮かべるのは、文字どおり、お金の稼ぎ方ですね。株、債権、投資信託、FX、不動産など、金融資産を増やす方法は、稼ぎ方のテクニックであり、ハウツーです。増やし方や資産形成などの考え方になります。投資して、お金に稼がせる方法です。
このような稼ぎ方に、私は興味がありません。株式投資、債権、投資信託、外貨建て、それなりにやっていますが、それによって心が満たされ、豊かな気持ちになった経験は、これまでのところありません。おそらく、これからもないでしょう。というのも、そこに私自身の人生の過ごし方が反映されるわけではないからです。
それに対して、稼ぎぬく生き方とは、主体的にキャリアを形成していく過程で、お金の稼ぎ方も自らデザインしていく処世術です。「お金がすべてではない」ことがポイントです。
お金を稼ぐより、行為自体に意味を見出すことが大切です。それと同時に、「お金をもらう」から「お金を稼ぐ」という働き方や生き方へとトランスフォーム(=変身)することが重要です。
簡潔に述べると、「稼ぎ方」が金銭的報酬を生み出すための技術であるのに対して、「稼ぎぬく生き方」は人生を豊かにしていくための思想として捉えることができます。
- なんとなく物事がうまくいかない
- 思い通りにいかない
- 人間関係がうまくいかない
稼ぎぬく生き方で、あなたは悩みの悪循環から抜け出すことができます。ちょっとした工夫や心がけで、人生は好転していくのです。
私はキャリア論に関する専門家として、自らも稼ぎぬく生き方を貫いています。定年や引退は考えていません。生涯現役で、働き続けます。働くことを通じて、社会的なインパクトを生み出し続けることのやりがいを知ってしまったからです。
自ら主体的に稼ぎぬく生き方を貫くことで、組織に自らのキャリアをあずけて目の前の業務をこなすだけの働き方では決して得られることのない喜びを、味わうことができるのです。
人は、いつでもどこからでも変わることができます。もちろん、無理に変わる必要はありません。
ただ、これからの生き方に不安を感じていたり、現状に不満があるのなら、他責にしないで自ら踏み出してみてください。あなたの目に飛び込んでくる風景は、変わってくるはずです。
稼ぎぬく生き方とは、やりがいや幸せを感じながら過ごしていくためにあなたの背中を押してくれる生き方なのです。
- 田中 研之輔
法政大学 教授/一般社団法人 プロティアン・キャリア協会代表理事
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を23社歴任。著書25冊。『辞める研修 辞めない研修 新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。新刊『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』。最新刊に『ビジトレ 今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。