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2006年から大学生の「学力低下」が劇的に進む

慶應義塾大学経済学部教授

戸瀬 信之さん

私立大学や国立大学のトップクラスにも、簡単な分数や小数の計算ができない大学生がいる――慶応大学の戸瀬信之教授らが、こんな衝撃的な発表をしてから6年。大学生の「学力低下」はより一層、深刻になったとも言われています。こうした声を受けて文部科学省は、すでに「ゆとり教育」の見直しに動いていますが、戸瀬教授は「ゆとり教育が日本の社会・企業に及ぼす影響はこれからますます深刻になっていく」と警鐘を鳴らしています。学力低下と教育格差の広がりが社会に及ぼす影響についてうかがいました。

Profile

とせ・のぶゆき●1959年生まれ。83年東京大学理学部数学科卒業。愛媛大学、東京大学、北海道大学を経て、現在は慶應義塾大学経済学部教授。この間、パリ第13大学でも教える。理学博士。専攻は代数解析学。『大学生の学力を診断する』(共著、岩波新書)『アメリカの教育改革』(共訳、京都大学学術出版会)『数学力をどうつけるか』(ちくま新書)「デリバティブの数学入門」(共立出版)「SPLUSによる統計解析」(Springer東京)など著訳書多数。京都大学の西村和雄教授らと99年『分数ができない大学生』、2000年『小数ができない大学生』(ともに東洋経済新報社)を出版し、「学力低下」「ゆとり教育」の論争に火を付けた。

教養が浅く、幼い印象の大学生が増えた

分数ができない大学生

6年前、1999年に出版された『分数ができない大学生』では、トップレベルにある大学でも学生たちの「学力低下」が著しいことを指摘されました。それから今、状況はどのように変化しましたか。

大学生の「学力」は、当時から見ても緩やかに下がってきていると感じますね。もともと能力が低いということではなく、学ぶという意欲が薄い。それに、全体的に幼くなっている、という印象です。本を出版するきっかけになった98年の調査では、小学生レベルの分数の計算ができない大学生が私大のトップクラスでも全体の2割に上りましたが、今はおそらく、それ以上でしょう。

幼くなっている、というのは、どういう意味でしょうか。

受験に関係のない「遊び」を、あまり経験していないんじゃないかということです。現在の学校教育は「ゆとり教育」の弊害で非常に内容が乏しくなっています。それを知っている親はまず、学校教育、とくに公立の学校を信用していません。そこで多くの親は子供を塾に通わせることになる。すると、子供たちの、本当の意味での「ゆとり」、自由な時間がなくなってしまいます。昔のように、日々の勉強が学校の授業の中で完結できていれば、子供は放課後を自分の自由時間として使えるのに、授業だけでは学びきれないものが多いというので塾に行かされる。子供たちは時間に追われて、本を読んだり、放課後の遊びの中から授業では学べない大事なことを経験する機会を失っています。受験にはあまり必要がないけれども、大人になる過程で身につけておくべき教養を学ぶことなく、大学だけには合格している子供たちが増えていると感じます。

受験には必要のないものを排除した結果、子供たちがゆっくりものを考えたり、プロセスをたどって結論を導き出したりすることが少なくなった、ということでしょうか。

そうです。答えだけを早急に求めようとする傾向が強くなっていると感じます。昔は今よりも大学受験の科目が多くて、問題の難易度も高かったと思いますが、その頃は数学の受験勉強をしていて一つの問題を一日かけて解く、難しい問題にじっくり取り組む、というようなことがよくありました。今はそんなことをしていると「時間が足りない」ということで、試行錯誤を認めない環境が子供たちの周りにあるんです。

戸瀬 信之さん  慶應義塾大学経済学部教授

でも本当の学力というのは、そういう試行錯誤なしにはなかなか身につきません。最近、慶應大学の講義でも親切にレジュメを配ってやらないといけなくなっています。学生たちが講義をノートにとる力が弱いからです。それに、数年前に使っていた教科書が今の学生には難しすぎて読めなくなっています。最近は、塾や高校などで非常に親切に手取り足取り教えすぎることも、学生の学ぶ力を弱めている気もしています。つまり、自分で勉強するという最も力のつくことをしていないということです。

戸瀬さんは現在、数学の講義の中で小テストも繰り返し行っているそうですね。

ここに赴任した13年前から少しずつやってはいましたが、本腰を入れて小テストをしないとダメだと感じ始めたのは6、7年前からです。学生たちは塾通いで手取り足取り教えてもらうことに慣れていますから、小テストをしないと、「自分の手を動かして計算する」ということをしないんですね。その半面、「単位をとる」ということに関しては敏感なので、通常通りのテストをするとそれなりの結果を出します。だからテストの結果だけを見ていると、学生の学力の変化というのは見えてこないかもしれません。

「ゆとり」世代が大学生になる2006年

大学生の学力が下がり続けている背景には何があるのでしょう。

背景の一つには、いわゆる大学の大衆化があると思いますが、でも私が問題にしているのは大衆化による学力低下ではなく、システムの問題による学力低下のほうです。1999年には小・中学校と高校の教育内容を大幅に削減した新学習指導要領が策定され、小・中学校では2002年4月から、高校では翌2003年4月から、それが実施されています。その前から、隔週週5日制の導入などで小・中学校での授業時間数は大幅に減っていましたから、新学習指導要領の導入によって、量的に学習時間が減っていたうえに、質的にも大幅な削減が実施されたことになります。また「受験戦争緩和」のかけ声の下、大学入試においては受験科目が減り、推薦入試が奨励されるようになりました。

最近、いろいろな自治体の先生たちの会合に呼ばれることも多いのですが、たとえば中学校の現場では「予習をしなさい」という指導をあまりしなくなっているようです。教師はあくまで援助者という立場から、勉強を強要しないという方針のようです。こうした流れの中では、勉強しない学生が増えるのは当然ですよね。勉強しないのではなく、させていないのですから。

1999年に策定された学習指導要領で学んできた子供たちが大学生になる頃には、「学力低下」はもっと深刻になるかもしれません。

実は、それがいちばん怖い。大学生のレベルがさらに劇的に下がると予測されるのは、中学時代を丸々1999年の学習指導要領で過ごしてきた子供たちが大学生になる2006年からでしょう。

小学校では、算数の根幹の部分が大幅に削られています。基本的な部分を理解できれば、後は自分でできるという発想で教育内容を決めていて、たとえば、小数点以下第1位までの計算を教えたら、2位以下は同じだから電卓を使って計算しましょうなどとなっています。時速や分数、比、比例・反比例の問題などもばっさり削られています。実は、これらの教科内容は、現実の世界で必要な最も大事な部分です。今でも、一般的な高校生に、小学校レベルの速度に関する文章題を解かせると、その正答率が恐ろしく低くなっています。こうした小学校教育を受けた子供たちがその後どうなっていくのか。それも心配です。

さらに困るのは、小学校で小数・分数の計算を十分に教えていないから、中学校ではなるべくそれを使わないようなカリキュラム内容にしていることです。教育界の言葉で「現地調達主義」と言いますが、必要な知識はその場その場で身につけさせようという考え方に基づいているわけですね。中学校の理科では小数や分数をなるべく使わないとか、高校の物理でも中学レベルの数学を使わないということになっています。結局、学力を周辺的な重なりやスパイラルの中で身につけるというカリキュラムになっていないので、小学校で教わった時点で身についていないと中学でもダメ、高校でもダメで、大学生になっても小数や分数の計算が全くできない、ということになるんですね。

このことに加えて、算数・数学、特に算数の教え方が非常に「考え方中心」の頭でっかちなものになっています。要するにドリルなどの練習なんて非人間的なものという教育学者特有の考え方に染まっています。

2004年12月には、2つの国際機関による調査――経済協力開発機構(OECD)による世界の15歳児を対象にした「生徒の学習到達度調査(PISA2003)」と、国際教育到達度評価学会(IEA)による小学校4年生、中学校2年生を対象にした「国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2003)」――の結果が発表されました。これによって、日本の子供たちの学力低下がより明確に裏づけられ、文部科学省はいわゆる「「ゆとり教育」」の見直しに動いています。

戸瀬 信之さん  慶應義塾大学経済学部教授

「ゆとり教育」を見直そうという動きが出てきたのは、非常にいいことだと思います。ただ、いったん進んでしまった流れを元に戻すのは大変だし、時間がかかるでしょうね。もうすでに高校生までが「ゆとり教育」を受けてしまっているわけですから。ご指摘の調査では、日本の子供たちの勉強量は先進国の中で最も少ないこともわかりました。さらにその中身を見ると、少数の上位の子供たちは勉強しているけれども、下位になるほど勉強しなくなっている。つまり、全体的に低下していると同時に、勉強する子としない子の格差も広がっているんです。

「ゆとり教育」を受けた世代が先生になって小・中・高校の教壇に立つようになったら、失礼な言い方になるかもしれませんが、現場の教育のレベルは下がることはあっても上がることはないでしょう。もし今後、「ゆとり教育」の見直しが急激に進んで、教えるべき内容が増えることになれば、「ゆとり教育」世代の先生というのは自分が教わらなかったことを大量に教えなければならなくなります。現在、中学校の先生は教育学部の出身者が多数を占めていますが、中には高校で本格的な理系の微積分を学ばずに数学の教師になっている人もいます。物理を学ばずに中学の理科の教師になるなんてざらです。しかも、教育学部に入って物理を本格的に学ばない。その代わりに学ぶのは、教育心理とか教育原理とか、教育法とかばかりです。教えることになる教科の深いバックグラウンドなんて必要ないというのが、教育学部の教員養成の方針のようです。しかも、文学部や理学部の学生が教員免許を取りにくいように、教職科目などの必要単位数を大きくしています。優秀な学生が中学や高校の先生にしないように仕向けていると言われてもしょうがない。

前述の国際学力調査で、「読解力」と「科学的応用力」がトップだったフィンランドでは、90年代半ばに大幅な教育改革を実施し、教員免許が取得できる対象を「修士」に限定しています。

日本とフィンランドでは国の規模からして違うので、フィンランドで成功したことをそのままやっても日本で成功するとは限りません。ただ、先生の質を上げる手段の一つとして参考にはなるでしょうね。フィンランドでは、中学レベルのことが身についていなければ留年できるシステムもあります。教育に割く予算も大きいと聞きます。個々の表面的なパラメーターではなく、そういう姿勢の中に日本が学ぶべきものがあると思います。

日本には「理系」の人材が不足している

大学生の学力が低下した結果、就職という場面ではどんな影響が出ていますか。

具体的にどんな影響が出ているかについては、私は企業の人たちと接触する機会がないので、はっきりしたことは言えません。ただ、金融や科学技術などの分野では、高度な数学知識が求められることが多くなっているのに、それを理解できる人材は増えていませんね。

1兆円の資産があったとして、過去のデータを基にそれを株や債権などにどう分配すると資産を増やせるか。これをポートフォリオを組むと言いますが、こういう問題は高校レベルの2次関数を使えば少なくとも簡単なモデルを理解できます。デリバティブなど金融の先端分野ではこうした数学の知識が必要とされることが多くなっています。ですから、ドイツの保険会社では社員のほとんどが数学科出身で、修士号や博士号を持っている人も少なくない。これに対して日本ではまだ、文系出身のセールスに頼っていますよね。

コンピュータの分野でも日本人のプログラミング能力は非常に低いと言われています。これは公教育における数学教育の乏しさが影響していると考えられます。プログラミングのための数学の本が何冊も出版されていますが、内容を見てみると、以前なら高校の教科書レベルで学べたことがけっこう出ています。私が教育を受けた時代、昭和30年代前半から50年代前半ぐらいまでは、日本の数学教育は非常に豊かだったので、アルゴリズム(何らかの問題を有限の時間で解くための手段)などに関してはそれほど苦労することなく大学で身につけられたんです。プログラミングというのはコンピュータにアルゴリズムを指示するための文書のようなものですから、数学教育が乏しくなると、優秀なプログラマーが育たなくなるのは当然だと思いますね。

メーカーなどでは、団塊世代が大量に引退した後の技術の継承、いわゆる「2007年問題」に関しても懸念が広がっています。

これはすごく深刻だと思いますね。ホワイトカラーを量産しすぎた結果と言えるかもしれませんが、政府がこれから取り組まなければいけないのは、普通科の高校を出た人材に必要な技術や知識を身につける場をどうやって提供するかでしょう。文系の大卒ばかりを輩出しても社会は維持できないと思います。若い人の就職が厳しくなったと言われていた中でも、高専の出身者は比較的重宝されていました。これは、高専出身者が高校の普通科や文系の大学の出身者に比べて、比較的高度な数学的知識を身につけているからです。日本が将来、科学技術立国を目指すなら、高い数学教育は絶対に欠かせないものなんです。

コンピュータの時代だと言いますが、コンピュータ技術の基本的な部分は、それほど大きく変わってはいません。その基礎となる技術をつくってきたのは、かつての数学教育を受けてきた世代ですよ。つまり古い数学教育が今になって花開いていると言うこともできると思うんです。日本で最初にフィールズ賞をとられた小平邦彦先生(故人)がずっと以前に「小学校の算数で電卓を導入すると、将来電卓をつくれる人材がいなくなる」と指摘されていましたが、今はまさにそれが起こっている。コンピュータを表面的に使える人材をたくさん育成しても科学技術は進歩しません。日本が将来、科学技術立国になるには、次世代のコンピュータをつくり出せる人材を育てないといけないと思います。

戸瀬 信之さん  慶應義塾大学経済学部教授

日本では、理系出身者を技術職や特別職にとどめておくことが多いですね。公務員、とくに中央官庁では理系の人材が少なすぎるという指摘もあります。

海外の政府やシンクタンクと比較して、数学ができる人材の量と質の差は明らかでしょう。日本の場合、理系の数学を学んできた人材が政府部内のどこにいるかというと、多くは年金関係です。あとは、防衛庁でミサイルの弾道を計算しているくらいでしょうか。政府部内に統計に関するセクションがたくさんあるけど、そこに配置されているのは文系の経済学部出身者なのです。これは、日本では歴史的に統計の実務者を育成してきたのが数学科ではなかったことが影響しているのですが、今の時代、経済学部程度の知識で統計や分析をしていたのでは追いつきません。東京大学は今年から、理学部数学科の中に専門的なアクチュアリー・統計について学べるコースを設置しましたが、これは本格的に統計のスペシャリストを育成していかなければ大変なことになるという危機感の表れだと思いますね。

「学力」の格差が加速度的に広がっていく

高度な数学知識だけでなく、日本人の計算力までが落ちていく。その影響は金融やコンピュータの分野にとどまらないのでは?

最近頻発している医療ミスの多くを占めるのは、看護師さんによるケタの読み間違い、単純な計算ミスですが、こうしたミスが増えるという影響が出てくるかもしれませんね。アメリカの看護師を養成する学校では、かなり高いレベルになっても小数・分数の計算練習をさせるそうです。単純ミスはある程度の暗算力、概算力があれば防げます。小数点第1位以下は電卓でいいということになっていくと、明らかに間違った数字が出てきても、「おかしいぞ」と感じる力がなくなってしまう。それが一番の問題だと思います。

そもそも、早い段階から文系・理系を分けてしまう日本の教育のあり方がおかしいという声もあります。

もっと言えば「文系」「理系」という発想そのものが意味をなさなくなってきていると思います。文系でも社会学や心理学などでは必ず高度な統計的な知識が必要になります。逆に、理系の技術者でも、社会に出れば、一般の人にもわかるように技術を説明したり、マニュアルを作ったりする力が必要とされます。結局、社会に出てしまえば、「文系」も「理系」も、両方の知識がある程度は必要になってくるんです。

学術の世界での話ですが、日本の外では理系の高校教育を受けた人が担っている「文系の」分野はたくさんあります。教育学、心理学、経済学、社会学などです。実は、日本でも文転した理系出身者がこれらの分野で活躍している傾向もあります(慶應大学の経済学部にはそれなりに理系の高校生が入学していますが、問題ないどころか高校のとき時間をかけて学んだ理系の数学の内容や物理の発想を生かして活躍している学生がほとんどではないかと思います。これらの学生をもっと生かす仕組みを作れないかと思って、選択科目で「ファイナンス数学」「確率論入門」という科目を2年生の段階から学ぶことができるようにしています)。

フランスでは、高校の段階までは優秀な生徒はすべて理系の教育を受けます。アメリカでも高校段階で理系・文系に分けることはしていません。そもそも日本の高校が文系・理系のコースを分け始めたのは旧制高校が文科・理科に分かれていたからで、戦前の旧制高校の教育制度を引きずっているだけなんです。受験という目の前のゴールだけを見て文系・理系に分けてしまい、受験に関係のない教科はまったく勉強しなくてもいいというのは、厚みのない人材をつくるだけです。

このインタビューの冒頭で「今の大学生は、学ぶという意欲が薄い」とご指摘されましたが、それは働く意欲にも影響していないでしょうか。

戸瀬 信之さん  慶應義塾大学経済学部教授

学ぶ意欲は本当に薄いですね。ちょっと難しいことに突き当たるとあきらめてしまう。そういう大学生たちが社会へ出て行ったときにどうなるか。それは私にもよくわかりません。

先ほどの国際比較の調査などを見て気になるのは、やっぱり格差の問題です。日本の高校1年生で言うと、トップクラスの子供たちはそれなりにできるのに、それ以下になるとガクンと落ちてしまう。階層格差が激しくなっています。「自宅に文学作品があるかないか」と「子供の読解力」の関係を調べたアンケート結果があるのですが、「文学作品がある家」の子供と「ない家」の子供では、その読解力に恐ろしいほどの能力差があります。さらに言えば、2000年と2003年の調査で、「自宅に文学作品がある」と回答した割合が低くなっている。子供の世代の学力が下がれば親の世代も下がるので、格差の問題は加速度的に広がっていくでしょう。ですから、本当の意味で「学力低下」が社会に及ぼす影響が出てくるのは、これからと言えるかもしれません。

さきほど、学校で勉強が完結すれば「ゆとり」が生まれるという話をしました。実は、都会の中高一貫校に子供を通わせると、その意味での「ゆとり」も生まれます。部活動にも頑張ることもできます。教えているのは、公立学校では教えなくなった、教えられなくなった非常に豊かな教科内容です。私が高校生のころはまだ塾に通うなんてことはなかったのですが、社会がまだ貧しいながらも、そこには非常に豊かな経験が詰まっていたと思います。その世界が生き残っているのは、結局、私立の中高一貫校なのかなと、一抹の寂寥感を感じます。

最後になりますが、「教育」は最大の所得の再分配であることを再認識すべきです。日本全体がもっと豊かになるには、また世界に誇れる文化的な精神世界を回復するには、公教育の再建が必須と考えています。

(取材・構成=村山弘美、写真=羽切利夫)
取材は10月25日、横浜市の慶應義塾大学日吉キャンパスにて

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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