生産性向上につながる鍵は「週単位」「日単位」の余暇時間
休み方への意識を変えるために人事が取るべき施策とは
早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授
黒田祥子さん
2019年は、多くの企業にとって「休み方」を考え直す契機となるのではないでしょうか。平成から令和への改元に伴い、ゴールデンウィークが過去に例のない大型連休となった企業も少なくありません。労働基準法の改正により、4月から年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対して、年次有給休暇日数のうち5日の確実な取得が義務づけられることになりました。生産性を高めつつ、従業員が休みやすい環境を作るためには何が必要なのか。長時間労働や生産性、余暇活動について研究する早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授の黒田祥子さんにお話をうかがいました。
- 黒田 祥子(くろだ・さちこ)さん
- 早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授
慶應義塾大学経済学部卒業後、1994年に日本銀行へ入行し、金融研究所にて経済分析を担当する。その後は一橋大学経済研究所助教授、同准教授、東京大学社会科学研究所准教授を経て、2011年4月より早稲田大学 教育・総合科学学術院准教授、2014年4月より現任。労働経済学や応用ミクロ経済学の見地から労働時間や余暇、生産性、働き方と健康の研究等を行う。著書に『労働時間の経済分析』(共著/日本経済新聞出版社)など。
増え続けている「平日の市場労働時間」
従来の日本人といえば、私たち自身の自覚も含めて「勤勉」で「長時間働く」というイメージがあったように思います。実際のところ、日本人の労働時間や余暇時間はどのように変化しているのでしょうか。
労働時間や余暇時間にはさまざまな定義があります。まずは、その定義を明確にしておきたいと思います。1日24時間のうち、賃金を稼ぐために働くのが「市場労働時間」、家庭内の家事に使うのが「家計生産時間」です。市場労働時間と家計生産時間を合わせたものが「総労働時間」。24時間から総労働時間を差し引いたものが、1日の「余暇時間」となります。
日本人の平日の市場労働時間は、この30〜40年間で増え続けています。2016年の調査では、通勤時間やお昼休みなどを差し引いた平日(月~金曜日)の実労働時間が1日10時間以上というフルタイム労働者は男性で43.8%、女性で19.9%でした(表1)。1970年代〜80年代までは1日8時間くらいの労働時間の人が最も多かったのですが、1989年に労働基準法が改正され、週休2日制度が広く普及してから状況が変わりました。土曜・日曜の市場労働時間がなくなり、その分が平日にオンされ、結果的に平日の家計生産時間や余暇時間が減っています。
余暇時間を増やすための法改正が、逆効果になったということでしょうか。
80年代の労基法改正は貿易不均衡問題に端を発していたので、現在の働き方改革とは出発点が多少異なっていたかもしれません。もちろん、当時から「日本人は働きすぎだからもうちょっと休みましょう」と意図は根底にあったと思います。しかし、その意図に反して結果的に平日の市場労働時間がどんどん増えていった、ということです。長く続いた不況の影響もあるのでしょう。2000年代はさまざまな業界で売上確保のために24時間サービス化が進み、市場労働時間の増加に拍車をかけました。ただし、直近の数年の動きをみると、週に60時間以上働く「超長時間労働」の人は少しずつですが減ってきています。働き方改革の流れの中で、今般の法改正に先駆けて各業界が長時間労働の是正に取り組んでいる結果が表れてきていると考えられます。今回の法改正は前回と異なり、今のところはその意図と同じ方向に作用してきていると言えるでしょう。
平日の余暇時間の減少によって、何か懸念されることはありますか。
余暇の中身にも、いろいろあります。趣味も睡眠も余暇時間に分類されますが、市場労働時間の拡大で最も影響を受けているのは睡眠時間でしょう。男性は、この30~40年で平日の睡眠時間が平均45分減少しています(表2)。かといって、土曜・日曜に寝ているわけでもないようなのです。家計生産時間を平日に確保することが難しくなり、土曜・日曜は家事をまとめて片付けざるを得ない。他にも買い物などで活発に動き、結果的に平日に蓄積した疲労や睡眠負債を解消しないまま月曜を迎えてしまうことで、健康面での悪影響が懸念されます。
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