社会人として働くことに健常者も障がい者もない
“当たり前”を取り入れた、これからの障がい者雇用とは
楽天ソシオビジネス株式会社 代表取締役社長
川島 薫さん
一人ひとりと向き合うことでいいアイデアが生まれる
トライアル雇用をはじめ、独自のアイデアはどのようにして生まれるのでしょうか。
特定の誰かに向き合うことで生まれるひらめきが、意外とみんなにも役立っています。例えばトライアル雇用の参加者には、私から「自分で社内の人を誘ってランチに行く」という宿題を毎回出しています。これも、最初は参加者の中に対人恐怖症の人がいたからです。
面談では笑顔も時折見られるのに、仕事のときは緊張でカチカチになっていたので、少し職場に慣れてきた頃に、ランチの宿題を出したんです。すると次の面談のときに「行きました」と報告がありました。その後、彼女は徐々に周囲を怖がらないようになりました。
トライアル参加者に対象を広げたのは、業務上、声かけが必要なコミュニケーションだからです。高度な傾聴力は必要なくても、仕事が完了したときに「終わりました」と言えないようでは厳しい。でも、見ず知らずの人に話しかけるのは、誰でもすごく緊張しますよね。周りには同じ宿題を出された実習生や先輩は何人もいますから、安心して声をかけられる状況下でチャレンジしてもらうのです。
一緒にお昼を食べると、障がいで苦しい思いをしているのは自分だけではないことがわかります。また、気軽に愚痴をこぼせる仲間をつくることも大切です。特に精神障がいのある人は、自分で悩みを抱えがちですから。期間中は、私も「誰とランチに行った?」と会うたびに聞きます。トライアルで新しいメンバーが入ってくると、「早く誰か誘わなくちゃ!」と焦っていますね(笑)。
ランチの宿題を出すようになってから、従業員同士のつながりが生まれました。終業後に食事をしたり、お酒を飲みに行ったりするようにもなりました。今まではそうしたことができなかった子たちもみんなと遊ぶようになり、社会性を持てるようになってきています。気持ちや行動を変えるには、少し背中を押してあげることが大事なのだと思います。
障がいのある方への仕事の与え方、割り振りなどはどのように工夫していますか。
身体障がいのある人は、健常者とそう大きく変わらないと思います。一方、知的障がいや精神障がいのある人はタスクをある程度絞る必要があります。知的障がいの場合、事務サポートが多いですね。
例えば、オフィス内の来客用ペットボトルの補充や、トイレのダスター交換などです。オフィス中のホワイトボードを確認し、所定の位置に揃えたりマーカーのインクを確認したりしています。楽天のオフィスはかなり広いので、彼らだけでやるのは無謀だという意見もありました。
当初はオリジナルのエプロンをつけ、PHSを首から下げることで、楽天ソシオビジネスの社員だとわかるようにしましたが、今ではその必要もなくなりました。他のグループ社員から声をかけられることも多く、問題なく業務を行ってくれています。
また彼らは、同じ作業を高いクオリティーで長く続けることが得意です。書類を折りたたむ、まとめた書類を封筒に入れる、書類の入った封筒にのり付けして封をする、封筒にラベルを貼る、といった作業は単純かもしれませんが、膨大な数をやるには根気が要ります。知的障がいのある人は、そうした仕事をコツコツとこなすことができます。
確認作業が得意なのは、精神障がいの人たちです。人事系業務では証明書の発行や経理の立替清算などを行っていますが、本当に正確です。楽天の社員が提出した申請書と領収書を照らし合わせて、経費にできる・できないの線引きをクリアに行います。実に頼れる存在です。また、Webスキルのある人には、クリエイティブ業務も行ってもらっています。
共通しているのは、どの仕事も必ず社内の誰かがやらなければいけないこと。当社で初めて取り組む業務は私も試してみて、誰にお願いするのがいいのかを考えます。うまくマッチングできると、ずっと高い精度で仕事をこなしてくれます。マルチタスクにしなければ、障がいのある人でも能力をどんどん伸ばしていけるのです。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。