明確な就業規則違反、業務命令違反がない問題社員対策!
「グレー問題社員」への注意・指導と懲戒処分の仕方
弁護士
浅井隆(第一芙蓉法律事務所)
(3)セクハラ・パワハラ型
これも、1ページ目、2(3)の具体例を念頭に対応を考えます。
<当該類型の特殊なところ>
「セクハラ」とは性的嫌がらせ、「パワハラ」とはパワー(力、権力、権限)を利用した嫌がらせ(よって、通常は上司→部下関係で起きる)ですが、事件(訴訟等)で賠償責任が認められるには、不法行為(民法709条、同715条)ないし債務不履行(職場環境配慮義務違反)が成立するほどの悪質性(期間が長期であることや、1回になされた言動が誰が見ても問題であるなど)が必要です。
しかし、労務管理の観点からは、このような違法性(「ある程度の悪質性」)がなくても、職場環境を阻害しそうな言動は阻止することが、職場の従業員のモチベーションを確保するうえで望ましいと言えます。
ただ、注意すべきは、その意識が強すぎると、客観視できず、被害を申告した者からの主観(言い分)に引きずられる危険があるということです。言った者勝ちになって、パワハラ等の名の下に上司による適正な人事管理などが萎縮し、機能しなくなってしまいます。そのようなことは、絶対に避けなければなりません。
つまり、セクハラ・パワハラへの対応では、客観視できる能力のある判断者が不可欠です。ただ、筆者の経験上、訓練が必要です。人事部、総務部の中で人の話や資料を分析する能力のある社員を訓練し、客観視できる能力の養成に努めてください。
ⅰ.グレー度
1ページ目、2(3)の言動については、「聞く側にとってはセクハラ・パワハラに感じられるような言動」が職場の多くの社員の間で共有されると、職場はギクシャクし、モラールやモチベーションが低下します。当該グレー問題社員に故意がなくても、合理的理由がなくかかる差別がされたとしたら、少なくとも過失による不法行為となり得ますし、また非違行為とも評価されます。
ⅱ.対応
まずは、当該グレー社員に事実確認をします。そこではっきりわかれば、当該グレー問題社員は黒となり、懲戒処分します。はっきりしないときは、(1)勤怠不良型(2)労働能力欠如型と同様に、将来の行為規範を示します。そしてその設定は、例えば、下記の表のように行います。
以降は、指示した行為規範を遵守しているかを、1~2ヵ月後に誰か信頼できる職場の社員2~3名から確認し、客観視すればよいでしょう。改善されていなければ、業務指示(行為規範)違反として、厳重注意→軽い懲戒処分、あるいは賞与・昇給査定でのマイナス評価という展開が可能になります。
問題行動の内容 | 特定の女性にではないが、女性社員達にだけ嫌な仕事をさせる。逆に、男性社員においしい仕事を割り振る。 |
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事実確認すべき事項 |
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示すべき行為規範 |
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問題行動の内容 | 同じミスをした他の部下には強く注意しない。 |
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事実確認すべき事項 |
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示すべき行為規範 |
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(4)私生活上の問題行動型
これも、1ページ目、2(4)の具体例を念頭に対応を考えます。
<当該類型の特殊なところ>
注意すべきは、企業は私生活の時間については社員に賃金を支払っているわけではないので、その対価である当該指示・注意は原則としてできない、ということです。社員が会社帰りに居酒屋で酒を飲みすぎても、その時間には賃金を支払っていない以上、「酒を飲みすぎないように」という業務指示は出せないのです。最高裁も、労働者は「企業の一般的な支配に服するもの」ではない(富士重工事件・最三小判昭52.12.13)と、注意を喚起しています。
ただ、労働時間外であっても、企業の名誉・信用を毀損しない義務を負います。「○○商事の社員」「○○物産の社員」というブランドは、会社帰りの居酒屋で酒を飲んでいるときでも背負っているわけで、「社員」が何かハレンチなことをすれば、「○○商事」「○○物産」の名誉・信用が毀損されるためです。よって、信義則の一環として、社員はかかる企業の名誉・信用を毀損しない義務を負っているのです。
私生活上の問題行動も、かかる観点から対応が検討される問題です。
ⅰ.グレー度
1ページ目、2(4)の言動は、社内の事情をソーシャルメディア上に掲載して不特定多数人が見られる状態にしていますので、「営業機密の漏洩」とまでは言えなくても、業務が阻害される可能性があります。
もし、明確にそのように言うことができれば、非違行為のレベルになり、けん責・減給等の軽い懲戒処分や、降格といった人事権の行使が可能です。
ⅱ.対応
1ページ目、2(4)の記載だけでは、業務阻害性はわかりません。筆者の経験上、こういった書込みにははっきり業務阻害性があると言えるものは少なく、むしろはっきりしないケースが多いです。しかし、手をこまねいているのも、リスクを認識していながら放置しているようなものです。
そこで、この場合も、将来の問題として、禁止規範を伝えるべきです。その際、私生活におけるソーシャルメディアへの書込み行為が対象なので、業務や会社と無関係な私的なことについては禁止規範を設定することはできません。業務や会社と関係がある範囲内だけです。具体的には、次のように禁止規範を伝えます。
「あなたの書込みを読んでいる社内の人たち、あるいは社外の関係会社の人たちがいることに、もっと注意を払ってください。あなたの書込みには、社内の事情が多く登場するので、社内や社外の関係会社の人たちが読めば、○○のことがわかり、会社の業務を阻害する結果にもなりかねません。もし、そうなったら、いかにソーシャルメディアへの書込みであっても、『業務阻害行為』という評価になって、人事上の対応の対象になります。社内や社外の関係会社の人たちが読む可能性があることを充分認識したうえで、当社の社員として責任ある行動をとってください」、というようにです。場合によっては、このことを文書で伝えてください。
それにもかかわらず、書込みの内容が社内の特定の社員のプライバシーや会社の名誉を毀損したり、その後の会社の事業活動の内容がわかるものであったりするときは、一定の懲戒処分で対応することが可能となります。
あさい・たかし ● 弁護士(1990年登録)。慶應義塾大学大学院法務研究科教授。主な著書に「労働時間・休日・休暇をめぐる紛争事例解説集」「Q&A 休職・休業・職場復帰の実務と書式」「最新 労働紛争予防の実務の書式」(以上、新日本法規出版)「戦略的な就業規則改定への実務」(労働開発研究会)「問題社員・余剰人員への法的実務対応」(日本法令)等がある。
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