労使トラブル事例と実践的解決方法(下)
~年次有給休暇、退職金、メンタルヘルス休職者の解雇、休業手当をめぐるトラブル~[前編を読む]
社会保険労務士(元労働基準監督官)
北岡大介氏
本記事は前回に引き続き、労基署の主要任務といえる労基法遵守をめぐる労使トラブルの事例を挙げ、これに対する条文解釈と実践的な解決方法を解説するものです。
(この記事は、『ビジネスガイド 2010年1月号』に掲載されたものです。)
本記事は前回に引き続き、労基署の主要任務といえる労基法遵守をめぐる労使トラブルの事例を挙げ、これに対する条文解釈と実践的な解決方法を解説するものです。
前回は解雇予告手当、賃金未払いおよび懲戒処分を取り上げましたが、今回は同じく実務上問題となることが多い年次有給休暇、退職金、メンタルヘルス休職者の解雇および休業手当の問題を取り上げます。
事例5
当社は年次有給休暇について、社員が退職した場合、未取得分を買い上げる取扱いを行っている。これまで退職した社員のすべては円満退職あるいは定年退職であったところ、先日、懲戒解雇事由相当の非違行為が発生した。
諭旨解雇としたため、本人が退職届を提出する形となるが、同人についても年次有給休暇の買上げを同じく行う必要があるのか悩んでいる。本人が労基署に指導を求めた場合、どのような対応をなすべきかを含めて教えていただきたい。
(1)事例5 問題のポイント
わが国において、年次有給休暇の取得率は約5割程度であり、取得率が高いとは言い難い状況にあります。最大40日の年休を毎年有し、かつ1年ごと20日間の年休権を時効消滅させている社員も少なくありません。そのため会社側も未取得年休に対し、退職後、特別に買上げの取扱いを行う例も見られるところです。そもそも、このような取扱いは労基法から見てどのように評価されるのか。そして、同取扱いを行わないことは労基法違反その他の問題を生じさせることがあるのか、まず確認します。
(2)条文とその解釈適用について
第39条1項 使用者は、その雇入れの日から起算して6箇月間継続勤務し全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した10労働日の有給休暇を与えなければならない。
4項 使用者は、前3項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
同条に規定する通り、まず年次有給休暇の取得は従業員の権利であり、いつ取得するかについても、従業員側がこれを指定することとされています。また、同権利は週5日勤務の正社員のみならず、週1日~4日勤務のパート・アルバイト社員に対しても、所定労働日数に応じて比例的に付与されることとされており注意が必要です(詳細については、39条2項、3項参照)。
本トラブルを考えるにあたり、まず問題となるのが年休買上げの可否です。買上げについては、労基法上の定めはありませんが、厚労省の通達を見ると、使用者が労働者に良かれと思い講じている「買上げ」について否定的な見解が見られます。
〈年次有給休暇と買上げの予約〉
「年次有給休暇の買上げの予約をし、これに基づいて法第39条の規定により請求し得る年次有給休暇の日数を減じないし請求された日数を与えないことは、法第39条の違反である」(昭30.11.30基収4718号)
上記通達によれば、少なくとも年休の行使が可能な在職中に会社が買上げを行うことは許されず、本人が年休権を行使した場合、これを取得させなければ労基法39条違反に該当し、労基署から指導されることとなります。
それでは本件のように、退職後についてはどのように考えるべきでしょうか。年休権の行使は雇用契約が終了した以後、その権利行使が不可能となるため、退職をもって権利消滅するものとされています。厚労省も「年次有給休暇請求権と解雇」について事例判断を行った通達において、「年次有給休暇の権利は予告期間中に行使しなければ消滅する」(昭23.4.26基発651号)とし、その趣旨を確認しています。
とすれば、退職後の年休買上げは消滅した年休権を会社がいわば恩恵的に買い上げるものであり、労基法違反の問題は生じないということになります。したがって、上記事例において、会社側が諭旨解雇対象労働者の年次有給休暇を買い上げない取扱いとしても、労基法違反を問えないため、労基署は本件について会社側に指導しえないということになります。
(3)実践的なトラブル解決方法について
労基署指導については前述の通りですが、退職社員に対する年休買上げが雇用契約書あるいは就業規則に明記されている場合、またはそのルールが労使慣行として認められる場合は、退職社員が民事上、同買上げを請求しえないかが問題となる余地があります。
通常、この年休買上げを雇用契約書あるいは就業規則に明記する例はごく稀であるため、トラブルが生じる場合の多くは労使慣行の成立が問われることになります(雇用契約書あるいは就業規則に買上げルールが明記されている場合は、当然これに従う必要あり)。
労使慣行の成立は労使特に使用者側の規範意識(「同ルールに従うという意識」)が求められるため、その成立は裁判所等において容易に肯定されません。しかしながら、使用者側は労使慣行の成立はさておき、少なくとも退職社員間でなぜ、年休買上げの取扱いを異にするのかを合理的に説明できるようにしておかなければなりません。その際、経営陣が同社員を嫌悪している等の不合理な理由による場合は実務的に問題とされやすいので、理由付けについては慎重な取扱いが求められます。
なお、本件の場合については、懲戒解雇事由相当の非違行為を前提とした取扱いの相違のため、合理性は認められ、従業員の納得性も得やすいと思われます。
事例6
当社は適格退職年金制度を実施してきたが、平成24年廃止を控えて、昨年に退職金制度を変更し、中退共および養老年金(生保)に移行することとした。
移行の際には、従業員説明会を開催し、変更前後の退職金額変動内容について説明を行った。その席では、若干の目減りはあるものの、定年退職者に対する退職金額はほぼ総額維持という変更内容が説明された。また、中退共に移行する際、全社員から同意書を得て制度変更を行った。変更後、退職金規程も変更したが、中退共および養老年金制度の詳細について定める規定は、非常に分厚い内容であるため、従業員に対し交付・周知等は特段、行っていない。
その後、中途退職をする社員がいたが、制度変更前の適格退職年金制度が適用された場合と制度変更後の内容を比べてみると、退職金支給額に格段の差が生じている。同社員は従前の適格退職年金制度に基づく退職金支給を強く求めており、労基署に訴える旨主張しているが、これに従う必要があるのか。
(1)事例6 問題のポイント
適格退職年金制度の税利上優遇措置廃止が近付いています(平成24年3月末)。廃止に伴う退職金制度の変更にあたり、確定拠出年金あるいは確定給付企業年金への移行に負けず劣らず多いものとして、中小企業退職金共済制度への移行があります。
本事例は同制度に移行した結果、中途退職者に対する退職金額が大幅に減額したことに対し、従業員側が異議を唱え、適格退職年金制度に基づく退職金支払いを会社に求めたものです。
このような紛争は一見、就業規則の不利益変更の可否に係るもののように思われます(労働契約法10条参照)。とすれば、同紛争解決については、労基署は管掌せず、労働局によるあっせん制度あるいは裁判所において判断を行うべき問題となりますが、設問のモデル事例とした中部カラー事件(東京高判平19.10.30労判964号72頁)を見ると、別の切り口が示唆されています。それは「就業規則の周知」です。
(2)条文とその解釈適用について
第106条1項
使用者は、この法律及びこれに基づく命令の要旨、就業規則(中略)を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によって、労働者に周知しなければならない。
労基法施行規則52条の2
法第106条第1項の厚生労働省令で定める方法は、次に掲げる方法とする。
1 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること。
2 書面を労働者に交付すること。
3 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること。
(参考) 〈労働契約法10条〉 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ(中略)合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。(後略)
労基法が求める周知は「労働者が必要なときに容易に確認できる状態」にあることであり、本人から請求があれば、その都度示しているだけでは、労基法上の周知を満たしたとは解されないとされています(平11.3.31基発169号)。
以上の通り、労基法においては就業規則の周知が義務付けられていますが、これが十分に履行されていない場合、労基署から厳しい指導がなされることは当然としても、周知が不十分である規定が労働者に法的効力を及ぼすのか否か以前までは判然としませんでした。
これに対し、フジ興産事件(最2小判平15.10.10)において最高裁は、懲戒規定の効力が生ずるためには就業規則の周知が必要不可欠である旨、明言しました。その後、労働契約法7条、同10条にも明文化されることとなり、前述の通り設問のモデル事例である中部カラー事件においても、就業規則の変更内容つまり中退共および養老年金制度への移行「周知」が不十分であることを理由として、退職社員に対し変更規定が適用されることを否定し、従前通りの適格退職年金制度の規定に基づく退職金支払いを会社側に命じています(控訴審確定)。
上記裁判例において、周知が問題とされた理由は次の2点です。第1は、中途退職した場合、就業規則変更によって大きな不利益を与える可能性があることを社員に十分に説明していなかった点です。第2は、変更された規則の詳細を定める中退共制度および養老年金制度に係る規定冊子を、他の就業規則等とともに休憩室等に常備し、各社員の閲覧に供していなかった点です。
(3)実践的なトラブル解決方法について
制度変更時の周知が不十分である場合、労基署が企業をどこまで指導するかが問題となりますが、前述の通り、さらなる周知を行うよう将来的な改善を求める指導はあれ、周知そのものを否定し、変更前の規定に基づく退職金支払いを命じる指導は行いづらいと想像されます。
これに対して、裁判所は、前述の裁判例を前提とすると、同様の紛争事案が持ち込まれた場合、労基署の指導を問わず、周知が十分になされていない事案については、規定の効力自体を否定する可能性が極めて高いものといえます。このようなリスクを回避するためには、次の点に留意した変更手続を行うことが求められます。
まずは、退職金制度変更時の従業員協議・説明会開催時の十分な説明です。中部カラー事件を前提とすれば、制度変更に伴い従業員に不利益を被らせるケースでは、従業員に十分な情報提供を行う必要があるということです。規定変更内容の概要とそのメリットの説明だけであれば、同要請を満たせないおそれがありますので、変更に伴うデメリットも含めて説明を行うよう十分に留意しておく必要があります。
次に、就業規則変更に伴う各規則の整備と周知です。中退共制度、養老年金制度の詳細については、規定類だけではなかなか容易に伺い知れないものではありますが、企業側のリスク対応という見地からいえば、社員が読む読まないを問わず、関連する規定をすべて従業員が見やすい場所(従業員が容易に見ることができる社内LANの共有ファイルを含む〈周知済〉)に常時用意しておくことが求められます。
事例7
当社には、メンタルヘルス疾患が理由で長期間私傷病休職している社員Aがいる。Aはあるプロジェクトに参加し、その間、月70時間程度の時間外労働に従事していたが、プロジェクト終了前後にうつ病を発症し、2年11ヵ月あまり私傷病休職しており、今なお本人の主張および主治医による診断は「復職できない」とするものである。
当社の私傷病休職期間は3年で満了するため、休職期間満了を理由に今月末付けをもって解雇する旨、前月末に連絡したところ、本人から「自らのうつ病発症は会社の長時間労働に起因するものであり、今月中に労災認定申請を行う」旨、意向を示された。
さらに「自らの休職は労災に起因する疾病によるものであるため、そのような休職期間中の解雇は労基法19条に違反するので、労基署に申告する」と告げられた。Aの主張通り、労基署は労基法19条違反であるとの指導を行うものなのか。
(1)事例7 問題のポイント
近年、人事担当者から見て、大きな悩みの種であるのは、社員のメンタルヘルス問題です。まずは、休職・復職の可否が今なお大きな課題ですが、最近ではそれに加えて、上記設問のような問題も登場しています。設問のモデル事例は東芝事件(東京地判平19.4.23労経速2005号3頁)ですが、同地裁判決において裁判所は、労災保険法上の業務上外判断の確定を待たずに、独自に「業務上」判断を行ったうえで「同解雇が労基法19条に違反する」とし、解雇無効の判断を下しました。そもそも労基法19条とはどのような条文であるのか、そして同設問に対する企業対応のポイントについて、以下解説いたします。
(2)条文とその解釈適用について
第19条1項 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間(中略)は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第81条の規定によって打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合においては、この限りではない。
2項 前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなければならない。
同条は、業務上の傷病または産前産後のために労働能力を喪失している期間および労働能力の回復に必要なその後30日間については、「解雇を一時制限し、労働者が生活の脅威を被ることのないよう保護」することを目的として定められています。一般に労働災害に被災した社員を労災休業期間中に解雇することは、同条を持ち出さなくとも、常識外の行為として批判の対象になるところと思われます。
これに対して、設問の事例が難しいのは、約3年近く私傷病休職を続けている社員が、休職期間満了直前に労災申請を行い、同条を根拠に解雇無効を主張している点です。確かに疾病が業務上の過重負荷に起因するものであり、かつ3年経過するものの同疾病に基づき休業の必要があるとすれば、同条に基づき解雇は規制対象となりますが、問題はそもそも「業務上の疾病」にあたるかどうかです。
まず解雇係争事案に先んじて、労基署が労災申請に対し業務上判断を行う場合は問題が生じませんが、精神疾患の労災認定は、今なお判断が難しいものが多く、労基署が不支給決定処分を行い、これが審査請求、再審査請求そして裁判所に持ち込まれるケースが数多くあります。モデルとした事例も、再審査請求までは不支給決定処分が維持されており、別訴の地裁判決において初めて業務上判断が示されています。
このような事情から見ると、同種事案に際して、労基署の監督官が会社に対して労基法19条違反の指導を行うことは、まず考えにくいと思われます(もちろん労災申請に対し、労基署が速やかに業務上判断を行う等、業務上の疾病であることが早期に確定しているにもかかわらず、使用者側がそれに従わない場合は指導対象となる)。
(3)実践的なトラブル解決方法について
労基署の指導はさておき、前述の通り裁判所で解雇が争われた場合、モデルとした裁判例のように解雇無効との判断が示される可能性は否定できません。会社側は同種事案が生じた場合、やはり社員を解雇できないと考えるべきでしょうか。
これについては、労基法19条にいう「業務上疾病にかかる療養のために休業する期間」に解雇規制がかかっている点を再度確認する要があります。つまり、すでに疾病にかかる療養のために休業する要がなければ、業務上外問わず、解雇規制は及ばないこととなります(ただし、その後30日間については注意)。
このような「休業する要がない」状態のことを労災実務ではかねてより「治癒」と称してきました。裁判例においても、治癒について「症状が安定し、症状が固定した状態にあるもので、治療の必要がなくなったものをいい、…疾病にあっては急性症状が消退し慢性症状は持続しても医療効果を期待しえない状態となった場合」(中央労基署長(東京都結核予防会)事件、東京地判昭57.3.18判時1040号95頁)等と定義しており、これに該当する場合は、労基法19条の規制が及ばないことも、すでに下級審裁判例において確認されています(例えば「症状固定の状態になれば、再就職の困難さという点についてもそれ以上の改善の見込みは失われるのであるから、症状固定時以降は、再就職可能性の回復を期待して解雇を一般的に禁止すべき理由はなくなる」とし、同解雇を有効としたものとして光洋運輸事件(名古屋地判平2.1.24労判567号64頁)など)。
精神疾患についても、治癒が認められれば、業務上の過重負荷に起因した疾病であったとしても、労基法19条の解雇規制が及ばないこととなります。業務上負荷が要因の1つであるメンタルヘルス休職者については、休業期間中の疾病状況について、復職直前に至らずとも、定期的に確認し、治癒に至っていないかチェックできる仕組み作りを整備充実していくことも、今後の実務対応策として考えられます(なお、東芝事件東京地裁判決に対する詳細な検討として、拙稿「メンタルヘルス休職者に対する休職期間満了を理由とした解雇と労基法19条」労働法律旬報1705号41頁以下)。
事例8
新型インフルエンザの流行に伴い、当社においても従業員とその家族の感染例が報告されている。当社はサービス部門において顧客との接触機会が多く、社員が感染源になった場合、信用問題が生じるため、できる限り厳しい休職ルールを設けたいと考えている。
具体的には以下の基準に該当する社員については、休職を命じることを考えている。
(1)37℃以上の発熱がある社員
(2)新型インフルエンザに感染した同僚・家族と濃厚接触した社員(2メートル以内で社会的接触があるケース)
さらに休職社員については、無給扱いとすることを検討しているが、労基署から何か指導される可能性があるか。
(1)事例8 問題のポイント
新型インフルエンザに感染し、咳・高熱などの症状から自ら欠勤する社員については、当然ながら病欠扱いとなり、その感染が業務上であると認められない限り(医療職などの場合は例外あり)、原則として会社側に賃金支払いの義務は生じません。ただし、会社によっては病気休職の際、何らかの手当を支給するなど特別なルールを設けている場合は、これに従うこととなります。
それでは設問のように、高熱あるいは新型インフルエンザ感染者と濃厚接触した社員を一律に休職させた場合、無給扱いとすることも可能でしょうか。この問題については、労基法26条の休業手当という規定があります。労基署においては、同規定に伴い指導がなされることがありますので、確認しておく必要があります。なお、関連条文としては、民法536条2項がありますが、ここでは言及いたしません。
(2)条文とその解釈適用について
第26条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。
(参考) 〈民法536条2項〉 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
労基法26条は、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合、平均賃金の100分の60に相当する休業手当の支払義務を使用者に課しています。問題は、ここでいう「使用者の責に帰すべき事由」ですが、厚労省の見解によれば「第一に使用者の故意、過失または信義則上これと同視すべきものより広く、第二に不可抗力によるものは含まれない」(労働省労働基準局編「全訂新版 労働基準法 上」331頁[1997、(財)労務行政研究所]参照)としています。
まず、天災事変など使用者側が関与できない不可抗力による休業は、ここでいう使用者の責に帰すべき事由にあたらないことは、異論のないところです。問題はそれ以外のケースですが、経営障害については、親会社の経営難のため、資材資金の供給を受けられず、やむを得ず休業するに至った子会社の休業について、同見解では「質疑の場合は使用者の責に帰すべき休業に該当する」(昭23.6.11基収1998号)との見解を示しており、経営障害についても労基法26条に基づき休業手当を最低限、支払うべきとしています。
それでは、本件のような新型インフルエンザ流行に伴い、感染の「可能性がある」社員(本設問でいえば、37℃以上の発熱者もしくは濃厚接触者)について、会社側の判断で一律に休業させることは「使用者の責に帰すべき事由」に該当するのでしょうか。
これについては、過去にO157が流行していた際に示された厚労省通達(平8.8.9基発511号)が1つのヒントを示していましたが、2009年9月に入り、厚労省HPに「新型インフルエンザに関連して労働者を休業させる場合の労働基準法上の問題に関するQ&A」が示されました。このQ&Aによれば、まず新型インフルエンザに感染し、医師から療養の必要性があると診断された社員を無給で休職させることは特段、問題がないとします(会社に別途病気休職時の手当制度があれば、これに従う)。これに対して、設問のような発熱者および濃厚接触者について、医師の診断を待たずに会社側が一律の基準で休職させる場合は、一般的には使用者の責に帰すべき事由にあたり、休職手当を支払う必要があるとしています。
しかしながら、厚労省も感染の疑いのある社員を休職させる場合に休業手当の支払いをすべて求めているものではありません。Q&Aによれば、濃厚接触者など感染の疑いがある社員について、保健所から自宅待機など「協力要請等」がなされたことに基づき休職させた場合は、労基法26条にいう休業手当の支払いを要しないとしています。
現在のところ、保健所も新型インフルエンザの弱毒性が確認された以降は、自宅待機等の協力要請は特に行っていないようですが、今後、リスク評価が変わるか、あるいは新たに強毒性の新型インフルエンザが出現した場合、対応を一変する可能性がないわけではありません。
(3)実践的なトラブル解決方法について
以上の通り、厚労省は新型インフルエンザに伴う休職の際の休業手当について、ようやくQ&Aの形で先のような見解を示しました。労基署に相談をした場合、当面は先のような回答がなされることになります。
企業としての実務対応ですが、やはり現状でいえば、濃厚接触者など感染の疑いがある社員(発症していない場合)に対し、休職を命じることは容認されるとはいえ、無給扱いとすることは慎重に行うべきでしょう。少なくとも休業手当(つまり平均賃金の100分の60)の支給は準備しておくべきです。それとともに、社員に対して、年次有給休暇の取得を促すことも、1つの対応策として考えられます。つまり、対象社員に対し、年次有給休暇の取得か、あるいは休業手当(平均賃金の6割以上)受給かを選択してもらうということです。現状では多くの企業において、年次有給休暇の残日数が5割以上の社員が大半と思われますので、対象社員の多くは年休を行使することが予測されます。
なお、当然のことながら、年次有給休暇の取得は本人の意向に従うものであり、会社側が勝手に有給取得扱いとする取扱いは労基法違反となることに注意が必要です(同問題に対する詳細な解説として、拙稿「新型インフルエンザ問題をめぐる諸問題」労働法学研究会報2464号4頁以下)。
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