ユニバーサル社会への扉:コロナ禍で見直される職場の雑談
~今こそ「誰一人取り残さない」視点を~
第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部 上席主任研究員 水野 映子氏
1.コロナ禍を機に認識された雑談の重要性
新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の感染拡大をきっかけに、在宅勤務をはじめとするテレワークが普及して久しい。テレワークは、感染リスクや通勤の負担を軽減するメリットがある一方で、職場の人との気軽なコミュニケーションがしにくいなどのデメリットもあることが、これまでにも指摘されている(注1)。
またコロナ禍により懇親会・歓送迎会などの従業員間の交流機会も失われ、オフィスでの日常的な業務時間や休み時間においても、飛沫感染を防ぐ観点から必要以上の会話を交わしにくい状況が続いてきた。
当研究所が2021年9月に実施した調査においても、新型コロナの感染拡大後に「職場の人との雑談や何げない会話が減った」と答えた人は、56.3%と半数を超えた(図表1)。中でも、テレワークをおこなっている人におけるその割合は、7割近くに及んでいる。
また、感染拡大後に「職場の人との雑談や何げない会話が大切だと思うことが増えた」と答えた人の割合も、59.0%とやはり半数を大きく上回った(図表2)。その割合は、テレワークをおこなっている人では71.0%、前述の質問で「職場の人との雑談や何げない会話が減った」と答えた人では83.8%に達している。
職場における雑談などのインフォーマルな会話は、気晴らしやストレス解消になるほか、仕事に関する有用な情報やヒントを得たり、人間関係を構築したりする上で役立つこともある。コロナ禍を機に職場での雑談が減ったことにより、その重要性が認識されるようになったことが、データにも示されたといえる。
2.コロナ禍以前から雑談の輪に入れなかった人々の存在
前述のように、新型コロナ感染拡大の影響で職場での雑談は全般的に減ったが、もともと感染拡大の前から雑談の機会が少なかった人もいる。その一例が、聴覚に障がいのある人(以下、聴覚障がい者)である。
少し前のデータになるが、当研究所が聴覚障がい者、およびその比較対象として聴覚に障がいのない人(以下、健聴者)を対象に実施した調査の結果を紹介しよう。まず、図表3で職場での雑談の頻度をみると、健聴者より聴覚障がい者のほうが明らかに低い。聴覚障がい者の中には、雑談をすることが「全くない」と答えた人も14.6%いる。
この質問で雑談をすることがあるとした聴覚障がい者のうち、聞こえない・聞こえにくいためにその内容を理解できないことがあると答えた割合は、87.4%にのぼった(図表4)。雑談にそもそも加われない、あるいは加わってもその内容の理解が難しい聴覚障がい者が、感染拡大前でもかなりいたことがわかる。
感染拡大下の現在においては、マスクで口元や表情が見えないことなどにより、対面でのコミュニケーションがより困難になっている(注2)ことから、以前にもまして雑談から遠のいている聴覚障がい者がいると想定される。
また、この調査で他の人の雑談の内容が気になることがあると答えた聴覚障がい者の割合は71.5%であり、健聴者の29.8%よりはるかに高かった(図表5)。自分が加われない・理解できない雑談の中で、どのような情報がやり取りされているのか気になるのは当然だろう。雑談からの情報が得られないことは、仕事を遂行する上で不利になるだけでなく、情報から疎外されているという孤独感も生み出しかねない。
同様のことは、聴覚障がい者のみならず、言葉の理解が困難な外国人などにも、生じている可能性がある。個人的な例だが、筆者自身も言葉が十分に通じない国で働いた際には、同僚の雑談に入れず、もどかしさを感じた経験がある(注3)。
以上は感染拡大前から存在していた問題であるが、感染拡大以降は、テレワークなどによって雑談の機会が減り、他の従業員間のコミュニケーションの状況が把握しにくくなった一般の就業者にも、多かれ少なかれ似た問題があると考えられる。
3.雑談からも「誰一人取り残さない」仕組みづくりを
感染拡大に伴う職場でのコミュニケーションの減少が注目されるにしたがい、企業などではオンライン上で従業員間の雑談を促す取り組みもおこなわれるようになってきた。オンラインのランチ会やコーヒーブレイクなどのコミュニケーション機会をつくる、会議の中でも雑談の時間を設ける、交流のためのコミュニティや雑談しやすい仮想オフィス空間を導入する、などがその例である。
そのような新しい雑談のスタイルについて考える際にも、コミュニケーションの輪から取り残される人がいないか、注視してほしい。例えば、オンライン上での会話が音声のみで交わされる場合、その聞き取りが難しい聴覚障がい者や外国人などは、対面での会話と同じかそれ以上に参加しにくい。
逆に、チャットなど文字だけで会話がやり取りされる場合は、視覚に障がいがある人や読み書きが不得意な人などにはハードルが高くなる可能性もある。障がいの有無や言語の得手不得手以外の理由でも、オンラインでのコミュニケーションになじめない層はいるかもしれない。
筆者は、新型コロナの感染拡大によってさまざまな人がコミュニケーションの問題を感じるようになったことを機に、感染拡大前から存在している他の人のコミュニケーションの問題にも目を向け、それらの問題を解消する方法を考えること、そして皆がコミュニケーションしやすい社会を目指すことの必要性についてこれまで論じてきた(注4)。本稿もその一環である。
感染拡大の新たな波が押し寄せ、対面でのコミュニケーションが再び難しくなっている今、雑談を含むコミュニケーションに誰もが参加できる仕組みづくりを改めて提唱したい。
【注釈】
1)例えば以下の調査では、テレワーク経験者が感じるテレワークのデメリットとして、第1位には「社内での気軽な相談・報告が困難」(36.4%)、第2位には「画面を通じた情報のみによるコミュニケーション不足やストレス」(30.3%)があがっている。
内閣府「第4回 新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(2021年9月28日~10月5日実施)
2)水野映子「誰もがコミュニケーションしやすいウィズ/アフターコロナに ~『新しい生活様式』での対面コミュニケーションの問題と工夫~」2021年1月
3)水野映子「ウルグアイ通信(3)コミュニケーションの壁 ~聴覚に障害のある人との類似点・相違点~」2019年2月
4)上記注2の他は以下。
水野映子「(続)誰もがコミュニケーションしやすいウィズ/アフターコロナに ~『顔の見えない』オンラインでの対応~」2021年2月
水野映子「ウィズコロナのコミュニケーションを見つめ直す ~今こそ『誰一人取り残さない』視点を~」2021年12月
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