この事例ではどう判断される?
テレワーク時の労働災害
弁護士
髙山 烈(銀座中央総合法律事務所)
テレワークの基本
本稿では、テレワーク時にどのような労災が生じやすく、また、どのような対策が有効であるかについて解説します。前提として、テレワークの基本について簡単にご説明します。
「テレワーク」とは、会社以外の場所での勤務をいい、働く場所に応じて、在宅勤務、モバイルワーク(顧客先や移動中など)、サテライトオフィス勤務の三つにわけられます。「サテライトオフィス」とは、センターオフィス(通常勤務する固定的なオフィス)に対する「衛星」の意味で設けられる比較的小規模なオフィスのことで、企業などが自社の勤務者のテレワーク実施施設として設置するものをいいます。
テレワークに関する特別な法令はなく、会社における勤務と同様に、労働基準法、労働安全衛生法、労働者災害補償保険法など、一般の労働基準関係法令が適用されます。
テレワークの実施に際しては、厚生労働省が平成30年2月22日に策定した「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」を参考にすることが望まれます。
なお、テレワークの形態では在宅勤務が圧倒的に多いようですので、本稿では在宅勤務時に生じる災害に絞ってご説明します。
( ※この記事は、『ビジネスガイド 2020年8月号』に掲載されたものです。)
労働災害とは
1)労働災害(業務災害、通勤災害)
労働災害は、業務上の事由による労働者の負傷、疾病、障害、死亡など(以下、「負傷など」という)である「業務災害」と、通勤による負傷などである「通勤災害」とに分けられます(労働者災害補償保険法1条、7条1項)。
在宅勤務は自宅における勤務であるため、通勤災害は生じないという前提で、以下、業務災害についてのみ説明します。
2)業務災害と認められる要件
業務災害と認められるためには、①業務遂行性、②業務起因性の二つの要件を満たす必要があります。
- 業務遂行性:労働者が労働関係の下にあること、すなわち、労働契約に基づき事業者の支配下にあること。
- 業務起因性:業務と傷病などの間に相当の因果関係があること。
業務災害に該当するか否かについては、まず、①業務遂行性の有無が判断され、業務遂行性があると認められる場合に、②業務起因性があるか否かを判断します。
業務災害のうち、業務上の負傷ついて①業務遂行性、②業務起因性を判断する際、通常は、次の三つの場合に分けて考えます。
- ア 事業主の支配下にあり、かつ管理下にあって業務に従事している場合
- イ 事業主の支配下にあり、かつ、管理下にあるが、業務に従事していない場合
- ウ 事業主の支配下にあるが、管理下を離れて業務に従事している場合
上記のうち、アとイは労働者が事業場内施設にいる場合です。自宅は事業場内施設ではありませんので、在宅勤務は上記のうちウに該当するものと考えられます。
ウの場合は、事業主の管理下を離れてはいるものの、労働契約に基づき事業主の命令を受けて仕事をしているわけですから、事業主の支配下にあるといえます。したがって、仕事の場所はどこであっても、積極的な私的行為を行うなど特段の事情がない限り、一般的に①業務起因性が認められ、②業務起因性についても特にこれを否定すべき事情がない限り認められるとされています。
在宅勤務時の業務災害
在宅勤務時において、どのような場合であれば業務災害と認められるのか、または認められないのかを、具体的に検討したいと思います。
1)デスクワーク中のケガ
〈事例1〉
所定労働時間内に自宅でPC作業中、デスク脇の資料を取るために立ち上がり、座る際にバランスを崩して転倒し、ケガをした。
事例1のケースは、まさに労働時間中のことであり、事業者の支配下にあるものといえるため、①業務遂行性の要件を満たします。また、資料を取るという業務に関連する行為に起因してケガをしているため、業務とケガとの間に相当因果関係があるといえ、②業務起因性の要件も満たします。したがって、このケースにおけるケガは業務災害に当たると考えられます。
〈事例2〉
所定労働時間内にリビングでPC作業中、同じ部屋で遊んでいた自分の子どもが投げたオモチャが頭に当たってケガをした。
では、事例2のようなケースではどうでしょうか。所定労働時間内にPC作業をしていたわけですから、①業務遂行性は認められると考えられます。
問題は、②業務起因性の要件です。業務とケガとの間に相当な因果関係が認められるといえるでしょうか。休校が続き、外出の自粛が求められるような場面では、親が子どもを目の届く範囲に置きながら業務に従事せざるを得ない状況は十分にあり得るところかと思います。
そうすると、子どもの行為により受傷することは想定されるところであり、在宅勤務という業務に内在する危険であることから、業務起因性を特に否定すべき事情はなく、業務災害と認められる可能性は大いにあるのではないかと考えられます。
2)離席などに際するケガ
〈事例3〉
- a 休憩時間中に子どもと遊んでいる際に、ケガをした。
- b 所定労働時間内に、PC作業を中断して家事や育児などを行っている際にケガをした。
- c 所定労働時間内に自宅でPC作業中、トイレに行くため作業場所を離席した後、作業場所に戻り椅子に座ろうとした際に転倒してケガをした。
まず、aのケースのように、昼休みなど、休憩時間中の私的行為により生じたケガについては、業務災害とは認められません。また、bのケースも、所定労働時間内とはいえ、業務を中断し、積極的な私的行為を行っている際に生じた災害であるため、①業務遂行性がなく、業務災害に該当しません。
では、cのケースはどうでしょうか。この点、トイレに行くという行為自体は業務ではありませんが、生理的行為として業務に付随する行為と取り扱われるため、①業務遂行性の要件を満たします。また、②業務起因性を特に否定すべき事情もないため、業務災害に当たると考えられます。実際に、同様の事案で業務災害と認定されたものがあります。
〈事例4〉
所定労働時間内に、一時離席してベランダでタバコを吸っていたとき、前日の雨でベランダが濡れていたため、足を滑らせて転倒し、ケガをした。
さらに、少し事例を変えた事例4のケースはどうでしょうか。喫煙は、トイレと異なり、生理的行為には該当しないと思われますが、一般的に、所定労働時間内の喫煙が許されている企業はあるでしょう。実際に、喫煙による離席は休憩時間にはならず、労働時間であるとした裁判例は複数あります。
したがって、職場(事業場)の喫煙所で所定労働時間内に喫煙中、足を滑らせて転倒し、ケガをしたような場合であれば、事業主の支配・管理下にある手待時間中の災害であるとして、業務災害と認められる可能性があります。
他方、自宅のベランダには事業主の管理が及んでいませんので、事業場の喫煙所とまったく同列には考えられません。かなり微妙なところですが、勤務中の喫煙が容認されている企業においては、喫煙は気分転換の一種であり業務に通常付随するとみるべき行為であって「積極的な私的行為」とまではいえず、また、ベランダで喫煙することが経験則上あり得ることに鑑みれば、業務災害と認められる可能性はゼロではないと思います。
3)腰痛
〈事例5〉
在宅勤務で、自室がないため、ダイニングのテーブルと椅子を使い、ノート型PCでの作業を3ヵ月間続けた。椅子とテーブルの高さが職場とは違い、長時間の作業には向いていなかったようで、腰痛が悪化した。
「仕事に適した机や椅子がない」「肩こりが悪化した」などの状態で在宅勤務が続くと、腰痛などを発症させる従業員が増える可能性があります。
厚生労働省が定める「業務上腰痛の認定基準」では、腰痛を「災害性の原因による腰痛」と「災害性の原因によらない腰痛」の2種類に区分し、それぞれについて業務災害と認定するための要件を定めています。
このうち「災害性の原因による腰痛」とは、腰部の外傷などに起因する腰痛を指すため、事例5のケースはこれに当たりません。
次に、「災害性の原因によらない腰痛」は、従事する作業の期間(比較的短期間か、相当長期間か)によりさらに二つに類別されるところ、比較的短期間(概ね3ヵ月から数年以内) における腰部に過度の負担のかかる業務の例として、以下の業務が挙げられています。
- (イ)概ね20kg程度以上の重量物または軽重不同の物を繰り返し中腰で取り扱う業務
- (ロ)腰部にとって極めて不自然ないしは非生理的な姿勢で毎日数時間程度行う業務
- (ハ)長時間にわたって腰部の伸展を行うことのできない同一作業姿勢を持続して行う業務
- (ニ)腰部に著しく粗大な振動を受ける作業を継続して行う業務
設問のケースは、上記のうちの(イ)と(ニ)の作業には明らかに該当しません。また、椅子に長時間継続して座り続けることは(ロ)の「腰部にとって極めて不自然ないしは非生理的な姿勢」ともいえません。
そして、デスクワーク中であっても適宜立ち上がって腰を伸ばすことも通常は可能であると思われますので、(ハ)の業務にも該当しないものと考えられます。なお、(ハ)の業務の例としては、「長距離トラックの運転業務」が挙げられています。
デスクワークでもWeb会議が長時間続いて立ち上がる時間が取れないことがあるかもしれませんが、やはり、業務の性質として同一作業姿勢を持続することが前提となっているとまではいえないでしょう。
このように、在宅勤務の継続に伴う腰痛が業務災害と認定される可能性は低いものと思われます。
4)メンタル不調
〈事例6〉
コロナ禍以前はオフィス勤務であったが、在宅勤務中心に変わった。業務時間には変化はない。業務と私生活のメリハリがなくなり、他のスタッフとのコミュニケーションが不足しているために、強いストレスを感じる。ついに、うつ病と診断されてしまった。
業務に関連する可能性があるメンタル不調については、厚生労働省の定める「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下、「認定基準」という)に基づき業務災害であるか否かが判断されます。認定基準の認定要件は次の三つです。
- ア 対象疾病を発病していること
- イ 対象疾病の発病前おおむね6ヵ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- ウ 業務以外の心理的負荷および個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと
うつ病はアの「対象疾病」に該当します。次に、イの「業務による強い心理的負荷」の要件については、まず、発病前概ね6ヵ月の間に「特別な出来事」に該当する業務による出来事が認められるかどうかを検討します。
認定基準における「特別な出来事」とは、生死にかかわる業務上のケガや、業務に関連して他人を死亡させるなど、「心理的負荷が極度のもの」や、発病直前の1ヵ月に概ね160時間を超えるような「極度の長時間労働」を指します。事例6のケースは、これらに該当する出来事はないものとします。
そして、「特別な出来事」に該当する出来事がない場合は、認定基準の手順に従って心理的負荷の総合評価を行い、「強」、「中」または「弱」に評価するとされています。
認定基準の別表1に「具体的出来事」が列挙されているところ、在宅勤務中心に変わったという点は、18の「勤務形態に変化があった」、19の「仕事のペース、活動の変化があった」に該当する可能性があると考えられます。これらの項目は、心理的負荷は「弱」とされることが一般的であり、「強」とされることは稀であるとされています。
また、ウの「業務以外の心理的負荷」について、別表2に具体的出来事が列挙されています。ここには「天災や火災などにあった」という出来事があります。今般のコロナ禍が「天災」に該当するとまではいえないかもしれませんが、コロナ禍に伴う外出自粛や生活様式の変化が「業務以外の心理的負荷」として考慮されることはあり得るところだと思います。
このように、認定基準に照らして考えると、在宅勤務中心に変わった後にうつ病を生じたとしても、業務時間自体に変化がない場合は、業務災害と認定される可能性は小さいと思われます。
5)自宅でのコロナウイルスへの感染
〈事例7〉
家族がコロナウイルスに感染し、自分にもうつってしまった。私は医療従事者ではなく、在宅勤務を続けており、外出は徹底して自粛していたので、自宅で家族から感染したのだと思う。(※感染経路は家族からであるものとします)
厚生労働省は、本年4月28日付にて「新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱いについて」という通達を発しています。同通達は、日本国内において感染が確認された場合の具体的な取扱いについて、感染者が医療従事者であるか否か、医療従事者以外の場合は感染経路が特定しているか否かにより区別しています。
そして、医療従事者以外の労働者であって感染経路が特定されたものである場合は、「感染源が業務に内在していたことが明らかに認められた場合」に労災保険給付の対象となるとされています。
そうすると、事例7のように家族からの感染であると特定された場合には、仮に在宅勤務を続けていたものであるとしても、自宅は基本的に私生活の場であり、在宅勤務に起因する感染であると特定できるものではなく、「感染源が業務に内在していたことが明らかに認められた場合」に該当するものではないため、業務災害には当たらないと考えられます。
在宅勤務におけるケガや健康被害の予防
結果として業務災害に該当するかどうかはともかく、在宅勤務に関連してさまざまなケガや健康被害が生じ得ることは否定できません。事業場における勤務と在宅勤務の違いに着目し、これらのケガや健康被害の予防対策を考えてみましょう。
在宅勤務は、事業場における勤務と異なり、事業主の管理が及びにくく、コミュニケーションも不足しがちです。そこで、在宅勤務において、事業主は、適切な作業環境や作業時間について、事業場以上に意識的に周知・指導することが重要です。
この点について参考になるのが、厚生労働省の定める「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」(平成元年7月12日基発0712第3号)です。同ガイドラインは、直接的には「事務所」(事務所衛生基準規則1条1項に規定する事務所)において行われる情報機器作業を対象としていますが、在宅勤務を含め、事務所以外の場所で行われる情報機器作業についても、できる限り本ガイドラインに準じて労働衛生管理を行うよう指導することが求められています。
同ガイドラインは、作業者の心身の負担を軽減し、作業者が支障なく作業を行うことができるようにするための作業環境管理として、例えば、PCについて、デスクトップ、ノート型、タブレットなどに分類したうえで、それぞれについて適切なサイズや機能などについて細かく説明しています。また、適切な椅子や机の要件についても記載しています。
それから、作業者が心身の負担が少なく作業を行うことができるよう、適切な作業時間や作業姿勢についての説明もあります。例えば、作業時間について「一連続作業時間が1時間を超えないようにし、次の連続作業までの間に10分~15分の作業休止時間を設け、かつ、一連続作業時間内において1回~2回程度の小休止を設けるよう指導すること」や、作業姿勢は座り続けずに時折立って作業することが望ましいなどとされています。
その他にも、同ガイドラインには、作業者の健康管理や労働衛生教育など、多岐にわたり詳細な説明がなされています。
事業主は、同ガイドラインを参考に、適切な作業環境や作業時間を周知し、指導することにより、在宅勤務におけるケガや健康被害の防止を図ることができるでしょう。
在宅勤務の有用性を最大限に享受するために
本稿では、あえて限界事例を想定し、検討してみました。現実に起きる災害は一つずつ事実関係が異なるため、結論は、労災申請を受けた労働基準監督署や、監督官、裁判所の事実認定次第です。
ただし、被災した労働者において、在宅勤務中の災害が業務災害に該当し得ることを知らない場合、会社に報告せずに私的な受傷として処理してしまうおそれがあります。したがって、事業主としては、在宅勤務中に生じた災害は業務災害に該当する可能性があることを労働者に対して周知し、在宅勤務中に何らかの災害が生じた場合は、速やかに会社に連絡・報告するよう指導すべきです。
コロナ禍という不測の事態により広がった在宅勤務ですが、通勤が不要となることで時間や労力が節約できるなど、有用性を実感した企業や労働者も多いと思われます。事業主は、在宅勤務の有用性を最大限に享受するためにも、在宅勤務におけるケガや健康被害の防止策を徹底すべきでしょう。
【執筆者略歴】
●髙山 烈(たかやま あきら)
2003年10月弁護士登録。2019年8月より銀座中央総合法律事務所パートナー。主な取扱い分野は、企業法務(リース、製造業、不動産業など)、労働事件(主に使用者側)、破産事件(管財人・申立代理人)など。中小企業をメインターゲットとして、将来的な法的紛争を未然に防止する予防法務に力を入れている。
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