“日本に恋する”外国人材が活躍
37の国・地域がもたらす多様性の強みとは
東 真紀子さん(株式会社コスモスホテルマネジメント 人事部 部長)
牛久 彩也乃さん (株式会社コスモスホテルマネジメント 人事部)

東京や京都、大阪で「APARTMENT HOTEL MIMARU」を展開するコスモスホテルマネジメントでは、37の国と地域から集まった外国籍の人材が数多く活躍しています。フロントスタッフの8割超、施設マネジャーの9割以上が外国籍です。日系企業をルーツに持つ同社が、これだけ多様性に富む組織を運営できる秘訣は何でしょうか。人事部部長の東真紀子さんと、D&I研修の開発と運営を担当し、同社の設立当初から多様性推進に取り組んできた人事部の牛久彩也乃さんに聞きました。

- 東 真紀子さん
- 株式会社コスモスホテルマネジメント 人事部 部長

- 牛久 彩也乃さん
- 株式会社コスモスホテルマネジメント 人事部
施設スタッフの8割超が外国籍
サービスマニュアルのないホテル
はじめに、コスモスホテルマネジメントの主な事業を教えてください。
東:当社は2017年に設立し、「APARTMENT HOTEL MIMARU」(以下MIMARU)を東京・京都・大阪で27施設運営しています。
MIMARUのメインターゲットは、インバウンド旅行客のファミリー層です。旅先でも自宅で暮らす感覚でおくつろぎいただけるよう、部屋の広さは約40平方メートルからで、すべての部屋にキッチンとダイニングを設置しています。宿泊者(ゲスト)のうち外国籍の方は9割を超え、家族利用も約9割、3泊以上お泊りになる方が多くを占めます。世界中からゲストを迎え入れるため、ホテルスタッフも国際色豊かです。
採用の際、二つの点を重視しています。ひとつは語学力。英語と日本語を話せることは必須で、それ以外の言語を母語とするトリリンガル、マルチリンガルも多く在籍しています。もうひとつは、「日本が大好き」であること。海外から訪れるゲストに日本の魅力を伝えつつ、思い出に残る旅をサポートすることが、ホテルスタッフの役割です。
牛久:創業初期に転職エージェントの協力を仰ぎながら、各国で積極的なリクルーティング活動に取り組みました。韓国や中国、台湾、香港では1次面接から内定までを1日で進める採用イベントを行ったほか、来日時のビザ取得やマンスリーマンションの手配など、生活のセットアップを支援し、来日のハードルができるだけ低くなるように配慮しました。ホテル業界のノウハウが全くなかったため、想像し得るルートは全て使っています。
東:全体における外国籍社員の割合はおよそ6割で、施設スタッフの8割以上、施設マネジャーは9割以上が外国籍の社員です。開業時にホテルスタッフとして入社し、エリアマネジャー、本社勤務と活躍し続けている社員もいます。
スタッフの日本に対する愛着はかなりのものです。採用面接で「日本に恋をした」と語る人もいました。やはりアニメやマンガ、アーティストといったエンターテインメントから日本に関心を持った人が多いですね。日本の名所や絶景に詳しく、日本人でも知らないようなトリビアを披露してくれるなど、日本への興味と造詣の深さには驚かされます。

それだけ多国籍の従業員が働いているなら、サービスマニュアルを浸透させるために工夫が必要なのではないでしょうか。
牛久:MIMARUにはサービスマニュアルが存在しません。もちろんチェックイン・チェックアウトなど定型業務の手順はありますが、サービスについては、目の前のゲストのニーズを読み取り、自分ができることを精一杯考えるように指導しています。時にゲストとの会話に花を咲かせるなど、一般的なホテルに比べると砕けたやり取りが多く見られます。それでも、ゲストのハッピーにつながるのであれば正解ということです。
この価値観を浸透させるため、従業員からグッドエピソードを公募し、「MIMARUらしさ」を体現した顧客体験の提供やチームプレイの事例集を作成しています。ゲストにとって親身で頼れる存在となるのが、私たちのコミュニケーションスタイルです。
東:MIMARUはコスモスホテルマネジメントの親会社にあたる、コスモイニシアの新規事業としてスタートしました。コスモスイニシアはマンションを中心としたデベロッパーだったので、固定観念に縛られずに自由な発想でコンセプトを設計できたのです。
一方、さまざまな国籍の従業員が働いているため、カルチャーギャップが生じることがあるのも事実です。しかし、画一的なサービスでは多彩なタレントを集めた意味がありません。それぞれの持ち味を発揮し、宿泊するゲストの思い出に残るような体験を提供してほしいと考えています。実際にフロントで働くスタッフからは、本社の社員では思いつかないようなアイデアやゲストとのエピソードが次々と上がってきます。彼らのユニークな体験がまた、MIMARUならではの提供価値の源泉なのです。

国籍でくくる思い込みが最も危険
多国籍な組織だと、コミュニケーションに壁はないのでしょうか。
東:日本人同士が日本語で話していても、言葉の捉え方に違いが生じたり、思いが伝わらなくてもどかしい思いをしたりすることがありますよね。
いろんな背景を持つ人が集まる組織ですから、コンフリクト自体はむしろ歓迎しています。大切なのはその先で、意見や考えの相違が生じた際は、相手の気持ちに立って考えてみること、対話によって乗り越えることを重視しています。
牛久:例えば、ある外国籍スタッフが帰省のために休暇を取りたいと申し出たとします。新型コロナウイルス感染症が拡大している最中で、外国との行き来には隔離期間が必要なこともあり、本人の希望期間は3週間。日本から遠く離れた国に実家があるからと頭では理解できるものの、不在となる3週間のシフトを残りのスタッフでカバーすると、現場の負担は増します。
また、そのスタッフの希望を受け入れたとして、一つの疑問が浮かびます。実家が国内にあるスタッフが帰省のために3週間休むと申し出たら、同じように受け入れられるだろうか。休暇を取る権利は誰にでもあり、会社が理由を問うものでもありません。ただ、同じ職場で働く仲間の心情を踏まえたときに、どうすればベストな選択ができるか。マネジャーを中心に当事者とやり取りを重ね、対話によって解決を図るのです。
大きなコミュニケーションコストが必要となりそうですね。
東:その通りで、マネジメントコストは一般的な企業と比べて大きいでしょう。ただ、コストをかけた分だけのリターンは得られていると手応えを感じています。
おそらく組織で働く誰もが、「私を見て、私の話を聞いて、私の行動を評価して」と、多少なりとも自分の存在を認めてほしいと考えているはずです。しかし、その思いを閉じ込めたまま、暗黙の了解だからと意見を出さずにいれば、誰もその人の心の中を知ることはないでしょう。当社ではマネジャーを中心に、オープンマインドで言葉に出すコミュニケーションを大切にしています。
「日本人はあまり自分を出さない」と思われがちですが、当社では日本人もしっかり発言する印象があります。もっとおとなしい外国籍のスタッフもたくさんいるほどです。自分の意見を述べることに、国籍は関係ありません。
牛久:「あの人は○○人だから」という思い込みが、最も危険です。よりどころがあるほうがマネジメントも楽ですし、安心できるというのも理解できます。けれども国籍という属性でくくるのは単なる決めつけであって、その人自身を見ていないのと同じ。実際に接してみると、履歴書から受けた印象とはまるで違う人も珍しくありません。
多様性理解は自然に進まない 新型コロナを機にD&I研修
オープンな風土を築くうえで、大切にしていることは何でしょうか。
東:当社は企業理念にあたる「OUR VISION」のほか、会社として取り組むことを掲げた「CORPORATE PHILOSOPHY」、宿泊客に対する姿勢を表す「The MIMARU Way」、そして行動指針となる「Our Principles」を設けています。入社時研修やマネジメント研修などで取り上げるほか、採用やオンボーディング段階で、オープンな組織風土を実際に体感してもらうことが大事です。
<コスモスホテルマネジメントのOur Principles>
- 違いを受け入れよう
- 化学反応を起こそう
- 自ら機会をつくり、機会によって自らを変えよう
- 仲間の挑戦を応援しよう
- 信頼関係を育てよう
<The MIMARU Way>
- ゲストの真意を理解しよう
- 化学反応を起こそう
- ゲストの心をあなたらしく満たそう
- ゲストのためにどの瞬間もベストを尽くそう
まず採用面接では、多様な価値観を持った従業員が集まる組織で働いた経験などを聞いてマッチングを図ります。属性によるラベリングはやめましょうと直接伝えることはありませんが、「自分を縛る固定観念を取り除こう」というメッセージを、あらゆるところに散りばめているのです。すべての新入社員が受講する入社時研修では、MIMARUで働くうえでバイアスを持っていては窮屈になると思ってもらえるようなコミュニケーションを意識しています。
また、入社してすぐにMIMARUの一員としての自覚を促すことも大切です。その一つが入社時の発令式。これは「ウェルカムメッセージがほしい」という従業員のリクエストから始まりました。当社はキャリア採用が中心で、入社時に改めてセレモニーを開く必要はないだろうと考えていたので、意外なアイデアでした。
配属後にはどのような形で多様性理解を促しているのでしょうか。
牛久:開業3年目から毎年、D&I研修を実施しています。導入のきっかけは、新型コロナウイルス感染症の影響でゲストを迎え入れることができない期間が続いたこと。「日本が大好き」という強みを生かす場面がなく、スタッフは働きがいを得られない状況にありました。
当時は既に20近くの国からスタッフが集まっていましたが、創業当初からずっと慌ただしく走り続けてきたため、「国が違うのだから、わかり合えなくても当然」という雰囲気もありました。自然に任せていても、多様性の理解はなかなか進まないのだと実感しました。
ゲストがいないことはMIMARUにとって痛手でしたが、この時間を有効に使わない手はありません。コスモスホテルマネジメントがどのような会社で、MIMARUの未来をどのように描くかを、スタッフ同士で改めてじっくりと考えることができれば、組織エンゲージメントの向上や従業員同士の絆につながるはずだと、オンライン研修を企画しました。
研修の内容を教えてください。

牛久:研修を通じて伝えたいのは、一人ひとりの個にフォーカスした「見えない多様性」の存在です。多様性を前提とした自己理解、そして他者の価値観や考えを知るとはどういうことかを取り上げています。
研修プログラムは内製しています。当初は外部企業の協力を得ることを検討しましたが、国籍や性別といった属性ごとに分けられた内容が多く、目的にかなうものが見つかりませんでした。そこで、異文化理解に関係する論文やアカデミックな考察に基づく書籍、セミナーなどを参考に、自分たちでプログラムを構成しました。
できるだけ属性が同じにならないように、役員から入社間もない従業員まで、国籍も性別もランダムになるようにグループを編成します。3時間でコミュニケーションや信頼関係の築き方などを取り上げます。
「コミュニケーションの相対性」を意識
どのようにして、「見えない多様性」に気づいてもらうのですか。
牛久:日頃の行動や態度を振り返り、自身がどのような考えを持ち、行動にどう表れているかを言語化します。たとえば、思ったことを率直に伝える人や、カドが立たないように婉曲表現を好む人もいます。これは国籍では分けられない個性です。
自分の価値観を見つめ直し、グループワークで共有することで、「相手と比べて自分はどうか」を考える機会を設けます。ここで大切なのは、コミュニケーションの際、「相手によって自分の立ち位置は変わっていく」と自覚すること。自分では「わかりやすい」と思っていても、ある人は遠回しだと感じるかもしれないし、別の人にとっては言葉が強過ぎるかもしれません。
「コミュニケーションの相対性」を意識することで、本人の振る舞いも変わってくるはずです。同じ目標に向かうチームの中で、自分の主張だけを通すわけにはいきません。自分の価値観を理解し、他者との相対性を意識することで、相手を理解する。そんな研修になっています。
多彩なメンバーによる議論は、多面的な発見につながりますね。
牛久:スタッフからも好評で、年1回の参加を必須としていますが、2割のスタッフがリピートで受講するほどです。
また、2023年度には全社オフサイトイベントのプログラムに、D&I研修を盛り込みました。オンライン研修でも活発な意見交換が行われますが、日頃は別の拠点で働くスタッフが対面で言葉を交わすこの全社イベントは、MIMARUへの愛着や帰属意識を高める効果があると実感しています。
組織のオープンネスや多様性理解は、どのような方法で評価していますか。
東:毎年のアンケートで従業員の働きがいや継続勤務意向などを質問し、組織の状態の定量化を図っています。スタッフの満足度は概ね高く、9割以上が組織にポジティブな印象を持っていて、継続勤務意向も8割を超えています。
牛久:2023年度から段階的に、マネジメント層の360度調査を取り入れています。例えば役員や部長職の場合、「経営的視点」や「リーダーシップ」「メンバーの育成」という観点で設けられた約60問を、自身と同僚、直属の部下に回答してもらいます。導入初年度は役員・部長職、今年度は課長職を対象に行い、次年度はホテルマネジャーに対して実施を検討しているところです。
本人と周囲の回答は、多少なりともギャップが生じます。その結果をフィードバックし、今後のアクションプランをメンバーの前で発表するまでがセットです。
東:部下からの率直で忌憚(きたん)のない意見に驚くマネジメント層も少なくありません。忘れてはならないのは、「どうしたら会社がより良くなるか」を真剣に考え、あえて苦言を呈しているスタッフがいること。その回答をしっかりと受け止め、マネジメント層がオープンなマインドを見せることで、全社の心理的安全性を上げることにつながると考えています。

チームへの貢献を重視した評価制度
多様性を担保するため、人事考課で工夫していることはありますか。
東:基本はCorporate Philosophy、Our Vision、Our Principles、The MIMARU Way、The MIMARU Identityといった、私たちの価値観を反映した評価観点を設けています。
中でも重視するのはチームへの貢献です。一見当たり前ですが、実務で発揮するのは容易ではありません。
ホテルのスタッフは、ゲストへの振る舞いに対する反応が口コミなどでダイレクトに返ってきます。感謝の言葉は、スタッフのモチベーションになります。一方で、ついスタンドプレーに走ってしまう懸念も。たとえば、チェックイン待ちのゲストでフロントが混みあっているにもかかわらず、特定のゲストのみ懇意に対応するのは望ましい態度とはいえません。
スタッフ本人が考える個々のゲストに対するホスピタリティの発揮と、施設やチーム全体を考慮したアクションのバランスを重要なファクターに位置付けています。
牛久:そのため人事考課では、チームへの貢献と個人のパフォーマンスを分けて評価しています。個人のパフォーマンスは従業員のグレードに関係なく実績で評価し、賞与に反映する仕組みです。
もう一つ、後輩の育成も重視しています。経験を積むことで向上するスキルやナレッジを生かし、周囲のメンバーに良い影響を与える姿勢や取り組みを評価する項目を設けています。
東:評価のポイントについては、現場やエリアマネジャーと連携しながら常にブラッシュアップを図っています。人事部の意向を押し付けるのではなく、現場と共に納得度の高い評価制度をつくり上げていくイメージです。
また、新しい役割やポストへのアサインを意識し、個人差はありますが、120%程度の成長を期待した目標を設定。まだ必要なスキルを持っていなくても、新しい役割を担うことで得られる経験や成長のイメージを明確にしたうえでアサインするのが特徴です。
多様性とは個々の強みを発揮すること
ここまでのお話から、属性を越えた真の多様性の実現を図っていることが伝わりました。最後に組織のD&Iに取り組む読者の方々へメッセージをお願いします。
牛久:D&I研修を続けてきて、多様性とは一人ひとりの強みを発揮することだと感じています。自身の強みを自覚し、発揮できる職場であれば、自分とは違う仲間の強みを尊重し、お互いに信頼を築けるでしょう。強みのかけ合わせによって、チームならではの化学反応が生まれます。そんな環境を築くのが会社の使命です。
D&Iをリードする担当者は、「自分の中の正解」を持ってはいけません。D&I研修はまっさらな気持ちで臨むよう、毎回肝に銘じています。これからも固定観念にとらわれず、個々の強みを引き出す組織づくりに励みたいと思います。
東:アメリカを中心に、多様性に関する施策を取りやめる企業が出てきていますが、豊富なタレントに恵まれた環境に身を置く立場として、多様性を手放すのはもったいないと感じます。
毎日いきいきと働くホテルスタッフは、いつもユニークで新しい発見をもたらしてくれます。「日本が大好き」という彼らは、世界中から訪れるゲストのかけがえのない時間を彩ると同時に、私たちを自由にしてくれる存在。だからこそ、一人ひとりの「好き」のエネルギーを大切に、日々従業員と接しています。
D&Iとひと口に言っても、いろんな捉え方があると思います。戦略的に組織の多様性に取り組む、同じ志の日本企業と手を携えていけたらうれしいですね。

(取材:1月22日)

人事・人材開発において、先進的な取り組みを行っている企業にインタビュー。さまざまな事例を通じて、これからの人事について考えます。
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