すべてはCSマインドから始まる
リピーターを生み出し続けるユナイテッドアローズの「理念経営」とは
株式会社ユナイテッドアローズ
執行役員 山崎万里子さん 人事部長 安田 徹さん
CSマインドを補強する、スキル系研修を強化
育成のお話が出ましたが、ユナイテッドアローズには社内教育機関として「束矢(たばや)大學」がありますね。
安田:束矢大學は、社内でも浸透しているES制度(エデュケーター・スチューデント制度)とOFF-JT、両者の良いところがミックスされた教育制度があればいいとの考えから、2007年に内発的に設立されました。初期教育では理念研修や購買心理、接客スキル、素材知識などを学びます。そのほかには中堅層向け、新任店長向け、目標管理制度研修などがあります。
研修は、これまで人事部が管轄していましたが、2018年4月に販売支援部に移管しました。人事部が行っていた頃は、理念を中心としたマインド系の研修が多かったのですが、今後はITや英語など、より現場に近いスキル系の研修を充実させていく予定です。
より実践的な研修を手厚くするのは、外部環境の変化に対応するためでしょうか。
山崎:はい。外部環境の変化への対応も、お客さまの利便性を考えれば確実に行わなければなりません。例えば、店頭で購入されなかったお客さまが帰宅後にECで買ってくださる、というケースはよくあります。これまでのように店舗ごとに売り上げを出す方法では、お客さまの奪い合いになりかねません。そこで評価制度自体を見直し、むしろ積極的にECに促すようにしています。その店舗に商品がなくても、他店やECと在庫を共有していればスムーズに商品を行き来させることができます。すると、店舗のメンバーもITに強くなってもらう必要が出てくる、というわけです。
束矢大學を設立して11年。成果として、メンバーの成長は見えていますか。
安田:初期研修で理念の共有を丁寧に行っていることが、かなり効いていると思います。理念を実際の店頭で体現するとどのような行動になるかまで、具体的な事例とともに説明するので、自分ごととして捉えるようになったメンバーは多いと思います。
山崎:英会話教育も効果が出ていて、「現場で役に立つ」とメンバーから大変好評です。ここ数年はインバウンド需要が大きいので、接客の際に英語を使う機会も増えていますから。
海外からのお客さまに喜ばれたエピソードを一つあげましょう。時間があまりない中、スーツをオーダーされた外国人のお客さまのために、ホテルまでうかがい、仕上がった商品をお届けしたことがありました。矛盾するかもしれませんが、そのような場面で必要なのは、英語が堪能かどうかではありません。たどたどしい英語でも、単語をつなぎながら全身でぶつかっていけば、お客さまに伝わるものです。先ほどのお客さまも「言葉が通じなくても最後までホスピタリティー高く接客してくれたところに、ものすごく感動した」と、後日意見を寄せてくださいました。大切なのは英語力ではなくて「お役に立ちたい」という気持ちなのだと改めて気づかされましたね。
英語力の強化に力を入れていますが、完璧に話してもらいたいわけではありません。外国のお客さまが来店されたときに、ためらうことなく接客できるようにすることがねらいです。“What are you looking for?”のような最低限の英語力があれば、コミュニケーションのきっかけにできる。お客さまから「三日間しか東京に滞在できないけれども、オススメのスポットはないか」などと尋ねられることもあります。そんなときに、スモールトークに慣れておくことは大切です。英語教育を初めて3年目になりますが、接客シーンだけ見ていると、まるで英語がペラペラの人のようですよ。
「セールスマスター」制度で、販売員のキャリアパスに選択肢を
創業当初から“販売員の社会的地位向上”を掲げていらっしゃいます。具体的にはどのような取り組みを行っているのでしょうか。
安田:社内の認定制度で「セールスマスター」というものがあります。プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズと四つのランクからなる、2年任期の制度です。始まったのは2008年で、初めのうちはインセンティブがもらえる表彰制度に近かったのですが、もっとキャリアパスとしての価値を高めていきたいと考え、2016年に制度を改訂しました。本部で昇進していくことだけがキャリアアップではなく、販売を極めたい人のキャリアパス「販売スペシャリスト」という選択肢を追加したのです。
どのような人がセールスマスターに選ばれるのですか。
安田:接客において、最高のパフォーマンスを発揮する人たちです。一定以上の売り上げを作る人、顧客数の多い人など、定量的な条件と人柄や影響力と言った定性的な条件が推薦の要件になります。人事部から店舗メンバー全員の年間の定量実績を事業部門に通知して、各店店長から要件を満たすメンバーの中から推薦を挙げてもらいます。推薦の挙がったメンバーから、ブロンズは事業承認、シルバー、ゴールドは人事部長承認、プラチナは取締役の承認で任免されるフローです。
山崎:販売員が約1,500人いるのですが、そのうちセールスマスターは60人ほどです。名誉なことなので、セールスマスターは会社中に顔が知られます。手当として、2年間給料も上がります。リングが贈られるのですが、自分の好きな石を入れられるので、おしゃれな販売スタッフもうれしいようです。この制度を導入してから、セールスマスターを目指すメンバーが増えましたし、セールスマスターを目指したいと言って入社してくる新卒社員もいます。「本部を目指す」「店長を目指す」ではないキャリアの選択肢の一つとして従業員にも認識されるようになり、販売員の地位向上に貢献できている実感がありますね。
セールスマスターの人材像も言語化しているとのことですが、例えばゴールドの人たちに共通点はありますか。
安田:今期のゴールドは四人いますが、みんなバラバラですね。あえて言うなら、ちょっと変わっているけれど、人間的な魅力がすごいこと。この人に接客してもらいたい、と思わせる力があるんです。
山崎:バランスタイプというより、みんな個性をうまく生かしていますね。一見物静かなタイプの人もいれば、アグレッシブな接客をする人もいる。私も何度かセールスマスターの接客に同席しましたが、驚かされることもあります。たとえば、白いワイシャツの着用が絶対の証券アナリストの方に、黄色いシャツをおすすめするとか。その頃は、ちょうどオバマ大統領の演説が話題になっていたときで、「オバマ大統領は長時間演説をするのにタイが崩れない」「肌の色に黄色のシャツがよく似合っている」といったお客さまとの会話から、黄色いシャツを提案することを思いついたようです。
実際にそのお客さまは、黄色いシャツを購入されたのですか。
山崎:購入していただきました。「白と言われれば白」を出すのが一般的かと思いますが、彼はお客さまの固定概念を変えるオプションを見せたんですね。白しか着ない人に、黄色を着てみたい、と思わせた。もちろん、お客さまとの相性もあるし、接客マニュアルから逸脱しているところもあります。しかし、こういう提案が「ファッションを楽しむ」ことを教えてくれて、濃いファンを作っている秘訣なんだなと感じました。