伊藤忠商事株式会社:
「多残業体質」から脱却し、効率的な
働き方を実現する「朝型勤務」(前編)
人事・総務部 企画統轄室長
垣見俊之さん
伊藤忠商事では2014年5月から、20時以降の残業を原則禁止し、早朝(午前5~9時)に仕事をする「朝型勤務」を導入しました。これまでの残業ありきという働き方を見直すためには、思い切った意識と制度面の改革が必要と判断し、夜型の残業体質から朝型への勤務へと改めたのです。そして、さらなる業務効率化や社員の健康保持・推進、女性の活躍支援など、多様な人材が最大限に能力を発揮できる職場環境の実現に努めています。このような同社の働き方革命「朝型勤務」への取り組みは、数多くの企業・団体から注目され、『日本の人事部』が主催する「HRアワード2014」で企業人事部門最優秀賞を受賞しました。同制度の企画・運用の責任者である人事・総務部企画統轄室長の垣見俊之さんに、「朝型勤務」の導入の背景と制度の概要、具体的な効果や今後の課題などについて、詳しいお話を伺いました。
- 垣見俊之さん
- 伊藤忠商事株式会社 人事・総務部 企画統轄室長
1990年慶応大学経済学部卒業後、伊藤忠商事入社と同時に人事部に配属。1995年10月から実務研修生として約1年半 ニューヨークに派遣。 帰国後 人事考査・労務問題・職務給制度導入・組合対応等 人事制度全般を担当。2003年より、4年間伊藤忠米国会社のDirectorとして再度ニューヨークに駐在。 HRデューデリや北米地域の人事戦略全般を担当すると共に経営企画も兼任。帰国後2008年4月より伊藤忠におけるグローバル人材戦略全般の構築・推進、又2011年4月からは本社のダイバーシティ推進も兼任。2012年4月より現職、人事・総務全般の戦略・企画立案を担当。
「朝型勤務」導入の背景にあったもの
「朝型勤務」を導入することになった背景や理由についてお聞かせください。
以前から日本企業では、ホワイトカラーの生産性が低いと言われてきました。特に商社は「お客様ありき」という、いわゆる“御用聞き”のようなところがあります。お客様の所に足を運び、何が求められているかを見極めた上でサービスを提供し、会社としての強みを発揮するという仕事の仕方がずっと続いてきました。そういう意味でも、「いかにホワイトカラーの生産性を上げるのか」は、以前から重要な課題でした。
当社では、特にここ10年くらい、女性総合職や外国人、高齢者や障がい者など、多様な人材を採用し、活躍できる環境を作ってきました。そのような状況でネックとなるのが「多残業体質」です。もちろん、この問題は以前から認識していて、さまざまな取り組みを行ってきました。「多残業体質」を改善しない限り、時間に制約を抱える社員や多様な価値観を持った人材が真の意味で活躍できる環境を整備できないからです。それに加えて、ホワイトカラーの生産性向上にはなかなかメスを入れられていないとも認識していました。これらが、「朝型勤務」を導入することになった大きな理由です。
「多残業体質」の改善には、三つの背景がありました。まず、労働基準法(36協定)を遵守することです。次に、社員の健康増進の観点。そして、先述の通り、多様な人材を活用するという観点です。特に女性や、育児や介護などで残業が制限される社員の活躍を支援するためには、「多残業体質」を改善する必要がありました。
商社はお客様ありきのビジネスを行っているので、より効率的な働き方を通してお客様対応を徹底すべく、1995年に全社一律のフレックスタイム制度を導入しました。当時の状況からすると、画期的な取り組みだったと思います。10時から15時をコアタイムとし、後は1ヵ月単位で勤務時間を管理するという制度です。しかし、導入以降17年が経過した2012年10月、全社一律に適用することを見直し、事情のある組織や社員だけに適用する仕組みに変更しました。フレックスタイム制度を導入することで効率的な働き方の実現を期待したにもかかわらず、必ずしも趣旨通りの運用がなされていなかったからです。会社には10時に来ればいい、という考え方になってしまっている状況でした。
時間を効率的にするためにフレックスタイム制度を導入したのに、制度が活用されたかと言うと、そうでもなかったというわけですね。
今回「朝型勤務」を導入したきっかけは、「東日本大震災」でした。2011年3月11日の金曜日夕方に震災があり、週末にかけて、テレビなどで世の中が大変なことになっていることが徐々に明らかになっていきました。14日の月曜日の朝一番、岡藤社長自ら先頭に立って、伊藤忠商事として何か協力や支援ができないかと、東北で被害にあった取引先や事業会社の東京本社や事務所を回りました。一仕事を終えて10時頃に会社に戻ってくると、伊藤忠商事の社員がまるで何もなかったかのごとく、いつも通りぞろぞろと地下鉄から上がってくる。世の中が大変な状況なのにおかしいのではないか、と社長は感じたそうです。大変な状況の中でお客様が9時前から働いているのに、伊藤忠商事の社員は10時に出社してくる。かかる状況を踏まえて勤務制度を見直さなければならないと考え、2012年にフレックスタイム制度の全社一律適用を改め、事情のある組織と社員だけに対して申請ベースで認めることにしました。
伊藤忠商事のお客様には、フレックスタイム制度を導入していない企業がたくさんあります。特に中小規模のお客様は、大半が9時には仕事を開始しています。ところが9時に当社の社員はまだ出社していないので、お客様から問い合わせがあると出社次第折り返し連絡する、という状況が多くの職場で起こっていました。9時にお客様に対応できるようにするには、朝早く来て準備しなければなりません。そういった状況を受けて、育児や介護など事情のある社員や一部の組織以外に対し、まずはフレックスタイム制度の見直しを行ったわけです。
これまでも「多残業体質」を改善するために、いろいろな取り組みを行ってきたのですか。
はい。しかし、一定の成果は出せたものの、抜本的な改善には至りませんでした。伊藤忠所商事の総合職の残業時間の平均は50時間弱。以前はもう少し多かったのですが、50時間を切ったところから、改善がなかなか進みませんでした。厚生労働省の調査によると、従業員1,000人以上の企業の月平均残業時間は20時間くらいで、当社の50時間弱というのはかなり多い。何か手を打たなくてはいけないという問題意識は、以前からありました。
一方で、時間に制約のある社員が増加している状況もあります。当社では、新卒総合職における女性比率を増やすことを目的として、2005年度からは約2割、2008年度からは約3割を採用してきました。その結果、総合職全体に占める女性割合が徐々に増えていきました。2014年9月現在の女性総合職数は301名となっており、ここ10年間で98名から約200名も増えました。今後も、社内における女性総合職は確実に増えていきます。また、高齢者も同様です。嘱託継続雇用制度が2006年10月に導入されて以降、60歳以上の社員も増えています。
また、昨今は介護の問題が非常に大きくなっています。40~50歳代で、将来的な仕事と介護の両立に不安を感じているという社員が少なくありません。時間に制約のある人たちが活躍できるよう、早急に社内の体質を変えなければならない状況にあったのです。