タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第38回】
ミドルシニア社員を活性化させる「秘策」
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
キャリアをつぶしたいと考えているミドルシニア社員は、一人もいません。しかし、組織の中での働きぶりを見ていると、目の前の業務をこなすだけのミドルシニア社員が少なくありません。「働かないおじさん」「妖精さん」などと揶揄され、ミドルシニア社員のキャリア停滞は、社会問題化しています。
私はミドルシニア社員を対象としたキャリア研修を担当する際に、サニー・ハンセン教授の4L理論をベースにした次のシートを使います。
4L理論とは、仕事(Labor)、学習(Learning)、余暇(Leisure)、愛情(Love)の四つをうまくパッチワーク的に組み合わせることで、意味のある人生を送ることができることを示した考え方です。それぞれの頭文字のLを四つあわせることで、4L理論として認識されています。
シンプルな考え方ですが、気づきを与えることにつながります。皆さんも一度やってみてください。それぞれの項目で5点評価。コンディションが良ければ、点数は高くなります。
私も定期的に実施しています。今日は、仕事4、学習2、余暇4、愛情4でした。仕事に関しては、目の前の仕事に主体的に取り組むことができています。ただ、私の中で重要度の高い本の執筆に関して、まとまった時間を確保することができていないので、満点ではないとチェックしました。
学習に関しては、関心ある書籍などを日頃から読むようにしていますが、継続的な学習を通じた能力開発という点では、課題が残ります。例えば、スケジュールの中に英語でのライティングの時間を確保して、スキルを磨く必要があると感じているにもかかわらず、取り組むことができていません。
余暇や人への思いやりについても、同じように自分なりに言語化します。簡単なワークですが、ミドルシニア社員のキャリア状態を把握する上でも、非常に示唆に富みます。
理想的な状態は、平均4以上になることです。仕事や学習が4以上であれば、心配することはありません。ただ、仕事で2や3を選ぶミドルシニア社員は少なくありません。
ここでポイントがあります。余暇の状態です。仕事は2か3で、余暇は5というミドルシニア社員が数多くいます。
理由は明確で、仕事をさぼっているわけではないけれど、目の前の仕事をこれまでの経験を活かして、こなすようにして行っている。ルーティン的にこなしているので、仕事のやりがいや喜びを感じるコンディションにはない。その半面、休日を謳歌(おうか)しています。ランニング、ゴルフ、山登り、魚釣り、ヨガ、ピラティスなど、それぞれ趣味に没頭して有意義な時間を過ごしているのです。
余暇の時間が楽しい理由は、明確です。主体的だからです。たとえば、ランニング。お気に入りのシューズやウェアを購入し、ランニングの距離・時間・ペースを計測し、少しでも良い状態で走れるように日々、PDCAを回していますよね。
ゴルフはさらに探究的に打ち込んでいます。シャフトを変えてみたり、スイングの角度を微調整したり、レッスンを受けたり、動画を撮影して確認したり。スコアを改善するために、主体的に能力開発に取り組んでいるのです。
余暇活動には、ボランティア活動や地域の活動、子育て中の親であればPTAや習い事の引率などもあります。それらに主体的に取り組んでいるのであれば、楽しさややりがいを感じられているでしょう。業務的になってしまっていると、その時間がおっくうになるものです。
ここにミドルシニア社員を活性化させる「秘策」があります。余暇活動での没入状態をビジネスシーンにそのまま持ち込むようにするのです。仕事は我慢が当たり前で、仕事を楽しむなんて無理だと感じているのであれば、まず、その認識をいったん忘れましょう。
現役社員として働いている人の多くは、週に5日勤務し、2日の休日を楽しんでいます。ハイブリッドワークになり、出社日以外はどこからでも勤務できるようになっても、働くことに多くの時間を割いていることには変わりません。
まず、余暇時間を満喫している点について、なぜ、余暇は楽しいのかをあらためて言語化してもらうようにします。オンラインであれば、チャットに書き込んでもらう形で500人程度でも、同時にワーク形式で進めていくことが可能です。
- 自らの変化や成長が感じられる
- 目標を設定し、自ら達成しようとする
- 一緒に取り組む仲間がいる
- 何もかも忘れて、目の前のことに没頭することができる
- 継続的に取り組むことで、身体的にも精神的にも気分転換になる
これらのことが余暇の楽しさの要因として言語化されてきます。
さて、問題です。上記の五つのことは、仕事では実現できないのでしょうか。言い変えるならば、余暇での楽しさを仕事でも感じることはできないのでしょうか。
どれも可能です。特に上長の許可も入りませんし、予算申請も不要です。目の前の仕事への向き合い方を余暇型へと転換させるだけです。余暇型とは、自律的な行動への転換を意味します。
この原理は、学習や思いやりについても同様に適合可能です。継続的学習を続けていることができているミドルシニア社員であれば、そのモチベーションやコツをビジネスシーンにフィットさせていけばいいのです。
人への思いやりを大切にしているのであれば、上司、同僚、後輩、クライアント先、ビジネスシーンで関わる人も同じように大切にする。たったそれだけのことなのです。
キャリア自律とは、上からの業務通達ではありません。私たちが目の前の仕事への向き合い方をCX(=キャリアトランスフォーメーション)させていくことで実現していくものです。
それも個人と組織の関係性をより良いものにしていくために、毎日の業務の中で、持続的に変容させていくのです。
人事部や人材開発部の役割は、ミドルシニア社員が主体的に働いていくための気づきやきっかけの機会を数多く創出していくことにあります。オンラインで一人あたり30分から1時間で構わないので、キャリアダイアローグやキャリアカフェの時間を設けてください。一人ひとりのキャリアブレーキを特定し、アクセルを踏んでもらうために必要な施策を戦略的に実施していくのです。
キャリア施策は、取り組んだだけ、着実に効果が現れます。年に1回の形式的なイベントではなく、キャリアトランスフォーメーションを伴奏する実践的なワークを組んでいきましょう。
まずはあなた自身が「人的資本を最大化」させていきましょう。
取り組んでいる企業は、今日もキャリア自律施策を実施し、ミドルシニア社員がキャリア自律型へとトランスフォーメーションしています。
あなたが所属する組織のミドルシニア社員の活性化をいつまでに実現しますか?
それではまた次回に!
- 田中 研之輔
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。
社労士監修のもと、2025年の高齢者雇用にまつわる法改正の内容と実務対応をわかりやすく解説。加えて、高年齢者雇用では欠かせないシニアのキャリア支援について、法政大学教授の田中研之輔氏に聞きました。
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