指揮者のいないオーケストラに聞く
一人ひとりがリーダーシップを発揮する「自律型組織」のつくり方
東京アカデミーオーケストラ
田口輝雄さん 室住淳一さん 益本貴史さん
何でも意見を言い合うために大切な、「相手を否定しない」大原則
一人ひとりが意見を出し合い、本音を言える関係性を、どのように築いているのでしょうか。
室住:そもそも、僕らの土台は大学オーケストラですから、年齢的なヒエラルキーは強大だったんですよ(笑)。当初はやはり、なかなか後輩から先輩には率直に意見を言えない状況がありました。それに、楽器のパートをまたがるような意見はしづらかった。
でも、15年前に窮地に陥ってから、「お互いに気を遣ってる場合じゃない」「なんでも言い合えるような雰囲気を醸成しよう」と努力するようになったんです。
オーケストラには弦楽器・管楽器・金管楽器と大きく三つのカテゴリーがあり、それに加えて打楽器がある。そこには、なんとなく「自分のカテゴリー以外には干渉しない」という暗黙の了解がありました。
益本:たとえば弦楽器の場合、小さな頃からずっとそれだけをやっている人も多いので、正直、管楽器のことはよくわからない。そもそも、「こんなこと言っていいのかな」とか、「とんちんかんなことを言ってしまうかも」と不安になりますよね。
室住:私が初めてTAOに参加したとき、曲の合間になると、よく同じカテゴリーの楽器の奏者同士が「ここさ、もうちょっとこうしたほうがいいと思うんだけど……」と、他のパートのメンバーには聞こえないように、小声で言い合っているのを目にしました。しかし、本当にいい演奏を実現するには、パートを越えて意見を言い合える方がいいはずです。そのため、メンバーに呼びかけて、意見を言い合える環境をつくろうとしたのです。
私自身、最年長として「なんでも言っていいよ」とメンバーに伝えるようにしました。とはいえ、やはり最初は、思った以上にキツかったですね(笑)。これまでは親しげに話しかけてくれていたのに、本当のところはこんなふうに思われていたのか、などと。そこをなんとか乗り越えて、率直に話ができるようになりました。
最初はやはり、言われたら言われたで「何がわかるんだ」という思いもあったはずです。腕に自信のある人たちが集まってきていたし、みんな若くて、プライドも高かったから。でも、言われ続けると、だんだんメタ認知が働いてくるんです。「自分はこういう思いで演奏しているけど、周りにはそう聞こえてないんだ」と、冷静に受け止められる。実社会でも、社会人としていろいろな人からの指摘を受けて、丸くなりますからね。
田口:今では、年齢に差があっても、パートが違っても、演奏をしている中ではメンバー同士、対等であるという意識が根付いているように思います。
「(5)平等なチームワークを育てる」を実現しているのですね。率直に本音を言い合ううえで、気を付けていることはありますか。
室住:「傷つけないように気をつかおう」といった意識は、あまりないように思います。「人に気をつかわれている」と思うと、逆に負担を感じてしまうこともありますから。
田口:前提として「みんなでいいものを作るためには、率直に本音で語ることが重要だ」という目的意識が共有されているんだと思います。私たちの目的は、演奏会を成功させること。本番で後悔しないためにも、リハーサルのときからどんどん意見を言いあって、演奏のクオリティを上げなければなりません。
益本:「なんとなく納得いかないけど、気まずいから黙っておこう」という空気を是としない雰囲気がありますね。もしひとりでも納得のいかない人がいたら、素通りせず、「みんなでそれを考えてみようよ」という共通認識が全員の中にあります。
田口:もうひとつ重要なのは、意見が異なることはあっても、相手を否定することはない、ということです。
益本:もちろん、曲ごとに解釈は異なってくるので、ぶつかることはあります。音楽は感性に頼りがちで、「僕はこう弾きたい」「私はこう弾く」と主張しあっているだけなら、いつまで経ってもまとまりません。しかしTAOのメンバーは音楽歴が長く、レベルも高いので、「なぜ自分はそうしたいのか」をロジカルに説明できる。お互いに建設的な意見を言い合って、実際に音を出して、みんなで聞いてみて最終的に判断する。そういうプロセスが合理化されているんです。
室住:本当に無意識レベルで、相手を否定することはありません。お互いに意見を尊重しあっているし、「なるほど、そういう考え方もあるな」と思っています。根底にお互いへのリスペクトと信頼があるんですね。
オーケストラでは、「演奏する楽器によって性格のタイプが違う」といわれることもあるようですが、TAOではいかがですか。
室住:パートごとにタイプが違う、ということはないように思います。みんなで意見を交わしているうちに、だんだん似てきたのかもしれませんね。「TAOでひとつのパート」という感じです。飲み会でも「あの曲のあの箇所、こう演奏しない?」って言い合える。家族みたいなものです。
益本:企業の社風のようなものかもしれませんね。自然とみんなが空気感を共有できるようになっています。
とはいえ、新しいメンバーにとっては、すぐに意見を述べることは難しいのではないでしょうか。「(6)話の聞き方を学び、話し方を学ぶ」といった点で、意識していることはありますか。
益本:確かに、新人として加入したメンバーが意見を言えるようになるまでには、時間がかかります。中には、自分の考えをロジカルに話すことが苦手な人もいますよね。何を言えばいいかわからないし、言っていいかどうかもわからない。そんなとき、心がけているのは、積極的に彼らに「どう思う?」と促して、意見を聞くこと。そして、その意見がさほど深く考えられていなくても、いったん肯定して受け入れることです。
田口:メンバーはみんな、自分自身が周りからフォローしてもらった経験があります。「音楽」には明確な形があるわけではありません。その分、言語化することが難しい。たとえば誰かが初めてコンマスを務める時、自分の中では音像があるけれど、それをどう表現して伝えればいいかわからない、ということが起こります。そんなときは、すぐにいろんな人が助け舟を出します。「それは、こういう意味?」「こんなイメージに近い?」と、音を出しながらより具体的なイメージに近づけていく。すると、それを実現するにはどうすればいいのか、技術面や方法論から解決策が見えてくるんです。
室住:お互いに翻訳し合うような感覚ですね。
益本:伝えたいことを、周りが丁寧に引き出していく。そうやって、「思いを伝えられた」「意見が受け入れられた」という事実を積み重ねていくと、すごく自信がつきますよね。一度の発言だけでも大きな効果があります。すると、自然になんでも言い合えるようになります。
田口: 30名程度の組織だと、全員に目が届くし、活発に会話ができます。お互いに人となりがわかる範囲内でやっているのは、非常に大きいと思いますね。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。