Jリーグ 村井チェアマンに聞く!ビジネスで発揮してきた人事・経営の手腕を、
Jリーグでどう生かしていくのか?(後編)
~グローバルで勝つために必要な「成長戦略」[前編を読む]
公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)チェアマン
村井満さん
グローバルで戦うための体制づくりが求められる
現在、日本企業や人事部が抱えている問題とは何だとお考えですか。また、それを解決していくためには、どうすればいいのでしょうか。
日本企業からプロフェッショナル集団であるJリーグという組織に来て、決定的に違うと感じたことがあります。それは、Jリーグは常に入れ替え戦があるということ。J1で18チームありますが、16位以下なら、どんなに頑張っても降格します。毎年、3チームが降格することが決まっているからです。また選手も、毎年100人くらいの人たちが引退を通告されます。チームも選手も、非常に厳しい世界に置かれます。まさにプロフェッショナリティーが求められる世界で、私たちは働いているわけです。
そういう意味では、日本企業でも働く人たちが本当にプロのビジネスパーソンになり切れば、常に入れ替え戦があって、より良いポジションや会社に移っていくことができるでしょう。逆に、求められるパフォーマンスが出なければ、退職勧奨を受けて去っていくことになる。こうした厳しい側面とどこまで向き合うのかのバランスが、非常に難しいと思います。
人に優しくないことをすると、人心が離れて組織が荒廃してしまう。だから、社員は家族だと考え、人を信じて育てていくというのも一つの立派な見識です。しかし、プロのビジネスパーソンだったら、期待される仕事ができないのなら、後進に道を譲るという厳しい世界があります。ただ、この辺のバランス感に付いて言えば、サッカー界の場合ははっきりしています。先に言ったように、プロの興行主に対して所与のものとして明確に定義されています。
世界のビジネスパーソンを見た場合、プロフェッショナリティーを要求する部分は非常に厳しいと思います。私がアジアで仕事をしてきた時は、日系企業でさえも入れ替え戦に近い形で人に処していました。それが日本国内に入ると、急にトーンが変わってきます。この辺りのバランスの取り方に多くの日本企業が苦悩しているように感じます。
しかし、日本企業でもグローバル基準に舵を切った企業も出始めていますね。
世界のグローバルプレーヤーと日本の国内企業が同じ意識になるかと言えば、これは難しい問題です。そこには企業だけではなく、日本社会のメンタルモデルが本当にそこまで変わり得るかという問題があるからです。また変わるにしても、ある程度の時間がかかるように思います。そもそも、このことが問題であるのかどうかや、そうしたプロフェッショナルの世界が良いのか悪いのかということを、単純に短期的に判断することが非常に難しいからです。
今、日本企業は必死になってグローバル人材を育てようとしています。また、私が30年前リクルートに入社した頃と比較すれば、現在は海外での接点を持っている若者は非常に増えています。SNSを利用すれば、瞬時に世界の情報をつかむことができます。昔のような海外と閉ざされた状態にある人材と比べると、格段にグローバル人材は育っていると言えるでしょう。
私が直近3年間住んでいた香港では、ほとんどの人が生まれた時からグローバルな家庭環境で育ちます。小中学校から英語教育を始めるような日本とは、そもそもスタート地点が違っているのです。一般的な日本人が企業に入って、ボーダレスでグローバル化した育成環境の中で育った人たちとと同じような状況に置かれても、戸惑うばかりでしょう。日本固有の問題から目を離さずに、どうやってそこを埋めていくのかというステップを日本企業は考えなくてはいけません。これは根は深いし、時間がかかる問題です。
これはサッカーも同じです。欧州サッカーは人の移籍がボーダレスになっています。少しでも良いクラブに移籍しようと、皆が必死になって競っています。そういう人たちと、外国人としてある種特別扱いされている日本人が欧州のサッカー選手と対等に戦っていくのは簡単なことではありません。この点については、Jリーグも日本企業と似たようなところがあります。
そういう制約条件の中で世界と戦っていく人をどうやって育てるかというと、子どもの頃から海外との経験を数多く積んでいくしかありません。海外に積極的に出ていく機会をつくる、あるいは国際大会を誘致する、それを埋めにいく方法を打つ必要があります。日本企業も若いうちから海外に出していく、そういうことを普通の企業以上にやっていかないと、ダメだと思います。
最後に、『日本の人事部』の読者である人事部の方々に向けて、メッセージをお願いします。
社内事情に精通していることよりも、これからの人事部にとっては「世界」を知っていることのほうが重要です。もしくは競争環境をよく理解していること、世界の人材市場をよく理解していること、そして、世界で勝つための人材を育成する具体的な基準・方法を示せることです。
サッカーを例に取るなら、先ほど言いました「デジタルトラッキングシステム」を使って、FIFAワールドカップで勝つためには、このくらいのことが必要であるということをデータとして示し、それを言語化して説明していくことです。その際、ベンチマークを持って、それに向けて適切なトレーニングを積んでいかないと、世界で通用するプレーヤーになれません。
人事部に置き換えて言えば、今、エグゼクティブサーチではどんな人材がプールされていて世界の経営者市場ではどんな人が動いているのか、また、そういう人たちと伍して自社の従業員を育てていくためには何が必要なのかということを、ある程度は知っておかなければ、自社の従業員を世界と戦えるような人材にすることはできません。まずは、そういう視点を持つことが重要だと思います。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。