幸せにはたらくためには?陥りがちな満たされない要因への執着
パーソル総合研究所 上席主任研究員 井上 亮太郎氏

「何が満たされれば、もっと幸せにはたらけますか?」―そう聞かれたら、あなたは何と答えるだろう。「もっと高い賃金」「リフレッシュのための休暇」など、さまざまな本音があがることだろう。
この問いと向き合う時、私たちはつい目の前の不満や不足に強く光を当てがちである。心理学では、自分が注目する要因の影響力を過大評価する傾向を「フォーカシング・イリュージョン(焦点化幻想)※1」と呼ぶ(Kahneman,2006)。
※1 Kahneman, D., Krueger, A. B., Schkade, D., Schwarz, N., & Stone, A. A. (2006). Would you be happier if you were richer? A focusing illusion. Science, 312, 1908–1910.
はたらく事に当てはめれば、賃金や業務負荷、評価など特定の職務要因に焦点化し、その要因さえ満たされれば幸せになれると考える傾向である。しかし、幻想をこじらせれば、理想の環境や条件を際限なく求め、現状に満足できず、「もっと良い会社があるはずだ」などと職場や人間関係を変え続け、それでも幸福感が得られず不調に至る。いわゆる「青い鳥症候群※2」に陥るリスクが高まる。
※2 厚生労働省.「働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト『こころの耳』用語解説」.https://kokoro.mhlw.go.jp/glossaries/word-1513/,(最終閲覧日2025年10月7日)
本コラムでは、このような思考の癖に焦点を当てる。パーソル総合研究所が実施した「はたらく人のウェルビーイング実態調査2025」に基づき、仕事で得られる幸福感の主要因を整理しつつ、幸せにはたらくために自分が真に求めるべき要因を見極める視点を提示したい。
長続きする幸せと長続きしない幸せ
仕事から得られる「幸福感」とは、大別すると①短期的な高揚感と、②持続的な充足感に分けられる。①短期的な高揚感は、賃金(給与・賞与)・物的財(新しいパソコン)・社会的地位など、外発的・イベント的な報酬に由来する財であり、刺激への順応が早く長続きしにくい傾向(hedonic adaptation:快楽順応※3)がある。②持続的な充足感は、健康・成長の実感・裁量・役割・他者への貢献感・感謝・信頼関係など、内発的・関係的・累積的な要素に由来し、効果が減衰しにくい傾向にある。
※3 Frederick, S., & Loewenstein, G. (1999). Hedonic adaptation. In D. Kahneman, E. Diener, & N. Schwarz (Eds.), Well-Being: The Foundations of Hedonic Psychology (pp. 302–329). New York: Russell Sage Foundation.
経済学者のロバート・フランクは、①短期的な高揚感を「地位財」、②持続的な充足感を「非地位財」と称している。どちらも私たちの職業生活をより豊かにするためには重要で、優劣をつけられるものではないが、目に見えやすく短期的に獲得しやすい地位財には関心が向きやすい。そのため、徐々に喜びが少なくなるにもかかわらず、地位財から得られる刺激を次から次へと求めてしまわないよう注意は必要だ。
はたらく事を通じた幸せ/不幸せの7つの要因
人それぞれ価値観や身の回りの状況も異なるため、はたらく事を通じて幸せや不幸せを感じる要因は多様である。しかし、10,000人以上の就業者に幸せ/不幸せを感じる要因について尋ねてみると、概ね幸せの要因は7つ、不幸せの要因も7つで説明がつくことが確認された※4。
※4 井上亮太郎・金本麻里・保井俊之・前野隆司 (2022). 職業生活における主観的幸福感因子尺度/不幸感因子尺度の開発. 『エモーション・スタディーズ』, 8(1), (p. 91-104).
はたらく人の幸せ/不幸せの7因子は、職業生活における主観的ウェルビーイング(より良くある状態)の基準指標である「はたらく幸せ実感/不幸せ実感※5」を規定する予測因子である。それぞれの因子には質問項目が設定されており、定量的に計測できる。各因子の定義と無償公開している設問項目を図表2に示す。
※5 主観的幸福感(Subjective Well-being :SWB)の計測に際しては、肯定・否定の感情状態を一つの双極連続体(とても幸せ―とても不幸せ)にまとめないことが妥当であり、ポジティブとネガティブを別々に測ることを推奨する。
自分にとって大事な幸せの要因とフォーカシング・イリュージョン(焦点化幻想)
冒頭で紹介したように、行動経済学者のダニエル・カーネマンは、人は特定の側面に焦点化すると、その側面が全体の幸福を左右する度合いを実際以上に見積もる傾向を示し、フォーカシング・イリュージョン(焦点化の幻想)への警鐘を鳴らした。
これを職業生活場面に援用した場合、あなたにとって幸せの7つの因子のうち、今最も大事な因子は何と答えるだろうか。パーソル総合研究所が就業者5,000名に聞いたところ、26.8%の人が「リフレッシュ因子(仕事の精神的な消耗から回復することができている)」だと回答した。
しかし、先の思考の癖を鑑みれば、実際にその因子が当人の幸せ実感に最も影響する因子であるかは冷静に振り返る必要がある。リフレッシュ因子は、はたらく上でウェルビーイング(より良くある状態)であるために大事な因子に違いない。しかし、リフレッシュ因子を第1位にあげる人は、「はたらく幸せ実感」が低く、「オーバーワーク因子(仕事で精神的な余裕が作れていないと感じる)」が高い傾向でもあった(逆に、リフレッシュ因子を最も重視しない人の幸福感は高い傾向)。それゆえに、眼前のリフレッシュ因子が満たされることで幸せを実感できると考えるのかもしれない。
また、リフレッシュ因子を最重視する(第1位に挙げる)人は、幸せ実感との関連が相対的に強い自己成長因子(仕事で好奇⼼がくすぐられることがある)や他者貢献因子(仕事を通じて、社会へ貢献している実感がある)といった因子の価値を低く見積もる傾向が見られた。つまり、「仕事はつらいが、有給休暇が取れればいい」などとリフレッシュ因子に過度に焦点化すると、全体の幸福感を引き上げるために影響力の高い他の因子に目が向きにくくなる可能性がある。
このように、私たちは、自分のことを分かっているつもりでも、時に幻想を見て重要度の低い要因の価値を高く見積もってしまう癖がある。誰しもが陥りがちな「フォーカシング・イリュージョン」を抑制し、持続的なウェルビーイングを整えるためには、多面的な要素に目を向けて“面”で捉えることが不可欠である。
その具体的な処方箋となるのが、「自己成長因子」と「他者貢献因子」への着目である。この2つの因子は、はたらく幸せ実感と強く関連するだけでなく、(リフレッシュ因子を除く)他の因子との関連が強いという特徴を持つ。つまり、見落としがちなその他の因子にも関心を広げるトリガーとなり得る因子だといえる。
もしあなたが個人的な関心から本コラムを読み、今の自分にとって真に大事にすべき因子が明瞭でないなら、まずは自己成長因子もしくは他者貢献因子のいずれかを高める行動を意識的に起こすことを推奨したい。理屈よりも、まずは肯定的な実感を得ることが肝要である※6。その実感は、当該因子への関心(期待)を強化し、次なる工夫と行動を促す循環を生む。更には、この循環は他因子への関心にも広がり、面で捉える持続的なウェルビーイングに資するだろう。
※6 価値観は、実感した後に形成される(ウェルビーイング・クラフティング):パーソル総合研究所(2025)「はたらく人のウェルビーイング実態調査 2025」(報告書28~34ページ参照)
もし、あなたが管理職であれば、メンバーとの1on1などの面談機会を通じ、本コラム冒頭の「何が満たされれば、もっと幸せに働けますか?」と問いかけてみて欲しい。メンバーの思考の癖を冷静に分析しつつ、真に目を向けるべき因子について対話し、納得感が得られるようであれば、「自己成長因子」と「他者貢献因子」を推奨することも有効だろう。
このような自分自身やメンバーへの気づきと行動変容こそが、職業生活のウェルビーイングを高め、維持するための処方箋となると考える。
まとめ
満たされていない要因の一点に執着しすぎない
私たちは、つい焦点化した要因に幻想を抱きがちでもある。職業生活のウェルビーイング(より良くある状態)とは、複数の因子の組み合わせで形づくられる。はたらく幸せとは、足りない1ピースを埋め続けることではなく、面で整える事だといえる。
短期の高揚感と、長期の充足感を両立させる
賃金やモノ・肩書などの高揚感は時に仕事へのモチベーションを掻き立てるため大切だ。ただし、慣れやすく持続しにくい。一方、健康・成長・貢献・承認・裁量・関係性といった積み上げ型の要因は、時間がかかるが効果も減衰しにくく職業生活のウェルビーイングを底上げする。
休めるだけでは満たされない
リフレッシュ因子は重要だが、それだけに目を向けると、成長や貢献といった要素を見落としやすい。リフレッシュ因子とは、一時的に仕事を離れて心身を回復させて英気を養い、家庭など私生活が安定している事である。安静(安寧)と活性のバランスを大事にしたい。
マネジメント施策には因子を組み込む
職業生活のウェルビーイングを整えるためのメカニズムは、はたらく幸せ/不幸せの7因子で説明できる。組織がマネジメント施策を立案する際には、各因子を高める事を要件に組み込みたい。例えば、育成施策であれば自己成長因子(仕事で好奇⼼がくすぐられることがある)/チームワーク因子(相互に励まし、助け合える仕事仲間がいる)など、施策ごとに因子の向上を意図した工夫をする。施策の効果は、因子項目スコアで検証できる。
パーソル総合研究所は、パーソルグループのシンクタンク・コンサルティングファームとして、調査・研究、組織人事コンサルティング、タレントマネジメントシステム提供、社員研修などを行っています。経営・人事の課題解決に資するよう、データに基づいた実証的な提言・ソリューションを提供し、人と組織の成長をサポートしています。
https://rc.persol-group.co.jp/

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