人事のデジタル化・データ活用にISO30414を活用する
三菱UFJリサーチ&コンサルティング コンサルティング事業本部 組織人事ビジネスユニット HR第1部 マネージャー 佐藤 文氏
内閣府令の改正を受け、2023年3月期決算以降の有価証券報告書から、人的資本情報の開示が義務化されました。実際の開示状況を見ると、「従業員の状況」欄で女性活躍推進法等に基づく公表情報を1~2ページ、人的資本情報を含む「サステナビリティに関する考え方及び取組」欄で「戦略」「指標及び目標」を2~3ページ記載している企業が最多でした[ 1 ]。「指標及び目標」への対応に際して、関連するデータ収集を行うことで、人事のデータ活用がさらに一歩進んだものと想定されます。同時に、今後の継続的な開示実務を考えた場合、必要なデータの効率的な集計・分析を可能にする「人事のデジタル化」の必要性が高まっているとも言えます。
一方で、当社が2022年に実施したデジタルHRに関する調査によると、多くの企業が人事データの活用に際して、(1)データの項目や種類が十分でない、(2)データの品質が低く、分析可能な状態にない、(3)データが一元管理されていないなどを障壁として認識しています[ 2 ]。ここ数年で人事のデジタル化は進んでいるものの、データ活用の面では道半ばの状況がうかがえます。
そこで本コラムでは、人事のデータ活用における障壁を乗り越える手段として、人的資本情報の開示の枠組みであるISO301414[ 3 ]を活用する方法を紹介します。
ISO30414の枠組みを使ったデータの棚卸し
人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことにより、中長期的な企業価値の向上につなげる「人的資本経営」に取り組む際には、経営戦略と連動した人材戦略や人事KPIについて多くの議論がなされます。多くの企業が「データの項目や種類が十分でない」と感じる原因の一つに、人事データの中には戦略的な議論のために必要なデータが十分に存在しないという問題があります。これまで給与計算など異なる目的のために蓄積されてきた人事データでは、人的資本経営での役割を果たしきれないということでしょう。
しかしながら、「戦略的な議論のために必要なデータをそろえる」という目的に立ち返ってみると、人的資本に関する体系的な情報開示のガイドラインであるISO30414で定義される指標を活用すれば、容易に算出できるものがあるかもしれません。例えば、「昨今の賃上げで人的資本投資は増やしたが、当社の生産性は上がっているのか」という問いに対して、ISO30414で定義されている「従業員1人当り売上高[ 4 ]」という指標を使えば、1人当たりの生産性(業績)は上がっているのかを概括的に捉えることができます。加えて、「人的資本RoI[ 5 ]」を確認することで、賃上げによって人件費1円当たりのリターンが低下していないかどうかなど、さらに踏み込んだ議論ができるでしょう。
ISO30414を活用する際には、まずその指標に沿ってデータの有無を一覧化するなどの棚卸しを行います。このプロセスの中で、基本的な人事KPIを理解するとともに、自社の現在の状況を把握することができます。ISO30414では「従業員1人当りEBIT/売上高/利益」や「離職率」「(従業員の)エンゲージメント」など、11項目58指標が定義されています。経営戦略と連動した人材戦略が機能しているかどうか、定量的な観点で議論するためのデータは、この11項目58指標でおおよそカバーできます。このように網羅的に棚卸しをすることで、活用可能なデータを見いだすとともに、データがない、古いなどの、自社におけるデータ整備の課題も俯瞰的に把握することができるでしょう。
ISO30414適合性審査における評価の観点を参考としたデータ品質の向上
データ品質は、その作成から蓄積、利用などのプロセス全体で確保されるものです。従って、データ品質を向上させるには、プロセスの設計や組織の体制整備も不可欠です。必要なデータにたどり着いたとしても、対象範囲に抜け漏れがある、あるいは、データを提供する責任部署が不明確で更新が滞っているような場合は、分析や意思決定の材料には使えません。「データの品質が低く、分析可能な状態にない」と多くの企業が感じているのは、データそのものの品質とともに、プロセスなどを評価する仕組みの未整備が原因である可能性があります。
ISO30414の適合性審査では、必要なデータが開示されているか(データ開示度)のみならず、そのデータが適切な体制やプロセスを通じて取得されているか(データ取得度)、自社の過去データや競合他社などのベンチマークデータとの比較可能性が担保されているか(比較可能性)、といった点も評価されます。認証の取得を目指さない場合でも、この「データ取得度」の評価ポイントを参考に、データ自体の品質やプロセス、体制を定期的に評価する仕組みを構築することで、継続的にデータ品質を確保し、分析可能な状態を維持する可能性が高まります。
改めて人事データの一元化に向き合う
多くの企業で「データが一元管理されていない」と考えられている中、数多くの人事関連システムが提供されていることからも、人事データの一元化は企業における長年の課題であることが分かります。システムを使ったとしても、過去の経緯からさまざまな場所で蓄積されている人事データを一元化するのは難易度が高く、また、単に一元化しただけでは、目的に合った形でデータを取得することができずに形骸化する恐れもあります。このような人事データの一元化の場面でも、前段で紹介したISO30414の枠組みを活用したデータの棚卸しや、品質の向上の取り組みが役に立ちます。
例えば、人材戦略のKPIとして、ISO30414の指標にもなっている「カテゴリー別の研修受講率」をモニタリングするのであれば、カテゴリー別の受講従業員数と総従業員数はあわせて計算できる状態で一元化しなければ意味がありません。しかし、そもそも「カテゴリー別の受講従業員数」をデータとして持っていない場合は、一元化以前に収集から検討する必要があります。
また、採用に関する意思決定につなげるには、要員計画と退職者情報、採用状況をあわせて参照できるようにデータベースを整備する必要があります。一方で現状が、要員計画は経営企画担当者の手元ファイル、退職者情報は人事基幹システム、採用状況は採用のナビサイト上にある場合、まさにそれらを統合する仕組みが必要になります。しかしこのように、個別ファイル、社内システム、外部サイトが混在している状態では、データ品質を確保するためのプロセスは複雑化し、多くの場合、複数の社内システム上のデータを一元化するより難易度が高まります。
このように、ISO30414の枠組みを活用してデータの棚卸しを行い、データ品質向上の観点でプロセスを検討することで、一元化に向けた課題を網羅的かつ具体的に把握できます。情報開示だけでなく人材マネジメントの高度化に向けて、人事のデータ活用が避けられなくなりつつある今、長年実現しなかった、あるいは、過去に失敗したことがある人事データの一元化について、改めて考える時期が来ています。
人的資本情報の開示や、そのもととなる人的資本経営を進めるうえで、人事のデジタル化、データ活用は避けて通れません。ISO30414は、認証取得だけでなく、人事のデータ活用におけるさまざまな課題を乗り越えるための枠組みとしても有効ではないでしょうか。
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企業価値を高める「人的資本経営」とは
企業人事部門のトピックスに関するアンケート調査 「人的資本経営と情報開示」「ワークプレイス」をめぐる動向
2023年度3月決算企業の人的資本開示に関する実態調査 「人的資本の開示媒体」「有価証券報告書での開示」の動向
人事のデジタル化に関する実態調査を実施 (デジタルHRサーベイ2022)
【参考】
[ 1 ] 当社「2023年度3月決算企業の人的資本開示に関する実態調査 「人的資本の開示媒体」「有価証券報告書での開示」の動向」(https://www.murc.jp/library/report/cr_230823/)(2024/2/16)
[ 2 ] 当社「人事のデジタル化に関する実態調査を実施 (デジタルHRサーベイ2022)」(https://www.murc.jp/news/information/news_221222/)(2024/2/16)
[ 3 ] ISO30414とは、2018年12月に国際標準化機構(ISO)が発表した、人的資本の情報開示のためのガイドラインのことです。※注釈[ 3 ]は『日本の人事部』編集部が編集しました
参考:ISO30414とは│日本の人事部
[ 4 ] 従業員1人当り売上=売上÷FTE(フルタイム当量)。正式には「従業員1人当りEBIT/売上/利益」として定義されており、売上のほかにEBIT、利益が含まれる。
[ 5 ] 人的資本RoI=(売上-(総コスト-人件費))÷人件費-1
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