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企業価値を高める「人的資本経営」とは

三菱UFJリサーチ&コンサルティング HR第1部 マネージャー 佐藤 文氏

企業価値を高める「人的資本経営」とは

「人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営」(経済産業省、2020)である人的資本経営に注目が集まっています。背景にあるのは、グローバル化やコロナ禍など先を見通しづらいビジネスの環境下で、近年の非財務情報や無形固定資産に対する関心が高まっていることが挙げられます。本コラムでは、人的資本経営をめぐる現在の潮流について改めて述べた後、企業価値を高める人的資本経営に求められる取り組みについてご紹介します。

非財務情報や無形固定資産への関心

人的資本は、財務諸表には記載されない非財務情報かつ、経営資源という面から言えば無形固定資産として位置づけられます。

昨今のビジネス環境の変化を受け、経営戦略などの非財務情報の重要度が高まるとともに、その経営戦略に基づく人材戦略にも投資家の注目が集まっています。また、ESG投資の広がりの中、S(社会)の観点から、企業活動が人材を通じて社会に与える影響を企業価値評価に反映させようという動きも出てきています。

さらに、資本投入の国際比較において、米国や英国では無形固定資産への投資が有形固定資産への投資を上回っており(OECD、2013)、企業の成長に対する無形固定資産投資の影響が高まっていると考えられます。このような中、人材やITなどの企業の無形固定資産への投資が、機関投資家による投資判断の重要な要素になってきています(一般社団法人生命保険協会、2020)。

このような国内外の潮流に加え、ステークホルダーの動向を踏まえると、企業の成長や企業価値を評価する上で、人的資本が欠かせない要素として重視されていくといってよいでしょう。また、同様の視点で語られることの多いIT投資やデジタル化についても、「ソフトウェアとは基本的に人の専門知識がコード化されたもの」(OECD、2013)であり、ソフトウェアを使いこなすのもやはり人であるため、人的資本の重要性に帰結することになります。

求められる人的資本の情報開示

人的資本への関心が高まると同時に求められているのが、情報開示です。日本においては、2021年6月に施行された改訂版コーポレートガバナンス・コードで、人的資本の情報開示に関する項目が新たに追加されました(東京証券取引所、2021)。また、人的資本に関する情報開示ガイドライン(ISO30414)の公開(ISO、2018)や、SEC(米国証券取引委員会)における人的資本に関する情報開示のルール化(SEC、2020)など、世界的に人的資本の情報開示に関する動きが活発化しています。

情報開示が求められる上場企業であってもそうでなくても、企業の成長に人的資本が重要であることに変わりはありません。

人的資本経営に必要な取り組み

人的資本経営に必要な取り組みをごく簡単にまとめると、次の4点に集約されるのではないでしょうか。

  1. 経営戦略に基づく人事上の論点や目指す姿を設定する
  2. 目指す姿と実態のギャップを(定量的に)明らかにする
  3. ギャップを埋めるために効果的・効率的な施策を講じる(投資をする)
  4. 施策の効果を継続的にモニタリングする

人的資本経営を考える上で重要な役割を果たすのが、人事部門です。ただし、度重なる法改正への対応や、高齢化など構造的な問題への対応という「守り」に追われてきた人事部門が多いという現実があります。そのため人事部門は今一度、自社の経営戦略と向き合い、人事上の論点や目指す姿を設定する必要があります。

また、環境変化のスピードが増す中、経営戦略上求められる人材や人材ポートフォリオと、実態とのギャップが拡大しているともいわれています。新卒採用から何十年もかけて社員を育てていくという長期的な営みだけでは、環境変化に応じた経営戦略の転換に対応しきれないともいえるでしょう。

一方で、このような「ギャップ」を定量的に把握し、経営陣の間で問題意識が共有できている企業は多くないようです。そこで求められるのが2番目に挙げた目指す姿と実態のギャップを明らかにする取り組みです。この「目指す姿」と「実態」、そしてそのギャップを定量的に明らかにしない限り、3番目や4番目に挙げた「効果的・効率的な」施策を講じることも、施策の投資対効果を測定することも不可能です。

投資という観点では、日本においては依然として有形資産への投資割合が大きく、無形資産への投資割合は比較的小さいのが現状です。この状況が生産性の低迷に影響している可能性などについても議論されています(厚生労働省、2015)。目指す姿と実態のギャップを埋める施策として、たとえば教育投資があります。その投資額と労働生産性の関係を定量的に把握しておくことは、内部管理として重要であるだけでなく、企業価値向上のための取り組みとして投資家へのアピールにもつながります。

人的資本経営に取り組む場合、政府の方針、ルール・法律にのっとるのみならず、まずは経営陣の間で問題を共有化して自社の戦略に立ち返り、人的資本を定量化するなど、地道な取組が求められているのではないでしょうか。

【参考文献】
経済産業省(2020)「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~ 人材版伊藤レポート ~ 」
厚生労働省(2015)「平成27年版 労働経済の分析 -労働生産性と雇用・労働問題への対応-」
一般社団法人生命保険協会(2020)「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート」
東京証券取引所(2021)「コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」
The International Organization for Standardization(2018), “ISO 30414:2018Human resource management — Guidelines for internal and external human capital reporting”
OECD(2013), “Supporting Investment in Knowledge Capital, Growth and Innovation”
Securities and Exchange Commission(2020), “Modernization of Regulation S-K Items 101, 103, and 105”

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、三菱UFJフィナンシャル・グループのシンクタンク・コンサルティングファームです。HR領域では日系ファーム最大級の陣容を擁し、大企業から中堅中小企業まで幅広いお客さまの改革をご支援しています。調査研究・政策提言ではダイバーシティやWLB推進などの分野で豊富な研究実績を有しています。未来志向の発信を行い、企業・社会の持続的成長を牽引します。
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