ジョブ型雇用と相性が良い退職給付制度とは
マーサージャパン株式会社 年金コンサルティング シニア アクチュアリー
日本アクチュアリー会正会員 年金数理人
浅井 将尚氏
昨今、ジョブ型雇用への関心は著しく高まり、人事制度の変革が明確な潮流となっている。退職給付制度には、主に“報酬の後払い”と“長期勤続者への慰労”という二つの考え方があるが、前者として考えた場合、報酬制度と平仄を合わせることが求められる。本稿では、どのような退職給付制度がジョブ型雇用と相性が良いかについて考察する。
要件1. 毎年の積み上げが明確であること
ジョブ型雇用では、従業員が会社と合意した価値を提供し、その時々の貢献に見合った市場価値ベースの報酬を支払われることが原則となる。退職給付が報酬の後払いと考えるのであれば、退職給付についても、定年時での想定給付額といった長期的な期待ではなく、その時々の貢献に見合った積み上げに基づき給付額が決まるべきだ。
以下のような制度の場合、ジョブ型雇用にはマッチしないと考えられる。
1)最終給与比例の制度
最終給与比例(給付額 = 最終給与 × 勤続により定まる係数)の場合、勤続により定まる係数が、勤続年数の増加とともに大きくなり、支給額は累進的に高くなることが一般的であり、これらはメンバーシップ型の雇用を前提とした制度といえる。このような制度では、退職時の報酬のみが給付に反映され、時々の貢献に見合った積み上げができないため、累積型の制度(給与の一定率やポイント等)の方が、ジョブ型雇用にマッチしていると考えられる。
2)自己都合減額
一定年齢、もしくは、勤続年数以下の自己都合退職について減額率を乗じ、長期勤続や定年退職したときの支給額の累進性を強めている制度も、メンバーシップ型雇用を前提とした制度といえる。長期勤続者が有利になるような、過度な減額を設定することは、ジョブ型にはマッチしない。
3)終身年金
老後の資金準備を目的として考えられるのであれば、一時金や確定年金よりも終身年金の給付が好ましいが、一般的には長期勤続を要件としていることが多く、メンバーシップ型の雇用において、長期勤続や定年退職した見返りのようなものになっている。ジョブ型雇用では、勤続によらず時々の貢献に対して公平であるべきであり、終身年金は必ずしも適さないだろう。
4)勤続ポイント
勤続年数や、年齢に応じたポイントの付与により、長期勤続を促している場合は、ジョブ型雇用にマッチしない。職務に対するポイントを振り分け直す、もしくは積み上げを給与の一定率に変更することが考えられる。
要件2. ポータビリティがあること
退職給付は、報酬の後払いという整理であっても、報酬そのものとは異なり、老後における所得の確保や生活の安定への役割が期待される。ジョブ型雇用の世界では、同じ企業で定年まで勤務することが一般的でなくなり、雇用形態の変更も起こりうる。そのような場合であっても、会社は、従業員が老後資金を準備できるようなポータビリティがある制度を用意していることが望ましい。
退職一時金制度の仕組みでは、ポータビリティの確保が非常に困難である。また、確定給付企業年金制度では、ポータビリティが拡充されており、今後も拡充されていくであろうが、現時点では受け手側の規約で認めていることが必要で、使い勝手があまり良くない。確定拠出年金であれば、個人型(iDeCo)も含め、ポータビリティが完備されている。
要件3. フレキシブルであること
多様な人材、働き方に対し、退職給付へ求める期待もさまざまであり、できるだけフレキシブルな制度とすることが望ましい。また、ジョブ型雇用では、キャリア形成の主体が会社から個人に移るため、個人は自律的にキャリアを考える必要がある。そのため、退職給付も自分でコントロールでき、自律的な行動を促すものであることが好ましいだろう。
退職一時金制度は、年金法令の制約が無いため、設計に自由度がある。確定拠出年金は、個人が運用・管理しなければならないため、自然と自律的な行動を促すことができ、さらにはマッチング拠出や選択制の導入により、強く促すことも期待できる。
適した退職給付制度とは?
退職給付制度を長期勤続者への慰労と整理すれば、報酬と切り離したものとして目的を持たせることも可能であるが、報酬の後払いとして整理する場合、確定拠出年金を中心とし、退職一時金制度が補完する枠組みで毎年の給与やジョブに基づいた付与額を積み上げる制度とすることで、ジョブ型と相性が良くなり雇用システムの効果を強めると考えられる。
確定給付企業年金や確定拠出年金の法令上の制約等により、退職給付制度の変更は難解であるため、検討が後回しになることもある。しかし、今後は人事制度の検討の初期段階から退職給付の位置づけの確認を行い、報酬制度と平仄を合わせる変更が必要かどうかも含め、中長期的に議論する必要性が高まるのではないだろうか。
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