【診断書の情報だけで判断してはいけない】
精神科産業医が教える職場でみられる「うつ」の困難事例における具体的対応
筑波大学医学医療系助教
宇佐見 和哉
3. 統合失調症に伴ううつ状態への対応
職場におけるメンタルヘルス困難事例として、病状が改善して復職したが一向にパフォーマンスが上がらないというケースも存在します。
(1)25歳男性Bさんの事例
Bさんは、国立大学工学部を卒業後、22歳で建設会社に入社しました。てきぱきと仕事をこなし、実直な性格で職場上司からの評価も高いものでした。 24歳の4月に親会社に出向しましたが、当初から残業も月70〜80時間程度と忙しく、職場全体の雰囲気も冷めており自分に合わないと感じていました。
10月頃から、自分の仕事が遅いので周りからにらまれているのではないかと感じるようになり、また、わざと自分に聞こえるように「あいつ使えないよ な」などと周りが話している声が気になりました。翌年3月、出向を終え元の職場に戻りましたが、そこでも周りからみられている感じが続いて仕事に集中でき ず、課長から注意されることがしばしばありました。
5月の連休が明けた頃から週1、2日の頻度で職場に来られなくなり、何日も連続して同じ服を着てくることもあったため、課長からの勧めで心療内科を 受診したところ、「『うつ状態』のため2ヵ月の療養を要する」との診断書が主治医から出されました。その後休養期間が1ヵ月延長となり、合わせて3ヵ月の 休養の後、Bさんは復帰しました。
発病前と比べて動作が少し緩慢になり、仕事上でも時々ケアレスミスがみられました。課長はBさんの様子が気になりましたが、声をかけても「大丈夫で す。元気です」と話し、休まずに出勤してくるため、焦らせてはいけないと考えて注意は控えていました。しかし復職後1年が過ぎても一向に作業効率が上がら ず、周囲からBさんに対する不満の声も聞かれるようになりました。
(2)事例の解説と具体的対応
Bさんは、出向に伴う精神的負担の増大から「うつ状態」となりましたが、それ以前に「周りからにらまれている(被害妄想)」「自分に聞こえるように 周りが話している(幻聴)」などの症状が出現し、帰任後も症状が続いていました。これらの症状はうつ病ではなく、統合失調症に特徴的な「陽性症状」と呼ば れるものです(代表的な統合失調症の症状は表3参照)。その後さらに、「集中力低下」や「何度も同じ服を着てくる(意欲の欠如)」などの陰性症状も出現しました。すなわち、主治医の診断書による「うつ状態」とは、統合失調症の陰性症状を表していると言えます。
「統合失調症」と言うと陽性症状をイメージされるかもしれませんが、実際の経過からすると、症状を呈している期間のうち陽性症状は短く、ほとんどが 陰性症状であると言われています。そして、再発によって病状を繰り返すごとに社会的機能が低下していくことが知られています。Bさんの場合、復職から1年 近く経過しており体調不良の訴えはないにもかかわらず、作業効率が上がりません。このような場合は、発病により能力が低下した可能性も否定できません。
Bさんのように長期にわたり就業制限を必要とする状況では、労務管理の観点から仕事ができているどうかを総合的に評価する必要があります。復職した 職場が多忙であるなど、本人の適応が難しい場合には、異動も含め対応を検討していただきます。もちろん出勤状況が不定期になっていれば再休業をさせなけれ ばなりません。職場の一存ではなく、人事労務担当者、産業保健スタッフ等が連携して対応を検討する必要があります。そのためにも復職の際には、「就業上の 配慮をしている間は産業保健スタッフとの定期的な面談が必要です」と事前に伝えておくのが良いでしょう。その際、Bさんのように、本人と職場側で仕事への 評価にずれが生じている場合には、個別面談だけでは状況は改善しないため、本人、所属上司、人事労務担当者、産業保健スタッフなどで合同面談を実施し、現 状に対する共通認識をもつ機会を設けることが望ましいでしょう。また、現在の職場で配慮を続けると判断した場合には、周囲のケアも忘れてはいけません。B さんの仕事量が軽減されていることで生じる負担は、周りで支える人たちにかかっており、この状況が長期間続くことは職場全体の健康度の悪化に繋がります。 Bさんの健康情報に対する守秘義務はありますが、本人に確認のうえ周囲で支える社員に対して事情を説明する、または意見を聴取するなど、周囲へのフォロー も同時に行うとよいでしょう。
症状 | 具体例 |
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陽性症状 |
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陰性症状 |
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解体(陽性症状に含まれる) |
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4. 職場における精神障害への対応 —結びに代えて—
職場のメンタルヘルスにおける困難事例を、「うつに見えないケース」、「長期にわたって配慮が必要なケース」という大きく2つに分けて解説しました。いず れも「うつ」という診断名に振り回されてしまって対応が個別の事案に沿ったものとなっていないことが原因で、うまくいっていないと考えられます。対応にあ たっては、次の点にも注意が必要です。
(1)病名に捉われ過ぎない
これまでの話は何だったのか!と叱責されてしまうかもしれませんが、この意味は、職場で対応するうえで、「どんな病名か」というよりも「職場でどのような 問題が生じているのか」に注目すべきであるというものです。診断名は本人との関わり方の参考になりますが、その診断名への捉われが、事例をさらに困難なも のにしていることも事実です。実際に労務管理を行ううえでは、疾患名ばかり捉われるのではなく職場における業務遂行能力への影響の程度により対応すること が有効です。就業規則上どこまで配慮が可能なのかをあらかじめ明らかにし、あまり特例を作らずに、その枠の中で対応をするのがよいでしょう。
(2)自分自身の健康に気を配る
メンタルヘルス対応はとても気を遣います。困難事例への対応はなおさらです。対応する側も人間ですから、本人とのやり取りに疲れたり、イライラさせ られたりすることがあるかもしれません。イライラが本人に伝わると関係性がこじれてしまうなど、良いことはありません。常日頃から自分自身の体調を気にか けていただき、溜まったストレスは、身体を休めたり、誰かに愚痴をこぼしたり、好きなことをするなど、うまくコントロールするようにしましょう。
なお、各精神障害についての細かい症状や治療、具体的対応などについては誌面の都合上十分に解説できませんでしたが、本記事が困難事例対応に悩まれている方々のいくらかでも救いになれば幸いです。
(参考図書)「事例でなっとく! 精神科産業医が教える障害年金請求に必要な精神障害の知識と具体的対応」(日本法令,2014)
うさみ・かずや ●筑波大学医学医療系助教。福島県生まれ。2004年3月旭川医科大学医学部医学科卒業。2010年3月筑波大学大学院人間総合科学研究科修了。精神保健指定医、日本医師会認定産業医。東京都知事部局精神科健康管理医、桜台江仁会病院精神科医師、浦和神経サナトリウム精神科医師を経て2013年4月より現職。産業精神医学が専門。精神科産業医として業務する傍ら、民間病院で精神障害による休業者の復職を支援するリワークプログラムを運営した経験を持ち、現在も精神障害者の社会復帰支援に広く従事している。日本思春期学会評議員、茨城労働局局医。著書に「公務員のための部下が「うつ」になったら読む本」(学陽書房・共著)がある。
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