【診断書の情報だけで判断してはいけない】
精神科産業医が教える職場でみられる「うつ」の困難事例における具体的対応
筑波大学医学医療系助教
宇佐見 和哉
(3)現代型うつ病における職場の具体的対応
Aさんに対して「仕事ができるようになるまでは焦らずに休んで」「無理はしないで」など、従来のうつ病対応をすると、どうなるでしょうか。もともとストレ スとなる出来事に対して回避的な行動をとる傾向にあるため、いつまで経っても復職の目処が立たないことになります。休職期限間近となってから慌てて復職を させる場合、長期間の休業からの環境変化や周囲との適応がうまくとれずに、再休業もしくは退職となってしまうことも少なくありません。治療により症状が改 善し活動性が高まってきた際は、なるべく早期に復職につなげることが望ましいと言えます。樽味先生もディスチミア親和型うつ病の予後について、「置かれた 場・環境の変化で急速に改善することがある」と述べています。すなわち薬物療法も重要ですが、現代型うつ病の治療の根幹は、環境調整および心理的支援であ ると言えるでしょう。支援する際のステップは、次の通りです。
【1】信頼関係を構築する
現代型うつ病の場合、まずは本人の考えに寄り添い信頼関係を築いていくことが必要です。Aさんのように職場に拒否反応を示している場合には、無理に上司がコンタクトをとらず人事、産業保健スタッフが窓口となることもよいでしょう。
【2】環境にうまく適応できない理由を考える
本人と信頼関係を築くことができると、相手側の話にも耳を傾けるようになります。その際に「なぜ職場にうまく適応できないのか」を一緒に考えていく ようにします。ポイントは、どちらかが一方的に悪い訳ではないことを本人に示すことです。本人の言い分を受け止め、できる範囲で環境を調整するが、自分の 中にも改善できる点がないか考えてみようと誘導していくのがよいでしょう。
【3】自発的な努力を支える
そして、本人の中に改善すべき点が見つかった時に、寄り添ってそれを支えながら環境に戻していくという対応が有効です。うまく行ったときには褒め、 うまく行かなかったときには、また問題点を整理するという対応を繰り返すことで、徐々に環境への適応がスムーズになっていきます。
例えば、Aさんが復職の条件として職場の異動を強く希望したとします。この場合、本人の中には「異動ができなければ復職できない(異動することが目 標)」という固い思考が存在します。それに対して「元職復帰が原則だから異動はできません」と一蹴してしまうと、本人の頑さが増すばかりです。
対応する際には、本人が元の職場でつらい思いをしたことを傾聴し共感したうえで、「異動の希望はわかりました。しかしこの場で異動を約束できるわけ ではなく、まずは復職できるように準備をしていきましょう。あなたの体調が回復し復職可能な状態になれば、環境調整を行い働きやすいようにサポートしてい きます」と伝えると、Aさんの頑さは和らぐでしょう。そのうえで、なぜ職場で体調を崩したのかを一緒に振り返り、自分の中での改善点を見つけるといった作 業を復職前に行っておくと、本人の中で努力すべき課題が見出せるでしょう。
(4)現代型うつ病と間違えられやすい精神障害
いわゆる現代型うつ病が社会的に認知されると、「まじめで几帳面」とは言えない性格の方の休職は、すべて「現代型」だというように捉えられがちです。筆者も、産業医をしていて「うちの部下が現代型で困る」と相談をされることがよくあります。
ところが、そのようなケースの中には、時にうつ病以外の精神障害が隠されていることもあります。特に現代型うつ病と混同されやすいものに、「双極II型障害」、そして「アスペルガー障害」が挙げられます。これらへの対応は、上記の現代型うつ病とも、また大きく異なります。
【1】双極II型障害
「双極性障害」とは、躁うつ病のことを指します。気分が高い時(躁状態)、低い時(うつ状態)といったように気分の波に2つの山があることから、双極性障害と呼ばれているのです。
躁状態の時に見られる症状としては、開放的またはイライラした気分になり、自分は素晴らしい人間であると確信する(誇大妄想)、寝る間を惜しんで新 しいことをどんどん始める、注意が散漫になるなどといったものがあります。これらの症状の強さや持続期間によって躁状態(症状が強い。例えば入院が必要な 病状など)または軽躁状態(症状は軽い。例えば入院は不要な病状など)と分けられます。前者を「双極I型障害」、後者を「双極II型障害」と言います。
この双極II型障害は、仕事をしていると憂うつだが好きなことは楽しめるというように周りから見られてしまうことがあるため、現代型うつ病ではないかと考えられてしまいがちです。しかし、実際にはこれらには大きな違いが存在するのです。
現代型うつ病では、仕事などストレスとなる出来事が原因となって体調を崩し、そのストレスから離れると徐々に活動できるようになります。そして回復過程で好きなことはできるけれども、まだ仕事はできない、という状態が起こります。
一方、双極II型障害はうつ病エピソードと軽躁病エピソードを繰り返すものです。そうするとうつ病症状のために仕事ができない時期と、軽躁病のためにいろ いろ活動的になる時期が見られるようになります。ですから、現代型うつ病では「できることとできないことがはっきりしている」という特徴がある反面、双極 II型障害では「できる時期とできない時期がはっきりしている」ということになります。具体的に言えば、「ずっと表情が暗く、意欲も出ない様子で仕事をし ていた人が、急に明るくなって仕事を任せてくれなどと活動的になった」というエピソードは、双極II型障害でよく見られます。いろいろな活動に興味も出ま すし、もともと好きだったことはさらにやる気が起きますので、現代型うつ病のように見えてしまうのです。
双極II型障害は再発率の高い病気であり、継続した薬物療法が必要になります。そのため、再発予防のためには通院の中断を避けるようにしなければなりませ ん。本人の通院頻度等を確認し、受診しやすい環境づくりが必要になります。また、軽躁状態の際には活動性が高まるため、気づいたら残業時間が極端に増えて いたなどということも、しばしば起こります。環境調整においては、労務管理が主体となります。
【2】アスペルガー障害
職場のメンタルヘルスにおいて、最近、発達障害の存在が注目されています。特に知的障害を伴わないアスペルガー障害により、職場環境に適応できずうつ状態を呈する場合がよくみられます。
アスペルガー障害は、他の人とコミュニケーションが取りづらい、限られた対象に強くこだわるなどの特徴があるものの、言葉の遅れや精神遅滞が存在し ません。そのため、アスペルガー障害はなかなか周囲から気付かれにくく、成人になってから気づかれる場合も少なくありません。具体的な症状には、大きく分 けて次のようなものがあります。
ア)社会性の障害
アスペルガー障害の方は、人に関心を持てず、周囲からの評価についても無頓着な面があります。そのため暗黙のルール、いわゆる社会常識を理解することができません。
イ)コミュニケーションの障害
人とコミュニケーションをとる時、われわれは相手がどのように考えているかを表情や仕草から確認しながら対応しますが、アスペルガー障害の方は視線を合わせず、表情や相手の仕草から相手の考えていることを把握することを苦手とします。そのため、対人的な距離感を掴むことができずに一方的なコミュニケーションとなりがちです。
ウ)想像力の障害
アスペルガー障害の方は、自分の定めたルールに従うことで安心することができます。裏を返せば、そのルールに沿うことができないと極端に不安が生じるため、業務内容が一定でなかったり業務量に繁閑があったりと、臨機応変な対応が求められる職場ではパニックになりやすいと言えます。
このアスペルガー障害が、現代型うつ病と誤解されることもあります。やはり、仕事をしていると憂うつだが、好きなことは楽しめるというように周りから見られてしまうのです。
例えば、アスペルガー障害の患者さんが勤めている会社で、社長が参加する重要な会議があったとします。「明日の会議には社長が来る」と前日に伝えら れていたにもかかわらず、その方は、当日の朝体調が悪いと連絡して休み、そして翌日体調が良くなったと元気に出社して、打上げには参加する、という行動を とりました。周りから見ると理解できない行動ですね。辛いことはできないが、楽しいことはできる現代型ではないか?と思われるわけです。ただ、アスペル ガー障害では、社会常識とされているものに疎い傾向があります。その方の行動は、「社長が来る」=「重要」という構図が成り立たないことによるものだった のです。
アスペルガー障害の方が休業される場合のほとんどは、職場環境に適応できずにうつ状態となることによります。ですから、まずはうつ症状の改善を図 り、復職する際には本人が適応しやすい環境づくりを行う必要があります。アスペルガー障害の方は、「仕事の優先順位がつけられない」「物事を言葉通りに受 け取る」「細かいことが気になり時間がかかりすぎる」といった特徴がみられます。そのため職場では本人へのアプローチとして、仕事は少しずつ優先度の高い ものから与え、明確な言葉で指示を出すなどの苦手とする部分をサポートできるようなアプローチが望ましいでしょう。
なお、このアスペルガー障害は職場における「発達障害」として押さえておきたい重要な概念ですが、DSM-5という新しい診断基準では「自閉症スペクトラム障害」という障害に分類されることとなり、今後は、アスペルガー障害という用語は使用されなくなる見込みです。
人事の専門メディアやシンクタンクが発表した調査・研究の中から、いま人事として知っておきたい情報をピックアップしました。