【診断書の情報だけで判断してはいけない】
精神科産業医が教える職場でみられる「うつ」の困難事例における具体的対応
筑波大学医学医療系助教
宇佐見 和哉
職場のメンタルヘルス対策に関わっている方は、「うつ病」や「うつ状態」という言葉をよく耳にされるでしょう。多くは主治医が記載する診断書に基づくものですが、時には患者さん本人から、「自分は『うつ』なんです」と相談されることもあります。
うつ病の方へは、古くから「励ましはダメ」「頑張らせてはいけない」という対応が望ましいとされてきました。しかし、近年ではそのような対応をしてもうまくいかない事例が増え、職場においてさらなる混乱を招いています。この背景には、「うつ」と「うつ病」とが混同されていることが大きな原因になっています。この「うつ」は、医学的には「うつ状態(抑うつ状態ともいう)」とされるものです。本記事では、職場において困難事例と考えられるうつ状態の理解と具体的対応について解説していきます。
1. 「うつ状態」とは何か
(1)「うつ病」と「うつ状態」の違い
うつ状態を理解するためには、うつ病とはどういったものかを知っておくとスムーズです。うつ病をはじめとする精神障害のほとんどは、検査をして異常 が見つかるというものではありません。そのため精神科では、どの医師が診察をしても同じ病名になるように、診断基準といわれるものに基づいて病気が診断さ れます。うつ病の診断基準を表1に示します。このように、5つ以上の症状が2週間以上にわたり持続している場合に「うつ病」と診断されます。
「うつ状態」とは気分の落込みや、意欲が出ないという状態を表したもので、病名ではありません。病気としてのうつ病であれば当然うつ状態にあり ますが、うつ状態がうつ病であるという構図は成り立ちません。うつ状態という言葉は、うつ病も包摂する、より広い概念であると理解することが適切です。
表1:うつ病の診断基準(抜粋)
以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。
これらの症状のうち少なくとも1つは、(1)抑うつ気分または(2)興味または喜びの喪失である(注1)。
(1)その人自身の言明(例:悲しみまたは、空虚感を感じる)か、他者の観察(例:涙を流しているように見える)によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分(注2)
(2)ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味、喜びの著しい減退(その人の言明、または他者の観察によって示される)
(3)食事療法をしていないのに、著しい体重減少、あるいは体重増加(例:1ヵ月で体重の5%以上の変化)、またはほとんど毎日の、食欲の減退または増加(注3)
(4)ほとんど毎日の不眠または睡眠過多
(5)ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止(他者によって観察可能で、ただ単に落ち着きがないとか、のろくなったという主観的感覚ではないもの)
(6)ほとんど毎日の易疲労性、または気力の減退
(7)ほとんど毎日の無価値観、または過剰であるか不適切な罪責感(妄想的であることもある。単に自分を咎めたり、病気になったことに対する罪の意識ではない)
(8)思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日認められる(その人自身の言明による、または、他者によって観察される)
(9)死についての反復思考(死の恐怖だけではない)、特別な計画はないが反復的な自殺念慮、自殺企図、または自殺するためのはっきりとした計画
(注1)明らかに、一般身体疾患、または気分に一致しない妄想または幻覚による症状は含まない。
(注2)小児や青年ではいらだたしい気分もありうる。
(注3)小児の場合、期待される体重増加が見られないことも考慮せよ。
『DSM-IV-TR精神疾患の分類と診断の手引(新訂版)」 137頁より抜粋
(2)困難事例となりやすい「うつ状態」
メンタルヘルスの重要性が広く周知されたことで、職場においてうつ病への対応が丁寧に行われるようになりました。ただし、一般的なうつ病への対応をしてもうまくいかない場合には、支援者が非常に苦労することになります。
職場のメンタルヘルスにおける困難事例の1つに、一見「本当にうつなのか?」と疑わしく思われるケースがあります。この代表的なものが、いわゆ る「現代型うつ病」です。古くから、うつ病は特有の性格傾向を有する者が過重労働など過度なストレスにより心身が疲弊することで発症すると考えられていま した。しかし、近年、強い自己愛と根拠に乏しい万能感をもち、合理的かつ他罰的な考え方を有している者が耐えられない困難に直面することで「うつ」を発症 するというケースが増加しているとされ、前者を「従来型」、後者を「現代型」と区別されるようになりました。
そしてもう1つに、復職したはずなのにパフォーマンスが一向に上がらず長期にわたって職場での配慮を要するケースがあります。この場合、うつ病の病状回復が不十分であることが考えられますが、「統合失調症に伴ううつ状態」である可能性もあります。
それでは、まず「現代型うつ病」についてみてみましょう。
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