『健康経営会議2017』開催レポート
2017年9月4日、経団連会館において、健康経営会議実行委員会の主催による「健康経営会議2017」が開催された。健康経営とは、経営の観点から戦略性をもって働く人の心身の健康を保つこと。組織を活性化させ、会社の収益性を上げ、医療費の適性化へとつなげることを目的としている。今回は「健康は成長力。日本の未来をつくる健康経営の今を知る!」と題して、五つの講演を実施。さまざまな切り口から、健康経営について考えた。
●開会の辞 健康経営会議実行委員会 委員長公益社団法人 スポーツ健康産業団体連合会 会長 厚生労働省 スマート・ライフ・プロジェクト推進委員会 委員長 斎藤敏一氏 |
●来賓挨拶 スポーツ庁 長官 鈴木大地氏厚生労働省 健康局 健康課長 正林督章氏 中央労働災害防止協会 理事長 八牧暢行氏 |
●講演1 健康経営の意義と社会的要請 NPO法人健康経営研究会 理事長 岡田邦夫氏 |
●講演2 経営戦略としての働き方改革と健康経営 明治大学専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授 野田稔氏 |
●講演3 HOW TO MAKE A HEALTHY COMPANY ロート製薬の健康経営 ロート製薬株式会社 取締役副社長 CHO ジュネジャ・レカ・ラジュ氏 |
●講演4 Well-Beingな人・街・会社 三菱地所株式会社 新事業創造部兼街ブランド推進部 担当部長 井上成氏 |
●講演5 健康経営の実現に向けて 経済産業省 商務情報政策局 ヘルスケア産業課長 西川和見氏 |
●閉会の辞 |
来賓挨拶スポーツ庁長官 鈴木大地氏
まず鈴木氏が、スポーツ参画人口拡大に向けたスポーツ庁の取組みについて語った。スポーツ基本法に基づく第2期スポーツ基本計画では、(1)「する」「みる」「ささえる」スポーツ参画人口の拡大、(2)スポーツを通じた活力があり絆の強い社会の実現、(3)国際競技力の向上、(4)クリーンでフェアなスポーツの推進の4点がポイントとなっている。
鈴木氏は、国民医療費の上昇を抑えるにはスポーツの実施が不可欠であり、ビジネスパーソン全般やこれまでスポーツに関わってこなかった人がいかに運動習慣を付けるかが課題だという。そのため、スポーツ庁でも企業にビジネスパーソン向けの運動習慣づくりを促し、健康経営を推進していく、と宣言した。
講演1:健康経営の意義と社会的要請NPO法人健康経営研究会 理事長 岡田邦夫氏
岡田氏はまず、18世紀に経済学者アダム・スミスによって書かれた『国富論』の中から、「労働と休息-親方の対応」について書かれた部分を紹介した。
「イタリアの高名な医師であるラマツィーニが専門書に書いた内容が紹介されています。数日間激しい労働が続くと、人にはたいてい、休養に対する強い願望が生じてきます。しかしそれがかなわなければ、その職業に特有の病気がもたらされる、とあります。これは職業病についての考え方です。また、労働者が継続して働けるようにするには、職場の親方たちが配慮しなければならないとあり、人を雇う側の姿勢を説いています」
では、現在の日本はどうか。平成23年に従業員の過労死に対して、大阪地裁で画期的な判決が出ている。ある会社の過労死に対する経営責任を問う裁判で、「重大な過失があったときには損害を賠償して責任を負う」という会社法を適用したのだ。岡田氏は「司法が変わってきた」と語る。
次に岡田氏は、ショッキングなデータを紹介した。世界28ヵ国、3万3000人以上を対象に実施された「2016 エデルマン・トラストバロメーター」という調査で、「自分が働いている会社を信頼しているか」と質問したところ、日本は「信頼している」という回答が40%に過ぎず、調査対象28ヵ国中で最下位だったのだ。
「パワハラの調査でも、会社は何もしてくれない、という結果が出ています。従業員は、『会社はすでに頼る対象ではない』と、無力感を感じているのではないでしょうか」
ここで岡田氏は、日本において働く人への評価に関する、三つの特徴を述べた。
「『よく働くけれど熱意が感じられない』『一見元気そうだが、覇気がない』『長時間働いても、Lowアウトプット』といった特徴があります。心身のバランスを考えていかなければなりません」
岡田氏は健康経営において、労働生産性や心身の健康について考える「職育」のプロフェッショナルが必要だと語る。ヘルスリテラシーを高めて自身で健康管理ができる人を、どのように育てていくのかを考えなければいけないのだ。
仕事をすることが健康に好影響をもたらす、という調査結果もある。ハーバード・ビジネス・レビューでは、65歳を超えて仕事をする人は長生きするという結果が出ている。
「65歳でなく66歳で退職した人々でみると、死亡率が11%も低下していました。日本であれば、この死亡率はもっと下がるのではないでしょうか」
健康経営の実践は社会的な要請であり、例えば下記のとおり、複数の観点で示すことができる。
- 労働者が高齢化することで、安全と健康への対応が必要となる
- 高齢化に基づく疾病医療費が増大するため、できるだけ疾病予防が必要となる
- 健康問題が経営責任としての位置づけられ始めたため、安全配慮義務の点で必要となる
- 訴訟による賠償額が高額化してきたため訴訟対策の一つとして、より企業における健康管理が必要となる
また、企業での人手不足も深刻さを増している。日本商工会議所の調査によれば、人が不足している中小企業は、2015年は50.2%だったが、2017年には60.6%と、10%も増えた。人手不足での倒産件数も増加。岡田氏は、働く人が不足している中、一人でも多くの人が職場で活躍できるよう、企業は働く人の健康を真剣に考えないといけない時期にきている、と語る。
最後に岡田氏は、欧米と日本とでは健康と労働の関係にどういった違いがあるのかについて触れた。WHOは1988年に「失業は、それ自体健康に対して悪い影響を与える」「労働は重要であり、また、自尊心および秩序観念形成の上で大きな心理的役割を演じる」「生存に活力を与え、日・週・月・年の周期的パターンを形成する」と発表。
「欧米では『働くことは生きること』という考えが根付いており、率先して働き方や職場環境の整備を行っています。一方、日本では『働き方や職場の改善には限界がある』といった意識が残っており、欧米とは考え方が異なります。日本はここから脱却しなければいけません。経営者自らがトップダウンで、健康経営を推し進め、よりよい職場にしていかなければならない。私たちも、しっかりとサポートしていきたいと思います」
講演2:経営戦略としての働き方改革と健康経営明治大学専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授 野田 稔氏
野田氏は、健康経営を本気で広めるためには、二つの問題をクリアする必要があると語る。
「一つ目は、健康経営の重要性は“理解”できているけれど、実際にやるとどんな良いことがあるのかを“納得”できていないことです。理屈がわかっていても、損得で納得していない。健康経営の目的を語れなければいけません。二つ目は、社員の健康を考えようとしても、これまでの会社の成り立ちが実はそれを妨げている。そのことに気付けていない点です。その背景には、日本企業がこれまで経営で大成功を収めてきたことによる弊害があると思います」
野田氏は、日本企業には「成果の出し方」に変遷があったと語る。第一世代(1945~1975)では、社員の労働を規定し、それを守らせる会社が求められた。世の中は製造業が中心であり、「反復作業、ルーティンワーク」が成功の秘訣だった。
「ここに過剰適合してしまったことが、私たちのマインドセットの原点になっています。要するに、社員は基本的に会社の言うことを聞く存在だ、という考え方です」
そして現在に至る第二世代(1975~現在)。オイルショックで環境が変わり、賢い会社が求められるようになった。第一世代的なワークも残りながら「知識労働、ルーティンワーク」がキーワードとなる。社員はそれぞれに会社の目標を達成するための一つの機能という役割が与えられ、機能を全うするために頭を使い、一丸となって目標達成というルーティンを守り続けた。
しかし、これからの第三世代は「志高い会社、イノベーティブな会社にならなければならない」と野田氏は言う。ここでは社員は創造者であり、「知識創造、ノンルーティン」がキーワードだ。
「少子化問題によってこの先、労働力人口は大きく減少します。そのため、この先は“個”の創造生産性を可能な限り高めなければなりません。しかし、まだ私たちはハードワークの幻想に捉われています」
これからあるべき企業の目標とは、創造生産性を高めることだ。野田氏はそのために必要なことが三つあると言う。一つ目は、第一段階としての「脱・プレゼンティズム」。プレゼンティズムとは、出勤しているが健康に支障があり、最善の業務ができなくなる状態のこと。これをなくさなければならない。二つ目は健康経営の推進。戦略的に健康経営を進め、組織として推進しなければならない。
「『働くこと』で価値を生むのではなく、『創造すること』が価値を生む、ということです。そのためには、社員を創造者にしなければなりません。創造するためには健康でなければならない。だからこそ、健康経営がこれからの競争力の源泉となるのです」
三つ目は本気のダイバーシティ&インクルージョンだ。誰もが等しく、最善の環境で働けなければならない。
野田氏は、これからの企業間競争のフィールドは間違いなく、人にしかできないことになる、と語る。
「例えば遊ぶこと。真剣に遊んだ人が勝つ時代が来ると思います。あとは対話。真剣に対話した人が勝つ。他にも、人にしかできないことはたくさんあります。慈しむ、楽しむ、愛する、育てる、悟るなど、このようなアクティビティを一生懸命にやらないと、本当の意味での創造性は発揮できないのではないでしょうか」
これまで企業は成果を出すために、個人の努力や意識改革から始まり、業務の無駄を排除し、業務のプロセスを改革し、抜本的な構造改革を行ってきた。これらは今後も続けなければならないが、さらにそのうえに立って、成果の出し方改革、戦略的な健康経営を通じ、最終的にはイノベーションの推進まで持っていかなければならない。
「健康経営もダイバーシティの推進も、最終的には根本的な成果の出し方改革が絶対条件となります。だからこそ、今日述べたような大きな枠組みを感じてほしい。そして、経営にとって大変重要なことだと理解してほしい。経営者の皆さんにはぜひ、本気になってほしいですね」