ATD 2017 International Conference & Expo 参加報告
~ATD2017に見るグローバルの人材開発の動向~
〈取材・レポート〉株式会社ヒューマンバリュー 取締役主任研究員
川口 大輔
2017年5月21日~24日に、米国ジョージア州アトランタで、「ATD 2017 International Conference & Expo(ICE)」が開催されました。このカンファレンスには、毎年世界各国から、企業のHR、コンサルタント、研究者、教育機関・行政体のリーダーたちなどが集い、現在直面している課題やこれからの人材開発のあり方について、組織の枠を超えて学び合います。年々日本での認知度も高まってきており、人材開発に携わる人々が議論を行う共通の言語やプラットフォームとなってきているように感じます。
本レポートではATD 2017の現地の様子や、行われていた議論の内容を共有することを通して、カンファレンスの魅力やグローバルの人材開発の動向を紹介していきたいと思います。
ATDとは
ATD(Association for Talent Development)は、企業や政府などの人材開発・組織開発の支援をミッションとし、米国ヴァージニア州アレクサンドリアに本部を置く会員制組織(NPO)であり、1943年に設立されました。世界120ヵ国以上に約40,000人の会員を持つ、タレント開発に関する世界最大級の組織です。
ATD International Conference & Expo(ATD国際会議)とは
ATD International Conference & Expo(ATD国際会議)は、ATDが年に一度開催している、人材開発や組織開発に関する世界で一番大きなイベントです。通称ATD ICE(アイス)と呼ばれています。2017年はアトランタで4日間にわたり、三つの基調講演のほか、約400のセッションとワークショップを開催。EXPOのブースには400以上の出展がありました。米国のほか、アジア、欧州、南米、中東など、世界78ヵ国から約10,000人が参加しました。
日程 | 2017年5月21日(日)~24日(水) |
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場所 | 米国ジョージア州アトランタ、ジョージア・ワールド・コングレスセンター |
セッション数 | 約400件
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基調講演 |
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コンテント・トラック (10カテゴリー) |
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インダストリー・トラック (4カテゴリー) |
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ATD2017 International Conference &Expo開催実績
- 参加人数:10,000名
- 海外からの参加:1,829名
- 参加国数:78ヵ国
- 参加者の多い国の状況:韓国…265名、日本…178名、カナダ…176名、中国…163名、ブラジル…84名
アトランタでの開催
ATDは毎年、アメリカの主要都市(ワシントンD.C.、シカゴ、ダラス、デンバー、オーランドなど)で開催されます。今年は10年ぶりに、アトランタでの開催となりました。アトランタは、コカ・コーラ、CNN、デルタ航空といった企業が本社を置く商業都市として栄えています。デルタ航空は、もともとルイジアナ州で農薬の空中散布事業を行っていた会社から、アトランタへの移転を契機に旅客サービス会社として成長してきました。デルタのお膝元であるアトランタ空港は、年間の発着回数が世界一を誇るまでになっています。
またアトランタは、「風と共に去りぬ」の背景となった都市でもあり、公民権運動の中心地のひとつでもあります。ダウンタウンには、市民権・人権博物館があり、日本人の参加者の中には、セッションの合間を縫って博物館を訪れる人も多かったようです。
その土地の歴史や学びに触れながら、カンファレンスに参加できるのもATDの醍醐味のひとつと言えます。さまざまな観点からアメリカの縮図が感じられるこの都市で、2017年のATD-ICEはスタートしました。
情報の洪水の中、多様な学習スタイルを通して深める学び
ATD ICEでは、日曜日から水曜日までの4日間の期間中、基調講演が3本、そしてコンカレント・セッションが、毎朝8時くらいから夕方5時過ぎまで行われます。初めて参加される方は、その情報量に圧倒されることも多いようです。
400ものセッションの中から、自分が出たいセッションを選ぶのもATDの醍醐味のひとつです。たとえば、ATDには、ケン・ブランチャードやボブ・パイク、ジャック・フィリップスといった、人材開発の領域で仕事をしている人が一度は耳にしたことのある「レジェンド・シリーズ」と呼ばれる方々がセッションを行います。(昨今ではスコット・ブランチャードやジェームズ・カークパトリックといった次世代も活躍しています)。こうしたレジェンド・スピーカーたちから、直接学べるのも貴重な機会です。
また、各セッションは「リーダーシップ開発」や「ラーニング・テクノロジー」、「キャリア開発」などセッションがカテゴライズされているので、関心が高いテーマを追いかけることで、その領域のトレンドをつかむこともできます。特に最近では、最先端の脳科学の知見を取り扱った「ラーニングの科学」の領域の人気が高まっているように感じます。
近年は企業事例が増えているのも、特徴と言えるでしょう。今年もIBM、スターバックス、ゼロックス、キンバリークラークといった大手グローバル企業から、NASAのような政府機関まで、さまざまな組織が自社の取組みを具体的に紹介していました。事例を中心に回れば、生の取り組みから多くのヒントを得ることができます。また、セッションの進め方が多様性に富んでいるのもATDの特徴です。豊富なデータをもとにした解説を行うセッション、ラウンドテーブル型で議論を通して学びを深めていくセッション、とにかくアクティブに体や頭を動かす参加型セッションなど、学びのスタイルもさまざまです。
参加者が一斉に前に出るセッションも。相互作用が高いのが特徴です
セッションと並行して、毎年大規模なEXPOが開催され、400を超えるブースでさまざまなベンダーがサービスを紹介しています。今年は、コンカレント・セッションの中でも、VRやAR、チャットボットといったテクノロジーの人材開発における可能性について言及される場面がありましたが、EXPOにおいても、たとえば医師がVRを用いて手術をシミュレーションするトレーニングについての紹介が行われるなど、今後のテクノロジーを生かした取り組みが広がる可能性が感じられました。
アジャイルな時代における人材開発の動向と役割の変化
こうしてたくさんの情報に触れたり、そこでの気づきや発見を他の参加者とダイアログすることで、グローバルの人材開発の動向・潮流が見えてきます。今年は特に「アジャイル」や「アジリティ」といった言葉をキーワードとして多くのセッションや基調講演の中で耳にしました。アジャイルとは、「素早い」や「俊敏な」といった意味があり、もともとはソフトウェアの開発などで用いられる言葉です。近年のVUCAワールドと呼ばれるような複雑性や不確実性の高い時代において、企業が時間をかけて最適解を探したり、完成度を高めてから行動に移すのではなく、ラフな段階から積極的にチャレンジを行い、失敗から学び、顧客の声に耳を傾けながら、自分たちのやり方を変え続け、価値を創造していく経営のあり方として重視されています。そうしたアジャイルなマインドセットをいかに企業のカルチャーとして一人ひとりの中に育んでいけるのかが、大きなテーマになってきていることを強く感じます。加えて、カルチャーを築くために、働く一人ひとりが恐れや不安を感じずにチャレンジができる心理的に安全な環境(サイコロジカル・セイフティ)をいかに職場につくっていけるのか、が派生的なテーマとして扱われていました。
また「マイクロ・ラーニング」という言葉に代表されるように、イベントとしての研修を超えて、学習性(ラーニング・アジリティ)を高めていくような連続した学習機会を、テクノロジーを活用しながらいかにデザインしていけるのかといったことも、重要なテーマとして根付いた感があります。
そして、そうしたカルチャーを変革していく上で、最も重要なポイントのひとつとして、人材開発に携わる私たちの役割をシフトしていくことが挙げられていたことを、多くの参加者が共感をもって受け止めていたようです。私たち自身が、何かが完成するまで待っているようなパーフェクショニズム(完璧主義)の姿勢を捨てて、勇気をもってアジャイルにいろいろなことを試しながら、失敗から学び、新たな価値創造していく力を高めていくことが大切であるとのメッセージが、全体的に発信されていたように思います。変わりゆく世界の中で、価値の源泉である人の力を解放し、高めていくことの重要性やパラダイム・シフトが強く実感できたカンファレンスでした。
広がるATDの影響力
会期中には、ATDのCEOトニー・ビンガム氏へのプレス取材も行われ、ATDの組織的な展開の動向にも触れることができました。プレスの発表の場でビンガム氏は、今年新しく立ち上がった人材開発のプロフェッショナル向けの認定資格であるAPTD(Associate Professional in Talent Development)を広げていきたいと特に強く話していました。ATDの認定資格といえば、これまでCPLP(Certified Professional in Learning and Performance)があり、2000人以上の人が既に資格を取得しています。
ただし、質の高い資格である一方で自分の専門分野(インストラクター、インストラクショナル デザイナー、パフォーマンスコンサルタント、研修評価・測定、L&D運営マネジメント)において、かなりの量のレポートの提出や書類審査が求められるなど、認定取得には相当の経験とスキル、知識や高い意識が求められることも事実です。そうした背景もあり、今回新たに、CPLPよりも少しハードルを下げ、より多くの人にキャリアの初期のステージにおいて同領域の専門性を高めてもらうことを意図して、APTDができたとのことでした。ATDは、CPLPとあわせて、こうした認定資格を人材開発に携わる人々のグローバル・スタンダードにし、クオリティーを高めていきたいという意向があると思われます。同資格のレジストレーションは既に始まっていますので、グローバルの人材開発のコンピテンシーに関心の高い方は参考にされるといいかもしれません。(https://www.td.org/Certification/New-Credential)
その他にも、イェール大学と共同でマネジメント・エクセレンスのプログラムを立ち上げたり、中国を始めとするアジアでのビジネスの展開の拡大に言及したり、またこれまでATDがあまり力を入れてこなかったビッグデータやAIなどの技術領域に関しても優れた人材を採用し、今後のテーマとしていくなど、ATD側もさまざまなチャレンジを通して影響力を増していこうとしていることがプレス発表からうかがえました。今年は、ASTDからATD(アソシエーション・フォー・タレント・ディベロップメント)に名称が変わって3年になりますが、ラーニングやタレント・ディベロップメントの世界における変化がますます加速している感があります。