賃上げ
賃上げとは?
賃上げとは、基本給のベースアップや定期昇給などにより、企業が労働者に支給する賃金の増額を行うことをいいます。日本ではバブル崩壊以降、物価が下がり、デフレによって賃金が上昇しない状況が長く続きましたが、2022年からの物価上昇・インフレを受け、2023年は春闘において「5%程度」の高い賃上げが要求されました。最低賃金も過去最高となり、約30年ぶりに高い賃上げが実現しています。2024年も前年の流れを受け、さらなる賃上げが予測されています。
賃上げの定義
賃上げは、「ベースアップ」と「定期昇給」の二つからなります。
ベースアップとは、基本給の底上げを指し、略して「ベア」と呼ばれます。能力や勤続年数などに関係なく、基本給の水準が一律で上昇するものです。たとえば「ベースアップ3%」の場合、全従業員の基本給の水準が一律で3%アップします。
定期昇給(定昇)とは、企業が決めた基準に沿って、毎年定期的に行われる昇給のことです。勤続年数に伴う昇給や、年齢に伴う昇給などが該当します。定期昇給のタイミングは、企業によってさまざまです。
連合春闘方針における「ベア」と「定昇」
2024年の春闘では、連合から「賃上げ分3%以上、定昇相当分(賃金カーブ維持相当分)を含め5%以上の賃上げを目安とする」という方針が打ち出されました。これは、ベースアップ相当分として3%以上、定期昇給分を含めて5%以上の賃上げを要求するという意味です。
「ベースアップ相当分3%以上」が実現した場合、基本給が3%(または3%以上)底上げされます。
「定昇相当分」とは、賃金カーブの維持・賃金水準の維持と同じ概念で、年齢・勤続年数に合わせて右肩上がりに上昇していく賃金カーブを維持するため、必要な昇給分を確保するための要求です。
たとえば、35歳、30歳、25歳の従業員を雇用している場合、賃金カーブに沿って定期昇給が行われれば、1年後は36歳、31歳、26歳と年齢(勤続年数)に応じた賃金を支払うことになります。従業員の勤続年数が上がるにつれて人件費が増額となるので、企業は賃金カーブに応じた定期昇給を行うための財源を確保しなければなりません。
賃金制度が整備されている大手企業では、定期昇給などで賃金カーブを維持することがほぼ制度化されています。しかし、中小企業には賃金表がない組織も少なくありません。毎年の賃上げ交渉で、賃金カーブ維持に必要な昇給分を確保することは、従業員の生活水準を維持するために重要です。
インフレが続くと物価が上昇するため、賃金カーブ維持の定期昇給だけでは生活水準の維持が難しくなります。そのため、ベースアップが賃上げの大きな論点になる傾向があります。
賃上げの動向
2023年は「賃上げ元年」と表現されるほど、賃上げ気運が高まりました。過去の春闘の動向を踏まえると、2024年はどのような状況が予想されるのでしょうか。
春闘の動向
春闘とは、「春季生活闘争」の略称です。多くの日本企業では会計年度に合わせて2月〜3月頃に翌年度の賃上げや労働条件を交渉する慣習がありますが、日本の労働組合にとって、1年で最も大きなできごとといえます。60年以上の歴史があり、景気や日本の社会環境に合わせて春闘で行われる賃上げ要求も変化してきました。
春闘で高い賃上げ要求が行われたのは、バブル景気により経済が好調だった、1980年代後半から1990年代前半です。定期昇給込みで5%~9%と、高い賃上げ要求がなされました。1990年代後半にバブルが崩壊すると、デフレが長期化する中で具体的な賃上げ要求の数値を掲示しない時期が続きます。この時期には、労働者の雇用安定が重視されていました。
再び具体的な数値が掲げられるのは2014年になってからです。長引くデフレ脱却に向けて4%以上、4%程度といった賃上げ要求がなされました。2023年になってからは、物価上昇が続いたことを受け、賃上げ要求方針は5%程度に上昇。2024年は「5%以上」と、より強い要求になっており、1995年以来、およそ30年ぶりの高い水準です。
2024年の賃上げ予測
シンクタンクの多くは、2024年の賃上げを3.7%~3.85%と予測しており、全体として高い賃上げ率が実現する見通しです。
賃上げ 見通し |
備考 | |
みずほリサーチ&テクノロジーズ | 3.8% | 業種ごとのバラツキはあるが、高い賃上げ率が実現する見通し |
第一生命経済研究所 | 3.7% | 2023年並みの高い伸び |
日本経済研究センター | 3.85% | |
大和総研 | 3.8% | 前年の水準をやや上回る |
たとえば、みずほリサーチ&テクノロジーズは、新型コロナウイルス感染症が5類となったことに伴う消費者動向の回復の影響で、小売や宿泊・飲食といった個人の消費が関連する業界でも、前年より賃上げが積極化する可能性を示しています。他にも、為替円安効果で高収益となっている自動車関連業界などで、高水準の賃上げが継続する見通しを立てています。
こうした高い賃上げが実現する理由として、第一生命経済研究所は、物価高への配慮、底堅い企業業績、人手不足感の増加をあげています。ほかにもシンクタンク各社がさまざまな見解を述べていますが、組合側・経営側とも、賃上げに対して比較的前向きであるという見通しです。
実質賃金はどうなるか
懸念されているのは、2年連続で賃上げが実現しても、長引くインフレにより実質賃金がプラスになるとは限らない点です。厚生労働省が2024年1月に公表した速報値(2023年11月値)では、物価の変動分を反映した実質賃金は前月に比べて3%減少し、20ヵ月連続でマイナスとなっています。対して、現金給与総額は23ヵ月連続でプラスです。賃金上昇が物価上昇に追いつくかどうかが、2024年の日本経済の焦点といえるでしょう。
景気の下振れリスク
大和総研の2024年の日本経済見通しによれば、賃上げが経済を下支えし、インバウンドや個人消費の回復が経済の正常化を後押しして、緩やかな回復基調が続いた結果、2024年後半に実質賃金がプラス転換し、政府が「デフレ脱却」を宣言する可能性があるといいます。しかし、インフレ率が賃金上昇を上回れば、個人の消費の弱さから、大企業を中心に値下げ競争が再熱し、物価・賃金ともに伸びない「デフレ均衡」に逆戻りするリスクもあります。
とくに、アメリカの景気後退や中東・ウクライナ情勢の緊迫化などを海外経済の下振れをリスクとして挙げています。
賃上げ促進税制とは
企業の賃上げを促進する制度として注目を集めているのが「賃上げ促進税制」です。賃上げ促進税制とは、賃上げや人材育成への投資に積極的な企業が税額控除を受けられる制度です。従来の「所得拡大促進税制」が、2022年4月から「賃上げ促進税制」に改められ、この名称になりました。
名称が変更されたタイミングで、税額控除率が上昇しています。所得拡大促進税制では、中小企業の税額控除率は最大25%でしたが、賃上げ促進税制では最大40%まで引き上げられました。
賃上げ促進税制は、企業に高い節税効果をもたらすものです。これにより、賃上げが持続・加速することが期待されています。さらに、「常時使用従業員数が1,000名以下の個人事業主」のように、法人以外も対象となる点が特徴です。
◎対象となる中小企業
- 青色申告書を提出している
- 下記のいずれかに該当する
(2)資本または出資を有しない法人で、常時使用従業員数が1,000名以下の法人
- 常時使用従業員数が1,000名以下の個人事業主
- 協同組合等
- 通常要件:給与などの支給額が前年度比で1.5%以上増加 → 控除率15%
- 上乗せ要件1:給与などの支給額が前年度比で2.5%以上増加 →控除率+15%
- 上乗せ要件2:教育訓練費が前年度比で10%以上増加 →控除率+10%
◎対象となる大企業
- 青色申告書を提出している
- 資本金または出資金の額が1億円を超える法人
- 資本または出資を有しない法人で、常時使用従業員数が1,000名を超える法人
- 通常要件:継続雇用者給与等 支給額が前事業年度より3%以上増加 → 控除率15%
- 上乗せ要件1:継続雇用者給与等支給額が前事業年度より4%以上増加 →控除率+10%
- 上乗せ要件2:教育訓練費が前年度比で20%以上増加 →控除率+5%
2024年の税制改正大綱では、2023年に実現した高水準の賃上げを持続的なものとするため、賃上げ促進税制がさらに強化されることが示されました。
改正のポイント
2024年の税制改正大綱では、最大税額控除率が以下のように上がる予定です。
- 大手企業・中堅企業:30% → 35%
- 中小企業:40% → 45%
そのほかにも下記の変更点があります。
- 大企業向けは、より高い賃上げへのインセンティブ強化に向け、3%、4%に加えて、さらに高い賃上げ率の要件(5%、7%)を創設。
- 中小企業向けは、賃上げ実現年度に税額控除しきれなかった場合、5年間繰越控除ができる措置を創設。
- 子育てとの両立支援、女性活躍支援に積極的な企業への上乗せ措置を創設。
改正の大きなポイントとして、最大税額控除率の変更、大企業に向けたさらに高い賃上げの要件の設定、中小企業向けの5年間の繰越控除措置があげられます。厚生労働省が認定する、子育て支援や女性の活躍推進に熱心な企業に付与される「くるみん認定」「えるぼし認定」に、税制上のインセンティブが課されることも注目される点です。
賃上げ促進税制の改正内容のさらなる詳細は、2024年5月頃公表される見通しです。
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