高専人材が「正しく評価される」市場へ
──SMBC日興証券NOILが築いた、ボトムアップ・イノベーションの実践
磯野 太佑さん(SMBC日興証券株式会社 Nikko Open Innovation Lab長 /DeFiテクノロジー部長)
芝崎 春香さん(SMBC日興証券株式会社 Nikko Open Innovation Lab)

イノベーション創出と若手人材の活躍は、多くの企業が向き合う共通テーマです。SMBC日興証券は2020年、社内公募型のベンチャープログラムから生まれた組織「Nikko Open Innovation Lab(以下、NOIL)」を立ち上げ、5年にわたり100%ボトムアップの運営を続けています。活動は全国の高等専門学校の学生との共創プログラムへ発展し、さらに高専卒業生の総合コース採用へとつながりました。証券会社ならではの「価値を正しく評価する」発想は、人材戦略にどう生きているのか。Nikko Open Innovation Lab長の磯野太佑さんと、芝崎春香さんに伺いました。

- 磯野 太佑さん
- SMBC日興証券株式会社 Nikko Open Innovation Lab長 /DeFiテクノロジー部長
いその・たいすけ/投資銀行業務に従事した後、2019年にスタートした社内公募型ベンチャープログラム「Nikko Ventures」第1期に応募。「地方創生×トークンエコノミー」をテーマとして採択され、2020年3月に立ち上がったNOILに1期生として参画。現在はNikko Open Innovation Lab長として、インキュベーション・教育・投資の3本柱からなる事業領域全体を率いている。

- 芝崎 春香さん
- SMBC日興証券株式会社 Nikko Open Innovation Lab
しばさき・はるか/入社後は支店のリテール営業を担当。社内公募制度を活用してNOILへ異動し、磯野さんが率いるチーム「Funder Storm」に参画。現在は、全国の高専生が異なる学校・学年・学科を越えてチームを組み、企業の実課題に取り組む共創プログラム「高専インカレチャレンジ」の企画・運営をはじめ、アントレプレナーシップ教育の推進に取り組んでいる。
「ラボ」という名前に、組織の実態が追いついた5年間
「Nikko Open Innovation Lab(NOIL)」の成り立ちと、現在の役割を教えてください。
磯野:NOILの前身は、2019年9月にスタートした社内公募型のベンチャープログラム「Nikko Ventures」です。そこで社長が採択したビジネスアイデアを、「0→1(ゼロイチ)」の段階から事業化していく実行部隊として、2020年3月にNOILが立ち上がりました。
「Nikko Ventures」は1年に1回のペースで開催していましたが、現在は区切りを設けず常時募集する形態に変え、名称も「Nikko Ventures Next」としています。社内のアイデアを事業の種に育てる役割そのものは変わりません。一方、組織のあり方は5年間で進化を続けてきました。
「部」ではなく「ラボ」という名称には、特別な意図があったのでしょうか。
磯野:立ち上げ当初は、研究開発的な要素を意識したネーミングの面が強かったそうです。位置づけは完全に部署で、ラボという言葉はシンボリックなものでした。
転機は、新規事業に対する社内の理解の変化です。当初は、収益のKPI(重要業績評価指標)を一定期間内に達成することが新規事業のあるべき姿ではないか、と捉えている人も少なからずいました。しかし、新規事業には0→1、1→10、10→100というそれぞれの段階があり、求めるべき成果の性質は段階ごとに異なります。
現在では、経営陣から「私たちが“分からないこと”だけを持ってきてほしい」と振り切ったことも言ってもらえるようになりました。ラボという名前に、組織の実態が追いついてきたことを実感する場面が増えています。

具体的にどのような活動をされているのでしょうか。
磯野:NOILの活動は「インキュベーション」「教育」「投資」の3本柱で構成されています。屋台骨にあるのは、「Nikko Ventures Next」を起点とする「インキュベーション」の仕組みです。社内から採択されたアイデアを、事業化に向けて専従で試行錯誤できる環境が、私たちの基盤となっています。
一方で、金融機関がイノベーションを社会に届けるためには、自分たちが打ち出すアイデアを受け入れてもらう土壌そのものを耕す必要があります。そこで、金融リテラシーやアントレプレナーシップを育む「教育」を活動の2本目の柱としています。
3本目の「投資」は、注目する領域や可能性を感じる分野に深く入り込んでいくための機能です。0→1の段階は見通しが不透明で、ともすれば机上の空論のまま終わってしまう危うさを抱えています。新規性が高く、注力したい領域に対しては、リスクを取って投資で踏み込んでいく。こうしたインキュベーション・教育・投資の三つの機能が補い合って、今のNOILを作っています。
100%ボトムアップを支える、証券会社ならではの企業文化
NOILに所属するメンバーは、どのような経緯で参画されているのでしょうか。
磯野:ベースのメンバーは、「Nikko Ventures Next」で採択されたプロジェクトの応募者です。加えて、芝崎のように社内公募で異動した人や中途採用者も在籍し、現在はすべての所属メンバーが自分の意思で手を挙げて参画した組織になっています。
過去から一貫してそうだったわけではなく、5年をかけて少しずつ整えてきたのが実状です。大企業のオープンイノベーション組織のなかでも、完全にボトムアップの組織を維持できている点はNOILの特徴の一つだと考えています。
社内公募による異動では、たびたび現場から「優秀な人材の囲い込み」などの抵抗にあうという人事の声をよく聞きます。どのようにこの課題を克服されていますか。
芝崎:私が所属していた支店では、ほかの社員も積極的に公募を活用していました。実際に上司からは「リテール営業だけが証券会社の世界ではない。総合証券の名のとおり、もっと広い世界がある。若いうちにぜひ経験するといい」という言葉をかけてもらいました。
公募制度を通じて、部下が新たなチャレンジの場へ踏み出すことを、支店長や課長が積極的に後押ししてくれる風土があります。

磯野:その背景には、証券会社という業態の特性があると感じています。証券会社は、お客さまの思いをマーケットにつなぐ仲介者であり、ファシリテーターです。お金をただ運用するのではなく、常にお客さまが何を感じ、何をどうやって実現したいかを起点に動く必要があります。そのため、世の中の変化やトレンドに敏感でなくてはなりません。
役職にかかわらず、新しいことをやってみようという姿勢の人が多い組織文化です。上司は基本的にフランクで、イノベーションにも理解のある人たちが多いです。「Nikko Ventures Next」の応募プロジェクトでも、現職の課長や部長自身がチャレンジしているケースが少なくありません。全体のカルチャーが新しい挑戦を後押ししているのを、日々実感しています。
イノベーションの芽を組織全体に広げる工夫として、「イノベーションパートナー」という仕組みを設けていると伺いました。
磯野:イノベーションパートナーは、NOILのメンバーの直接の知り合いを通じて、全国の支店に「縁」をつくっていく活動です。私たちが情報を発信したときに、周囲のメンバーへメールで共有をお願いするという、かなりゆるい仕組みにしています。
イノベーションに大切なのは、自発性や主体性です。とはいえ、そもそも情報に触れていなければ、主体性を発揮しようにもそのきっかけが生まれません。
また、当社では異動が頻繁に発生します。一度パートナーとしてつながった社員が異動すれば、その先で新しい縁が広がっていく。大企業ならではの異動を逆手に取り、気軽に情報にアクセスできるつながりを全社的に張り巡らせる状態を目指しています。
全国の異なる高専生がチームを組む共創プログラム「高専インカレチャレンジ」
NOILの「教育」の柱を象徴する取り組みの一つに、全国の高等専門学校(高専)の学生と取り組む共創プログラム「高専インカレチャレンジ」があります。プログラムの概要を教えてください。
磯野:高専インカレチャレンジは、全国の高専に通う高専生たちがチームを組み、参加企業から提示されるリアルな経営課題に2ヵ月以上かけて取り組むコンテストです。NOILでオープンイノベーションに取り組むチーム「Funder Storm」が運営母体となり、2021年からスタートして2026年に7回目を迎えました。
高専生のメンターを務めるのは、起業家を中心とする高専OB・OGの方々です。最終審査会では参加企業の役員や社員が審査員となり、各チームが練り上げたアイデアをプレゼンテーションします。これまでに日本郵船グループやイオングループなどが課題を出題しています。
プログラムの最大の特徴は、学校対抗ではなく、異なる高専・学年・学科のメンバーで「ごちゃ混ぜチーム」を組む点にあります。私たちはこれを「異高専連携」と呼んでおり、プログラムを設計した当初から続けています。
プログラムがスタートした経緯をお聞かせください。
磯野:きっかけは、NOILを立ち上げた時の最初のプロジェクト「地方創生×トークンエコノミー」の取り組みでした。地方創生の言葉通り、日本中にプロジェクトを生み出していく構想だったため、プロジェクトを単発で終わらせず、支え続ける人を育てることが欠かせません。「人・モノ・カネ」の3軸で指針を立てたなかで、「人」について真剣に向き合っていた矢先のことでした。
私たちが頭で描いている未来のプロジェクトは、本来、未来の利用者へ届けるものです。にもかかわらず、若い世代と一切話さず、自分たちだけで考えていてよいのだろうかと不安を覚えたのです。新規事業を考える側として、若い世代と本気で議論を交わし、共に育ちながら新しいものを生み出す場を持つべきだと考えました。
最初は中高生へのアプローチを検討しました。しかし、全国に学校が無数にあり、何から手を付ければよいのか分かりません。そこで複数の方に相談したところ、口をそろえて「高専が面白い」というアドバイスをいただきました。
調べてみて、驚いた点が二つありました。一つは、日本に高専が58校あるという事実です。狭いエリアに、これほど満遍なく高水準の理系教育機関が分散している地域は、世界的に見てもまれです。
もう一つは、教育のシステムです。中学を卒業した子どもたちに対して、研究者である教授・准教授が、いきなり大学レベルの理系教育を5年間にわたって行います。日本の初等教育自体、すでに世界トップクラスの水準にある。そこへ高専の専門教育が積み上がるのですから、世界トップクラスの人材が育つ高いポテンシャルがあるはずだと確信しました。
こうして2020年4月、高専に最初の提案を持ち込んだのが今のプログラムの出発点です。高専を対象にしたコンテストはいろいろとありますが、ほとんどは学校対抗の形式です。そこで、異なる高専のメンバーが入り交じった「ごちゃ混ぜチーム」を組み、企業のリアルな課題に一緒に取り組む仕組みを提案しました。
実際に高専生と取り組んでみて、どのような発見があったのでしょうか。
磯野:想像以上だったのは、高専生のコミュニケーション能力の高さです。各種コンテストの経験に加え、教育にも熱心でかつ研究者でもある先生方と日常的に対話している影響もあるのでしょう。プレゼンテーションの内容、受け答え、言葉遣いなど、一貫して堂々と自分の考えを伝える姿が印象的でした。
芝崎:私が驚いたのは、企業が提示する複数のテーマのなかから、高専生たちがあえて最も難しいテーマを選ぶことでした。審査の場面では、参加企業の役員から踏み込んだ質問を受けることもあります。しかし、それにひるむことなくまっすぐに回答し、逆に「なぜそこに注目されたのですか」と質問を返す場面も少なくありません。中学を卒業して間もない、16歳や17歳の学生が多いことを考えると、コミュニケーション能力の高さは際立っています。

磯野:もう一つの大きな発見は、高専生同士の関係性が育つ早さでした。異学年・異高専・異学科のメンバーがチームに混在するなかで、高専生同士が先輩・後輩として刺激し合い、メンターを担う高専OB・OGの方々がモチベーションを注入していくのです。
参画企業はどのように集めているのでしょうか。
芝崎:私や磯野が、イノベーションのイベントに足を運んだ際のネットワーキングがきっかけになることがほとんどです。お互いに取り組みを共有するなかで、高専インカレチャレンジに興味を持った方々から、「ぜひ参加したい」という声を多数いただいています。
磯野:私たちが最も大切にしているのは、「高専生と本気で向き合い、対等な付き合いをしたうえで、一緒に新しいものを世の中へ生み出す」こと。参画企業に求めているのは、この理念に賛同してもらえるということだけです。
1年に1回と決めずに、賛同していただける企業と出会えれば、高専生のスケジュールが合うタイミングですぐに開催する。常にそういう場が起こり続ける状態を作りたいと考えています。
高専人材が「正しく評価される」市場へ──公正な評価から始まる総合職採用
2024年から、高専卒業生を総合職として採用し、初任給も大卒と同水準にそろえていますね。
磯野:もともと証券会社の役割は、市場のファシリテーターです。市場がスムーズに動き、価値が最大化されるマーケットを後押しすることが、私たちの本業。高専生と関わるなかで強く感じたのは、人材市場における高専人材が正しく評価されていないということでした。
もちろん、高専生は採用市場で人気がないわけではありません。一人の高専生に何十社もがアプローチするような状況もあると聞いています。ただ、人気があることと、公正な価値で評価されることは、別の問題だと考えています。
どのような点に課題を感じられたのでしょうか。
磯野:たとえば、高専生を「システム人材」や「製造部門限定」の枠で採用するのが一般的だとすると、彼らのキャリアに最初から制限を課してしまいます。私たちは、彼らのキャリアの幅を狭めない形で採用したかったのです。加えて、条件面でも実力どおりに評価することが公正であろうと考え、初任給についても大卒と同水準にそろえました。
初の高専卒として入社したのは、高専インカレチャレンジに3回参加してくれた学生でした。最終審査会の様子は、人事や役員にも見てもらっていたため、高専人材の素晴らしさは社内に十二分に伝わっていました。採用に至るまでに、社内では自然と前向きな雰囲気が醸成されていたように思います。
2024年1月には、独立行政法人国立高等専門学校機構との連携協定を締結されています。
磯野:連携協定で目指しているのは、高専生の存在が人材マーケットでより公正に評価されるようになり、彼らのキャリアにとっても、日本経済にとってもよい循環を築き上げることです。インカレチャレンジで一緒に汗をかき、社内で価値が伝わり、採用や条件面に反映され、社会への発信につながっていく。この高専人材が正しく評価されるようにしていく一連の流れは、私たちが当初から描いていた構図と重なり、この流れを社会に広げていきたいと思っています。

イノベーションを生む人材に共通する「公明正大」と「ぶれない軸」
どのような資質を持つ人材がイノベーションで成果を出すと感じていますか。
磯野:まず一つは、公明正大であることです。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、極めて大切な要素だと考えています。
イノベーションは、他者を排して成し遂げるものではありません。私たちが取り組んでいるのは、新しい市場を作る0→1のフェーズです。既存の業界内で競合を出し抜くという発想ではなく、お互いのいいところを認め合いながら一緒に市場を育てていく姿勢が欠かせません。
通常業務では、競合を意識して何を守るかに神経質になりがちです。しかし、イノベーションの領域においては、どれだけオープンでいられるかが勝負どころ。「オープン&フェアネス」を貫くことが結果を左右します。
もう一つは、軸がぶれないことです。自分はこういう世の中を実現したいと思ったら、最初に掲げたビジョンを最後まで曲げない。そのための手段はいくらでもピボットして構いません。しかし、行き先だけは同じであってほしい。
途中で苦しむ場面は必ず出てきます。軸を持っているがゆえに、とらわれてしまう瞬間も訪れる。それでも、軸がぶれない人が最終的によい結果を生む場面を、私たちはこれまで数多く見てきました。
「ビジョンを持ち、軸をぶらさない」。シンプルですが、最後まで効いてくる資質です。
ボトムアップで挑戦する人材を継続的に生み出したいと考えている人事担当者の方に向けて、アドバイスをいただけますか。
磯野:率直に申し上げると、社内公募の新規事業プログラムは、年々応募者が減るのが当たり前です。それでもボトムアップの組織を維持してこられたのは、「直接、事業に効くわけではない努力」を怠らずに続けてきたからだと感じています。
仕掛けを作り、情報を流し、雰囲気を醸成する。短期では見えにくい仕事を、地道に積み重ねていくことが、結果として挑戦する人を生み出す土壌をつくります。一見、遠回りに見える努力を諦めない覚悟こそが、継続のカギだと考えています。
最後に、いま注力されているプロジェクトについて伺えますでしょうか。
磯野:2026年4月、私たちが取り組むもう一つのプロジェクト「みらいたすく」が、大手経済紙の1面トップで報じられました。金融機関における相続手続きの煩雑さを、業界横断で一本化・効率化していこうとする取り組みです。証券会社、銀行、信託銀行、信用金庫といった異なるカテゴリーの金融機関を一つの座組みに束ねるところまで、ようやくこぎつけたという段階です。
ご紹介したい理由は、メディアで報じられたからではありません。プロジェクトはまだ始まりにすぎず、これからどうなるかは誰にも分かりません。ただ、お客さまにとっての本当の利便性を考えれば、すべての金融機関を横断してつながなければ価値が生まれない。
「金融機関の分野横断は絶対に徹底する。その座組みが整うまでは、何も発表もスタートもしない」というポリシーを最後まで曲げずにきた結果、この場所までたどり着きました。先ほどお話しした「軸を曲げない」という原則を、自分たちでもよい形で体現できた事例だと感じています。
NOILがこれから直面する次の課題は、ボトムアップで挑戦する人材を、社内から一人でも多く生み出すための仕組みづくりです。試行錯誤の真っただ中ですが、5年で築いた土壌を信じて、私たちは歩みを続けていきます。

(取材日:5月1日)
- 参考になった 1
- 共感できる 3
- 実践したい
- 考えさせられる 1
- 理解しやすい 1
この記事を読んだ人におすすめ
人事・人材開発において、先進的な取り組みを行っている企業にインタビュー。さまざまな事例を通じて、これからの人事について考えます。
会員登録をすると、
最新の記事をまとめたメルマガを毎週お届けします!
無料会員登録
コメント投稿には『日本の人事部』への会員登録が必要です。(リアクションは登録なしで利用できます)
無料会員登録
『日本の人事部』への会員登録が必要です。