“育児用品の会社だからできた”のではない
ピジョンの育児支援制度改訂プロジェクト
ピジョン株式会社
経営戦略本部 人事部 人事労務グループ マネージャー
渡辺 雪香さん
育児と仕事の両立支援がさまざまな企業で進んでいますが、女性活躍支援という文脈で語られることもいまだ多く、「育児は女性がするもの」という意識が社会には根強く残っています。そのような中、育児・マタニティ用品の製造・販売を手がけるピジョン株式会社では、2006年に男性社員も利用でき、1ヵ月間有給で休業ができる育休制度「ひとつきいっしょ 」を導入し、2016年以降現在に至るまで、男性社員の育休取得率100%を達成し続けています。男女が育児を分担できる社会の実現が、真の女性活躍支援につながるという考えのもと、2022年には有志社員による「社員で作り上げる育児制度プロジェクト」を立ち上げました。社員の声から、どのような育児支援制度がうまれたのでしょうか。本プロジェクトの企画、プロジェクトリーダーを務めた経営戦略本部 人事部 人事労務グループ マネージャーの渡辺雪香さんに、プロジェクトの概要や制度の詳細、育児支援に対する同社の想いについてお聞きしました。
- 渡辺 雪香さん
- ピジョン株式会社
経営戦略本部 人事部 人事労務グループ マネージャー
わたなべ・ゆきか/大学卒業後2004年にピジョンに入社し、以来労務(給与、勤怠、社会保険等)、採用・研修・ダイバーシティー・働き方改革・エンゲージメント向上・健康経営推進など、一貫して人事畑を歩む。2022年から現職。
強いトップメッセージが男性社員の育休100%取得を実現
貴社では2016年以降、男性社員の育休取得率100%を継続されていますが、そこに至るまでにはどのような道のりがあったのでしょうか。
2006年に、子どもが1歳半になるまでの間に1ヵ月間有給で育児休業を取得できる「ひとつきいっしょ」制度を導入しました。当時、弊社は「くるみんマーク」の認定を目指していたのですが、男性社員の育児休業取得実績がありませんでした。育児用品を扱う企業として、男女平等に育児ができる環境を整えるべきだという考えもあり、男性社員も利用しやすい制度の策定に向けて動き出しました。
当時、男性社員に育児休業を取ることに対する障壁についてヒアリングしたところ、多くあがった声は育休取得中の経済的な不安でした。そこで「ひとつきいっしょ」では、1ヵ月間の休暇を有給で取得できる仕組みにしました。具体的には、1ヵ月の半分を会社が特別休暇として付与し、残りの半分は失効して積み立てられた年次有給休暇を活用できるようにすることで、経済面の不安を解消しました。また、制度のネーミングを社員から公募することで制度自体の周知を図るとともに、「ひとつきいっしょ」という親しみやすい名前で愛着を持って使ってもらえるようにしました。
しかし、制度を導入してから数年間は男性社員の育休取得率は3割程度でした。人事部から積極的に利用について働きかけてはいましたが、なかなか改善しなかったんです。
大きな動きがあったのは2015年です。当時の社長が「なぜ取得率を100%にできないのか」と問題提起をしたことがきっかけでした。社長は、社員全員に向けて「育休を取得してほしい」というメッセージを出し、「取得できない場合はその理由を当該部署の管理職が直接社長に説明しに来るように」と指示を出しました。その結果、取得しない社員は一人もいなくなりました。翌年の2016年からは、男性社員の育休取得率が100%になり、現在まで継続しています。
取得が進まなかった背景には、「1ヵ月間も休みを取ると他のメンバーに迷惑がかかるのではないか」という思いを多くの社員が抱えていたことがありました。しかし、1ヵ月間休むということは、育休に限らず病気やけがなどの理由で、誰にでも起こり得ることです。むしろ育休は、病気やけがで休むのとは違い、事前に予定を立てやすく業務の引き継ぎをスムーズに行えます。社員からは「周囲のサポートもあり、事前の準備をしっかりすれば問題なく休むことができた」という声が聞かれました。
トップからのメッセージにより、一気に制度の活用が進んだのですね。
「育休を取ることで今後のキャリアに影響が出るのではないか」という不安がある社員や、特に明確な理由がなく「なんとなく取らない」という社員もいたようです。ただ、「絶対に育休を取りたくない」という社員はほぼいなかったのではないかと思います。トップが育休を取得したいと思う社員の背中を強く押したのと同時に、送り出す仲間のマインドも変え、育休を取得しやすい社内風土ができたのだと思います。
「育児が身近にある会社だからこそ、ピジョンが率先して取り組む必要がある」と、当時の社長も言っていました。「自分たちができないことを世の中に広めることはできない」という考えのもと、まずは自社から積極的に取り組んだのです。
当時の社長が強調していたのは「女性が活躍するためには、男女平等に育児を分担できる世の中でなければならない」ということ。日本では依然として「育児は女性の役割」という価値観が根強く残っています。それを変えるためにも、ピジョンが先駆けて取り組むことの意義は大きい。制度の利用を促すだけではなく、制度を使う意味を社員にしっかりと伝えたことが、活用促進につながったと感じています。
育児中の社員の声を反映し育児支援制度をアップデート
2022年に立ち上げた「社員で作り上げる育児制度プロジェクト」の背景やきっかけについて教えてください。
以前から弊社には「ひとつきいっしょ」をはじめとする育児支援制度があり、それらを少しずつブラッシュアップしてきました。ただ、それでも社員から「もっと使いやすくしてほしい」という声はあがってきており、よりニーズに合わせた制度づくりの必要性を感じていました。
さらに、2022年の育児・介護休業法の改正で、企業には男性育休の促進が求められました。そこで改めて「ピジョンの育児支援制度はどうあるべきか」を考え直すことにしたのです。通常、育児制度を作るときは、社員の声を加味しながら人事主導で設計を行います。しかし、実際に制度を使う社員に一緒に考えてもらった方が柔軟な発想が出やすく、愛着を持って制度を使ってもらえるのではないかと考え、社員の中から有志のメンバーを募りプロジェクトを立ち上げました。
育児中の社員にメールで協力を呼びかけたところ、30人ほどの社員が手を挙げてくれました。参加できなくても取り組みを応援するメッセージをくれた社員もいて、社内全体から後押しをしてもらえたのです。
社員の方々はどのようにプロジェクトに関わったのでしょうか。
まず人事で社員ならびに男性社員の配偶者の方に対してアンケートを実施し、結果を集計し、そこから課題を抽出しました。プロジェクトメンバーにはワークショップに参加してもらい、アンケート結果の共有や課題について、みんなで意見交換をしながら具体的な制度や施策を考えていきました。そんな約2時間のワークショップを2回実施しました。
当時はコロナ禍で、かつ参加メンバーは育児中の社員ということもあり、ワークショップはオンラインで行いました。それでも終始和気あいあいとした雰囲気で、ざっくばらんに本音を話してもらえたと思います。参加者からは「普段から育児に向き合った仕事をしているけれど、自分自身の育児について社員同士で語る場はなかったので新鮮だった」「育児への向き合い方や考え方は人それぞれ異なるので、こうした場を通じて多様な視点を共有でき有意義だった」などの声が集まりました。また、「“こういう制度があればいいのに”と思っていたことを、直接言えてよかった」という感想もありました。
また男性と女性それぞれの立場の違いから、異性がいる場では率直な意見が言いづらいという声があったため、ワークショップは敢えて男性社員と女性社員を分ける形で行いました。それによりそれぞれの視点からの本音を聞くことができたと思います。
アンケートではどのような課題が見えてきたのでしょうか。
アンケートはピジョンの女性社員と男性社員に加えて、男性社員の配偶者にもご協力いただきました。配偶者の方からは、当社の制度に非常に満足しているというポジティブなフィードバックをいただいた一方で、男性社員本人からは「もっと育児に関わりたいけれど、仕事上の理由で難しい」という声が多くあがりました。「育児の負担は夫婦で半分ずつ」が理想ではあるものの、実際は3割程度しかできていない現状があり、こうした課題に対して会社としてサポートできることは無いかを考えながら制度を構築していきました。
社員から早期に相談してもらうことで活用を促進
ワークショップで出た意見から、具体的にどのような制度が実現したのでしょうか。
特に強い希望があった部分から優先的に実現していきました。
女性社員からの要望が多かったのは、育児休暇に関することよりも、復帰後の仕事の進め方や働き方に関する内容でした。たとえば時短勤務制度はあったものの、一日の勤務時間が固定されていたため、「日によってはもっと働きたい」というニーズに応えることが難しかったのです。この課題を解決するため、短縮勤務制度にフレックス制度を組み合わせることにしました。在宅勤務の日は長く働き、出社の日は短く働く、ご家族がお子さんのお迎えに行ける日は長く働き、自身がお迎えに行く日は短く働くなど、各人の事情に合わせて柔軟に対応できるよう、月単位で働く時間を調整できる仕組みを導入しました。
男女問わず要望が多かった、時間単位年休制度も実現しました。1時間単位で有給休暇を取得できるため、在宅勤務と組み合わせて「保育園のイベントのために1時間だけ抜ける」といった活用が可能になりました。育児中の社員に限らず全社員が対象で、自身の通院など幅広い用途で活用ができるため、非常に好評です。
また、もともと弊社には失効年休を積み立てて、特定の理由の場合に利用できる積立有給休暇制度がありました。子の看護休暇や「ひとつきいっしょ」などで積立有給休暇を活用していましたが、制度改訂で活用範囲を拡大し、妊婦健診の付き添いなどに使える「通院休暇」、配偶者の出産準備や産後フォローのために使える「配偶者の出産サポート休暇」などを新たに導入しました。また、入学式や卒業式などの学校行事への参加の際に積立有給休暇が利用できる「学校行事参加休暇」は、今までは小学校卒業までのお子さんがいる社員が対象でしたが、改訂により中学校卒業までに拡大しました。
導入された制度で、他に特長的なものはありますか。
ピジョンならではのユニークな制度としては「社員モニター制度」があります。「育児休業中は会社や仕事との関わりが希薄になるので残念」という声が多かったことから生まれた制度で、育休中の社員に開発中の商品を使ってもらい、その意見を商品開発に反映するというものです。
育休中の社員にとっては、自分の声が商品に反映されることで仕事との接点が生み出され、会社に貢献している実感が得られます。さらに商品開発においても、通常の製品モニターよりも手前の段階で、社員によるモニタリングができるという点でメリットがあります。会社にとっても育休中の社員にとっても意味のある大変好評な制度で、多くの社員に活用されています。
制度の導入にあたり、活用促進のための働きかけなどはされたのでしょうか。
特に活用促進を目的としてはいないのですが、男性社員が早くから育児を意識できる機会づくりを意識的に行いました。アンケートで課題にあがっていたように、男性社員が育児に関わる時間を増やしたかったことが、結果的に制度の活用促進にもつながっていると感じています。
ワークショップで社員の話を聞いていて感じたことですが、女性はおなかに赤ちゃんを授かるので、早いうちから親になるという意識が醸成される一方で、男性は実感を持つタイミングがないまま出産を迎えてしまうケースが多いようです。しかし、育児は夫婦でスタートを一緒に切らないと女性が育児の主導権を握ることになり、男性が自発的に動けなくなる状況に陥りがちで、育児分担の不平等を生んでしまいます。
そのため、男性社員にはできるだけ早い段階から妊娠や出産に向き合ってもらい、出産直後のタイミングで育休をとれる体制を作りたいと考えました。そこで、「配偶者の妊娠がわかったら早めに人事に報告してほしい」というメッセージを社内に向けて発信しました。妊娠の報告をもらえれば、人事からどんな制度が活用できるのかについて説明できますし、所属部署と連携して計画的に育休をとるためのサポートもできるからです。
早めに妊娠を報告してほしいというメッセージは、女性社員に対しても重要です。世間には、安定期に入るまで、周囲には妊娠を報告しないほうがいいという風潮がありますが、実際は安定期に入るまでの時期こそ、悪阻で体が辛いなど、無理をさせられない時期であるにもかかわらず、「周りに言って心配をかけてはいけないと思っていた」という女性社員も多くいました。
当社では在宅勤務は週2日間までと決められていますが、育児や介護、傷病などの理由がある社員は、在宅勤務の日数を週4日間まで増やすことが可能です。妊娠初期にこそ、この制度を活用することで、体への負担を軽減してほしいと考えています。また、男性社員で、配偶者の方が妊娠中で上のお子さんのお世話が必要なケースにも活用できます。
もちろん、妊娠の報告は強制しませんが、報告さえもらえれば、活用できるさまざまな制度の用意があることを、今回の制度改訂に合わせてメッセージとして全社に伝えました。「早めに報告してもいいんだ」という空気が社内に醸成されつつあり、最近ではかなり早いタイミングで人事部に相談してくれる社員が増えてきています。
「赤ちゃんにやさしい未来像の実現」を目指して
制度の導入によって、社員の定着率やエンゲージメントなどに変化はありましたか。
制度の導入前後で具体的な数値は計測していませんが、「働きやすい環境だ」という社員の声をよく聞くようになりました。採用活動でも、働く環境に魅力を感じて応募したという方が増えています。中途採用で入社した社員からは「前職では育児を理由に希望するキャリアを諦めなくてはならなかったが、ピジョンではまったくそのようなことがない」という声をよく聞きますね。育児経験を直接活かせる仕事であるため、育児をしながらモチベーションを高く仕事に取り組みたい社員は会社としても大歓迎です。
弊社が考える「育児中でも働きやすい」環境とは、単に「休みがとりやすい」「業務負担が少ない」ということではなく、「育児を理由にキャリアを諦めなくていい」ということだと思っています。育児がキャリアの障壁にならず、誰もが経験を活かして活躍できる環境を整えることが、私たちが目指す「働きやすさ」の本質です。
もう一つ、ピジョン独自の特長的な取り組みをご紹介します。2006年の「ひとつきいっしょ」の導入時から実施しているのですが、1歳半までの子どもがいる社員に『育児レポート』を提出してもらっています。育児レポートは目標管理制度に組み込まれていて、半年もしくは1年間の業績目標として掲げることになっており、評価結果は賞与に反映されます。育児で学んだことや示唆などをレポートにして会社に提出し、その内容は全社員が見ることができるようポータルサイトに掲載しています。商品提案や改善提案のレポートなどは、個別に開発部門に連携することもあります。男女ともに育児にしっかり向き合うこと、それを仕事にも活かすことへの意識付けになっていると思います。
これまでにたくさんのピジョン社員の育児レポートが集まったので、2023年にはそれを書籍として出版しました。ピジョン社員が育児に奮闘する姿を通して、誰もが悩みながら育児をしている、一人ではないのだ、というメッセージが込められています。
自社内での取り組みだけでなく、世の中への発信も積極的にされているのですね。
ピジョンでは、「赤ちゃんをいつも真に見つめ続けこの世界をもっと赤ちゃんにやさしい場所にします」ということを会社の存在意義として掲げています。存在意義で掲げる「赤ちゃんにやさしい場所」を具体的に6つの社会の姿で描いた「赤ちゃんにやさしい未来像」の1つに、「赤ちゃんを産み育てることがハードルにならない社会」というものがあります。男女平等に育児ができる、育児をしながらキャリアを諦めずに活躍していける。そんな世の中を作りたいという想いを表現しました。ピジョンが今までの経験から得てきた情報や、培ってきたノウハウを、ぜひ他の企業の方にも参考にしていただきたいと考えています。
最近は、他社の人事担当の方々と意見交換をする機会も増えているのですが、育児制度の設計や具体的な運用方法などについてご相談をいただくことも多いですね。弊社がお伝えできることはすべてオープンにしています。
先に述べたワークショップを行う中で、社員の育児環境は配偶者の勤務先の状況によって左右されることが多いと感じました。たとえば、あるピジョン社員が夫婦で平等に育児をしたいと思っても、配偶者の勤務先の制度や環境によっては、それが叶わないことがあります。そうなると、いくら自社だけで制度を整えても限界があるのです。多くの企業が育児支援に取り組むことで、育児とキャリアの両立が可能な社会の実現につながると考えています。そうした社会をつくりたいという思いが、弊社が育児制度の情報を発信している背景にあります。
弊社の事例をお伝えすると、「育児用品の会社だからできるのでは」と言われることがあります。しかし、弊社もかつては男性社員のほとんどが育休を取得していませんでした。トップからのメッセージ発信、人事からの草の根的な啓発活動、社員の積極的な活動への参加を経て、今のピジョンがあります。特別な環境だからできるわけではないのです。
今の子育て世代には、夫婦で平等に育児をするという意識を持つ方が多く、育児とキャリアの両立支援は社員からも世の中からも求められています。だからこそ、企業にとってはまさに今が積極的に取り組むタイミングだと思います。男女が平等に育児に関わることができ、育児をしながら自分のキャリアをつかむことができる社会の実現に、一緒に取り組んでいきましょう。