第89回 株式会社ラッシュジャパン
会社の決定による一方的な異動は行わない
従業員の「オーナーシップ」が生む、ラッシュジャパンの価値とは
株式会社ラッシュジャパン 人事部 部長 安田雅彦さん
本社スタッフは、あくまで店舗や製造現場を支える「サポート役」
社会課題の解決は確かに大切ですが、ともすると「やらされ感」につながってしまうこともあります。なぜ店長だけでなく、スタッフも主体的にブランドバリューを学ぼうとするのでしょうか。
ラッシュがビジネスを行う目的は、利益を追求することではなく、「製品を通じて社会課題を伝え、小さな変化を起こすことで世の中を良くしていくこと」です。例えば、どんなに利益が見込めても、化粧品を販売する際に動物実験を行わなくてはならない中国では、絶対にビジネスを展開しません。このように、ビジネスの根幹にブランドバリューがあるため、スタッフ一人ひとりがお客さまにきちんと課題意識を伝える必要があると理解しているのです。もし店舗の売り上げが思うように伸びないのなら、それは「お客さまにラッシュのバリューやキャンペーンの趣旨をきちんとお伝えできていないから」というほかにありません。
ラッシュでは、「スマトラの森林破壊」や「海洋プラスチックゴミ汚染」など、大きな問題となっているテーマを取り上げたキャンペーンを、グローバル規模で行っています。また、そのような大きなキャンペーンのほかに、日本国内レベルの社会問題や各店舗が自主的に提案して行う地域レベルのキャンペーンもあります。ラッシュのバリューをスタッフが理解しているからこそ、「こういうキャンペーンをやりたい」と、自発的な提案があるのです。
本社が「貴店はこういうキャンペーンをしてください」と店ごとに指示することはないのですね。
そもそも本社という考え方自体が存在しませんが、オフィス側からの詳細なマニュアルや指示は、一切ありません。私たちの役割は、店舗への指示を出すことではないんです。あくまで店舗側にオーナーシップがあって、私たちはそれを「サポート」する役割です。「こういうことをしたい」という提案を実現するため、店長は自身の裁量で必要な予算を確保し、フライヤーやPOPなどを社内のクリエイティブへ発注します。私たちはその試みがうまく行くよう、サポートしているのです。また、店舗に限らずキッチン(製造工場)もすべてハンドメイドで生産を行なっているので、各製造ルームがオーナーシップを持って力を発揮しやすい環境づくりができるよう、サポートしています。
従って、社内の組織図もよくある「ピラミッド型」ではなく、それを逆さまにした「逆ピラミッド型」。つまり、お客さまが一番上で、その次がショップスタッフ、私たち「サポート」が一番下からそれを支えている形になっており、私たちはこれをビジネスになぞらえて「バスタブストラクチャー」と呼んでいます。
一方的な「異動」はない フィードバックでキャリアを支援
ラッシュでは、会社の決定による一方的な異動を行っていないそうですね。
キャリア育成においても、個人の意思やオーナーシップを大切にしているため、会社から一方的に「部署・部門異動」を決定することは原則としてありません。自らの希望で役職や業務内容が決まりますし、もっと上の役職に挑戦したいなら、自分で手を挙げればいい。まったく経験のない職種でも、本人の意思で自由に挑戦することができます。
「入社した10年前には想像もしなかったキャリアに就き、そして成長している」というのは、創立者のマーク・コンスタンティンの言葉です。これは私たちの人材育成のフィロソフィーを表していて、「Freedom of movement(移動する自由)」が人事制度にも反映されています。実際、サポート部門やコミュニケーション関連の部門スタッフも、その60%くらいはもともとショップやキッチンなどの現場にいた人たちです。本社の役員の中にも、ショップや製造現場からキャリアをスタートさせた人がいます。「All are welcome」で、学ぶ姿勢さえあれば素人だって挑戦できる。それがラッシュのポリシーです。
自分自身のキャリアを主体的に考えることは、とても難しいように思います。どのようにサポートを行われているのでしょうか。
「リーダーはスタッフのキャリアをサポートする責任があり、スタッフは自分のキャリアをデザインする義務がある」と、常に伝えています。そのため、店長はスタッフの挑戦を応援するし、自らも挑戦します。具体的には、定期的に店長とスタッフでキャリアについて話し合う機会を設け、キャリアデザインを行うようにしています。
また、私たちが大切にしているのは「フィードバック」のカルチャーです。自分の目指すキャリアに向けて挑戦しても、それがかなわないことがあります。その場合、なぜうまくいかなかったのかを振り返り、フィードバックします。それをもとに努力することで、何度でもチャンスを得られるのです。
フィードバックを行うのは、そのような場合に限りません。店長からスタッフ、スタッフから店長、そして店長同士であっても常にフィードバックしあうことを心がけています。フィードバックを行うには、まず知識やスキルがあること、そして信頼関係が互いに築かれていることが重要です。日本ではどうしても「人間関係は相性による」と思われがちですが、それぞれの性格タイプを知り、どんなアプローチが適切なのかを知ることで、ノウハウとしてフィードバックの方法を身につけることは可能です。
たとえば会議のときに何も話さない人がいると、「サボっている」と感じてしまう人もいるでしょう。しかし、黙っているその人は内省型で、確信を持たないと発言できない性格なのかもしれません。その場合、無理に発言を促すのではなく、議事録をまとめてもらって、総合的に指摘してもらうほうがいいかもしれません。
良好な人間関係を築くには自己認識と他者理解、そして他者受容が必要であり、「あなたと私は違う」ということを、敬意を持って理解しなければなりません。そこから円滑なコミュニケーションが生まれ、適切なフィードバックができるようになります。繰り返しそれをトレーニングし、カルチャーとして醸成しています。
また、ショップ部門以外のサポート部門とキッチン部門では、半期に一度、360°フィードバックを行っています。他の会社では無記名で行うのが一般的だと思いますが、私たちは記名式で、あえてきちんと名前を書くようにしています。
記名式だと、言いたいことが言えなくなる人もいるのではないでしょうか。
私たちは、そういう文化をなくしたいんです。「面と向かって言いたいことを言えない」というのは、不健全なあり方だと考えます。ラッシュでは人の弱みや欠点を「伸びしろ」と呼んでいます。仮に他の人から悪いところを指摘されたとしても、あくまでそれは「伸びしろ」で、これからいくらでも改善できる。周りの人がその人に対して「ちゃんと改善して、成長することができる」という期待を持っているからこそ、きちんと指摘することができるのです。