第89回 株式会社ラッシュジャパン
会社の決定による一方的な異動は行わない
従業員の「オーナーシップ」が生む、ラッシュジャパンの価値とは
株式会社ラッシュジャパン 人事部 部長 安田雅彦さん
倫理的で環境、動物、人に配慮した「エシカル」なコスメや、バス・ヘアケア用品の製造販売で知られるラッシュの日本法人、ラッシュジャパン。店舗は日本国内に広く展開されており、新鮮なフルーツや野菜などを原料にハンドメイドで作られる製品を、手に取ったことがある方も多いのではないでしょうか。実は同社の店舗運営は、多くが店長やスタッフの「オーナーシップ」にゆだねられています。その方針に入社当初はとても驚いたと語るのが、人事部長の安田雅彦さん。キャリア形成でも個人の主体性を尊重し、会社の決定による一方的な異動を行わないという同社の取り組みについて、安田さんにじっくりとうかがいました。
- 安田 雅彦(やすだ・まさひこ)さん
- 株式会社ラッシュジャパン 人事部 部長
ラッシュジャパンのPeople(人事)部門の責任者。1989年に南山大学卒業後、西友にて人事採用・教育訓練を担当、子会社出向の後に同社を退社し、2001年よりグッチグループジャパン(現ケリングジャパン)にて人事企画・能力開発・事業部担当人事など人事部門全般を経験。2008年からはジョンソン・エンド・ジョンソンにてHR Business Partnerを務め、組織人事やTalent Managementのフレーム運用、M&Aなどをリードした。2013年にアストラゼネカへ転じた後に、2015年よりラッシュジャパンにて現職。
エリアマネージャーは置かない。店舗の運営は、店長の「オーナーシップ」に任せる
ラッシュジャパンでは、店長の上にエリアマネージャーなどの役職を置いていないとお聞きしました。とてもユニークな組織体制ですね。
そうですね。私も入社したとき、とても驚きました。当時は全国に約130店舗あったのですが、その規模の小売チェーンなら、店長の上にエリアマネージャーを置き、ピラミッド型でマネジメントや指示・命令を行うのが当たり前。規則やルールをしっかりと決めて、いわゆる「外的管理」を行います。しかしラッシュでは信念として、従業員一人ひとりに主体性を重んじる「内的管理」を求め、自らゴールを設定してエンゲージすることを求めています。エリアマネージャーを置かずに、各店舗の店長が自らオーナーシップを持って店舗を運営していると初めて聞いたとき、とてもチャレンジングな試みだと感じました。
ただ、私が入社した2015年当時は、この仕組みが完全に軌道に乗っているわけではありませんでした。もともと、ラッシュはイギリスで1995年に創業し、日本へ進出したのはそのわずか4年後の1999年です。進出当時はまだ本社でも、あるべき人事やマネジメントについて試行錯誤中だったのです。
加えて、ラッシュが日本に熱狂的に受け入れられたことが、本国のポリシーと日本での展開の方向性を乖離(かいり)させる一因となりました。というのも、当時は出店すればするほど売れるような状態。そのため、日本ではとにかく店舗展開を進めていたのです。すると2013年頃から次第に、市場環境の変化や顧客志向とのずれがおこり、成長速度が鈍化。それを改善するには、改めて本来のブランドの「あるべき姿」を実現する組織へと、変革していく必要がありました。
ちょうどその頃、本国でも店長自身の強いオーナーシップを、より重視するようになりました。その象徴的な取り組みとして、2015年、全世界規模の店長会をスタート。日本でもその方針にのっとって、店長のオーナーシップに任せた店舗運営を進めようと、大きく舵を切ったのです。しかし、いきなり「オーナーシップ」を重視するといわれても、すぐにうまくいくはずはありません。もちろん現場の混乱も起こります。私がラッシュジャパンに入社したのは、ちょうどそんな転換期でした。
全世界規模の店長会とは、どのようなものですか。
年に2〜4回開催してきましたが、直近ではイギリス・ロンドンで開催され、世界各国の店長および関係者2000人以上が集結しました。ここでは、動物保護や森林保護、海洋汚染、難民、LGBTなどのさまざまな社会課題に取り組むNPO、NGO団体や国会議員たちが一堂に会し、世界中の社会問題について議論することを目的にしたトークセッションが繰り広げられました。とにかくインスピレーションを与え、ラッシュのバリューを理解することが目的です。
会場に入ったら、参加する店長たちに対して会社からの具体的な指示は一切ありません。店長自身が自分たちの関心に応じて、見聞きする。そして、最後の二日間を使って自分たちでラップアップ(まとめ)を行い、アジェンダを設定し、それぞれの店舗で展開するアクションに落とし込みます。
私は2015年の第2回店長会から参加していますが、当初は本当に大変でした。パスポートを取るところからはじめなければならない人もいたし、同時翻訳機があるとはいえ、コミュニケーションは基本的に英語です。総勢100名以上をロンドンまで連れていくと「次はどこへ行けばいいのでしょうか」「何をすればいいですか」「アジェンダは何ですか」と、ひっきりなしに質問されました。店長自身のオーナーシップが極めて弱かったのです。正直なところ、参加するのが憂鬱でした。莫大なコストもかかっていたので「本当に意味があるのか」と疑問も感じていました。
しかし地道に続けてきたことによって、次第に変化が現れました。確実にこの会の目的を理解する店長が現れたり、ブランドのバリューに共感しているエンゲージメントの高い人が新たに店長になったり、店長各々が自分の頭で物事を考えられるようになったんです。2015年より店舗展開の見直しを図った結果、現在では90ほどになった店舗は、店長一人ひとりのオーナーシップによって運営していけるようになりました。直近のロンドンでの店長会の最後に行ったラップアップでは、自分たちでアジェンダを立てて議論していけるようになり、当初の様子とは明らかに変化が見えました。
日本へ帰ってきてからも、会社から特に詳細な指示はありません。それぞれが持ち帰ってきた問題意識を自分たちの言葉でスタッフへ共有し、店舗ごとで主体的に話し合う。たとえ週3回しか出勤しないアルバイトスタッフでも、ラッシュとしての思いを自らの言葉で語れるようになりました。