「管理」ではなく「人の感情に働きかける」
――理論・持論・人間観で築くCPOの哲学
日本マクドナルド株式会社 取締役・執行役員兼チーフ・ピープル・オフィサー(CPO)
斎藤 由希子さん

日本の労働者数は6,000万人を超え、企業が従業員の幸福や働きがいを重視することが、社会全体の活力や発展にもつながると広く認識されています。日本マクドナルド株式会社のチーフ・ピープル・オフィサー(CPO)である斎藤由希子さんは、30年にわたる人事キャリアで、IT、法律事務所という業種を経て、現在は3,000店舗、約22万人のクルーを擁するビジネスに活躍の場を設けています。CPOという肩書が示す通り、「ピープル」を最優先に考え、「Feel-Good place to work」の実現を目指す斎藤さんの哲学に迫ります。デジタル技術と人への深い理解を融合させ、従業員の「感情」に働きかける新しい人事のあり方とは――。

- 斎藤 由希子さん
- 日本マクドナルド株式会社 取締役・執行役員兼チーフ・ピープル・オフィサー(CPO)
さいとう・ゆきこ/青山学院大学文学部フランス文学科を卒業後、一貫して人事の道を歩む。ヤフー(現LINEヤフー)で約20年間にわたりインターネット企業の急成長を支え、東京理科大学大学院 技術経営修士(MOT)を修了。その後、法律事務所を経て、2021年に日本マクドナルドへ入社し、現職。ピープルとデジタルの融合を推進し、日本有数規模の雇用組織におけるエンゲージメント向上をけん引。
異業種で経験を重ねて30年。初めてのリアルビジネス
ヤフーでの約20年間を経て、日本マクドナルドへの転職を決意されたきっかけについて、お聞かせください。
私のキャリアを振り返ると、大学卒業後、ANAグループ会社を経て、インターネットのヤフーで約20年間を過ごしました。その後、法律事務所での人事責任者を経て、マクドナルドに入社しています。これまでのキャリアでは、ITサービスや法律事務所など、どちらかといえば形のないサービスを扱ってきたという共通項がありました。
それに対してマクドナルドは、全国に約3,000店舗があり、年間約14億人のお客さまがいらっしゃる、リアルな肌触りのある業態です。声をかけてもらったとき、素直に興味を持ったのがきっかけでした。
マクドナルドのクルー(アルバイト)は約22万人。クルー経験者のOB・OGは推定で300万人もいます。世の中へのインパクトや、ブランド力の大きさを考えると、働く場所として魅力的に感じました。また私自身、マクドナルドが大好きだったので、ピープル(人)とデジタルを掛け合わせ、ブランドをさらに強化していくことに貢献したいと思いました。これだけ多くの方々の人生や働き方に関われる人事という仕事には、大きな責任とやりがいがあると感じています。
マクドナルドは創業当初から「ピープルビジネス」を掲げられています。斎藤さんが入社を決意された背景には、そのピープルビジネスへの強い共感があったのでしょうか。
はい。マクドナルドの創業者であるレイ・A・クロックは「マクドナルドはハンバーガービジネスではない、ハンバーガーを売っている“ピープルビジネス”」と創業の頃から述べていました。日本でマクドナルドが創業した約55年前も、創業1ヵ月前から企業内大学である「ハンバーガー大学」を設立し、トレーニングを重視してきました。
人を大切にするビジョン、約束としての「ピープルビジョン」や「ピープルプロミス」が掲げられていることも、働く場所を考える上で、大きな決め手となりました。
マクドナルドでは、働く人に「Feel-Good place to work」(気持ちのいい環境)を提供することをパーパスの基盤に据えています。従業員が自分らしく働けること、心身ともに健康であること、成長できる職場であること。これらの三つの要素を通じて、エンゲージメントが醸成されると考えています。
「Feel-Good place to work」という考え方は、単なる従業員満足度(ES)向上にとどまらない、より深い関係性を目指しているように感じます。
「従業員満足」は給与や休暇、福利厚生など、目に見える機能的な価値に対する、働く上での満足度や会社への評価を指します。一方、私たちが最も重視する「エンゲージメント」は、ブランド、パーパス、カルチャー、ピープルなど、目に見えない情緒的な価値に基づく、会社に対する信頼や愛着心、貢献意欲の強さです。
エンゲージメントの高い従業員が、ブランドの価値観を体現することで、「QSC&V(品質、サービス、清潔さ、価値)」といった顧客サービスの向上につながり、最終的にビジネスの成長に結びつきます。
エンゲージメントを支える具体的な取り組みについてお聞かせください。
私が転職して最も驚いたのは、Values(価値観)の浸透の徹底ぶりです。例えば、発信される全ての社内コミュニケーションメッセージに、必ず「Our Values」(私たちの価値観)について触れることが徹底されています。新しく入社したクルーが、すぐにOur Valuesを学ぶカリキュラムもあります。
また、継続的な動機付けと教育投資も仕組み化されています。ハンバーガー大学は、年間1万人以上が教育を受ける機関であり、リーダーシップを育成しています。
「ピープル」と「テクノロジー」の融合
斎藤さんがCPOとして、4年間で最も注力されてきた取り組みは何でしょうか。
ピープルとテクノロジーを融合させた「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の推進です。この期間に、モバイルオーダーやデリバリーサービスが大きく進展しました。以前はお客さまが店舗のカウンターで注文するスタイルがメインでしたが、デジタル経由の新しい注文方式が急増したことで、店舗のオペレーションは劇的に変化しました。
テクノロジーの力でビジネスが進化する一方で、現場には「目に見えない注文」が次々と入ってくるようになり、業務が複雑化するという課題も生まれました。そこで、ハード面(店舗設備や環境)とソフト面(業務プロセス)の両方を見直すことで、お客さまの満足度を高めることに注力しました。
具体的には、複雑になりがちなオペレーションがシンプルになるように工夫したり、クルーの人数が増える中でのマネジメント負荷を軽減するために、新たなテクノロジーを導入したり、といった環境整備に取り組んできました。
例えば、店長の管理業務やペーパーワークを省力化するために、テクノロジーを活用しました。トレーニングツールはもともとタブレット端末を使っていましたが、雇用管理を含めた管理業務全般を効率化。ピープルへの投資はもちろん、デジタルも含めた設備投資も加速した結果、店舗のオペレーションは5年前とは全く別の会社になったくらいに変わってきています。
この5年間、採用市場は一段と過酷さが増していました。私たちは、「マクドナルドで働きたい」と思ってもらえるような職場へシフトするために、さまざまなオンライン戦略を打ち出しました。例えば、従来の紙の求人情報誌に頼るだけでなく、デジタルを使って魅力的な動画を制作したり、オンラインの採用サイトを充実させたりしました。また、約3,000ある店舗の採用広告はそれぞれ変えています。店舗の特徴や働く楽しさが写真で伝わるように工夫しました。
オンライン採用戦略のおかげで、これまでと比べて応募数がどんどん増えている状況です。また、友達からの紹介で採用が決まるケースが約5割を占める店舗も多く、働く場所としての魅力を高めることができたと感じています。
斎藤さんは、ヤフー時代に培われたテクノロジーの知識と、東京理科大学大学院での学びを生かし、デジタル化の推進をリードされたのですね。
人の力を最大限に生かしてお客さまと向き合うことに時間を作り、デジタル化の力で効率化を推進する。ピープルとデジタルの掛け合わせ・バランスが重要で、これまでの経験が生きていると感じます。
人事の科学化への挑戦。理論、持論、人間観の総合力
ここで、斎藤さんのキャリアの原点についてうかがいます。もともと人事に興味があったのでしょうか。
大学時代は人事への興味は全くなく、むしろ営業をやりたいと考えていました。しかし、最初の会社で人事に配属されたのです。
それでも、実際に人事の仕事に携わってみると、面白いと感じました。もともと人には関心があって、人が好きだったからこそ営業をやりたいと思ったぐらいだったので、その意味では良い機会を得られたと思っています。
ヤフーで20年近く人事の仕事に携わることができたのは、私にとって貴重な経験でした。採用した当初は「この人は大丈夫かな」と思っていた人が、長い期間の中で山を乗り越えて才能を開花させていく姿を見るにつけ、「人の可能性は無限だ」と感じました。強みだけを見て、励まし続けることの大切さを学びました。

人事の仕事は、すぐに答えが出ない、長期的な視点が必要な仕事です。20年という長期にわたって一つの組織に携わったからこそ見えてくるものがあるのですね。
その通りです。人事の仕事では、行動の源泉などの「理論」、自分なりの理想像や哲学となる「持論」、人間への理解「人間観」という三つの要素が大事だと考えています。長期間にわたって人を観察し、関わることで、持論や人間の理解が深まっていきました。
その「理論」を追求するために、文系出身でありながら、東京理科大学大学院の技術経営(MOT)を修了されたのですね。
当時のヤフーは従業員の半分がエンジニアの会社。そんな会社に20年もいたので、経験と勘に基づいて仕事を進めることの難しさは感じていました。経験と勘だけで話をすると、エンジニアの人たちから問い詰められるような環境だったのです。人事部門が暗黙知や勘だけで仕事をするのではなく、データ化、つまり人事・教育の科学化が必要だと痛感していました。
企業派遣ではなく、自分で決めて東京理科大に通いました。長くIT企業で人事業務を担当し、エンジニアと人事の議論がかみあわないこともありました。私はプログラミングを身につけたいわけではありませんでしたが、エンジニアと対等に議論ができる知識をつけ、エンジニアのモチベーションの源泉を理解した上で、ビジネス戦略の深い議論をしたい――そう思ったことからMOTへの入学を決意しました。
エンジニアは勉強熱心な方が多いので、人事のことも一生懸命勉強してくれます。そのため、「私も勉強しなければ」という気持ちになりました。お互いに学ぶことが当たり前という方が周囲に多かった環境だったため、私も勉強しようと思えたのです。
理科大で一緒に学んだ人たちは、7割が研究者やエンジニア。2年間共に学び、エンジニアのモチベーションなどについて調査や仮説検証を行いました。バックグラウンドの異なる仲間たちと議論を深める中で、自分の専門である人事分野についても相対化して捉え直せたのではないかと思います。正解を教わるのではなく、異なる視点を持ち寄って本質を問い直す。その濃密な体験は率直に楽しいものでした。
MOTで得られた知見の一つに、「人は、仕事がのっているときは上司にも人事にもかまわないでほしい」というものがあったそうですね。
その通りです。内発的動機が高まっているとき、人は成長したいという欲求や、仕事の意義を理解したいという欲求に基づいて自律性を発揮します。もちろん、感謝の声や上司・同僚からの気遣いも大事ですが、根本的に仕事そのものから成長実感や有意義性を感じていれば、他者からの管理や過度な介入は不要になるのです。
このように、理論を学び、解析能力や嗅覚・視覚・執念を持って仕事に挑み、理論と持論と人間観の総合力によって課題解決を図る。長く人を見て、経験を重ね、人間の理解を深めることが大切だと考えています。
働く人の「感情」に働きかけ、エンゲージメント向上に貢献する
斎藤さんは、常に「人」と「社会」への影響を意識されているように見受けられます。「エンゲージメント」というテーマが見えてきたのはなぜでしょうか。
働く人が求める価値観も、時代と共に変化しています。戦後の「生き残るため」「食べていくため」「物を買うため」という時代を経て、2000年以降はZ世代を中心に、「幸せになるため」「人を幸せにするため」という流れが出てきていると感じます。日本の労働者数は6,000万人を超えていて、家族も含めると、企業が働く人の幸福や働きがいをより重視すれば、もっと多くの人を幸せにできると考えています。
その中で、人事の役割も変化してきていると感じます。これからは、「管理」よりも「人の感情にどう働きかけるか」が重要です。内発的動機に働きかけ、エンゲージメントを高めることです。マクドナルドは、70年も前からこの「人の感情」に注目し、ピープルビジネスに取り組んできた会社なのです。
斎藤さんの役職名が「CHRO(チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー)」ではなく、「CPO(チーフ・ピープル・オフィサー)」であることにも、マクドナルドのピープルビジネスが表れていると感じます。
マクドナルドではCHROではなくCPOと呼んでいます。「リソース」という言葉には、どこか「資源」という意味合いが含まれるように感じます。私たちは、人を資源としてではなく、「ピープル」として捉え、大切にするという思いを込めているのです。
CPOの役割は「従業員の成長と企業の成長をひもづける」ことです。そのために、社長のビジネスパートナーとして経営に携わり、従業員の成長を企業の成長につなげるカルチャーを醸成していく役割を担っています。
最後に、次世代の人事パーソンに向けてメッセージをお願いします。
企業がイキイキと働く従業員を増やすことができれば、その家族を含め、より多くの人々を幸せにできると信じています。これからの人事部門に求められるのは、単なる管理ではなく、働く人々の「働きがい」や「生きがい」といった内発的動機に働きかけることです。
従業員一人ひとりが仕事そのものに面白さや意義を見いだし、自律して業務に取り組む状態こそが理想です。そうすれば、過度な介入がなくても、自発的に成長していく好循環が生まれます。働く人々の感情に寄り添い、心のエンジンに火をつけるような人事パーソンを目指していきましょう。

(取材:2025年11月17日)
各企業の人事リーダーが自身のキャリアを振り返り、人事の仕事への向き合い方や大切にしている姿勢・価値観を語るインタビュー記事です。
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