インターネットを使えば海外から転職できる、というわけでもない
成果主義にすればやる気のある人材が集まる、というわけでもない
海外からの「遠距離転職」に失敗した人材のケース
インターネットで求人情報は得られるけれど…
海外への社会人留学、あるいは転勤による海外赴任。外国での生活自体は、もはや珍しいことではなくなったが、同時にこれは、海外で暮らしつつ日本へ帰国してからの仕事を探す人の数が飛躍的に増えたことも意味している。以前に比べると、インターネットという便利なツールが出現したことで、情報に関する悩みはかなり解消されてきた。しかし、いざ実際の転職活動を開始するとなると、国内にいるのとは違う苦労がまだまだあるようだ。
「面接してくれる企業があったら帰国しますから…」
「御社のウェブサイトで求人情報を拝見しました。これまでの経験が生かせそうで、とても興味を持っています。ぜひ、もっと詳しい情報を送ってください」
インターネットのホームページを見た海外在住の方々から、ほぼ毎日のように、人材紹介会社あてのこうしたメールが送られてくる。
転勤などで外国に赴任している人、MBA留学から語学研修まで、さまざまな目的のために海外に滞在している人……。その数は80万人を超えて、まもなく100万人に迫ろうとしているのだから、日本に戻ってからの仕事を探す人が多いのは当然のことだろう。
そんな海外に住む転職希望者の一人がFさんだった。
「もうすぐ大学院が終わるので、戻ってからの就職先を確保しておきたいと思っています。面接してくれる企業があったら帰国しますので、どうぞよろしくお願いします」
熱心なFさんは、メールだけでなく、ときどき留学先のアメリカから国際電話までかけてきてくれた。
「帰国するといっても、アメリカからだと費用もかかりますよね。それに、面接してすぐにトンボ帰りしたとしても、1週間程度は必要ですよ。大丈夫ですか?」 「そこは何とかします。よろしくお願いします」
Fさんが勉強しているのは経営大学院、つまりMBAコースである。しかし、以前と違って「MBAを取得した」というだけでは希望の仕事がすぐに見つかるという状況でもない。Fさんが就職活動に力を入れるのもわかるのである。
そんなやりとりを経て、ある企業でFさんの面接をしていただけることになった。 さっそくFさんに連絡してみる。
「面接ですか、ありがとうございます。すぐにでも戻りたいのはヤマヤマなんですが、せっかくの機会なので、もう何社か同時に面接を受けることはできないでしょうか。一度に受けられれば航空運賃なども節約できますし」
「わかりました。何とか他の企業でも面接できないか当たってみます」
確かにその通りだが、そう都合よく何社もの面接をまとめるのは簡単ではない。営業やエンジニアなど募集の多い仕事を経験している人の場合はいいのだが、比較的特殊な仕事であったり、未経験の仕事を希望されているような場合は、思うように面接日程がまとまらないケースも多いのである。
インターネットのおかげで、求人情報や人材の職務経歴書などは、海外とも瞬時に共有することができる。しかし、実際の面接が難しいということが、海外からの転職という「究極の遠距離転職」の最大の難関と言っていいだろう。
「帰国すると情報飢餓感が一気に解消するんです…」
Fさんの場合も、なかなか帰国できない(他の面接企業が決まらない)状況の中で、時間だけが経過していくこととなってしまった。そんな中、Fさんからの連絡をいただく。
「実はもうあと1カ月で卒業なので、しばらくは卒業試験に専念したいと思います。就職も大事なのですが、卒業できないと何のための留学か、わからなくなりますし…」
これに対しても私どもとしては、「では卒業が決まったら、今度は就職のほうをがんばりましょう」とお答えするしかない。
しかし、中にはこのままフェードアウトしていってしまう人もけっこういらっしゃるのだ。というのも、海外在住の人といっても、もともとが東京出身の人ばかりではないからだ。私どもの拠点は東京にあるわけだが、帰国された人が落ち着く先は、日本全国なのである。当然、東京以外の人も多く、そういう場合は、身近な地域の人材会社を利用して早々に転職を決めてしまう…というケースも少なくないのである。
これは別の帰国転職経験者Dさんから聞いた話だ。
「インターネットは確かに発達していますけど、やはり海外にいると情報が本当に少ないと感じるものなんですよ。求人情報自体はネットで見ればいいのですが、その周辺の情報、つまり日本の転職市場はどうなのかとか、転職活動の進め方だとか、国内なら友人や人材会社などから自然に入ってくる情報がないんです」
「なるほど…」
「ですから、海外在住でも対応してくれる人材紹介会社があると、そこに思い切り頼ってしまうんですけど、いったん帰国してしまうと、そのあたりの情報飢餓感が一気に解消されるんです。そうすると、それまですがるような思いでいた人材会社さんのこともきれいに忘れて、自分で勝手に転職活動をしてしまう…という感覚はわかりますね」
「人材会社の立場からすると、海外生活の長い人はずいぶんドライだなと思っていましたが、そういう理由があったのですか…」
このように海外からの帰国前転職は、必要に迫られているにもかかわらず、個人にとっても人材紹介会社にとっても、何となくやりにくいものになっている。
「以前、面接が無理なら、テレビ電話を使ってのビデオインタビューをどうですか…という提案もありましたけど、これも時差のある地域では難しかったりするみたいです」
地球が狭くなっているわりに、なかなか解決の見込みがないこの問題。今のところは、実際に帰国して活動するのが一番手っ取り早いようだが、この悩ましい状況を一気に解決するような技術革新の可能性がないものか、期待してしまう昨今である。
「年俸制」の原理原則にこだわる企業のケース
安定ばかりを望む人材はいらないけれど…
年功序列から成果主義へ…という流れを受けて、年俸制を採用する企業もしだいに増えている。単に賞与をなくすだけで年俸制へという企業もあるようだが、「年俸」の原理原則に忠実に、毎年雇用契約を更新していくシステムをとる会社もある。となれば、かたちのうえでは「契約社員」となるが、そうすると「正社員より不安定」というイメージがつきまとってしまい、採用の場面では苦戦する場合もあるようだ。
「契約社員という言葉がいけないんでしょうか…」
「人事制度としては、本当に思い切っているというか、先進的な制度に違いないんですけどね。業績をあげた人にはきちんと報いるシステムになっていて、本当の意味でヤリガイがある制度だと思っているのですが…」
こう話してくれているのは、A社の採用担当Cマネジャーだ。この日、Cマネジャーと私は、内定していた候補者が最終的に入社を辞退することになった件を受けて、今後の対策を検討していた。そして、その辞退の理由というのが、1年ごとに契約を更新していくA社の年俸制のシステムだったのだ。
「仕事内容については、やりたい仕事だということでかなり乗り気になってくれていたのですが…。最終的に家族の反対に押し切られたそうです。契約社員になるなんて、とんでもないと…」
私は候補者の方から聞いていた事情を説明した。Cマネジャーによると、似たような理由で辞退する人はかなり多いのだという。 「契約社員という言葉が良くないんですかね。小中さん、やっぱり悪いイメージがありますか?」
「そうですねえ。正社員と契約社員、というように何かと対比されますから、そうなると正社員が上で契約社員が下…と思っている人が多いのは間違いないです」
「うちには正社員も契約社員もなくて、全員が年俸制で働いている、というだけなんですけどね。やっぱり世間はまだまだそういう理解なんでしょうか…」
A社がこの制度を導入したのは10年ほど前。もともとプログラマーなど転職でキャリアアップをはかる人が多かったA社では、海外子会社が増えてきた頃からグローバルスタンダードな人事制度として成果主義と年俸制を採用した。同時に、年俸額も1年ごとに見直し、その都度契約を更新するというスタイルとし、人材の流動化にも対応したのだと言う。
「年俸制自体は、徐々に浸透しつつあると思いますよ。今どき、給料が右肩上がりにアップし続けると思っているサラリーマンなんていませんし。ですから、契約社員であることと、1年ごとに契約更新だということ、そこの部分を何とかすればいいのではないですか?」
私はそう提案してみた。実際、正社員でありながら年俸制を導入している企業は多数あるのである。
しかし、実はそれこそがA社のこだわりだったのだ。
「そこなんですけどね。トップをはじめうちの役員クラスっていうのはみんな成功体験がある人たちじゃないですか。ですから、正社員でないと嫌だとか、安定にこだわる人間はたいしたことがない…という考え方があるみたいなんです。成果主義で、やればやっただけの昇給がある。だから、それをエネルギーにして前向きにがんばれる人材こそがうちには必要なんだ、ということなんですよね」
A社の人事制度は、実は同社が欲しい人材をふるいにかける役割も果たしているのだった。採用担当者としてはたまらないけど…とCマネジャーは言った。
「できる人とは長く一緒に働きたいですからね…」
それでも企業としては、現実問題として優秀な人材を確保していかなくてはならない。そのため、同じような完全年俸制・1年契約でも、制度を多少手直ししていこうという試みをしている企業もある。教えてくれたのは、B社のY人事部長だ。
「去年、入社していただいたMさん。あの方、とても優秀なので、社長とも相談して、今年の契約からは3年契約というかたちになっていますよ」
Y部長が教えてくれたのは、前年に私どもが推薦して採用となったMさんのその後の消息だった。
「3年契約と言いますと…いわゆる複数年契約ですか?」
「ええ。まるでプロ野球の選手みたいでしょう。でも、できる人とは長く一緒に働きたいですし、安心して仕事に取り組んでもらったほうが、業績も上がると思うんですよ。これからはコアな業務を担当する社員には正社員を復活させてもいいかな…という話も出てきたりしていますね」
B社は社内にデザイナーなどを多く抱えるファッション系の企業だ。こういう業界で働く人も、転職によってキャリアアップしていくという気風が強いらしく、人材の流動化が避けられない。そこで、全員契約社員+完全年俸制を導入したという経緯があった。
「でも、制度も目的に応じて変化させればいいんじゃないですかね」 今のところ、採用時には企業にとって足かせになっている感じもする単年契約、年俸制、成果主義。こういった工夫で、また働く人の意識変化で、これから状況が変わっていくのだろうか。