酒場学習論【第52回】
横浜・関内「スパイスドランカーやぶや」と「組織社会化」
株式会社Jストリーム 管理本部 副本部長 兼 人事部長
田中 潤さん

古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
燗酒とスパイス料理の相性の良さは周知の事実で、多くの燗酒酒場がカレーやスパイス料理を提供しています。中でも燗酒とスパイス料理の組み合わせに振り切っている酒場が、今回ご紹介する「スパイスドランカーやぶや」です。店名からして振り切っていることが伝わってきます。
初めてこの酒場を訪れると、最初に店主の藪さんからいくつかの注意事項が伝えられます。「当店は燗酒の酒場。冷酒やひや酒は提供していない」「水も燗付け器で温度を上げた白湯を提供している」「今晩はここを出ても、冷たいものは飲まないようにして欲しい。そうすればどれだけ飲んでもきっと明日の朝はすっきりとした目覚めが待っている」。こんな内容です。これを聞いたら、もう腹をくくって藪さんの世界に身を委ねるしかありません。
料理はアラカルトでも頼めますが、黒板にある料理名をみても、どんな仕立ての料理なのかが容易にはわかりません。ですので、私はいつもお腹の好き具合だけを伝え、お任せでお願いします。他のお客さまもほとんどそのようです。

食べたことがないような料理ばかりをいただけます
もちろん燗酒もお任せです。料理にマリアージュした燗酒をセレクトしてくださいます。カウンター席では、目の前に大・中・小と平盃が三つ置かれます。提供される燗酒によって、どの平盃を使うとより美味しくいただけるのかを教えてくださいます。実に細部にまでこだわっています。

目の前に、大きさが違う三つの平盃が用意されます
こだわりの一つに、メスカルの使用もあります。メスカルはテキーラ同様にアガベ(リュウゼツラン)を原料とした蒸留酒です。原料のアガベや製法により、多様な銘柄が提供されています。少量のメスカルを日本酒にブレンドして燗をつけるのです。この提供方法は「やぶや」のオリジナルでしょう。実に合います。藪さんの注意の通り、その晩に冷たいものを呑まずに眠れば、翌日の目覚めは爽やかです。また、スパイスにはさまざまな薬能効果があることもご存じのとおりです。燗酒とスパイス料理の組み合わせは、とても健康的なのです。

富山の酒「三笑楽」にメスカル「SINAI」をブレンドしてくれます
「やぶや」を訪れ、カウンターで1杯目の燗酒を飲むあたりから、どっぷりと「やぶや」の世界に入っていく自分を感じます。店側が強要するわけではなく、丁寧な説明と美味しいお酒と食事がそうさせます。燗酒を毛嫌いしていた人も、試しに飲んでみた燗酒の世界に魅了されていきます。それこそが店主の藪さんの喜びなのでしょう。
さて、今日の人事テーマは、「組織社会化」です。
『日本の人事部』の「HRペディア」では、組織社会化について、「組織研究において、新しく組織に加わったメンバーが、組織の目標を達成するために求められる役割や知識、規範、価値観などを獲得して、組織に適応していくプロセスのことを『組織社会化』といいます。個人が組織に参入するときは、必ずこの組織社会化の過程を通過しなければならないと考えられています」としています。
そして、新たなメンバーが上手に組織社会化を図るための取り組みを、オンボーディングといいます。適切な組織社会化は、新メンバーが早期に本来の実力を発揮できるだけでなく、自分らしく振る舞うことによって、メンタル面の安定も得られます。ですから、近年では新卒採用・中途採用にかかわらず、オンボーディングに取り組む組織が増えています。
しかし、強すぎる組織社会化は弊害も生みます。採用面接では尖がっていて面白そうだった人材が、入社して1年も経つと凡庸で前例踏襲的な仕事をするようになるといった例は、まさに強すぎる組織社会化の弊害でしょう。
組織社会化圧力の強い組織、言い換えれば同調圧力の強い組織においては、新メンバーがもともと持っていた自律性や創造性を失い、既存のルールややり方を無批判に受け入れるようになりがちです。結果として、同じような考え方や行動をとる人ばかりになり、組織の多様性が失われます。このような組織では、もはやイノベーションは生まれません。また、全員が盲目的に組織方針に従いがちなため、不祥事や品質事故などを招きやすい体質になります。さらには、今の若手は強い同調圧力を嫌う傾向があり、優秀な人材を集めることも難しくなります。
とはいっても、組織のためにも新メンバーのためにも、適切な組織社会化は必要です。過度な組織社会化は新メンバーの個性をつぶしますが、適度な組織社会化は、新メンバーの個性の発揮を助けます。
「やぶや」では、初めての訪問客に対する「スパイス料理と燗酒」という新たな世界への組織社会化が上手にできています。安心安全な雰囲気の中、経験のないことにチャレンジし、それが報われるのです。そこには押しつけはなく、店主の熱い思いと美味しい食事と燗酒があるだけです。上司や先輩の熱い思いや、親切な説明、やりがいが感じられるような仕事への取り組み方といった、オンボーディングの重要要素とつながります。魅力的なよい酒場では、その酒場の世界に自然と入り込めていくのです。魅力的な組織でも、それは同様です。

料理にあわせて燗酒がセレクトされ続けます
- 田中 潤
- 株式会社Jストリーム 管理本部 副本部長 兼 人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、キャリアカウンセリング協会gcdfトレーナー、キャリアデザイン学会副会長。にっぽんお好み焼き協会監事。
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