酒場学習論【第51回】
熊本「シュマン・ダンフィニ」と「睡眠学、プレゼンティーズム」
株式会社Jストリーム 管理本部 副本部長 兼 人事部長
田中 潤さん

古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
熊本の街中で通りすがりに見た、「小皿逆螺子(こざらさかねじ)」という酒場の看板。店名に一目ぼれして、詳細は何も分からないまま雑居ビルに吸い込まれました。扉を開けるとびっくり。ケーキ・ショップのようなショーケースの中に、宝石のように艶やかな小皿料理が並ぶ素敵な酒場でした。
この日は熊本滞在の初日で、街の事情を探る必要があったため、帰り際に寡黙なマスターに「お勧めのバーはないか」と尋ねます。「甘い物は食べますか?」という想定しない問いが返ってきたので、反射神経的に「はい」と答えると、とあるバーを紹介してくれました。しかも電話までかけてくれます。
酒場での親切心はむげにはできません。紹介されたバーに赴くと、それが「シュマン・ダンフィニ」でした。4席しかないカウンターに案内されると、目の前にはケーキのショーケース。大きさこそ違いますが、先ほどの「小皿逆螺子」にあったのと同じものです。夜の遅い時間にもかかわらず、次々と客が訪れ、席に着く前にまずカウンター前のショーケースに立ち寄ります。ケーキを品定めしてから、テーブル席に座っていくのです。夜中までやっている、まさにスイーツ・バーです。

ショーケースの中で美しいケーキたちが迎えてくれます
ケーキはいずれも独創的で実に美味しい。一つひとつがまずまずのボリュームですが、ついつい二つ食べてしまいます。酒は呑みたいものはたいていあります。ケーキをアテにジンソーダから始めます。
二つ目のケーキをアテに呑んでいて、かなりいい時間になったなと思った頃、知った顔が店に入ってきました。「小皿逆螺子」の寡黙なマスターです。ショーケースが同じことで分かる通り、2店は同経営なのです。さらに見覚えのある顔が入ってきます。昼間に立ち寄った、クラフトビールとスパイス料理の素晴らしい立ち呑み酒場「大橋電気」の店主です。実はこの「シュマン・ダンフィニ」のオーナーとはご夫婦なのです。この三つ子のような愛すべき3店に、熊本滞在中、何度足を運んだでしょうか。

ケーキをアテに呑む、季の実のジンソーダ
何軒も呑み歩き、お腹が十分に膨れていても、「シュマン・ダンフィニ」での最後のケーキは別腹でした。多くの方が、深夜に締めのラーメンを別腹のように食べられてしまうことを経験しているかと思います。これはなぜでしょうか。
その要因の一つとして、深夜まで起きていることによる睡眠不足の影響があるそうです。睡眠不足によって、満腹感を伝えるホルモンである「レプチン」の分泌が減り、逆に空腹感を増すホルモンである「グレリン」が増加するといいます。夜ふかしによる睡眠不足によって満腹感が得られにくくなり、「まだまだ食べられる」という気持ちになるのです。この話は日本睡眠学会理事長である、久留米大学学長 内村直尚氏の著書『知識ゼロでも楽しく読める! 睡眠のしくみ』で知りました。睡眠のメカニズムは、かなり明らかになってきています。
どうすればよく眠られるのかは、多くの人にとって切実なテーマではないでしょうか。私も最近はいろいろな取り組みをしています。睡眠のメカニズムをしっかりと理解し、自分なりの睡眠対策を練られるといいですね。
そして睡眠は、実は個人の問題であるだけでなく、組織の問題でもあるのです。
「アブセンティーズム」という概念があります。組織の従業員が心身の不調によって、仕事を欠勤、休職、遅刻、早退するなど、実際に就業ができなくなる状態をいいます。つまり、労務の提供ができなくなった状態です。
これに対して、「プレゼンティーズム」という概念があるのをご存じでしょうか。心身の不調や病気を抱えながら出勤し、本来のパフォーマンスを発揮できない状態を指します。出勤はしているけれど、期待される生産性を発揮できていない状態です。会社に出勤できない「アブセンティーズム」とは異なり、「プレゼンティーズム」は目に見えにくく、勤怠管理上も可視化されないため、企業の損失は見過ごされがちです。しかし、放置すると組織全体の大きな生産性低下につながりかねない重要な問題です。
「プレゼンティーズム」の主要な要因として、睡眠不足が挙げられるそうです。2022年に横浜市立大学と産業医科大学が行った共同研究によると、日本における「プレゼンティーズム」による損失額は年に7.3兆円にのぼるといいます。悪い睡眠により、生産性が大きく損なわれているのです。そんな中で、まだごく少数ではありますが、健康経営の一環として、従業員の睡眠改善に取り組む企業も出できているそうです。

こちらは「小皿逆螺子」のショーケース。美しい
今回ご紹介した「シュマン・ダンフィニ」は、夜だけ営業する不思議なケーキ・ショップ、いやスイーツ・バーです。深夜のはしご酒で見つけた砂漠のオアシスのような存在です。熊本滞在中、数軒のはしご酒のあとに毎晩のようにお邪魔しました。寝不足はよくないと思いながら、深夜までケーキをアテに呑み続けます。
美味しいものを時間も気にせずに食べていると、ストレスがすーっと溶けていくような気になります。寝不足はよくありませんが、ストレスもよくないという免罪符にすがりながら、今日も多くの人が深夜にケーキを食べ、締めのラーメンを楽しんでいることでしょう。

うっとりしてしまうほど美しいケーキ。この夜の二つ目です
- 田中 潤
- 株式会社Jストリーム 管理本部 副本部長 兼 人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、キャリアカウンセリング協会gcdfトレーナー、キャリアデザイン学会副会長。にっぽんお好み焼き協会監事。
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