酒場学習論【第40回】
焼酎割り材文化と、人事部の進化
株式会社Jストリーム 執行役員 人事責任者
田中 潤さん
古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
「割り材」という存在をご存じでしょうか。「酒を割って飲むための炭酸水や果汁など」全般を呼ぶ言葉です。「割り材」には、ウーロン茶や炭酸のように汎用的な飲料と、「割り材」専用に開発された飲料があります。ちまたの酒場でおなじみの「ホッピー」「バイス」「ハイサワー」などは、「割り材」専用に提供されている商品です。
これらの愛すべき「割り材」専用飲料は、日本独自の「焼酎割り材文化」を作っています。プレーンな風味の甲類焼酎というアルコールに「割り材」を注ぐことにより、好みの濃さで好みの味の飲料を楽しめるのです。アルコール飲料としての主役はあくまでも焼酎ですが、「割り材」は飲料としてのテイストをしっかりと与えてくれます。
「焼酎割り材」の代表選手であるホッピーは、株式会社ホッピービバレッジが1948年から提供しているビアテイストの「焼酎割り材」のパイオニア的商品です。焼酎をホッピーで割った商品も、また「ホッピー」と呼ばれます。このあたりが「焼酎割り材文化」の面白いところです。
ホッピーは、多彩なうんちくが語れる飲料です。ホッピー・焼酎・ジョッキの三つをキンキンに冷やして飲む「3冷」という最高に美味な飲み方。業務用と家庭用ではボトルが違うこと、黒ビールのように黒ホッピーがあること、ごく一部の酒場で提供される生ビールのような樽生ホッピーもあること。業務用のボトルは普通のホッピー(白ホッピーともいいます)も黒ホッピーも同じで栓の色だけで区別していること、ホッピーと黒ホッピー半々で焼酎を割ればハーフ&ハーフが作れること、赤ホッピーとも呼ばれる55ホッピーというアッパーブランドがあること。実はアルコール度数0.8%という超低アルコール飲料であること、低カロリー・低糖質・プリン体ゼロの健康飲料であること、24本からオリジナルラベルのホッピーを作ってもらえること、などなどです。
「割り材」には、素敵な歴史とストーリーがあるのです。本来の主役である焼酎をしっかりと支えつつ、「割り材」の力によって新しい世界が構築されます。そして、飲み手が100人いれば100種類のホッピーが提供できる自由度があります。ホッピーのような「割り材」は、古くからのダイバーシティの推進役でもあったのです。
さて、話はがらりと変わりますが、今回は人事という組織について考えてみます。会社創業の瞬間から人事部がある企業はまずありません。しかし、会社ができるとすぐに採用と給与という業務が発生します。特に会社創業期の採用は重要なテーマですから、経営者が専管事項として進めることになります。しかし、採用という仕事は結構な量の事務作業を伴います。給与も計算業務は外注するにしても、付随する事務作業が多く発生します。事業が拡大すると、次第に経営者がそういった事務的なことに時間をとられる余裕がなくなってきます。そして、少し規模が拡大した時点で、担当者を雇い入れます。こうして人事機能が社内に誕生します。
この人事機能の第1ステージを「事務機能人事」と呼びましょう。事務機能を果たすことがメインミッションですが、そのうち気の利いた担当者が出てきます。現場から相談を受けて、モチベーションが下がっている社員の話を聞いてあげたり、能力を発揮できていない社員に簡単な研修を施したりします。部下マネジメントに悩む上司の話を聞くこともあります。
「この担当者は使えるぞ」と現場が感じると、次々と相談や依頼事項が増えてきます。それに応えるために人事担当者も増えます。人が増えると担当業務が決められ、さまざまな人事機能を現場に提供する体制ができてきます。現場の要望に応え、役割を発揮する第2ステージの人事です。これを「御用聞き人事」と呼びましょう。主体的な動きには至りませんが、現場の「困った」の声に寄り添って応える人事です。
さらに企業が成長すると、徐々に人事内での機能が分化されていきます。採用、給与労務、育成だけでなく、制度設計などに携わる人事企画機能もできてきます。人事として主体的に何かを始めることもあります。この第3ステージを「機能分化人事」と呼びましょう。
ただし、この段階の人事が陥りがちな罠(わな)があります。人事という機能を意識して仕事をするあまり、現場や経営との距離が逆に開いていくこと、そして人事内にセクショナリズムが生まれ部内連携が悪化することです。
これらの罠を真摯(しんし)に克服できると、最終段階であるいわゆる「戦略人事」に近づきます。経営に資する人事機能を発揮できる人事です。デイビット・ウルリッチのいう「戦略実現パートナー」「理念・バリュー実現パートナー」「実務推進パートナー」「従業員のチャンピオン」の4機能を存分に発揮し、事業の発展に寄与するとともに、一人ひとりの社員がよりよいキャリアを歩むことに貢献します。
いかに人事部が成長・発展しても、企業組織の主役はあくまでも事業部門です。人事部の役割は、主役である事業部門を支え、支援・強化していくことです。しかし、どんな人事制度を入れるのか、どんな人材をスカウトしてくるかによって、企業は間違いなく変わります。人事という仕事は、会社に味付けができるのです。事業部門を甲類焼酎のようなアルコールに例えれば、よい人事は「割り材」的な機能を発揮できます。同じ業界で事業を展開する企業同士でも、人事の機能発揮によって、事業展開や会社業績は大きく違ってくるのです。
最後に余談ですが、実はホッピーは甲類焼酎だけでなく、ジンやラムなどで割ってもよくあいます。特に黒ホッピーとジンは私の好きな組み合わせです。多様なホッピーカクテルも開発されています。よい「割り材」は異なるアルコールにも対応できるのです。優秀な人事パーソンが、所属する企業組織を変えてもしっかりと活躍ができるのと同じように。
- 田中 潤
株式会社Jストリーム 執行役員 管理本部 副本部長 兼 人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、慶応義塾大学キャリアラボ登録キャリアアドバイザー、キャリアカウンセリング協会gcdf養成講座トレーナー、キャリアデザイン学会副会長。にっぽんお好み焼き協会監事。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。