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タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第27回】
人的資本経営をスタートさせる「グロース人事」とは

法政大学 キャリアデザイン学部 教授

田中 研之輔さん

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。

タナケン教授があなたの悩みに答えます!

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2022年がスタートしました! 今年も「プロティアン・キャリア」ゼミで、人材開発やキャリアに関する最新知見を届けていきます。質問も受けつけています。気になることがあれば、質問箱に寄せてください。

2022年に私が取り組んでいきたいことは、人事部門の役割転換です。具体的には、人事の役割を管理・調整・配置などのディフェンシブな管理機能から、成長・開発・抜擢などのオフェンシブな成長機能へと転換させていきたいと考えています。

そんな思いをあらためて強くしたのは、年末・年始の新聞誌面で「日本企業の長期停滞」を問題視する記事を読んだからです。

バブル崩壊から30年を過ぎた今も、突破口を見いだせない日本企業。「失われた30年」の間の、日本の実質賃金(年額)は、たったの4%増にとどまります。同時期に米国は5割増、ドイツやフランスでも3割増(日本経済新聞 2022.1.3)。その他、生産性や競争力の統計データを国際比較しても、日本企業が直面している長期停滞の深刻さが同様に浮かび上がります。

しかし、 他国の成長をうらやんでいても何も変わりません。やるべきなのは、自分たちの手でできることを考え抜くことです。一刻の猶予も許さない。そう感じています。

そのための鍵を握るのが、「人的資本経営」であり、そのために避けては通れないのが「人的資本の最大化」です。この点については、25回の連載で触れています。一つひとつのアクションを同時多発的かつ戦略的に実行していかなければなりません。

「人的資本を最大化」させるための「見取り図」を一緒に考えていくことにしましょう。

まず、これからの方向性として参考にすべきなのが、ISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)です。周知のように、ISO30414は、2018年12月に国際標準化機構(ISO)が発表した、人的資本に関する情報開示のガイドラインです。

内部および外部のステークホルダーに対する人的資本に関する報告のための指針として位置づけられているISO30414は、二つの点で有意義です。

  • (1)労働力の持続可能性をサポートするため、組織に対する人的資本の貢献を考察し、透明性を高めることを目的としたものであること
  • (2)事業のタイプ、規模、性質、複雑さにかかわらず、全ての組織に適用可能であること

ISO30414の概要を、先に述べた「ディフェンシブな人事=管理」と「オフェンシブな人事=成長」の側面から分類してみます。人的資本に関する情報開示に並ぶのは、11項目。

そのうち、管理の側面から不可欠なのが、1)コンプライアンスと倫理、2)コスト、6)健康、安全、8)採用・異動・離職、11)労働力の5項目です。

成長の側面から取り組むべきは、3)ダイバーシティ、4)リーダーシップ、5)組織文化、7)生産性、9)スキルと能力、10)後継者計画の6項目です。

人的資本エリア 概要 管理 成長
1.コンプライアンスと倫理 ビジネス規範に対するコンプライアンスの測定指標
2.コスト 採用・雇用・離職等労働力のコストに関する測定指標
3.ダイバーシティ 労働力とリーダーシップチームの特徴を示す指標
4.リーダーシップ 従業員の管理職への信頼などの指標
5.組織文化 エンゲージメントなど従業員意識と従業員定着率の測定指標
6.健康,安全 労災等に関連する指標
7.生産性 人的資本の生産性と組織パフォーマンスに対する貢献をとらえる指標
8.採用・異動・離職 人事プロセスを通じ適切な人的資本を提供する企業の能力を示す指標
9.スキルと能力 個々の人的資本の質と内容を示す指標
10.後継者計画 対象ポジションに対してどの程度承継候補者が育成されているかを示す指標
11.労働力 従業員数等の指標

出所:Human Capital Management Standards(2019)をもとに、一部を筆者変更

2022年、人的資本を最大化するためのグロース人事として、次の六つの施策に重点的に取り組んでいくことにしましょう。まず、やるべきは、人事施策の中でこれらの六つの施策が機能しているかどうかをチェックすること。特に、集中的にグロース人事を実践するには、通常業務とは違う仕組みが欠かせません。社内でのキャリア研修が有効な施策です。

可能な限り、これらのテーマを主題にすえた社内研修の実施が望ましいといえます。さらに、ポイントは、情報公開を前提とした上で、「測定」し、数値化していくことです。

グロース人事施策 策定すべき指標
ダイバーシティ 労働力とリーダーシップチームの特徴を示す指標
リーダーシップ 従業員の管理職への信頼等の指標
組織文化 エンゲージメント等従業員意識と従業員定着率の測定指標
生産性 人的資本の生産性と組織パフォーマンスに対する貢献をとらえる指標
スキルと能力 個々の人的資本の質と内容を示す指標
後継者計画 対象ポジションに対しどの程度承継候補者が育成されているかを示す指標

グロース人事として着手すべき方向性が見えましたね。ただ、同時に、大きな課題に直面します。

これまでの人事施策では、情報公開を前提とした数値把握が著しく不足しているのです。グロース人事施策の中でいえば、エンゲージメントサーベイをもとに組織文化の指標を公開することはできても、その他の施策については的確なサーベイが構築されていないのです。

2022年のグロース人事でいち早く取り組むべきは、ダイバーシティ、リーダーシップ、生産性、スキルと能力を把握する社内サーベイ指標を構築し、定期的に施策を実施し、その前後での数値把握を続け、効果を検証していくことです。

私もプログラム開発やサーベイの設計や監修を行なっています。それらの経験をもとに、すぐにでもサーベイ構築が可能なトピックとして考えられるのは、「スキルと能力」と「生産性」です。行動適正ではなく、行動変容を把握する設問群を構築して、四半期、もしくは、半期に一度、同一設問群でパルスサーベイを実施していきましょう。

実現可能な形でより具体的に述べるならば、2022年、人的資本経営をスタートさせる「グロース人事」とは、まず「スキルと能力」「生産性」に力点をおいて、これまで指標として可視化されてこなかった「人的資本の最大化」のプロセスや変化の過程を数値化していくことです。

データとして抽出することで、他部署や他者との比較も可能になります。また、もちろん、個人のキャリア形成のチェックシートとしてもフィードバック効果が高いものになります。

共通の設問群で、経年変化を指標化していくことで、1)ビジネスパーソン個人にとっては、キャリア形成の進捗確認として、2)人事担当者にとっては、経営層に人事施策の効果を示す数値として、3)経営者は株主やその他ステークホルダーへの情報開示資料として、三方良しのグロース人事が可能になるのです。

私自身も、「人的資本の最大化」を検証していく設問群の構築と検証に取り組んでいきます。これらの取り組みは、最新のHRテクノロジーや戦略人事のアップデート版として捉えることができるでしょう。

人事は管理部門ではなく、成長部門。
グロースユニットの最前線で活躍する皆さま、本年もよろしくお願いします!


田中 研之輔さん(法政大学 教授)
田中 研之輔
法政大学 キャリアデザイン学部 教授

たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。一般社団法人 プロティアン・キャリア協会代表理事。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を23社歴任。著書25冊。『辞める研修 辞めない研修 新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。新刊『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』。最新刊に『ビジトレ 今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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