経営と人材戦略は「連動」ではなく「一体」
NTTの改革をけん引するCHROの原体験とは
NTT株式会社 執行役員 総務部門長 CHRO CCO
坂本 秀治さん

「人事の仕事は、もはや『人事屋』の仕事であってはならない」。そう語るのは、NTT株式会社 執行役員 総務部門長 CHRO CCOの坂本秀治さん。NTTドコモでの法人営業、投資事業、社長秘書など、多様な業務の経験を通じて培われた顧客視点や経営感覚が、現在進めている脱年次・年功や自律的キャリアの形成といった大胆な改革の源泉となっています。「会社の人事異動に流されてきた」坂本さんが、社員に自律的なキャリアを築くよう呼び掛けるに至った経緯とは。予期せぬ異動で涙した若手時代の原体験から、CHROとして描く組織の未来像まで、坂本さんの人事哲学に迫ります。

- 坂本 秀治さん
- NTT株式会社 執行役員 総務部門長 CHRO CCO
さかもと・しゅうじ/1995年4月にNTTドコモ(当時NTT移動通信網)に入社。営業、採用・育成、事業投資・事業開発、法人営業、社長秘書などを経て、2023年6月にNTTへ転籍。NTTでは人材戦略を担当したのち2024年6月から現職。
予期せぬ異動で涙。人事のやりがいと責任の重さを実感
NTTグループで多岐にわたるキャリアを歩まれてきましたが、最初に人事部門に携わったのはいつのことでしょうか。
NTTグループで約30年間働いていますが、2023年に持株会社に異動するまでの28年間はNTTドコモに在籍していました。キャリアを大きく分類すると、法人営業が8年、国内外の投資・事業開発が8年、コーポレート部門が7年、そしてコンシューマ営業が3年と、およそ人事のスペシャリストとは言えない経歴を持っています。
1995年に入社し、最初の3年間は今のドコモショップにあたる直営店で、コンシューマ営業の窓口業務を担当しました。転機が訪れたのは4年目。突然、人事部への異動の辞令を受けました。当時は、営業現場を経験した後に本社の営業本部へ行き、再び支店に戻って現場指揮を執る、というルートが王道でした。ある飲み会の帰りに当時の部長から「次は人事部だ」と告げられたとき、「王道を外された」との思いから、悔しさのあまり泣いてしまいました。ショックは大きかったです。
ご自身が希望されたわけではなく、青天の霹靂(へきれき)とも言える異動だったのですね。実際に人事の仕事を経験されて、どのような気づきがありましたか。
人事部門の世界に入り、採用や育成を担当してみると、想像以上に面白く、大きなやりがいを感じました。当時は入社4、5年目で、採用対象である大学生とは年齢もそれほど離れていません。そんな彼らと対峙し、採用、そして入社後の配属や育成に関わることで、彼らの将来を自分が担っているのだという強い責任感を抱きました。また同時に、「坂本さんのようになりたい」と思ってもらえるよう、ロールモデルとして前を走らなければならないという、背筋が伸びる思いも抱くようになりました。人事部門は権力の象徴のように見られることもありますが、極めて重い責任を伴う仕事なのです。
当時私が採用に携わった社員たちとは、今でも非常に良い関係が続いていますし、現在は要職に就いて活躍している人もいます。そうした姿を見ることができるのは、人事という仕事ならではの喜びであり、責任の裏返しにある「役得」だとも感じています。
その後の歩みもお聞かせください。
私はこれまで「自分でこれをやりたい」と手を挙げて異動したことがありません。当時の典型的な“NTTサラリーマン”として、会社の指示に従ってきました。
人事部の後、2年間の海外留学を経て、海外投資部門、国内投資部門を経験しました。そしてまた転機が訪れます。課長昇進のタイミングで、全く経験のない法人営業への異動を命じられたのです。しかも担当は金融業界。銀行や証券会社を相手にする厳しい世界です。
初めての課長職であり、かつ未経験の領域。周囲には、長年にわたって法人営業畑を歩んできた猛者たちが大勢いました。そのような環境で、私が課長としてできることは限られていました。わからないことは素直に聞き、部下に任せ、一緒にお客さまのところへお願いに行き、トラブルがあれば一緒に謝りに行く。今の言葉で表現すると「伴走」でしょうか。それまでどちらかといえば自分で資料を作り込み、交渉の前面に立ちたがるタイプでしたが、メンバーを信頼して任せるマネジメントスタイルが身に付いた時期でした。
その後、社長秘書も経験されていますが、秘書の経験は現在の業務にどのように生きていますか。
法人営業の仕事が面白くなってきた頃、今度は社長秘書をやることになりました。秘書が何をするのかもわからず、最初は戸惑いました。実際に社長の側に付いてみると、そこには圧倒的な情報量と、瞬時の判断が求められる経営の最前線がありました。
社長には30分刻みでさまざまな人が説明に訪れ、膨大な資料が持ち込まれます。秘書の役割は、社長が正しい経営判断を下せるよう、玉石混交の情報を精査し、整理して伝えることでした。社長の目となり耳となる一方で、決して「口」にはなってはいけない。社長の威光を借りて自分の意見を通すようなことは厳に慎まなければならないと、先輩から厳しく指導されました。
国からの携帯電話料金の値下げ要請や、新型コロナウイルス感染症の拡大、そしてNTT持株会社によるドコモの完全子会社化など、ドコモにとって激動の時代でした。唯一無二の最終決定者として、孤独の中で決断を下さなければならない社長の姿を間近で見たことは、経営というものの重さを肌で感じる貴重な経験となりました。たとえ正解がわからなくても、納得感のある結論を導き出し、責任を持って決断する。その姿勢は、今の私がCHROとして判断を下す際にも大きな指針となっています。
秘書の後はプロモーションを担当していたのですが、当時の社長から持株会社で人事部門を担当してみないか、と言われました。戸惑いはありましたが、「望まれて行くのが一番幸せだ」と背中を押してもらい、2023年から持株会社で人材戦略を担当し、その後、CHROとして人事を含めた総務全般を所管しています。
NTTの改革。「脱年次・年功」と「自律的キャリア」への挑戦
現在は人事制度改革に取り組まれ、特に「年功序列の廃止」や「自律的なキャリア形成」を掲げていらっしゃいますが、その背景にはどのような課題意識があるのでしょうか。
私が持株会社に来た頃から、NTTグループでは一般社員の人事制度を大きく変革し、管理職へのジョブ型導入などを進めてきました。NTTグループは長らく、「官僚以上に官僚的」とやゆされるほどの年功序列が根付いていました。「入社〇年目以降でないと課長になれない」「先輩を追い抜いてはいけない」といった不文律があり、どんなに優秀でも昇進のスピードは決まっていたのです。

しかし、今回の改革でそういった不文律を撤廃しました。背景にあるのは、働く人々の価値観の変化と、事業ポートフォリオの拡大です。若い世代を中心に、一つの会社で定年まで勤め上げようと考える人は減っています。また、当社のキャリア採用の比率は4割近くに達しており、各分野でプロフェッショナルな意識を持つ彼らと同じフィールドで戦うには、既存社員も自らキャリアを考え、スキルを磨く必要があります。
事業領域もかつてのような電話事業一本ではありません。スマートライフ事業やシステムコンサルティング、エネルギーなど多岐にわたります。昔であれば、営業現場と本社を行き来する単線型のキャリアパスで通用しましたが、今はもう、会社が一人ひとりに最適なパスを用意することは不可能です。だからこそ、社員には「自分のキャリアは自分で考え、自分でつかみ取るように」と伝えています。私のように会社の人事異動に任せて“流される”のではなく、自分の専門軸を持ってほしい。専門性を磨き、実績を上げれば、年次に関係なくより高いレベルの仕事に挑戦できる仕組みへと転換しました。
長年続いた文化を変えるには、困難も伴うかと思います。特にベテラン層の意識改革についてはどのようにお考えですか。
「課長、部長になったから定年まで安泰だ」と考える人もいるかもしれません。しかし、もうそんな時代ではないことを、制度と運用の両面から、地道に示し続けるしかありません。成果が出せなければダウングレードもあり得ますし、意欲と能力があれば年齢に関係なく抜てきされます。
グループ内公募を活性化させた結果、自ら手を挙げて異動する人が増えました。異動前の部署では評価が低かったにもかかわらず、異動先で評価が上がったケースも少なくありません。これは、今までポストとスキルのアンマッチが起きていた証拠です。ベテラン層であっても、環境が変われば輝く可能性があります。「のんびりしていると抜かれる」という厳しさを見せる一方で、「チャレンジすれば報われる」という希望も提示していくことが重要だと考えています。
脱「人事屋」の決意。培った顧客視点が生きている
坂本さんはCHROの役割をどのようにお考えでしょうか。
かつての人事部門は、いわゆる「人事屋」でした。社員の顔と名前を覚え、「あいつは3年経ったから次はここだ」とパズルのように異動を当てはめていく作業の比重が高かった。しかし、これからの時代、そのような調整業務はAIやシステムに置き換わっていきます。
社員がいかに100%の力を発揮し、それを組織の力に変え、最終的に事業の価値提供や利益につなげていくか――。これからの人事部門に求められるのは、一連のストーリーを描き、実行することです。人材戦略と経営戦略は「連動」ではなく「一体」であるべきです。
CHROの役割とは、CEOやCFOと並び、経営の一翼を担うこと。どのような人材を採用し、どう育て、どう配置し、モチベーションを高めていくか。それをリードし、経営目標の達成にコミットすることが私の仕事です。電話事業だけを行っていた時代は、設備を守り、安定的にサービスを提供するための規律ある組織が必要でした。しかし、現在は「人」そのものが価値を生み出す事業が中心です。だからこそ、人事部門のあり方も根本から変わらなければなりません。
営業や秘書など、人事以外の経験が長い坂本さんだからこその強みは何だとお考えですか。
人事部門の最大のステークホルダーは「社員」です。私は新入社員時代の窓口業務や、その後の法人営業を通じて、常に「お客さまが何を求めているか」を考え続けてきました。その対象が「社外のお客様」から「社員」に変わっただけで、本質は変わりません。「どういう仕組みがあれば社員は気持ちよく働けるのか」「どうすれば彼らのパフォーマンスが最大化できるか」を顧客視点で考えることができるのは、現場経験のおかげだと感じています。
また、秘書時代に培った視座も活きています。経営トップがどのような情報を基に、どのような基準で決断を下すのかを肌感覚で理解していることは、経営陣に人事戦略を提案する際の大きな武器になります。「ターゲットは誰なのか」「それは経営にとって本当に重要なのか」という問いを常に自らに投げかけながら、施策を練り上げています。
ドコモで秘書時代に仕えた二人の社長は、全く異なるリーダーシップを持っていました。周囲の意見を丁寧に聞き、納得した上で進めるタイプと、外部からの視点で「なぜ今までこうだったのか」と根本的な問いを投げかけ、トップダウンで変革を進めるタイプ。タイプが違うリーダーから学んだことは、私のマネジメントスタイルの幅を広げてくれました。今では私も、あえて「なぜこんな制度運用をしているのか」「社員のためになっているか」と、人事の常識に対して素朴な疑問を投げかける役割を演じることがあります。
人の力を事業の成長へ導くストーリーを描く
今後、CHROとして特に注力していきたいテーマについて教えてください。
現在、グループ内公募制度によって手挙げによる異動は活性化してきました。次に目指しているのは、その逆、つまり「一本釣り」ができる仕組みづくりです。いわば「社内スカウト」や「オファー型人事」と呼べるものです。
NTTグループには約34万人の社員がいますが、新しいプロジェクトを立ち上げる際、自分の知っている範囲の人脈から探したり、人事部に相談したりするしかありませんでした。システム上で全社員のスキルや経験が「見える化」できれば、「金融の新規事業をやりたい」と思った瞬間に、グループ内の別の会社にいる金融知識が豊富な人材を見つけ出し、「うちに来ないか」と直接オファーできるようになります。
これが実現すれば、従来のような「人事屋」による異動調整は不要になります。公募で自ら手を挙げる社員と、スカウトによって新たな活躍の場を見いだす社員。双方向の流動性が高まることで、適所適材がよりダイナミックに進むはずです。
システム基盤の整備も重要になりそうですね。
自律的なキャリア形成を支援するために、それを支えるシステム基盤を整えるのが人事部門の大きな仕事の一つです。これまでの人事システムは、人事部だけが閲覧できるクローズドなものでした。これからは、社員がお互いのジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を見たり、興味のある部署の人に話を聞いたりできるような、オープンなプラットフォームが必要となるでしょう。
特にAIの活用を急速に進めています。AIによるデータドリブンな人事運用を実現することで、より精度の高いマッチングやキャリアに関するアドバイスが可能になります。持株会社として、AI活用に伴うリスクにも十分配意しながらグループ全体のシステムを整え、使いやすい環境を提供することが、私の重要な使命の一つです。
また、グローバル人事の強化も急務です。海外事業を統括するNTT DATA, Inc.を中心に、まずは海外グループ会社間で人事システムや制度の統一を進めています。将来的には、国内と海外の連携も深め、グローバル規模での人材活用を実現したいと考えています。
最後に、これからの時代を担う人事パーソンへのメッセージをお願いします。
人事部門の仕事は、人の人生の一端を担う、非常に責任の重い仕事です。しかし、それだけにやりがいも大きい。自分が関わった社員が活躍する姿を見たり、制度を変えることで社員が喜んでくれたりすることは、何物にも代えがたい喜びです。成果が見えづらい仕事ではありますが、エンゲージメントスコアのような数字の変化を通じて、自分の仕事が組織に良い影響を与えていると実感することもできます。
そして何より、これからの人事部門は経営そのものです。人の力を最大化し、組織の力に変え、事業の成長につなげる。その道筋を常に描きながら仕事に取り組めば、これほど面白く、インパクトのある仕事はありません。「人」と向き合い、組織の未来をつくるという気概を持って、人事の仕事を楽しんでほしいと思います。

(取材:2025年12月11日)
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