タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第19回】
「自分らしく生きる」を設計する三つの方法
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
ゴールデンウィークは、ゆっくりできましたか? 久しぶりに、働き方や生き方を内省する時間を確保できたのではないでしょうか。
これからのキャリア形成において大切なのは、組織にキャリアを預けるのではなく、自ら主体的にキャリアを形成していくことです。これまで「プロティアン・キャリア」ゼミでは、組織内キャリアから自律型キャリアへのキャリア・トランスフォーメーションについて見識を深めてきました。
今回のゼミでは、私も日頃から実践している、「自分らしく生きる」を設計するための方法を紹介していきますね。
まず、私が人生哲学にすえていることが三つあります。
- キャリアは一日にしてならず
- 人生とはそもそも思い通りにいかない
- 自分らしく生きることで、人生はより良くできる
「キャリアは一日にしてならず」と考えることで、長いスパンでキャリア形成を考えるようになります。プロティアン理論の中でキャリア資本論の大切さを繰り返し述べてきた背景には、このような人生の捉え方があるのです。
仕事で大きな失敗をして、同僚や上司、会社に多大な迷惑をかけた。迷惑の度合はさまざまですが、誰にでも失敗はつきものです。また、どんな達成や成功にも、それまでの過程があります。過去の出来事をいかに受け入れていくのかが、現在の働き方に大きく関係します。
昨日までの成果に溺れることなく、失敗におびえることなく、今日を過ごしたいものです。
とはいえ、人生とはそもそも、思い通りにいかないものです。思い通りにいかないからこそ、うまくいったときに大きな喜びを感じることができるのです。
大切なことは、自らの過去や経験を、誰よりもあなた自身が認めてあげることです。つらい時期を乗り越えたあなたを認め、褒めてあげるのです。自らの過去を受け入れることで、現在の見え方が変わってきます。過去に起きた出来事を変えることはできません。けれども、過去に起きた出来事の捉え方を、上書きすることはできます。過去の痛みを受け入れることができたとき、今の生活に素直に向き合うことができるようになります。
それらを踏まえて、「自分らしく生きていくことで、人生をより良いものにしていくことができる」と考えています。この三つを人生哲学として据えながら、より良い人生にしていくために取り組んでいることがあります。
(1)イメトレ歯磨き
まず、モーニングルーティンとして実践しているのが、イメトレ歯磨きです。たった5分で十分。歯を磨きながら、洗面台の鏡をみるその瞬間に、次のことを実践するのです。
それは、今日をより良くする過ごすためのイメージトレーニングです。意識すべきことは、1日のワークイメージです。1日のおおよそのスケジュールを、頭の中で確認していきます。会議、商談、新規事業案件など。ぎっしりと予定がつまっているのではないでしょうか。
安心してください、歯磨きは習慣化されているので、意識しなくてもしっかり磨けます(笑)。
スケジュール確認がおわったら、次にパフォーマンスコントロールをイメージします。理想を言えば、すべての予定でベストパフォーマンスを発揮したいところですが、集中力はそれほど続きません。ですので、一日のどの予定にピークを持っていくのかを定めていきます。
慣れてくると、ピークを三つや五つ、作り出すことができるようになります。すると、リズムが生まれます。それぞれの案件に向けた心構えや準備もできるだけ具体的にイメージしてください。
私が実際に取り入れているのは、アスリートが実践しているイメージトレーニングの手法です。ピークを持っていきたい重要会議があれば、その展開を想定します。何パターンかイメージしておいて、自分の役割や働きかけ、そのときの言葉がけまで頭に浮かべます。会議の模擬練習をしておくのです。もちろん、なかには参加すること自体に意味があって、準備を必要としない予定もあります。そこはパフォーマンスを充電する案件となるのです。
何も考えず、ぼーっと歯を磨いている毎朝の5分をイメトレ歯磨きに変えてみてください。これだけで、凡ミスは減ります。また、的確な発言やフィードバックの確率が高くなり、アウトプットにもつながるようになります。
次に意識的に取り組んでいるのが、こちらです。
(2)思いどおりにいかないことで、レジリエンスを鍛える
思い通りにいかないことを、レジリエンス向上の機会にすることです。たとえば、クライアントとの商談に向かっているのに、電車が長時間運転を見合わせている。あるいは、オンラインでの会議のとき、ネット環境に不具合が生じて入室できない。特にビジネスシーンでは、時間を守ることが鉄則なので、焦りますよね。こうしたときにどれだけ落ち着いて対処できるのかが肝心です。
そんなとき念頭におきたいのが、レジリエンスです。レジリエンスとは、思い通りにいかない出来事に対して、しなやかに対応する状況適合力です。心が折れそうになったときに、目の前の逆境を乗り越えていく力です。
思い通りにいかなくても、焦ってパニックになることは避けなければなりません。まず、行うべきなのは、目の前で生じている出来事と自ら置かれている状況を的確に判断することです。先ほど例に上げた、商談に向かう際に電車が長時間運転を見合わせている場合には、運転の再開はいつになるのか、タクシーやレンタサイクルなど他の移動手段はないかを確認します。
やってはいけないのは、その状況に対して何ら行動することなく、ただ待つことです。他に移動手段がないのであれば、クライアントにすぐに連絡を取り、商談をリスケジュールしてもらうか、オンライン打ち合わせに切り替えるなど、変更をお願いしなければなりません。
こうした誰もが経験するような、思い通りにいかない出来事に対するレジリエンスを意識的に磨き上げておくようにしましょう。やり方は二つあります。
一つは、思い通りにいかない出来事を経験しながら、その出来事を通じてレジリエンスを高めていく方法です。さまざまな人生経験を通じて、ある程度は身についていくといっても過言ではありません。
もう一つは、レジリエンスが求められる状況を想定し、いくつかの対処法をあらかじめ選択肢として用意していくようにすることです。
三つ目の方法は、以下の通りです。
(3)ネガティブ癖を治す、ポジティブを習慣化する
不安を感じたり、孤独を感じたり、むなしさを感じたり。今の職場で働き続けていくことにも、これからの人生を生き抜いていくことにも、希望が見えず、落ち込んでしまう。思うように眠れないし、何をやっても楽しくない……人はどうしてもネガティブな思考に陥ってしまいます。
ネガティブ思考とは癖のようなものです。意識すれば、改善させることができます。
ただし、組織内キャリア形成を長年続けていると、昇進や昇格に関連する人事評価にさらされ続けます。大きな失敗をするようなものなら評価が下がりますから、誰もができるだけ失敗をしないように、自らの守備範囲を守りながら働くようになります。組織内で思い切った挑戦をすることは、賞賛される行為ではなく、リスクだと受けとめられる文化もまん延しています。
目標を達成することなく月末を迎えると、なぜ、思うような結果がでないのか、と自分を責めるようになります。ネガティブ思考の芽が大きくなっていくのです。
「失敗は次なる成功への財産。結果に一喜一憂するのではなく、過程を大切にしよう」。そんな生ぬるい言葉が通用しないのが、ビジネスシーンです。「とにかく、結果を出せ」「なぜ、また同じミスを繰り返しているの?」と上司からはネガティブなフィードバックが続きます。
「自分にはできないんじゃないか」「また、失敗するんじゃないか」「上司からまた、怒られるんじゃないか」
こうした日々を過ごす中で、いつの間にかミスをおそれ、自分らしさを殺して働くようになります。ビクビクしながら、あなた自身があなたの可能性を抑制して働く。そんなネガティブマインド型のビジネスパーソンとして過ごしているのではないでしょうか。
私のもとに寄せられるキャリア相談の多くも、このネガティブ思考にうまく対処できずに、自分ではどうにもならなくなって駆け込んでくるケースがほとんどです。まず前提として、メンタル的に落ち込んでしまう状態は、誰にでも起こりうる、みんなが当事者であるということを理解しておいてください。あなたのネガティブ思考は、あなたを取り巻く環境が長年植え付けてきた鎧(よろい)にすぎません。
だから、もし今あなたがそのような状態にあるなら、「自分はダメだな」とか「能力やスキルがない」と、自分自身を責め続けてはいけません。「自分にはどうにもできない」と思うのも間違いです。やるべきことは、自らを責めることではなく、仕事の仕方を改善し続けることなのです。
「なぜ、成果につながらないのか」の要因を分析し、改善を重ねます。ネガティブ思考を脱却し、改善思考を重ねていくことで、ポジティブな思考が習慣化されるようになります。「とにかくできる」という根拠のないポジティブではなく、「ここを解決したら、成果につながる」という分析ポイントに基づくポジティブ思考です。
人生100年時代を生きていく中で、誰もがメンタル的にさまざまな状態を経験するでしょう。また、ハイブリッドワークになり、新たな悩みや不安も増幅していると思います。これまでの「当たり前」が通用しなくなる歴史的な過渡期に、いかにアダプトしていくのか。
変化に適合し、自ら主体的にキャリアを形成していくプロティアンとは、これからを働き続けていくしなやかな生き様なのです。
今回紹介した三つの方法は、今日から誰でも実践することができます。ぜひ、実践しながら、キャリア形成がうまく動き出すことを実感してみてください。
それではまた次回に!
- 田中 研之輔
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。一般社団法人 プロティアン・キャリア協会代表理事。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を23社歴任。著書25冊。『辞める研修 辞めない研修 新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。新刊『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』。最新刊に『ビジトレ 今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。