正解に頼らない思考の癖づけが考える力を育てる
人事の役割は主体性のサポートとモヤモヤできる場の醸成にあり
東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授
柳川 範之さん
主体的な取り組みのサポートと時間の線引きがポイント
人事の役割とは、具体的にはどのようなことでしょう。仕事に対する動機づけを強化することなどでしょうか。
積極的な後押しが必要かどうかは会社にもよりますが、必須ではないと思います。むしろ大切なのは、社員の考えを頭ごなしに否定しないこと。社員が自発的に考えたことや、やってみたいと思ったことの芽をつぶさない、ということです。会社の理念や方向性と大きく外れないのであれば、自主的な取り組みを認めてサポートする。今の段階では、わざわざ「会社とは違うことを考えましょう」とお膳立てしなくてもいいと思います。
そうした意味では、柳川先生が提唱されている、副業や兼業を認めることも選択肢の一つになりそうですね。しかし企業側としては、副業や兼業を認めたくない、というのも本音だと思います。
本業に支障が出るという明確な理由があるのならば、禁止にしてもいいと思います。例えば、明らかに利益相反や信用損失のリスクがあるなど。でも多くの場合は、本業に支障が出る“かも”しれないといった、ぼんやりとした恐れや不安が、副業・兼業の解禁を妨げているところがある。しかし、その程度で全面的に禁止にするのは非常にもったいない。副業を通じて社員が思いがけない新しいアイデアを思いつく“かも”しれないし、兼業先と連携して出資できる“かも”しれないのですから。明らかなところはきちんと判断し、そのうえでマイナスのポテンシャルだけでなく、プラスのポテンシャルも評価して本業と副業・兼業を整理することが必要ではないでしょうか。
副業や兼業については、もう一つ大事な観点があります。それは、時間というリソースの線引きです。長時間労働が問題視されていますが、日本人の働き方は時間に対する考えがかなり曖昧で、24時間365日すべてを会社にささげて生きているような人がまだたくさんいます。例えば、終業は17時でも22時ごろまでは残業して当然という会社もあって、この時間帯の扱いはかなりグレーな部分があります。繁忙期にはその時間も頑張って働いてほしいという思惑があるから、副業や兼業に対して今ひとつ腰が重いのかもしれません。ならば17時とは言わなくても、19時くらいで線引きするのも一つの方法だと思います。例えば19時以降はどのように時間を使っても自由ですよ、副業してもいいし残業しても構わないけれど手当はつけませんよ、といったように。
社員自身が時間の使い道を考えられるように後押しをする、ということでしょうか。
この話は副業や兼業を認める、認めないということだけでなく、適切なワークライフバランスを考えるうえでも大切なことです。政府の介入もあって長時間労働の是正が図られていますが、この問題の本質は労働時間がただ短くなればいい、ということではありません。社員一人ひとりの適切なワークライフバランスを実現することが大事なのであって、そうした会社や人事が今後は評価されるでしょう。そのため、建前ではなく本音ベースで主体的にワークとライフの線引きを行えるような環境づくりが必要です。
これからしばらく労働力不足が続くと考えられますが、特に優秀な人材に対する獲得競争は激しさを増すはずです。そうした中、魅力的な勤務体系やジョブアサインの仕方、キャリア支援、副業や兼業のサポートの仕方など、働き方の面で社員や外部から評価される会社には、良い人材が集まるでしょう。良い人材が揃う会社はそれ自体が会社の魅力となり、さらに良い人材を引き寄せます。新卒で入社し、一つの会社で働き続けるスタイルが崩れつつある時代ですから、場の魅力が感じられなければ人はすぐに逃げていくし、良い人材も集まりません。人事のみなさんは、これまでも会社の環境づくりに力を注いできたと思いますが、場を充実させることがこれからますます求められると思います。
優秀な人材は、考える力を持ち合わせています。考えられる環境を整えることも重要と言えそうです。
そういう意味ではいろいろとお膳立てをするよりも、十分に悩む時間を与えるなど、ゆとりのある学びの環境をサポートできるといいかもしれませんね。お膳立ては、すぐに結果を求めていることの裏返しなので。言うなれば、親が子の勉強を見ることと同じです。子どもがうろうろ迷っていると、「これをやればいいじゃないの」と思わず口を出したくなります。そのほうが楽ですし、間違いがありませんから。しかし、その瞬間は回り道をしているように映っても、長い目で見れば実力がついたり、考える力が身についたりしています。社員を育てる場合も、同じことが言えるでしょうね。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。