ただ「健康増進」を唱えるだけでは届かない
健康経営を従業員のやる気につなげる
「ウェルビーイング経営」の考え方(後編)[前編を読む]
武蔵大学 経済学部経営学科 准教授
森永 雄太さん
総論では「健康になろう」というメッセージに反対する人はいないが……
企業によって適したやり方、適さないやり方があるということですね。
はい。「HHHの会」に集まった企業でも、従業員が自律的に考える習慣を持って「健康は大切だよね」と素直に考えてくれた会社もあれば、普段から厳しい管理体制を敷いていて、従業員から「健康のことまで会社に口出しされなければならないのか」という反応が返ってきた会社もありました。現状の健康課題をどのようにとらえていて、今後はどういった対策を進めていくのか。それは、実際に健康経営に関する取り組みを進めていく中で、徐々に分かってくるのかもしれません。「とりあえず健康経営に取り組んでみよう」と思ったけれど、どこから手を付ければいいのか分からない、というケースもありますからね。
日本の場合は海外と比べて組織統率力の高い企業が多く、トップダウンでの施策が展開しやすいのではないかと思います。
「健康診断を受けましょう」といった成果が明確な事柄であれば、トップダウンでのメッセージは伝わりやすいでしょうね。しかし、制度や仕組みだけに頼らない取り組みを進めていく場合は、現場単位でどのようにコミュニケーションを図り、いかにチームマネジメントを進めていくかという、ボトムアップの視点も必要になります。とは言え、最初はトップのコミットメントがなければ難しい。ただでさえ忙しい中で新たなことを始めるのは、現場にとって厳しいものです。実際に動き始めた後でどうマネジメントしていくのか。そこがポイントですね。
人事担当の方々の苦労も相当なものだと思います。
これまでの業務に加えて、さらに健康経営に関するタスクが発生するわけですからね。経営と現場の板挟みになってしまうこともあり得るし、大変な役回りだと思います。よくあるのは、「とりあえずやってみて」とトップから指示されるケース。働き方改革では「まずはフリーアドレスを導入してみよう」といったように、目的と手段が入れ替わっていることが多いですが、健康経営でも同じようなケースが想定されます。
「健康になろう」というメッセージに賛成する人は多いけれど、実際に現場へ浸透させ、継続していくことは難しい。会社としての体制の問題もありますし、なかなか参加者が増えないという問題もあるでしょう。そうした「継続していくための課題」が次のステップでは出てくると思います。
そもそも、私が大学院でモチベーションの研究をしていたときは、従業員のやる気に対する社会の関心はそれほど高くありませんでした。そこまで余裕がなかったというか、本業の戦略を立て直すことに主眼を置いていた。業績がプラスに転じれば従業員のやる気も向上するだろう、と考えていたんですね。そうこうするうちにメンタルヘルスの問題が深刻になってきて、それを防ぐために「イキイキ働き続けてもらう」ことの重要さに目が向いたのだと思います。現在はちょうど転換期にあたるのかもしれませんが、単に従業員の健康増進を考えるだけでなく、個人や職場の活性化につながるウェルビーイング経営の手法として考えていくことが必要です。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。