副業・兼業で広がるキャリア戦略
~会社視点の働き方改革から生き方改革へ~
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 准主任研究員・ESG推進室兼任 原田 哲志氏

要旨
日本では働き方の改善に向けて様々な取組みが行われている。こうした働き方改革の取組みの中でも、副業・兼業は現在の日本の慣習や制度による単線的なキャリアを変え、自律的なキャリア形成を促すことが期待される。こうした働き手の能動的な行動は社会のイノベーションや生産性向上を促進していく上で重要と考えられる。副業・兼業は企業にとっても採用力の強化などのメリットがあるが、労働時間管理の難しさなどのハードルがある。多様な働き方の実現に向けた制度の整備が求められている。
1――世界で最も低い日本の従業員エンゲージメント
米国の調査会社ギャラップが行った「グローバル職場環境調査」によれば、仕事への熱意・会社への愛着(エンゲージメント)を持つ従業員の割合は世界全体では23%だったのに対して日本ではわずか6%にとどまった(図表1)。また、世界全体での従業員エンゲージメントは上昇が続いているのに対して、日本の従業員エンゲージメントは調査対象の国の中でも最低水準の状況が続いている(図表2)。
同社は「長年続いている終身雇用制度」や「会社の方向性について従業員が提案することが少ない受動的な風土」が日本の従業員エンゲージメントの低さの要因だと指摘している。また、同社は従業員エンゲージメントの低さによって、日本では2023年には86兆円の機会損失が生じたと指摘している。こうした従業員エンゲージメントの低さは、日本の経済や社会の停滞につながっている可能性がある。
2――副業・兼業による柔軟な働き方の実現
こうした中、日本では2016年に政府により「働き方改革実現会議」が設置されて以来、働き方の改善に向けて様々な取組みが行われている。
働き方改革実現会議では、「経済成長の隘路の根本は、人口問題という構造的な問題に加え、イノベーションの欠如による生産性向上の低迷、革新的技術への投資不足」と指摘している。また、現在の日本の労働制度と働き方にある課題として(1)正規、非正規の不合理な処遇の差、(2)長時間労働、(3)単線型の日本のキャリアパスを挙げた。この上で、「日本経済の再生を実現するためには、投資やイノベーションの促進を通じた付加価値生産性の向上と、労働参加率の向上を図ることが必要」とし、その実現に向けて、現在も様々な「働き方改革」の推進が続けられている(図表3)。
こうした働き方改革の一環として政府は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公表し、副業・兼業を推進している。日本企業の労働環境については、低生産性、長時間労働、過剰なストレス、高齢化による技能不足など様々な問題点が指摘されている。副業・兼業の促進により「柔軟な働き方がしやすい環境」を整備することで、日本の労働に関する諸問題の背景となっている硬直的な労働環境を変えることが期待される。副業・兼業は労働者自身が持つスキルや知見を一企業にとらわれず幅広く社会で発揮することにつながるためだ。
日本では、特に地方・中小企業での人手不足が深刻と言われる一方で、東京・大企業では自分の能力を活かせる場に恵まれず人材が滞留していることも考えられる。副業・兼業により、自らの希望する働き方を選びやすい環境を作っていくことは、都市部の人材を地方で活かすことによる地方創生や中小企業やスタートアップの活性化など社会全体の発展につながり得る。
労働者自身にとっても、副業・兼業は現在の日本の慣習や制度による単線的なキャリアを変え、自律的なキャリア形成を促し生産性向上や革新的技術を促進していくことが期待される。
また、副業・兼業は従業員にとっては収入が増えるという分かりやすいメリットがある。企業の年功序列や終身雇用といった慣行の維持が難しくなる状況で、今後の昇給が見込めないといった場合、副業・兼業は単に収入を増やすだけでなく収入源を増やすことで将来に向けての安定や安心感が期待できる。また、副業・兼業はキャリア形成の幅を広げることにもつながる。本業を継続することで、収入面でのリスクを抑えて未経験の分野での仕事や起業に挑戦することができる。
一方、企業にとっても副業・兼業により柔軟な人材活用を行うことでの高度人材の活用や、自社で不足しているスキルの獲得を行いやすくなるというメリットが期待される。
3――副業・兼業の普及が進む
次に現状の企業の副業・兼業の受け入れ・送り出しの状況について見ていきたい。経団連の調査によれば、副業・兼業の受け入れ・送り出しを行う企業の割合は増加が続いている(図表4,5)。送り出しを行う企業の割合は2012年以前の24.4%から2022年には53.1%まで増加している。受け入れを行う企業の割合は2012年以前の6.5%から2022年には16.4%まで増加している。特に、コロナ禍の発生によりリモートワークの普及をはじめ働き方の変化が進んだ2020年以降、増加が加速している。ただし、2022年時点で送り出し企業が53.1%に対して、受け入れ企業は16.4%にとどまっており、副業・兼業の送り出しが進む一方で、受け入れが進んでいない状況も示されている。
副業・兼業者を受け入れるにあたっては、業務の切り出しや関連法規といったノウハウ・知識が必要となるが、特に初めて副業・兼業者を受け入れる企業ではこうした知識の不足が障壁となる。現状で副業・兼業者の受け入れを行っておらず制度自体がない企業では、外部から人材を受け入れることへの不安感も障壁となる。
また、業務委託契約により副業・兼業者を受け入れる場合、副業・兼業者が業務委託でなく労働者とみなされるリスクがある。業務委託では、企業は社会保険料の負担がないメリットがある。しかし、形式上業務委託であっても、勤務時間や場所の拘束があるなど実質的に労働者とみなされる場合には、社会保険料の負担など労働者としての扱いが必要となる。
こうした課題があるが、同調査によれば、従業員三百人未満の企業は全回答企業の平均と比べて、副業・兼業の受け入れている割合が高いことが示されている。中小企業では、大企業と比べて副業・兼業を活用し人材を獲得するメリットが大きいと考えられる。
副業・兼業の受け入れについて、経済産業省は「社内にない技術やノウハウを補えるため、一度利用した企業はリピートすることが多い」と指摘している。また、副業・兼業者側も「過去の支援実績やパフォーマンスを見える化することが大事である」と指摘している。副業・兼業の受け入れは準備に労力が必要だが、一旦体制を整えた後は有効な人材獲得手段となり得る。同時に副業・兼業者側でも単に与えられた業務を行うだけでなく、スムーズな連携を行えるように能動的に行動することが望まれる。副業・兼業に関するノウハウや成功事例の蓄積による副業・兼業のさらなる普及の促進が期待される。
4――理想とは違いもある副業・兼業の現状
こうした中、現実にはどのような人が副業・兼業に取り組んでいるのだろうか。2023年9月、独立行政法人労働政策研究・研修機構は「副業者の就業実態に関する調査」を行った 1。副業を始めた理由、副業を行っている人の特徴などについてまとめている。副業を始めた理由では、「収入を増やしたいから」(54.9%)、「1つの仕事だけでは収入が少なくて、生活自体ができないから」(37.0%)といった回答が多かった(図表6)。一方で、「転職したいから」(2.9%)、「独立したいから」(6.0%)といった回答は少なかった。
副業・兼業の推進について、スキルアップなど前向きな目的が掲げられる一方で、実態としては、1つの仕事だけでは生活ができず副業を行っている人も多いことが示されている。
また、今後、副業をしたいかについては「副業をしたいとは思わない」(45.0%)、「副業をしたいと思う」(36.1%)、「分からない」(18.9%)と「副業をしたいとは思わない」が最も多い結果となった(図表6)。
副業をしている人の世帯年収別に見ると、年収400万円未満と1500万円以上の区分で副業者の割合が本業のみの人よりも多かった(図表7)。副業をしている人の世帯年収は二極化していると言える。
1 独立行政法人労働政策研究・研修機構、「副業者の就業実態に関する調査」、2023年9月
5――副業・兼業を推進する上での課題
副業・兼業を行う人や企業が増えているが、企業が副業・兼業を受け入れるにあたっては労働時間管理や健康管理といった点が課題となる。しかし、現状の規則では企業は労働者の労働時間について、労働者の自己申告などで副業・兼業先での労働時間を把握した上で煩雑な対応が必要であり、企業が副業・兼業への対応を敬遠する要因にもなっている 2。このことから、「副業・兼業時の労働時間の通算解説資料」や「副業・兼業の場合における労働時間管理の解釈通達」、「モデル就業規則」を公表している。
副業・兼業時の労働時間の通算においては、法定労働時間を超過した場合の割増賃金の支払について、労働時間を合計し、法定労働時間を超える部分がある場合は、後から労働契約を締結した企業が割増賃金を支払う。
また、副業・兼業の促進に関するガイドラインでは、管理の手間を軽減するために「管理モデル」と呼ぶ方法を紹介している。ガイドラインでは、管理モデルについて「使用者A(先に労働契約を締結した企業)は自らの事業場における法定外労働時間の労働について、使用者B(後に労働契約を締結した企業)は自らの事業場における労働時間の労働について、それぞれ自らの事業場における 36 協定の延長時間の範囲内とし、割増賃金を支払うこととするものであること」としている。
つまり、(1)「後に労働契約を締結した企業は自社での労働時間全てについて割増賃金を支払う」ことにより、(2)「先に労働契約を締結した企業は労働者が兼業を開始した後も自社での労働時間が法定労働時間内は通常賃金での支払いが可能となる」こととなる。これにより、兼業者と労働契約を結ぶ2社は、他社での兼業者の労働時間の把握が不要となるという仕組みである。しかし、後に労働契約を締結した企業は当該兼業者の全ての労働時間について割増賃金を支払わなければならないという欠点がある。副業・兼業に関する労働時間管理は現状では煩雑さなどの課題点が残されており、改善が望まれる。
2 日本経済新聞、「会社員の副業、「雇用型」に壁 難解すぎる労働時間通算」、2024年5月24日
6――会社視点の働き方改革から生き方改革へ
このように、現状では企業が副業・兼業の導入には課題が残されている。しかし、副業・兼業の導入は、従業員が働きやすい環境を実現することで、離職率の改善などが期待できる。ソフトウェア開発を行うサイボウズでは長時間労働などによる従業員の離職や知名度の不足による採用難に陥っていた。しかし、副業・兼業の自由化を含む働き方改革を行ったことで、離職率を28%から4%まで大幅に改善した。同社の働き方改革は「都合に合わせて働く場所と時間帯を選べるウルトラワーク」、「最大6年の育児休暇」、「副業(複業)の自由化(誰でも会社に断りなく副業可)」といった非常に大胆な内容となっている。
同社では「100人いれば、100通りの人事制度があってよい」との方針のもと、従業員一人一人の個性が異なることを前提として、一人一人が望む働き方や報酬を実現させることを目指した。
この結果として、従業員は収入を増やすだけでなく人脈を広げスキルを高めモチベーションを維持・向上できるといったメリットが得られたとしている。現在では様々な人が働くようになっているため、画一的な制度ではなく一人一人の状況に合った施策を行うことが、従業員の満足度やエンゲージメントの向上につながる。
また、企業にとっても、イノベーションの創造や生産性の向上に加えて、副業・兼業での部分的な就業を活用することで社外の高給人材の活用を行いやすくなるといったメリットがある。ただし、本業との競合や副業・兼業による効果の評価の難しさといった課題点も残されている。
現在では、働く人のライフスタイルや働き方が多様化する中で、企業の人材戦略もそれに適応していくことが求められている。
日本の従来型の労働制度や慣習のもとでは、労働者は受動的な長時間労働を強いられることも多い一方で、それ以外の選択肢も少ない状況が続いてきたと考えられる。しかし、現在では、副業・兼業をはじめ様々な働き方を選択できる環境に変化しつつあるかもしれない。
こうした中、食品メーカーのカゴメは「世間で言ういわゆる働き方改革は『会社視点』である」と指摘している。働き方改革を考える際に意識されているのは、会社がいかに「生産性を上げられるか」だが、個人は自身のquality of life(QOL)の向上を考えるため、ギャップが生まれる。全ての人が家族との時間や自己研鑽など自身のやりたいことを犠牲にせず充実した生活をおくることができることを目指す「生き方改革」が望ましいとしている。
7――おわりに
働き方改革を推進していく上で、企業や政府による環境整備だけではなく労働者自身が能動的に自分自身の働き方や暮らし方を考え、選択していくことが個人のQOLの向上につながると考えられる。
また、働き手の確保が難しくなるとともにその考え方や性質が変化している現在において、企業は人材戦略を柔軟に再構築していくことが必要となっている。
日本では、長年の硬直的な労働環境が低生産性や従業員エンゲージメントの低さ、イノベーションの不足といった問題の一因となってきたと考えられる。副業・兼業の促進により柔軟な働き方がしやすい環境を整備していくことは、こうした課題を解決し地方創生やスタートアップの活性化による社会全体の発展につながることが期待される。副業・兼業に関する動向に引き続き注目したい。
ニッセイ基礎研究所は、年金・介護等の社会保障、ヘルスケア、ジェロントロジー、国内外の経済・金融問題等を、中立公正な立場で基礎的かつ問題解決型の調査・研究を実施しているシンクタンクです。現在をとりまく問題を解明し、未来のあるべき姿を探求しています。
https://www.nli-research.co.jp/?site=nli


人事の専門メディアやシンクタンクが発表した調査・研究の中から、いま人事として知っておきたい情報をピックアップしました。
会員登録をすると、
最新の記事をまとめたメルマガを毎週お届けします!