ガバナンス改革の実装
三菱UFJリサーチ&コンサルティング コンサルティング事業本部 組織人事ビジネスユニット HR第3部 プリンシパル 中山 尚美氏
三菱UFJリサーチ&コンサルティング コンサルティング事業本部 組織人事ビジネスユニット HR第2部 マネージャー 花井 宏介氏
三菱UFJリサーチ&コンサルティング コンサルティング事業本部 サステナビリティビジネスユニット GRCコンサルティング部 コンサルタント辻本 理紗氏
経営を取り巻く環境やリスクが多様化・複雑化する中、日本企業が競争力を高め、成長のモメンタムを取り戻すためには何が課題であり、何をすべきかについて、ガバナンス改革の実装の観点から論じていきます。
日本企業のCGコード対応は進展
2015年のCGコード導入から10年目となり、2022年時点で東証プライム上場会社の大半が、90%以上の原則をコンプライしています[ 1 ]。上場会社を中心としたCGコード対応は、この10年間で着実に進展しました。
例えば、独立社外取締役の人数や比率の確保、指名委員会・報酬委員会の設置、政策保有株式の縮減などが進み、企業の意思決定の体制とプロセス、および議論のあり方に変化がもたらされました。また、社長・CEOのサクセッションプラン(後継者計画)の導入や、役員報酬における業績連動報酬比率の上昇など、役員の指名・報酬に関する客観性と透明性の確保や、株主との価値共有に取り組む企業も年々増えています。
企業価値向上への道半ばにある日本企業
実際に、CGコード対応は進んだにもかかわらず、日本企業のROE(自己資本利益率)やPER(株価収益率)、PBR(株価純資産倍率)は欧米との比較において依然低水準にあり、国際的な地位は低下したままです[ 1 ]。そのため、東京証券取引所は2023年3月、上場会社に対して「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」の要請を出しました[ 2 ]。
この要請後、1年を経過した際の振り返りでは、多くの企業で要請に基づいた開示を始めた一方で、投資家との目線にずれがある、またはいまだ開示に至っていない企業もあることが課題に挙げられています。つまり、「改革は始まったばかり」だとされています[ 3 ]。
CG改革を実装するための今後の課題
こうした日本企業の状況を基に、経済産業省の「持続的な企業価値向上に関する懇談会」において、「座長としての中間報告」が提示されました。その中では、今後の課題が以下の五つに再整理されています[ 4 ]。
- 課題1:企業価値に対する企業と投資家との間の認識のずれ
- 課題2:長期視点の経営の重要性
- 課題3:経営チーム体制の強化の必要性
- 課題4:取締役会の実効性の強化
- 課題5:資本市場の活性化
企業が、長引く停滞・低迷や緩慢な衰退から脱却し、「稼ぐ力」を取り戻していくためには、CG改革を形だけにとどめず、実装することが必要です。以下では、これら五つの課題のうち、課題3の「経営チーム体制の強化の必要性」と、4の「取締役会の実効性の強化」についてCG改革の実装の点から着目し、論じていきます。
車の両輪としての監督機能と執行機能
取締役会が担う監督機能と経営陣が担う執行機能は車の両輪に例えられ、両機能が相互に作用し合う関係にあります。そのため、取締役会の実効性は取締役会単独で捉えるのではなく、執行側との相互作用の点から考えることが必要です。この相互作用の中で経営戦略を作り上げ、また、実質的なガバナンス改革を推進することが基本となります。
取締役会の実効性強化の鍵となる社外取締役
上述したように、独立社外取締役の人数や比率の確保、指名委員会・報酬委員会の設置といった形式面の改革が多くの上場企業で進展し、取締役会における社外取締役の影響力が高まりました。その結果、取締役会の実効性強化の鍵の一つとして、社外取締役が果たす役割・責務に注目が集まっています。
社外取締役の役割・責務は、会社法やコーポレートガバナンス・コードが前提となります。上場企業の取締役(社内・社外)は、会社法に基づき株主からの付託を受け、持続的成長と企業価値向上に寄与する役割・責務を負っています。その上で、社外取締役には、経営陣から独立した客観的な立場から助言や監督を行うことが求められています。
ただし、ガバナンス体制や取締役会の構成、経営課題などは各社各様であるため、取締役会のあり方も会社ごとに異なります。そのため、社外取締役に期待される役割・責務も一律ではなく、自社としての内容を描き定める必要があります。その内容を個々の社外取締役に説明し、理解・納得を得ておくことが、実効性強化へ向けた出発点となります。
社内取締役や経営陣に求められること
上述した社外取締役に期待する役割・責務に基づいて、必要な知識・スキルのトレーニングや、情報提供などの活動サポートおよび評価などを取り入れていくことで、取締役会の実効性を高める効果が期待できます。
しかし、社外取締役だけにアプローチすればよいということではありません。社内取締役や、車の両輪である執行を担う経営陣にも、自社の取締役会のあり方と、社外取締役へ期待する役割・責務について浸透させることが不可欠です。それはすなわち、役割分担を明確に自覚し、監督・執行の双方が自らに課せられた責任を果たすことにつながります。
なお、以前の日本企業では、「取締役は、執行を担う経営陣よりも上位である」とする考え方が一般的に取り入れられていました。さらに、取締役の中に専務取締役、常務取締役などの役付によって、上下の序列をつけることも一般的でした。また、取締役や経営陣のほぼ全員が生え抜きの内部出身者で占められる企業が多かったため、年次の序列意識も強く存在していました。つまり、経営の監督や執行は、社長を頂点に序列づけされた関係の中で行われていたこととなり、会社の中長期的な持続的成長に対して、必ずしも合理的ではなかった可能性があります。
その後、政府主導のガバナンス改革が進められ、監督と執行は上下関係ではなく機能が異なるものであり、両輪であるという考え方が徐々に浸透している状況にあります。例えば、取締役会の中の序列をなくすために、役付を削減・廃止する企業も増えています。
社内取締役や経営陣側もこのような動向や変化を正しく知り、意識を変え、自社の取締役会のあり方や、監督と執行、社内と社外の役割分担を自覚することが、ガバナンス改革を実装し、取締役会の実効性を強化するために不可欠といえます。
日本の「経営者供給制約問題」
企業価値や「稼ぐ力」の向上には、経営者による経営判断と実行――すなわち企業の執行機能が重要であることは言うまでもありません。経営者には、迅速かつ適切な経営判断力や業務執行力が求められますが、グローバル化の進展やテクノロジーの進化、ESG(環境・社会・企業統治)への対応など、経営者が直面する状況は以前と比較にならないほど多様化しています。日本において、こうした状況に対応できる経営者人材は絶対的に不足しており、経済産業省の「持続的な企業価値向上に関する懇談会(座長としての中間報告)」[ 6 ]では、これを「経営者供給制約問題」と呼んでいます。その要因として、終身雇用を前提とした日本企業では、社内の昇格トーナメントを勝ち上がった人材が経営者になるシステムであることが多く、異業種での経験を得る機会が限られ、多様な視点・経験が不足していること、また、トーナメントを勝ち上がるためにリスク回避志向に陥りやすいことが挙げられています。
トップマネジメントチーム(以下、TMT)の形成と責任・権限の明確化
経営者人材が不足しているという状況は、すぐに解決できるものではありません。では、複雑化する経営環境において、企業はどのように経営判断と業務執行をするべきでしょうか。経営が担うべき役割が多岐にわたる中、一人の経営者が全ての経営判断を行うことは現実的ではありません。そのため、社長・CEOを中心としたTMTを形成し、経営に求められる能力を各メンバーが機能分担し、また補完し合うことで、迅速かつ適切な経営判断と業務執行につながるものと考えられます。また、TMTを形成することで、一人のリーダーシップに依存しない持続可能な経営体制を築くこともできます。
こうしたTMTが効果的に機能するためには、責任・権限の明確化が欠かせません。これを怠ると、意思決定の遅れやTMT内での対立など、曖昧な責任の所在に起因する組織の混乱が懸念されます。責任・権限を明確にすることで、無用な社内調整を避けることができ、各メンバーが自らの強みを生かして、迅速な意思決定を行えるようになります。
サクセッションプラン(後継者計画)の策定・実行
常に優秀なTMTを形成し続けるには、経営者人材の安定的な供給が不可欠です。TMTのメンバーを外部から招聘(しょうへい)することも有力な選択肢ではありますが、前述の通り、日本では経営者人材が不足しているため、安定的に、またはしかるべきタイミングで速やかに、必要な外部人材を招聘(しょうへい)することは難しいといえるでしょう。そのため、サクセッションプランを策定し、社内で計画的にTMTの後継者を育成することが重要となります。これにより、経営者人材の安定的な供給が実現され、持続可能な経営体制の構築に資することとなります。
また、不確実性の高い時代にも対応可能なTMTを形成するためには、後継者人材プールの多様性の確保も重要となります。さまざまな属性、知見を持つ後継者人材を確保しておくことで、予期せぬ環境変化や課題に対する組織の柔軟性や対応力の強化にも寄与します。こうした観点からも、サクセッションプランの策定・実行は、中長期的な執行機能の強化につながるといえるでしょう。
まとめ
昨今の複雑かつ変化の激しい経営環境では、経営者に求められる能力が多様化しており、一人の経営者が全ての経営判断を下すことは困難な状況となっています。そのため、責任・権限が明確化されたTMTを形成し、チームで経営に当たることが現実的な解といえるでしょう。各企業がサクセッションプランを着実に策定・実行し、TMTを安定的に形成し続けることが、「経営者供給制約問題」を抱える日本の現状において、欠かすことのできない取り組みといえます。
【関連資料】
新しい時代のガバナンス
【【関連レポート・コラム】
新しい時代のガバナンス(1)日本企業を取り巻く経営環境
新しい時代のガバナンス(2)日本企業の競争力
新しい時代のガバナンス(3)日本企業における不祥事①
新しい時代のガバナンス(4)日本企業における不祥事②
新しい時代のガバナンス(5)日本企業に求められる「ガバナンス」
[ 1 ]経済産業省「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会 第1回事務局説明資料」https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/earning_power/pdf/001_04_00.pdf(最終確認日:2024/10/18)
[ 2 ]東京証券取引所上場部「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」https://www.jpx.co.jp/news/1020/cg27su000000427f-att/cg27su00000042a2.pdf(最終確認日:2024/10/18)
[ 3 ]東京証券取引所上場部「『資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応』に関する今後の施策について」https://www.jpx.co.jp/news/1020/mklp77000000hqqd-att/mklp77000000hqt9.pdf(最終確認日:2024/10/18)
[ 4 ]経済産業省 経済産業政策局「持続的な企業価値向上に関する懇談会(座長としての中間報告)」https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/improving_corporate_value/pdf/20240626_1.pdf(最終確認日:2024/10/18)
[ 5 ]経済産業省「CGS研究会 第5回事務局資料」 https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/cgs_kenkyukai/pdf/3_005_05_00.pdf(最終確認日:2024/10/18)
[ 6 ]経済産業省 経済産業政策局「持続的な企業価値向上に関する懇談会(座長としての中間報告)」https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/improving_corporate_value/pdf/20240626_1.pdf(最終確認日:2024/10/18)
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