フリーランス新法成立
~施行までに求められることと今後の展望~
三菱UFJリサーチ&コンサルティング
公共経営・地域政策部 研究員 山本 洋平
公共経営・地域政策部 主任研究員 萩原 理史
1.はじめに
4月28日の参議院本会議で、フリーランス新法案(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律案)が全会一致で可決され、成立から1年6か月以内に施行されることとなった[1][2]。
本コラムでは、フリーランス新法の成立の経緯・趣旨・ポイント等を紹介しつつ、今後フリーランスとの取引を行う発注側、受注するフリーランス側それぞれに求められることについて整理した上で、今後の展望を考察したい。
2.フリーランス新法の成立の経緯
2019年9月20日、少子高齢化と同時にライフスタイルが多様となる中で、誰もが安心できる社会保障制度に関わる検討を行うことを目的とし「全世代型社会保障検討会議」が設立された。2021年3月26日、ここでの議論も踏まえ、政府として一体的に、保護ルールの整備を行う一環として、内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省の4省庁の連名で「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(以降、フリーランスガイドライン)が策定された[3]。フリーランスガイドラインでは、事業者対フリーランス間の取引について独占禁止法の適用対象となること、働き方の実態が「雇用」に該当する場合に、労働関連法令が適用されることが明確化されている。一方で、フリーランスガイドラインの内容に実効性を持たせることや、「雇用」される労働者と比較してフリーランスは社会保障が薄いことなどが課題として指摘されていた。こうした背景を踏まえ、2022年より発足した「全世代型社会保障構築会議」の議論において、フリーランス・ギグワーカーの適切な保護も論点となっていた[4]。
また、2020年に内閣官房により実施された「フリーランス実態調査」においては、取引先とのトラブルの有無について、「トラブルを経験したことがある」との回答が37.7%を占めている。そのうち、トラブル経験者のうち取引先からの書面の交付状況は、「受け取っていない」との回答が29.8%、「受け取っているが取引条件の明示が不十分である」との回答が33.3%となっており、取引先とのトラブル経験者のうち、6割以上が十分に取引条件を明示されていない状況であったことなどが明らかとなっている[5]。
フリーランス新法は、前述の背景も踏まえ、フリーランスが安心して働くことができる就業環境を整備することを目的としている。立法の目的においても、「我が国における働き方の多様化の進展に鑑み、個人が事業者として受託した業務に安定的に従事することができる環境を整備するため、特定受託事業者に係る取引の適正化及び特定受託業務従事者の就業環境の整備を図り、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的として、特定受託事業者に業務委託をする事業者について、特定受託事業者の給付の内容その他の事項の明示を義務付ける等の措置を講ずる」こととされている。フリーランス新法に違反した場合の対応として、公正取引委員会、中小企業庁長官又は厚生労働省による違反行為についての助言、指導、報告徴収・立入検査、勧告、公表、命令を下すことができるとされており、命令違反や検査拒否等の場合について、本法第二十四条の規定に基づき、50万円以下の罰金も科せられることとなっている[6]。また、本法第二十五条の規定に基づき、違反行為を行った行為者と法人の両方を罰する両罰規定も設けられている。
3.フリーランス新法のポイント
1)対象となる当事者・取引について
フリーランス新法は、「特定受託事業者」を対象としている。ここでいう「特定受託事業者」とは、本法第二条に定義があり、業務委託の相手方である事業者であり従業員を使用しない者とされており、フリーランスガイドラインにおけるフリーランスの定義とほぼ同義であると考えられることから、フリーランス個人及びフリーランス個人が受託する取引を対象とした法律であるといえる。
2)取引の適正化のために実施すべきこと
フリーランス新法では、フリーランスに係る取引の適正化のため、発注者側の企業に対し、以下の取組が求められている。なお、以下①については、フリーランスがフリーランスに対し発注を行う際にも実施することが求められる点に注意が必要である。
①給付の内容・報酬の額等の明示
「特定受託事業者の給付の内容その他の事項の明示等」を定めたフリーランス新法第三条に基づき、フリーランスに対し業務委託する際に、給付(業務の内容)や報酬の額等を書面又は電磁的方法(メール等)により明示することが求められる。
②給付を受けてから60日以内の報酬支払期日の設定・支払
「報酬の支払期日等」を定めたフリーランス新法第四条に基づき、フリーランスから給付(成果物・役務)を受領した日から60日以内のできる限り短い期間内に報酬支払期日を設定することが求められる(同法第四条第一項)。また、フリーランスに対して再委託される役務提供の場合においては、本法第四条第三項に基づき、元委託支払期日から起算して30日以内のできる限り短い期間内に報酬支払期日を設定することが求められる。
③不公正な取引の禁止
「特定業務委託事業者の遵守事項」を定めたフリーランス新法第五条に基づき、フリーランスへの業務委託(政令で定める期間以上のもの)について、フリーランスの責めに帰すべき理由がないにも関わらず受領の拒否、報酬の減額、返品、通常相場と比較した際の著しく低い報酬の額の設定、正当な理由のない自己の指定する物品の購入・役務の利用の強制をしてはならないものとされている。また、発注者のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させることや、フリーランスの責めに帰すべき事由のない内容の変更ややり直しによりフリーランスの利益を不当に害してはならないとされている。
3)フリーランスの就業環境整備を考慮すること
フリーランス新法では、フリーランスの就業環境を整備する一環として、発注側の企業に対し、以下の取組が求められている。
①正確な募集情報の提供
「募集情報の的確な表示」を定めたフリーランス新法第十二条に基づき、広告等によりフリーランスを募集する際には、募集内容に虚偽の表示等がなく、正確かつ最新の内容とすることが求められる。
②育児・介護との両立に向けた配慮
「妊娠、出産若しくは育児又は介護に対する配慮」を定めたフリーランス新法第十三条に基づき、政令で定める期間以上の業務委託である「継続的業務委託[7]」の場合において、フリーランスの申出に応じ育児介護等と両立して業務を行えるよう、必要な配慮をすることが求められている。
③フリーランスに対するハラスメント行為に係る対応体制の整備
「業務委託に関して行われる言動に起因する問題に関して講ずべき措置等」を定めたフリーランス新法第十四条に基づき、フリーランスに対するハラスメント行為等が発生した際に相談対応等を行うことができるよう、発注者側企業が相談窓口の設置等の措置を講じることが求められている。
④継続的業務委託を中途解除する際の通知
「解除等の予告」を定めたフリーランス新法第十六条に基づき、「継続的業務委託」に係る契約を中途解除する際には、原則として中途解除日等の30日前までにフリーランスに予告することが求められる。
4.施行までに求められること
フリーランス新法は、公布から1年6か月以内に施行されることとされており、フリーランスに対して発注を行う事業者は、施行までに同法を遵守できるよう準備することが求められる。ここでは、発注側と受注側の視点から、今後それぞれに求められる具体的な取組について整理する。
1)発注側に求められること
①発注するフリーランス全員に対し取引条件等を明示できるようにするための体制整備
これまで公正取引委員会は、フリーランスへの不当な取引を規制する法律として、下請法(下請代金支払遅延等防止法)が適用できる考えを示していたが、フリーランスの適用においては課題がみられた。例えば、下請法の場合、親事業者の資本金が一千万円を超えていなければ対象とならないことや、役務の提供については適用が限定的であった。後者の役務の提供に着目すると、「役務提供委託」と定義されているもののみが下請法の対象とされ、この役務提供委託には、親事業者が業として請け負った役務の再委託に該当する取引のみが下請法の対象[8]となっていた。いいかえると、発注者とフリーランスが直接役務を提供する場合には下請法の対象となっていなかった。
このため、これまではフリーランスを対象とする取引の一部について、書面を交付せず取引を行うこと等の法律上の問題はなかった。しかし、フリーランス新法の施行以降、フリーランスに対する発注者は、特定受託事業者の給付の内容、報酬の額等といった取引条件を書面又は電磁的方法により明示する必要がある。また、「継続的業務委託」を中途解除する場合等においては、原則として、中途解除日等の30日前までにフリーランスに対し予告することが必要となる。こうした事項を遅滞なくフリーランスに伝達できなければ、本法に違反するおそれがある。フリーランスへの業務委託が多い企業においては、業務委託するフリーランス全員に対し、給付の内容や報酬の額等を書面又は電磁的方法により明示することが必要となり、取引時の事務コストが増大することも考えられる。そのため、本法の施行までに、フリーランスに対する取引条件の明示等をスムーズに行うことができるような体制を構築することが求められる。なお、本法では、電磁的方法による明示も可能とされているが、ここでいう電磁的方法については、公正取引委員会が公表する「下請取引における電磁的記録の提供に関する留意事項」も参考となる[9]。
②育児介護等と両立を希望するフリーランスへの配慮するための措置
フリーランス新法では、フリーランスの就業環境の整備の一環として、フリーランスの申し出に応じ、育児介護等と両立して「継続的業務委託」に係る業務を行えるよう、必要な配慮をすることが求められている。この点について、「継続的業務委託」の対象となる具体的な期間は、本稿の執筆時点(2023年5月23日)では政令で定まっていないため注視していく必要がある。
③ハラスメント対応体制の整備
フリーランス新法では、特定受託業務従事者の就業環境の整備の一環として、フリーランスに対するハラスメント行為に係る相談対応等必要な体制整備等の措置を講じなければならないとされている。ハラスメント対応にあたっては、2022年4月から、中小企業も含め、職場のハラスメント相談窓口の設置が義務づけられるようになっている[10]。こうした相談窓口をフリーランス向けに案内することも対応策として考えられるだろう。
2)受注側にもとめられること
フリーランス新法は、発注者側の義務を定める法律であることから、受注者となるフリーランスに対して法律上の義務が課せられることはない。しかし、これまで書面等による契約条件の明確化をしないままに財・サービスを提供していたケースにおいては、事前の書面等の交付により、契約条件がより明確化されるため、契約上の義務を履行できない場合、契約不履行という事実も明確化される。契約が不履行となれば、発注者側より損害賠償請求等が行われる可能性もある。そのため、フリーランスは、業務を開始する前の契約時に契約に係るリスクを認識し、明示された条件等を確認の上、これまで以上に契約上の義務を履行する意識を持つことが求められるだろう。
5.今後に向けた展望・課題
これまで、フリーランス新法の成立の経緯・趣旨なども紹介しつつ、発注側、受注側それぞれに求められる意識・取組について整理してきた。これらの内容を踏まえ、以降の政策的な展望・課題について述べる。
1)取引時に明示すべき項目の明確化
取引に際し、給付の内容・報酬の額等を明示すべきとされているものの、具体的に明示すべき項目について、フリーランス新法で明確には定義されていない。下請法の三条書面[11]の記載内容を参考とすることが基本となることも予想される。また、この他にもたとえば、知的財産権の譲渡が発生する可能性がある場合には、事前に明示すべき点や譲渡対価の交渉を行うことも契約時の論点となりうる。特に、フリーランスのクリエイターに対してイラスト・動画の作成といった情報成果物作成委託の取引を行う際に、著作権の帰属は重要な論点となりうる。発注側、受注側双方が十分に理解をした上で契約を結ぶことができるようにする本法の趣旨も踏まえ、本法施行までに、取引条件について可能な限り具体的に明示し、事前の協議を徹底するようアナウンスされることが望ましい。今後の指針・ガイドライン等の公表が待たれるところであるが、下請法の三条書面で記載が求められる項目を最低限明示すべき項目とした上で、例示したような知的財産権の帰属など、その他の項目についてもフリーランスの利益を不当に害することがないよう適宜明示することを促していくことも考えられるのではないか[12]。
2)「継続的業務委託」に該当する期間の考え方の整理
本稿の執筆時点では、「継続的業務委託」に該当する取引の期間が政令によって定められていない。そのため、育児介護等の両立について申し出があった際の配慮が必要となる業務委託の期間について、現時点では明らかとなっておらず、フリーランスが働きやすい就業環境が整備されるかどうかは、政令で定める期間により大きく左右されることが予想される。発注側企業がフリーランスの育児介護等の両立に配慮することは望ましい姿である。しかし、政令で定める期間が短期間すぎる場合には、発注側企業にとっての負担も大きくなることが予想されるため、慎重な検討が求められる。
3)雇用類似の働き方に係る議論の継続
フリーランス新法は、これまで労働者に比べた場合に各種法的な保護が弱かったフリーランスに対して、取引という観点から保護を強めた制度となっており、下請法だけでは十分対応できていなかった点をカバーした内容であることは評価できる。しかし、フリーランスを事業者としてとらえ、事業者間の取引における適正化を図る目的で策定された法律であることには変わりはない。このように、フリーランスが事業者であるとするならば、社会保障の面において雇用者と比べ劣後する可能性もある。こうした観点から、日本においても、2018~2020年にかけて「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」にて、フリーランスの法的な位置づけ等の検討[13]が行われ、その後、2021年9月1日より、労災保険の特別加入の対象として、「自転車を使用して貨物運送事業を行う者」、「ITフリーランス」が追加された[14]。2022年12月16日に公表された「全世代型社会保障構築会議報告書」においては、「「労働者性」が認められないフリーランス・ギグワーカーに関しては、新しい類型の検討も含めて、被用者保険の適用を図ることについて、フリーランス・ ギグワーカーとして働く方々の実態や諸外国の例なども参考としつつ、引き続き、検討を深めるべきである」とされている[15]。
フリーランス・ギグワーカーも含めた働き方に中立的な社会保障制度等の構築の観点からも、引き続き、フリーランスの働き方の実態に応じた新たな働き手の類型の創設も含めた検討が急がれるべきだろう。
6.おわりに
フリーランス新法が施行されることで、これまで取引上弱い立場に置かれやすい状況であったフリーランスが、発注者と対等な立場で取引を行う環境整備に近づくと考えられる。そのため、事業者として活動するフリーランスを保護する観点からフリーランス新法が制定されたことは評価できる。フリーランスの働き方も多様化している中、働き方に応じた適切な保護を行うための制度設計に向けて、労働法制の観点からの検討も継続して実施されることが望まれる。
[1] 参議院ウェブサイト(2023/05/19最終アクセス)
[2] 参議院ウェブサイト(2023/05/19最終アクセス)
[3] 内閣官房ウェブサイト「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(2023/05/19最終アクセス)
[4] 内閣官房ウェブサイト「全世代型社会保障構築会議 報告書 ~全世代で支え合い、人口減少・超高齢社会の課題を克服する~」(2023/05/19最終アクセス)
[5] 内閣官房日本経済再生総合事務局「フリーランス実態調査結果」(2023/05/19最終アクセス)
[6] 内閣官房「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律案 (フリーランス・事業者間取引適正化等法案)の概要 (新規)」(2023/05/19最終アクセス)
[7] 「継続的業務委託」の具体的な期間については、現時点では未定であり政令で定められる期間以上とされている。(2023/05/19最終アクセス)
[8] 公正取引委員会・中小企業庁「ポイント解説 下請法」(2023/05/19最終アクセス)
[9] 公正取引委員会「下請取引における電磁的記録の提供に関する留意事項」(2023/05/19最終アクセス)
[10] 厚生労働省ウェブサイト「職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント)」(2023/05/19最終アクセス)
[11] 下請法第三条では、親事業者及び下請事業者の名称、製造委託,修理委託,情報成果物作成委託又は役務提供委託をした日、下請事業者の給付の内容、下請事業者の給付を受領する期日、下請事業者の給付を受領する場所、下請事業者の給付の内容について検査をする場合は,検査を完了する期日、下請代金の額、下請代金の支払期日等の具体的記載事項をすべて記載した書面(三条書面)を直ちに下請事業者に交付することが親事業者に対し義務付けられている。
公正取引委員会「親事業者の義務」(2023/05/19最終アクセス)
[12] 公正取引委員会「親事業者の義務」(2023/05/19最終アクセス)
[13] 厚生労働省ウェブサイト「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」(2023/05/19最終アクセス)
[14] 厚生労働省ウェブサイト「令和3年9月1日から労災保険の「特別加入」の対象が広がりました」(2023/05/19最終アクセス)
[15] 内閣官房ウェブサイト「全世代型社会保障構築会議 報告書 ~全世代で支え合い、人口減少・超高齢社会の課題を克服する~」(2023/05/19最終アクセス)
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