ミドル層採用時の情報収集・経歴詐称・ミスマッチ等への対応
KAI法律事務所 弁護士 奈良 恒則/佐藤 量大/端山 智/髙橋 顕太郎
2 中途採用者の内定・試用期間
Q15.中途採用者にも採用内定関係が認められるでしょうか。
中途採用者にも採用内定関係が認められると判断した裁判例があります。
新卒採用者にあっては、大日本印刷事件(最2小判昭54.7.20民集33巻5号582頁)以来、採用内定関係は次のように理解されています。企業からの募集に対し、労働者が応募したのは、労働契約の申込みであり、これに対する企業からの採用内定通知は申込みに対する承諾であるとして、採用内定により始期付きかつ解約権留保付きの労働契約が成立したと解し、採用内定の取り消しに一定の制限が課せられます。
これに対し、中途採用者の場合は、新卒採用者よりも採用内定関係の成否の要件ないし認定が厳しく解されているという見解もあります。
しかし、インフォミクス事件(東京地決平9.10.31労働判例726号37頁)では、前掲大日本印刷事件を引用して、中途採用者にも新卒採用者と同じ判断枠組みにより採用内定関係の成否を判断しています。
ただし、企業側が労働契約締結のために予定されている手続きを完了していたとしても、労働者が提示された労働条件に留保を付したと認められる場合には、採用内定関係が成立していないと判断されることがあります(わいわいランド事件・大阪高判平13.3.6労働判例818号73頁)。
中途採用者は前職での労働条件との比較ができることから、新卒採用者に比べて企業から提示された労働条件に留保を付す可能性が高いと言えます。したがって、採用内定関係の成立に関して争いとなった場合には、企業側としては労働者から労働条件に留保が付されていなかったかを確認しておく必要があります。
Q16.有職者に転職を勧誘しましたが、期待した人材ではなかったことから採用しませんでした。何か問題になるでしょうか。
誰を採用するか否かは、企業が自由に決定することができることが原則です。しかし、採用拒否の時期によっては、契約締結過程における信義則違反があるとして、不法行為が成立する可能性があります。
不法行為の成立が認められた裁判例として、労働者が想定していると思われる給与に比べると著しく低額である金額の給与でしか雇用できないと判断するに至ったにもかかわらず、これを労働者に告げず、労働者から給与について協議の申入れを受けるまで放置したというもの(ユタカ精工事件・大阪地判平17.9.9労働判例906号60頁)があります。また、労働者が在職中の会社に退職届を提出することを、転職を勧誘した企業が知らされており、その時点ですでに当初の印象と異なり当該労働者に対してかなり不信感を持っていたにもかかわらず、何らの対応もとらなかったというもの(かなざわ総本舗事件・東京高判昭61.10.14金融商事判例767号21頁)もあります。
不法行為の成立が認められた場合の損害賠償の内容は、(1)慰謝料のみとした裁判例(ユタカ精工事件)、(2)前職にとどまっていれば得られたであろう逸失利益とした裁判例(かなざわ総本舗事件)、および(3)転職を勧誘した企業に雇用されていれば得られたであろう逸失利益とした裁判例(前掲わいわいランド事件)の三通りがあります。
Q17.即戦力と見込んで採用する中途採用者には試用期間を設ける必要はありますか。また、試用期間を設ける場合には、どのくらいの期間を設定すればよいのでしょうか。
(1)中途採用者への試用期間の要否
前職の経験や能力から中途採用者を即戦力と見込んで採用する場合、試用期間を設けない企業もありますが、次の二つの理由から試用期間は設けるべきと考えます。
第一に、中途採用者を一定の地位(例えば、「人事部長」というように地位を特定して採用する場合)や一定の職務(例えば、「英文契約書の翻訳」というように職務内容を特定して採用する場合)の即戦力として採用する場合、当該地位や職務に応じた能力を発揮できるのかを、実際に業務を行わせる中で企業が見極める必要があるためです。
第二に、中途採用者は病気を理由に前職を退職している可能性があり、一度前職を退職したことにより回復したものの、再就職して働き始めることで再発するおそれがあるので、再発の可能性を見極める必要があるためです。特に、精神疾患の場合は、一般に再発の可能性が高いことが知られており、慎重に見極めることが必要になります。
(2)中途採用者の試用期間の長さ
一定の地位や一定の職務の即戦力として採用した中途採用者が、その職責を果たす能力を有するか否かは、当該労働者が能力を発揮するために必要十分な期間を与えたうえで判断すべきです。
仮に、能力を発揮するために必要十分な期間を与えなかった場合、能力不足を理由とする解雇は無効となる可能性があります。そのため、新卒採用者の試用期間と比べると、即戦力として採用した中途採用者の試用期間は、一般的には長めに設定することになります。
オープンタイドジャパン事件(東京地判平14.8.9労働判例836号94頁)では、事業開発部長として年俸1,300万円で雇用した者を、能力不足を理由に試用期間の途中で解雇しました。
企業側が事業開発部長の職責として当該労働者に要求していた内容は、『事業展開を考え、自らの経験、能力で営業戦略を立て、販売計画を立て営業活動を展開するという基本的かつ重要な業務遂行能力を有すること』でした。
企業側は、当該労働者の業務遂行実態について『具体的な営業戦略、営業企画書に基づく営業活動を展開することをせず、指示を受けたことや与えられた情報、方法を展開するのみであった』として、要求した事業開発部長としての職責を果たす能力を有しないと主張しました。
しかし、裁判所は、企業側が要求していた職責を果たすことを期待されていたとしても、解雇されるまでの2ヵ月弱の間にそのような職責を果たすことは困難であったというべきであり、また、その後に雇用を継続しても、当該労働者がそのような職責を果たさなかったであろうと認めることもできないとして、当該解雇を無効と判断しました。
他方で、試用期間は長すぎると労働者の立場を不安定にするので、労働者の労働能力や勤務態度等についての判断を行うのに必要な合理的範囲を越えた長期の試用期間の定めは公序良俗に反し、その限りにおいて無効となります(ブラザー工業事件・名古屋地判昭59.3.23労働判例439号64頁)。
したがって、具体的な試用期間の長さは個々の事案に応じて判断をせざるを得ませんが、概ね6ヵ月程度を目安にして、見極めが容易であればこれよりも短い期間を、反対に見極めが難しい場合や職責を果たすためにより長い期間を要する場合にはこれよりも長い期間を設定すべきです。
人事の専門メディアやシンクタンクが発表した調査・研究の中から、いま人事として知っておきたい情報をピックアップしました。