ドローン操縦士
政府も進める
「空の産業革命」を支えるスペシャリスト
ECサイトや家電量販店を訪れると、数年前にはなかったあるコーナーが目を引く。ドローンだ。手のひらに乗るくらいの手軽なものから、いかにも精密機械のようなたたずまいの本格的なものまで、豊富なラインナップがズラリと並んでいる。一時期は、首相官邸の屋上に落下するなど、人騒がせなイメージだったドローン。しかし今、ドローンは「空の産業革命」と呼ばれ、空撮のみならず、宅配やインフラ管理など、産業利用につなげる取り組みが活発になっている。空を舞う活躍の背景には、司令塔となる「ドローン操縦士」の存在がある。今後さらに需要が増すとも言われるこの職業の、実際の仕事内容はどのようなものなのだろうか。
「空撮」パイロットは飽和状態? ドローン操縦士の活動領域
ドローン操縦士と聞いて、まず思いつくのは「空撮」だろう。テレビ番組では、空撮された映像を使用することが増え、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」でもドローン操縦士の第一人者・請川博一さんが紹介されるなど、ここへきて空撮パイロットという職の認知度が高まっている。
最近では、ドローンによる美しくダイナミックな映像を目にする機会も増えている。
空撮の魅力はなんといっても、地上から見ている景色とは異なる、空からの世界を映像や写真に収められること。規制の範囲内ではあるが、高さの自由がきくので、構図取りが無限なのだ。空撮パイロットにはフォトグラファー出身者が多いが、これまでの地上撮影の常識を超える表現の自由度に、うなることも多いという。
また、意外と知られていないのが、ドローンが地上用の撮影カメラとしても優秀であること。ドローンは、空からの地上絵を撮るためのものというイメージが強い。しかし、カメラを水平に保ちブレを防ぐジンバルという機能が備わっているため、地上での歩行シーンや、危険が伴う車のタイヤなどの撮影シーンでも、なめらかな映像を撮ることができるのだ。
動画サービスが勢いを増していることと、ドローンが身近な存在になったことで、空撮に憧れて門をたたく人も増えそうだ。しかし現状では、空撮のみを専門としたドローン操縦士の需要はさほど高くない。一般社団法人ドローン操縦士協会によると、2020年までに14万人のドローン操縦士が必要とされると試算しているが、内訳を見ると、映画やテレビ、エンタメなどの空撮のジャンルは、5,000人にとどまっている。多くの人が夢見る領域だが、全体の約3.5%に過ぎない。
それでは、残りの9割超のドローン操縦士はどのような領域で活動するのだろうか。主なジャンルは以下のとおりである。
●公共インフラ(検査・点検)
これまで人力で行ってきた、老朽化した道路や橋などの検査をする作業を、徐々にドローンが点検するようになる。公共インフラに関わっている大手ゼネコンでは、すでにドローンを操縦できる人材を社内で育成している。
●農業
アグリテックという言葉もあるように、農薬散布や精密農業、害獣対策を目的としたドローンの導入に期待が高まっている。しかし、農薬を搭載することで重量を増すことや、バッテリーの関係で長時間の飛行が難しいことなど、広大な農場へドローンの恩恵を行き渡らせるには、課題も多い。
●セキュリティ
人命救助や防災・防犯などでも、ドローンは利用される。火山の噴火や地震といった大規模火災で、鉄道・道路などの陸路が寸断された場合も、インフラや建物の被害状況の調査、孤立している地域への物資輸送などに活用することができるからだ。なお、緊急時に外部の操縦士に発注することは難しいため、災害時の操縦は一般の消防士が行うことになる。
●測量
測量とは、土地の状態や位置を把握するために行われる作業。上空から撮影することで、従来よりスピーディーに進めることができる。ドローン測量のニーズは幅広く、国や地方自治体が担当する公共施設や道路はあまたあり、大手ゼネコンや建設会社がこぞって導入を進めている。
免許や資格は不要。名乗ればあなたもドローン操縦士
前述のとおり、さまざまな領域でドローンの活用が見込まれており、矢野経済研究所では、2015年のドローン世界市場規模は1兆2410億円、2020年には2兆2814億円となると予測している。
今後も間違いなく高まるであろうドローン操縦士のニーズだが、どうすればなれるのだろうか。実は、現在のところ免許や国家資格は必要ない。ドローンメーカーが定めた年齢制限はあるものの、基本的には誰でもドローンを飛行させることができる。独学、スクール、いずれの方法でも、操縦技術を身につけることはできるが、飛行場所や時間などが規制されているため、練習をするのも一苦労なのが実情だ。例えば重量200g以上のドローンは、住宅の多いエリアや夜間の飛行を禁止されている。
測量から災害支援まで、ドローンの産業分野での活用にもますます期待が高まっている。
実際の仕事の際も、さまざまな制約がつきまとう。まず忘れてはならないのが、いくら操縦や撮影技術に長けていても「ドローンは落ちる」という前提だ。ドローンに関心がある人や実際に飛ばしたことがある人はご存じだろうが、ドローンは風や雨の影響をとても受けやすい。猛禽類などの野鳥に妨害されることもある。2015年以降、ドローン墜落事故などを受けて規制も増えていることから、法令の確認や飛行場所の許可取り、電波干渉など、地上カメラマンには想像もつかない細かな苦労が絶えない。
ドローンはロボット化していき、操縦士はいずれ不要になると唱える人もいるが、上記のような予期せぬ事態に必要なのは「判断力」だ。AIはデータを蓄積することにより、パターン化することには長けているが、状況をみて選択や判断をするのは人間の仕事だ。不確実性の多いドローンに、人間の判断力は欠かせない。
「ドローンは落ちる」という危機感を持つことが求められる
さらに、ドローン操縦士に必要な素養は、「安全・法令順守」「勉強熱心」「断る勇気」があること。空を飛んでいるものは落ちる。それを意識せず、安全対策を怠り機械に任せきりになってはいけない。どれだけドローン操縦士という仕事に情熱を持っていても、ドローンが街中に落ちたり人を傷つけたりするとニュースになってしまい、個人であっても企業であっても信用がなくなる。すると、行政は規制を強化せざるをえなくなり、ドローン業界も発展しない。楽観的な人よりも心配性なくらいの性格が丁度よいかもしれない。
また、安全対策や法律以外にも電波や電池・カメラの知識など特殊な知識が必要になり、勉強熱心な姿勢が求められる。さらに、クライアントワークとなると、ドローンに関する知識の差が激しく、事前打ち合わせをしていても、無茶な依頼をされる場合も少なくない。きちんと安全を優先し、「断る勇気」も持ち合わせていなければならないだろう。
最後に給与をみると、フリーランスか、制作会社や建設会社などの企業に属するかにより、年収には開きがありそうだ。会社員の場合は、その企業の給与形態に準ずるが、フリーランスの場合、1回あたりの飛行で、数万円~20万円ほどが相場。平均年収では300~700万程度になるだろう。CMやプロモーション動画、映画などのように、映像に芸術性が求められ、一定の予算が割り当てられている案件では高単価が見込める。高単価な仕事に指名されるようになれば、年収1千万円も夢ではない。そのためには、専門性を磨きつつ経験を積み、単なる撮影者ではなく、自身の強みとドローンを掛け合わせるビジネスセンスが必要となりそうだ。
この仕事のポイント
やりがい | 空を飛んでいるような、地上からだと到底撮れない世界を表現できること。また、ドローンの活用で、さまざまな社会課題に挑むこともできる。 |
---|---|
就く方法 | 現在のところ、ドローンの操縦に免許や資格は必要ない。操縦法を習ったり、練習したりできるドローンスクールも存在している。 |
必要な適性・能力 | ドローン操縦は落下の危険性といつも隣り合わせ。ルールを守り、安全を最優先する道徳心や、腕を鈍らせないためにドローン操縦士になった後も練習に取り組む愚直さが必要になる。 |
収入 | 平均年収は300~700万円程度。専門性や知名度によっては、1000万円以上も可能だ。 |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。