派遣スタッフから派遣先の正社員へ。企業の人事部が注目する「直接雇用制度」
NPO法人「派遣労働ネットワーク」(東京・西新宿)がこのほど、派遣社員が派遣先の企業の正社員になるためのノウハウをまとめた『派遣スタッフの「正社員」登用マニュアル』を作成しました。2004年に改正された労働者派遣法では、「原則1年を超えて派遣スタッフを雇用した会社は、スタッフが希望する場合、直接雇用する義務がある」としています。しかし、こうした直接雇用の制度はあまり知られておらず、企業や派遣スタッフから、『登用マニュアル』に関する問い合わせが殺到していると言います。派遣社員から正社員という流れが今後、できるのでしょうか。
(取材・構成=「派遣労働」取材班)
あまり知られていない派遣社員の「直接雇用制度」 『登用マニュアル』に人事部から問い合わせが殺到
「大企業、中小企業、あらゆるところから問い合わせをいただいています。企業は非常に高い関心を持っていますね」
こう語るのは、派遣労働ネットワークの事務局長、関根秀一郎さんです。企業が関心を寄せているのは、同ネットワークが2005年10月に作成した約40ページの冊子『派遣スタッフの「正社員」登用マニュアル』。その存在を知らせる記事が2006年4月、朝日新聞に掲載されると、同ネットワークに注文が殺到。すでに7000部以上を刷ったと言います。
派遣スタッフ本人からの問い合わせももちろんありますが、企業の人事担当者からも熱心な問い合わせが多数寄せられているとか。派遣社員の直接雇用制度に関して、「そんな制度があるとは知らなかった」という声も、多く寄せられています。
『登用マニュアル』では、派遣スタッフが派遣先の企業で正社員になることのできる直接雇用について、事例を含めて、わかりやすく説明しています。企業、派遣スタッフの双方が、その直接雇用制度を利用したい場合、どのような手順を追って手続きしたらいいのかを詳しく示したのです。
直接雇用制度は、1999年の労働者派遣法の改正で盛り込まれて、2004年の改正でさらに強化されました。
労働者派遣法では、原則1年を超えて派遣スタッフを雇用する会社は、本人が希望する場合、そのスタッフを「直接雇用」しなければならない、と定めています。また、派遣期間の制限がない専門業務でも、3年以上働いていれば、同じ業務で正社員か契約社員の求人をする場合、その3年以上働いている人を優先しなければならない、ともしています。
関根さんによれば、こうした直接雇用は2004年に改正されるまで、企業の「努力義務」とされていたために、制度もあまり知られず、ほとんど利用されていなかったと言います。改正された派遣法では、直接雇用の条件を満たす場合、派遣先の企業が派遣労働者に対して直接雇用の申し込みをしなければならないと、企業の側により強い義務を課しています。
「派遣労働ネットワークが『登用マニュアル』を作ったのは、こうした法改正について広く知ってもらいたいからです」
そう関根さんは言います。法改正には、企業が常用雇用の代替として派遣スタッフをむやみに拡大するのを防ぐ狙いもあるのです。
派遣スタッフを正社員に登用する企業が続々と 団塊の大量定年や少子化を背景に流れが変わった
では、企業はなぜ、この直接雇用制度に注目しているのでしょうか。そこには、人事戦略の変化があると、関根さんは見ています。
1986年に労働者派遣法が施行されて以来、派遣労働者の数は急速に拡大してきました。バブル経済の崩壊後、企業は正社員を減らし、その代わりに賃金の低い非正社員を雇用することで人件費の削減を狙ったからです。その結果、パート・アルバイト・契約社員・派遣社員・業務委託(アウトソーシング)など、非正社員はすでに全国で1500万人。2005年には労働人口の全体の30%を超えています。
この10年、雇用の現場では、「正社員から非正社員へ」という流れが圧倒的だったのです。
その流れに変化が見られるようになったのは、ごく最近のことです。2006年4月、福岡の地銀の福岡銀行が派遣社員約400人を正社員として採用したり、大手流通も相次いで、パートや派遣を積極的に正社員に登用していこうと動き出したりしています。また2005年、派遣・パートから正社員に転職した女性は前年比約16%増の22万人に上りました。
「比較的人件費も安く、雇用調整しやすい人材ということで企業は派遣やパートを増やしてきましたが、景気回復に伴う人材ニーズの高まり、少子化に伴う労働力不足への危機感、それから団塊世代の定年退職といった問題によって、流れが大きく変わってきたのではないでしょうか」
関根さんはそう言います。
関根さんの派遣労働ネットワークでは例年、派遣各社と意見交換会を開いていますが、「2006年は派遣スタッフの時給アップが望めるという声が出てきた」そうです。またアルバイトに関しても、従来のような安い時給では、なかなか集まらなくなってきたと言います。
労働力人口の30%を占めるまでになった非正社員のモチベーションをいかにして上げていくか。そういった意味でも、直接雇用制度の効果は大きいのではないか、と関根さんは言います。
EU諸国では派遣社員は「正社員へのステップ」 直接雇用の利用が広がれば日本でも同じ状況に
派遣労働ネットワークでは、定期的に派遣スタッフのアンケートも実施しています。2006年アンケートの中間報告では、派遣で働く人の約6割が正社員への就職を希望しています。派遣という働き方を選んだ理由については「自分の都合のよい時間で働くことができるから」という積極的な意見もありますが、「正社員として働く会社がなかったから」という非自発的な理由が過半数を占めているのも、事実です。
先述の『登用マニュアル』では、そうした「正社員になりたい派遣スタッフ」がどうすれば正社員になれるのか、ノウハウを具体的に示しました。
「正社員になりたいという場合、まずは自分が一般業務に該当するのかどうかを確認して欲しい。専門業務であっても、専門業務以外の仕事が1割以上含まれている場合、直接雇用の対象になってくるので、細かな業務日誌をつけると良いでしょう」
と、関根さんはアドバイスしています。
『登用マニュアル』には、業務日誌の記載例も掲載してあります。すでにこのマニュアルを利用して派遣から正社員になったケースも出ているそうです。
「EU諸国では、『派遣社員は正社員へのステップ』という位置づけです。直接雇用制度を利用して派遣社員から正社員になっていく人がもっと増えていけば、今後日本でも、派遣は正社員への橋渡しの一つという認識が高まっていくのではないでしょうか」
取材は5月17日、東京・西新宿の派遣労働ネットワークほか