フレックスタイム制において、残業時間はどう計算するか
近年、多様な働き方、柔軟な働き方を求める社員が増えています。テレワークを行う従業員、顧客とアポイントを取って訪問する営業担当、子育てや家族の介護をしながら働く従業員などは、自身で始業と就業の時刻が決められるフレックスタイム制を活用するメリットが大きいでしょう。
フレックスタイム制は柔軟な働き方を代表する制度の一つですが、労働時間が長いと残業代の計算が複雑になるデメリットがあります。「フレックスタイム制だから残業代がつかない」ということはありません。勤怠管理で重要なフレックスタイム制の時間外労働の計算方法とともに、フレックスタイム制の残業に関するよくある質問について、詳しく解説します。
清算期間が1ヵ月の場合
最初に、清算期間が1ヵ月の場合、どのようにして残業時間を計算するのかを解説します。
残業時間の計算方法
フレックスタイム制は、従業員の裁量で始業・終業時間を決定できる制度です。フレックスタイム制では、法定労働時間である1日8時間・週40時間を超えて働いたとしても、時間外労働が発生するとは限りません。フレックスタイム制に時間外労働の概念がないからではなく、清算期間が終わった時点で、実労働時間(実際に働いた時間の合計)が法定労働時間の総枠を超えた分に対して時間外労働を計算し、割増賃金を支払う仕組みになっているからです。
1ヵ月の清算期間とした場合、清算期間内の総労働時間は、法定労働時間の総枠の範囲内で設定しなければなりません。
「清算期間内の総労働時間」とは、フレックスタイム制の対象となる期間中に働かなければならない時間、つまりフレックスタイム制における所定労働時間という意味です。また、「実労働時間」は実際に働いた時間の合計、「法定労働時間の総枠」はフレックスタイム制の対象期間中の労働時間が週平均40時間以内となるように計算した場合の限度時間という意味です。
清算期間が1ヵ月の場合の法定労働時間の総枠は、以下の通りです。
清算期間が1ヵ月のフレックスタイム制 | |
---|---|
清算期間の暦日数 | 法定労働時間の総枠 |
31日 | 177.1時間 |
30日 | 171.4時間 |
29日 | 165.7時間 |
28日 | 160.0時間 |
※この数字の計算式は、「1週間の法定労働時間(40時間)×清算期間の暦日数÷7日」
残業時間の計算例
実労働時間が180時間、清算期間内の総労働時間が160時間の場合
177.1時間 - 160時間 = 17.1時間(法定内残業:割増無の100%で残業代を計算)
180時間 - 177.1時間 = 2.9時間(法定外残業:割増率125%以上で残業代を計算)
2. 清算期間の暦日数が30日のケース
171.4時間 - 160時間 = 11.4時間(法定内残業:割増無の100%で残業代を計算)
180時間 - 171.4時間 = 8.6時間(法定外残業:割増率125%以上で残業代を計算)
3. 清算期間の暦日数が29日のケース
165.7時間 - 160時間 = 5.7時間(法定内残業:割増無の100%で残業代を計算)
180時間 - 165.7時間 = 14.3時間(法定外残業:割増率125%以上で残業代を計算)
4. 清算期間の暦日数が28日のケース
160時間 - 160時間 = 0時間
180時間 - 160時間 = 20時間(法定外残業:割増率125%以上で残業代を計算)
完全週休2日制である場合の例外(曜日の巡りによる矛盾)
1ヵ月の清算期間とした場合、1日の所定労働時間が8時間の完全週休2日制で、週40時間しか働いていなかったとしても、曜日の巡りで平日が23日あると、1ヵ月の総労働時間は184時間となり、法定労働時間の総枠を超えてしまうことがあります。この場合、1日8時間・週40時間の法定労働時間を守っているにもかかわらず、フレックスタイム制を導入しているために時間外労働が発生するという矛盾が生じてしまいます。
このケースでは、「完全週休2日制」である場合の例外として、184時間など法定労働時間の総枠を超える労働時間となっても、時間外労働に対する割増賃金の支払いは不要です。ただし、「清算期間内の所定労働日数×8時間を総労働時間の限度とする」などと、労使協定に定めることが必要です。1ヵ月の清算期間ではよくあるケースなので、覚えておくとよいでしょう。
年次有給休暇を取得している場合
フレックスタイム制の労使協定には、年次有給休暇を取得したときに支払う賃金を計算するために「標準となる1日の労働時間」を定める必要があります。「標準となる1日の労働時間」は、清算期間の総労働時間をその期間内の所定労働日数で割った時間を基準とします。
従業員が有給休暇を1日取得した場合、「標準となる1日の労働時間」を1日分労働したこととして取り扱うことになりますが、割増賃金は実労働時間で法定労働時間の総枠を超えた時間に対して発生するため、残業代の計算が複雑になります。清算期間の暦日数が28日のケースで実働180時間働き、有給休暇を1日取得した場合、以下のように計算します。
清算期間における総労働時間:160時間(うち8時間は有給休暇)
法定労働時間の総枠:160時間
標準となる1日の労働時間:8時間
実労働時間:180時間
①1ヵ月分の通常の賃金を計算する際には、有給休暇を働いたものとして計算する
152時間 + 8時間 = 160時間
②有給休暇の時間分は実労働時間に含めないため、8時間は法定内残業と同じ扱いで賃金を計算する
160時間 + 8時間 = 168時間(有給休暇の時間分となる8時間についても割増無の100%で残業代を計算)
③法定外残業を計算する際には、有給休暇の時間分は割増の対象外となる
180時間 - 168時間 = 12時間(法定外残業:割増率125%以上で残業代を計算)
時間外労働の対象となる時間は実労働時間で計算するため、有給休暇の時間分は法定外残業の時間から控除しなければなりません。このケースで賃金を計算する際は、160時間分が1ヵ月分の賃金となり、8時間分を法定内残業と同じく1倍(割増率なし)で計算し、12時間分を時間外労働として1.25倍で計算します。
清算期間が1ヵ月を超える場合(2ヵ月・3ヵ月)
2019年4月から、清算期間が1ヵ月を超えるフレックスタイム制の取り扱いが可能になりました。清算期間を2ヵ月や3ヵ月に設定することが可能ですが、残業代の計算はさらに複雑化します。
残業時間の計算方法
フレックスタイム制の清算期間が1ヵ月を超える場合、以下の二つのどちらか一方でも当てはまる時間を、時間外労働としてカウントする必要があります。
1.週平均50時間超となる労働時間数(1ヵ月ごとに計算)
2.清算期間全体の法定労働時間の総枠を超過した労働時間数(1でカウントした時間は対象外)
- 1ヵ月を超える清算期間の法定労働時間の総枠を確認する
- 各月の週平均50時間超となる労働時間数を集計する
- 最終月以外の週平均50時間超となる時間数(A)と最終月の週平均50時間超となる時間数(B)の合計を集計する(C)
- 清算期間の実労働時間から(C)を引いた時間数を計算し、その時間数が清算期間の総労働時間を超過していないか確認・集計する(D)
- 最終月は、(B)+(D)の合計時間が時間外労働となる
なお、フレックスタイム制の清算期間は3ヵ月が上限です。2ヵ月・3ヵ月法定労働時間の総枠は以下の通りです。
清算期間が2ヵ月のフレックスタイム制 | 清算期間が3ヵ月のフレックスタイム制 | ||
---|---|---|---|
清算期間の暦日数 | 法定労働時間の総枠 | 清算期間の暦日数 | 法定労働時間の総枠 |
62日 | 354.2時間 | 92日 | 525.7時間 |
61日 | 348.5時間 | 91日 | 520.0時間 |
60日 | 342.8時間 | 90日 | 514.2時間 |
59日 | 337.1時間 | 89日 | 508.5時間 |
※計算式は、「1週間の法定労働時間(40時間)×清算期間の暦日数÷7日」
労働時間が週平均40時間を超えないようにするには、清算期間全体の総労働時間を法定労働時間の総枠の範囲内にする必要があります。さらに、清算期間が1ヵ月を超えるフレックスタイム制では、1ヵ月ごとの労働時間は、週平均50時間を超えることができません。
そのため、時間外労働の時間数は、週平均50時間超となる労働時間、清算期間における総労働時間が法定労働時間の総枠を超えた時間と、2段階に分けて計算する必要があります。
月60時間を超える時間外労働の割増率はより多くなる
月60時間を超える時間外労働の割増率は50%以上の率で計算する必要があります。清算期間が1ヵ月を超えるフレックスタイム制の場合、以下のそれぞれの時間が時間外労働となるため、(1)と(2)で計算した各月の時間外労働の時間数が60時間を超えると、50%以上の割増賃金率が適用されるます。最終月については、(1)と(2)の時間外労働の合計で60時間を超えるかどうかを計算する必要があるため、注意が必要です。
(2)清算期間における実労働時間が法定労働時間の総枠を超えた労働時間数((1)で計算した時間は除きます)
固定残業代を導入している場合
固定残業代は、一定時間分の時間外労働、休日労働、深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金です。フレックスタイム制においても、清算期間における実労働時間が法定労働時間の総枠を超えた時間数やそれぞれの月の週平均50時間超となる労働時間数を、固定残業代の対象にできます。固定残業代は、以下を明確に区分し、就業規則に定めることで導入が可能となります。
(2)固定残業代の対象となる労働時間数と金額の計算方法
(3)固定残業時間を超える時間外労働、休日労働、深夜労働があった場合には割増賃金を追加で支払う旨の記載
フレックスタイム制の残業に関するよくある質問
1日の労働時間がとても長くなった日があっても、それだけでは残業とならないか
フレックスタイム制は労働者に始業・終業の時刻を委ねることになるため、極端な場合、1日23時間働いても、清算期間における総労働時間の範囲内であれば残業には該当しません。また、36協定においても、1日の法定労働時間数を超える時間数を定める必要はありません。
しかし、使用者には労働時間を把握する義務があります。また健康配慮義務の点から、そのような働き方を放置していると、使用者としての責任を追及される可能性があります。労働者の健康上問題が生じればトラブルに発展する可能性があるので、注意が必要です。
36協定に定めた1ヵ月や1年の法定労働時間数を超えられないことは、フレックスタイム制でも同じです。なお、深夜労働があれば、時間外労働とは別にカウントする必要があるので、深夜労働に対する割増賃金は当然発生します。
1週間の労働時間がとても長くなった週があっても、それだけでは残業とならないか
フレックスタイム制が1ヵ月以内の期間のものであれば、ある1週間の労働時間が極端に長くなったとしても、清算期間における総労働時間の範囲であれば残業とはなりません。ただし、1ヵ月を超える期間のフレックスタイム制の場合は、それぞれの月の週平均50時間超となる労働時間は時間外労働となり、時間外労働に対する割増賃金を支払わなければなりません。
1ヵ月未満を清算期間として、残業を細かく計算することは可能か
原則としては、1ヵ月未満の清算期間を設定することは可能です。ただし、1週間や2週間などといった清算期間のフレックスタイム制を導入している企業は少ないという調査結果(※)もあります。時間外労働の計算において事務が煩雑となるため、特段の理由がない限り、控えたほうがよいでしょう。
残業を相殺するという考え方はできるか
労働者の働き方にもよりますが、フレックスタイム制は、ある日多く働いて、次の日は労働時間を少なくするといった働き方を想定している制度でもあります。柔軟な働き方がフレックスタイム制の基本的な概念であるため、「相殺」と考えることもできるでしょう。
「フレックスタイム制を導入してから、残業代が減った(その結果、全体の給与が下がった)」という声があった。この状態となるのは、労働条件の不利益変更に該当するか
原則として、フレックスタイム制に限らず、単に残業時間が減少しただけでは、労働条件の不利益変更に該当しません。ただし、フレックスタイム制導入に伴い総労働時間が減少し、基本給や手当が減少するようなことがあれば、不利益変更に該当するケースもあり得ます。また、固定残業代は一定期間分の残業代を残業時間が少なかったとしても減額せずに支払うための手当であり、固定残業代を減らすことは、労働条件の不利益変更に該当する可能性があります。
フレックスタイム制は始業・終業の時刻を労働者に委ねることになるため、労働時間の管理ができず、かえって残業時間が増加する例もあります。労働時間の管理・把握の責務がなくなるわけではないので、個々の従業員の労働時間の管理には十分に注意する必要があります。
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お世話になります。
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