育児休業期間中、従業員が副業をする場合の注意点
近年、会社員を本業としつつも、副業をする人が増えています。副業を認める方向で議論されることが多い現在の社会情勢もあって、自社で働いている社員が副業を申し出てくるケースも多いのではないでしょうか。
「収入を増やしたい」「将来、起業を目指したい」など、副業をする従業員の目的はさまざまです。副業の形態も、「他社でアルバイトをする」「自ら事業を行う」「家業を手伝う」など多岐に及びます。
自社で副業を認めるにしても、ケースによっては迷うこともあるでしょう。その代表例が、「育児休業中の副業」です。育児休業期間中に従業員が副業をしてもよいのか、そして、従業員が副業をした場合に、社会保険料の計算や育児休業給付金の申請手続きに影響が出るのかについて解説します。
育児休業期間中に副業をすることはできる?
自社で主に働いている従業員が副業を申し出てきた場合、企業は副業を許可してもいいのでしょうか。最初に、育児休業期間中の副業を許可すべきかについて確認します。
そもそも副業・兼業を認めないことができるのか
副業をする人が増えているといっても、従業員が副業・兼業をすることによって、長時間労働や従業員の健康状態に問題が発生したり、企業の名誉や利益を害する行為があったりしてはいけません。育児休業は幼い子どもを養育するための休業であり、育児休業期間中に本業と同程度の働き方をすることは、本来の育児休業の趣旨からはずれることになります。
しかし、育児休業期間中の副業が法令で禁止されているわけではなく、許可するかどうかは、基本的には企業ごとの判断によって異なるのが現状です。
厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では、副業・兼業は認める方向で検討することを求めています。副業・兼業を認めるかどうかは企業ごとの判断に委ねられていますが、厚生労働省が作成したモデル就業規則では、従業員が副業・兼業をすることを可能としています。
副業・兼業を禁止したり、制限を設けたりする場合には、就業規則などの規定であらかじめ定めておく必要があります。しかし、従業員が就業時間以外の時間をどのように過ごすかは自由です。副業・兼業の制限が認められるケースは、以下のようなケースに限定されることにも留意しなければなりません。
(2)企業秘密が漏えいする場合
(3)会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
(4)競業により、企業の利益を害する場合
育児休業はそもそも育児を目的とした休業であり、副業・兼業に一定の制限を設けることは可能でしょう。しかし、育児休業期間中の副業が法令で禁止されているわけではないため、すべての副業・兼業を禁止することは困難といえます。企業が副業を認めるのであれば、従業員が副業をすることで得られるメリットを活かして、副業・兼業が行える職場環境を整備することが大切です。
副業・兼業のメリット
多くの企業が副業・兼業に制限を設けていることからわかるように、企業機密の漏えいや従業員の健康維持などの観点から、副業・兼業に一定のリスクがあるのは事実でしょう。しかし、副業・兼業は、企業と子育てをする従業員の双方にメリットがあり、悪いことばかりではありません。従業員が副業・兼業をする場合のメリットには、以下のことが考えられます。
【従業員のメリット】
- 勤務先では身につけることができない新たなスキルや経験を得ることができ、従業員のキャリア形成につながる
- 自宅で行う副業は、子育てをしつつも自分のペースで無理をせずに行うことが可能であり、収入の増加にもつながる
- 子育てをしながら、社会とのつながりも維持することができる
【企業のメリット】
- 社内で得られない知識と経験により、従業員のスキルアップを図ることができる
- 従業員の自主性・自立性を育てることができる
- 従業員が社外の新たな人脈・情報を取り入れることで、事業機会の拡大・職場の活性化・競争力の向上につながる
特に育児休業中の従業員は、社会とのつながりや職場復帰の機会が絶たれることに不安を感じるものです。優秀な人材の確保や流出防止のためには、副業・兼業のメリットを活かしつつ、育児休業をする従業員がスムーズに職場へ復帰できる環境を整えることが重要です。
副業をした場合の社会保険料はどうなるか
育児休業期間中は、企業と従業員本人の双方で、健康保険と厚生年金保険の保険料免除を受けられます。育児休業期間中は勤務が免除されることから、多くの場合無給の取り扱いとなり、雇用保険の保険料も発生しません。
それでは、育児休業期間中に副業をした場合は、健康保険、厚生年金保険、雇用保険の保険料に影響はあるのでしょうか。それぞれの保険料への影響について解説します。
副業でも健康保険や厚生年金保険に加入するケースがある
最初に確認しておきたいのが、健康保険や厚生年金保険の被保険者となる要件です。健康保険・厚生年金保険の加入要件を確認した上で、副業をしたときの注意点について見ていきます。
1.健康保険や厚生年金保険の加入条件を確認
法人の事業所や、農林・水産・畜産業やサービス業の一部を除く5人以上の個人の事業所は、強制適用事業所と呼ばれ、健康保険・厚生年金保険の加入義務がある事業所となります。強制適用事業所の条件に該当していなくても、従業員の半数以上の同意を得て、厚生労働大臣の認可を受ければ、適用事業所となることが可能です(任意適用事業所)。
健康保険・厚生年金保険の適用がある適用事業所に勤務する以下の従業員は、雇用期間が2ヵ月以内など一定の条件に該当する場合を除き、健康保険・厚生年金保険の被保険者になります。被保険者となる場合、厚生年金保険は70歳になるまで、健康保険は後期高齢者医療の被保険者となる75歳になるまで加入するのが一般的です。
- 法人の代表者・役員
- 正社員(試用期間も含む)
- フルタイムで勤務するなど常時雇用されるパート・アルバイト
- 「1週間の所定労働時間」と「1ヵ月所定労働日数」の両方が、同じ事業所で勤務する正社員など通常の労働者の「4分の3以上」となるパート・アルバイト
また、「1週間の所定労働時間」と「1ヵ月所定労働日数」の両方が通常の労働者の「4分の3未満」となるパート・アルバイトであっても、厚生年金保険の被保険者数が常時101人以上となる特定適用事業所などに勤務する場合、以下の要件に該当すると被保険者となります。
- 週の所定労働時間20時間以上
- 賃金月額8.8万円以上
- 昼間学生ではない
2.副業をしたときの注意点
育児休業期間中に、もともと働いていた企業とは異なる企業で働いた場合の注意点について解説します。
副業でパート・アルバイト勤務をした場合
パート・アルバイトで働いたとしても、「4分の3以上」となる要件を満たさない場合や、特例適用事業場であっても週20時間以上働かない場合など、健康保険・厚生年金保険の加入要件に該当するほど働かなければ、健康保険・厚生年金保険に加入することはありません。しかし、パートやアルバイトでも、加入条件を満たせば健康保険・厚生年金保険に加入しなければならなくなるケースがあるため、注意が必要です。
副業で法人を設立した場合
副業を自営業やフリーランスのように個人で働く場合には、健康保険・厚生年金保険の加入についての問題は生じません。自営業やフリーランスとして個人で事業を行う場合には健康保険・厚生年金保険の加入義務はなく、もともと働いていた企業でのみ加入することになります。しかし、副業で法人を設立した場合には、法人役員として健康保険・厚生年金保険に加入するのが原則です。
3.副業でも健康保険や厚生年金保険の保険料が発生するケースがある
同時に2ヵ所以上の会社に勤務してそれぞれの会社で加入義務を満たすほど働くと、従業員はメインで働く会社を選択して、「健康保険・厚生年金保険被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を年金事務所に提出しなければなりません。この場合、それぞれ働いている企業から受け取った給与によるそれぞれの報酬月額の合計によって標準報酬月額が決定します。保険料は、決定した標準報酬月額による保険料額を、それぞれの企業の報酬月額により按分した金額で支払う仕組みになっています。
育児休業期間中には健康保険・厚生年金保険の保険料が免除されるようになっており、保険料免除の手続きは、企業が「育児休業等取得者申出書」を提出することによって行います。保険料免除が受けられる期間は、育児・介護休業法に基づく以下の育児休業の期間です。
- 1歳に満たない子どもの育児休業
- 1歳から1歳6ヵ月、1歳6ヵ月から2歳に達するまでの子どもの育児休業
- 1歳から3歳に達するまでの子どもの育児休業の制度に準ずる措置による休業
- 産後パパ育休(出生時育児休業)
育児休業期間中の保険料免除の制度は、休業期間中の就業をそもそも想定していません。育児休業期間における報酬の有無についての明確なルールはありませんが、保険料免除の適用は、育児・介護休業法に基づく育児休業の判断に準じて取り扱われます。育児・介護休業法における育児休業の趣旨から考えると、子どもを養育しない期間にもともと働いていた企業で臨時的・一時的に働くことは可能ですが、定期的・恒常的に働く場合は育児休業中であると認められず、保険料の免除が認められない可能性があります。
企業が育児休業を認めて「育児休業等取得者申出書」を提出していたとしても、副業をする企業で健康保険・厚生年金保険に加入するほど働けば、育児休業の本来の趣旨と矛盾が生じます。また、副業で健康保険・厚生年金保険の加入要件に該当しない働き方をする場合も、定期的・恒常的に働いていれば育児休業をしていると認められず、健康保険や厚生年金保険の保険料が発生する可能性があるため注意が必要です。
雇用保険はメインで働く企業でしか加入しない
雇用保険は、生計を維持するためにメインで働く会社でしか加入できない仕組みになっています。複数の会社で働いていたとしても1社でしか加入できないため、雇用保険料が副業先では発生することはなく、副業をしても保険料に影響がありません。
自営業やフリーランスとして個人で働く場合は、個人事業主となります。したがって、労働者に該当しないため、雇用保険には加入できません。また、法人を設立した場合も、代表者や役員は雇用保険に加入することはできないため、雇用保険料への影響はありません。
育児休業期間中に副業をする場合は、働き方に注意
育児休業期間中は健康保険・厚生年金保険の保険料の免除が受けられますが、被保険者であることには変わりません。したがって、副業として他社で社会保険に加入するほどの働き方をすれば、健康保険・厚生年金保険の保険料に影響する可能性があります。
育児休業の目的はそもそも子どもを養育することにあります。休業期間に副業をすることは、育児休業の目的に支障をきたしかねません。休業中の従業員の勤務形態や勤務時間を把握することは容易ではなく、個人で短時間、臨時的・一時的に働く程度であれば影響がないといっても、育児休業期間中に従業員が副業をする場合には、働き方にも注意を払う必要があります。
育児休業中の従業員は、企業から離れることで職場復帰に不安を感じることが多くあります。企業の担当者は、育児休業中の従業員と定期的にコミュニケーションを取り、会社の情報を定期的に伝えることで、職場復帰への不安を取り除くことが重要です。育児休業期間中の従業員が無理をして副業をしていないかなどにも目を配り、状況把握に努めることが大事です。
副業をした場合の育児休業給付金はどうなるか
従業員が育児休業を取得したとき、育児休業給付金の申請を代行するケースは多いでしょう。従業員が育児休業期間中に副業をした場合、育児休業給付金への影響はあるのでしょうか。
育児休業給付金が受給できる要件を確認
育児休業給付は雇用保険の被保険者が育児休業を取得した際、育児休業期間中の賃金が減少した場合に支給されます。受給要件を整理すると以下のようになります。
- 1歳未満の子どもの養育をする育児休業を取得した被保険者である
- 育児休業開始前の2年間に賃金支払基礎日数が11日以上(ない場合は就業時間数が80時間以上の月)ある月が12ヵ月以上ある
- 育児休業開始日から起算した1ヵ月ごとに区分した期間(1支給単位期間)の就業日数が10日以下(または就業時間数が80時間以下)である
育児休業前に一定程度雇用保険に加入していた期間がある従業員が、育児休業を取得して休んでいる場合に支給されるのが、育児休業給付金です。育児休業や病気やケガにより賃金の支払いを受けられなかった期間がある場合には、受給要件が緩和される措置もあります。
育児休業給付金を受給中に自社以外で副業をした場合は?
育児休業は子どもの養育のための制度であり、休業中に就労することはそもそも想定されていません。例外的に、労使の話し合いなどによって、もともと働いていた企業で一時的・臨時的に働くことは可能ですが、働くとしても子どもの養育をする必要がない期間に限られます。
育児休業給付金は、育児休業期間中に雇用している企業から賃金が支払われると、支払われた金額に応じて減額される仕組みになっています。ただし、この減額措置が適用されるのは、雇用保険の被保険者を雇用している企業、つまり、もともと働いていた企業です。自社以外の企業で一時的・臨時的に副業していたとしても、育児休業給付金が減額されることはありません。
一方、育児休業給付金の支給要件には、「1支給単位期間の就業日数が10日以下(または就業時間数が80時間以下)」という要件があります。ここでいう就労日数や時間数には、育児休業を取得している企業以外の就労、つまり、副業により働いた就労日数や時間数もカウントされます。育児休業給付金の申請書には「就業日数」や「就業時間数」を記載する欄があるので、副業により働いた日数や時間数も正しく記載して、申告しなければなりません。
副業で働く日数や時間数が多い場合、育児休業給付金の受給要件から外れて、受給できなくなる可能性があるため、注意が必要です。また、毎週特定の曜日に勤務したり、一定の時間数決まって働いていたりすると、恒常的・定期的に就労したとみなされ、育児休業をしていると認められないことがあります。育児休業給付金が支給されない可能性があるので、注意が必要です。
育児休業中の副業は、労働時間の管理や社会保険の扱いに注意
育児休業期間中の副業は法的に禁止されているわけではなく、一時的・臨時的に働くことが可能です。短い時間、臨時的に働く程度であれば問題ありませんが、定期的に働くとなると社会保険料や育児休業給付金の受給に影響を与える可能性があります。
育児休業は、育児のために取得できる法律に定められた制度であり、取得時には、本人の意向を確認するとともに、制度内容や目的、注意点を従業員によく理解してもらうことが大切です。
社会保険料の免除、育児休業給付金支給要件などについて従業員に案内する際には、副業した場合の注意点もよく説明しておく必要があります。そのためには、企業の担当者が育児休業に関連する制度についてよく理解していることが重要です。
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