20年ぶりの大刷新。「生産性」と「エンゲージメント」を向上させる、森永製菓の人事制度改正
森永製菓株式会社 人事部 人事企画グループ マネジャー
千早 正範さん

働く人の価値観の多様化や労働市場の流動化が進む中、企業はどのように人材のポテンシャルを引き出すべきでしょうか。森永製菓株式会社は2025年4月、約20年ぶりとなる大規模な人事制度改正を実施しました。人事部門が掲げる「組織としての生産性」と「従業員エンゲージメント」の向上を目的とした新制度には、若手・中堅の早期抜てき、職務記述書の導入、専門性を評価する等級の新設、役職定年の廃止など、多岐にわたる施策が盛り込まれています。多様な人材が自律的にキャリアを描き、全員が活躍できる組織をどのように構築しているのでしょうか。同社 人事部 人事企画グループ マネジャーの千早正範さんにお話をうかがいました。

- 千早 正範さん
- 森永製菓株式会社 人事部 人事企画グループ マネジャー
ちはや・まさのり/2003年 森永製菓株式会社入社、主に冷菓(アイスクリーム)の営業や需給計画、物流企画などの業務に従事。2021年 人事部 人材開発グループへ異動し、従業員のキャリア自律推進などを担当。2024年からは同・人事企画グループへ異動し、人事制度設計や健康経営の推進、労使対応などを担う。また、2022年に新設された社内キャリア相談室(人事部が運営)の相談員も務める。
20年ぶりの刷新に踏み切った背景と、人事部が掲げる二つの目的
2025年4月に大幅な人事制度改正を行うことになった経緯や目的をお聞かせください。
今回の制度改定には、大きく分けて二つの理由があります。一つ目は、当社を取り巻く社内外の環境変化への対応。二つ目は、従来の制度におけるいくつかの課題への対処です。これらを実現していくことが出発点となりました。
当社グループは「2030ビジョン」として、「森永製菓グループは、2030年にウェルネスカンパニーへ生まれ変わります」と定めており、その実現のために、ダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)を推進しています。制度改定によって、D&Iの取り組みをより強固なものにしていきたいという考えがありました。加えて、2030年の経営計画をはじめとする経営戦略と、人事制度をしっかりと連動させることも強く意識しました。
環境変化という言葉がありましたが、具体的にどのような変化が大きかったのでしょうか。
環境変化に関しては、競争の激化はもちろんのこと、国際情勢の不安定化や地政学的リスク、原材料価格やエネルギー価格の高騰などが挙げられます。また、当社は米国やアジアを中心にグローバル化を推進しており、デジタル化やサステナビリティへの対応も急務となっています。さらに、全社として人的資本経営を推進していくという方針も明確に打ち出しており、ビジネスを取り巻く状況の激しい変化が一つの大きな要因です。
労働市場の変化も無視できません。終身雇用や年功序列といった従来の日本型雇用システムにゆがみが生じており、雇用の流動化や人手不足、採用における売り手市場化が進行しています。働く側、すなわち労働者の価値観の多様化も進んでいます。「人生100年時代」と言われる中でキャリア自律の動きが加速しており、働き手の変化をしっかりと捉えた制度にする必要がありました。
こうした認識をもとに、経営層、労働組合、そして従業員を含むさまざまなレイヤーで議論と検討を重ねた結果、基盤となる人事制度にいくつかの課題があり、刷新する必要性があるとの結論に至りました。
人事部としては、どのような方向性で今回の改正に臨まれたのでしょうか。
人事部では、中長期的に実現すべき最終的なゴール、すなわち目的を常に持って活動しています。一つは、組織としての生産性を高めていくこと。もう一つは、従業員のエンゲージメントを高めていくことです。この二つを常に念頭に置いています。今回の方針と整合させる中で、全部で11個の改正テーマを設定し、それらを軸にしながら作業を進めてきました。
最も重要なのは、すべての改正項目が生産性とエンゲージメントにしっかりと効く内容になっているか、という点です。部分的なマイナーチェンジは数年前にも行っていましたが、ここまで大きな骨組みが変わる枠組みでの改正は2004年以来、約20年ぶりの決断となります
若手・中堅の早期登用を促す「号俸制度」と、管理職における「能力給洗い替え」の導入
具体的な改正の内容についてうかがいます。まず、「若手・中堅の管理職昇格年数の短縮」について、その内容と狙いを教えてください。
意欲と能力を持つ若手・中堅が、年齢という制約に過度にとらわれることなく、高い視座を持ちながら果敢にチャレンジしてほしいという思いから導入しました。新しいタスクや課題に積極的に挑戦する姿勢を尊重し、応援したいという姿勢を込めた改正です。内容としては、管理職への昇格に要する年数を最短で3年間短縮可能とする、というものです。
組合員の各等級において、毎年最上位クラスの評価を取り続ける必要があるため、レベルとしては非常にハードルが高い設計です。しかし、この基準に該当するレベルのハイパフォーマーがいる場合は、年齢にかかわらず引き上げていく道筋を作りました。従来は最短でも37歳での管理職昇格が一般的でしたが、新制度では3年間短縮され、最速で34歳の管理職が誕生する計算となります。
社内からは、3年の短縮というドラスティックな変更に対して、会社が変わろうとしている姿勢をポジティブに受け止める声が多く上がっています。一方で、労働市場全体を見渡すと、さらに早い段階から管理職に登用する企業もあるため、「まだ34歳なのか」という意見もゼロではありません。さまざまな声が聞かれますが、当社としてはまず3年の短縮という判断を下し、能力と意欲の資質がある人材に早いうちから重責を担ってもらう運用を開始しました。
制度がスタートして間もないため、実際に34歳の管理職が誕生するのはこれからですが、先々に向けた準備を進めるとともに、組合員層の報酬体系には今回から「号俸制度」を新たに敷きました。
新制度における初めての号の上昇がスタートする時期を迎えており、組合員には仕組みを丁寧に伝えています。これまでは、毎年の昇給は行われていたものの、自身の現在地がどこにあるのかがなかなか分かりづらいという声が寄せられていました。号俸制度の導入によって自身の立ち位置が明確に可視化されるため、成長へのステップとしてモチベーションにつなげてほしいと考えています。
管理職層における賃金や評価の仕組みについても、ドラスティックな変更があったそうですね。
管理職の賃金制度は、抜本的な見直しを行いました。これまでは、その等級への在籍年数に比例して、昇給金額が積み上がっていきやすい方式を採用しており、年功的な要素が一部に残る仕組みでした。新制度では、前年度のパフォーマンス、すなわち成果創出や能力発揮のスコアによって、毎年能力給を完全に洗い替える仕組みへと移行しました。
年齢や管理職としての在籍年数にかかわらず、若い管理職でも高い成果を出せば相対的に高い能力給を得ることができます。一方で、管理職歴が長い従業員でも、毎年の評価によっては能力給が下がるケースも発生します。成果へのコミットメントを引き出すために、一定の厳しさを内包した設計にしている点が管理職向け制度の特徴です。
250のキーポジションを開示する「職務記述書」と、個人の意志を引き出す対話の仕組み
透明性の向上や、職務の明確化という点についてうかがえますでしょうか。
管理職の基本給は、先ほどの「能力給」と、ポジションごとに定まる「職務給」の組み合わせで決定します。職務給については、職務等級を1から9まで設定し、それぞれに本部長や部長、マネジャーといった具体的な職位を定義しています。
従来は一部が不透明になっていたポジションごとの職位や給与テーブルを公開し、全社的に見えるように変更しました。若い従業員も含めて、社内でどのようなキャリアを描いていけるのか、目指すべきポジションの報酬も含めてオープンにしています。自身のモチベーション向上や目標設定の数字として役立ててほしいという狙いがあります。
さらに、職務の見える化とキャリア自律との連動を目的に、「職務記述書(ジョブディスクリプション)」を導入しました。 現在、マネジャー以上のポジションを中心に、全社で250ほどのキーポジションについて職務記述書が存在します。年に2回、実際にそのポジションを担っている職位者自身が内容を検討し、記載内容の修正や変更がないかをチェックした上で、全社のイントラネットで公開します。
職務記述書には、その仕事に必要な経験やスキルだけでなく、社内外でどのような人たちと関わりながら業務を進めるのかといった関係性まで細かく明文化しています。若手・中堅が、将来自分が希望するポジションに就くために何が求められているのかを把握し、自己啓発や研修の計画にリンクさせて有効活用してもらうことを期待しています。2025年度からの運用スタートとなりますが、着実に定着し、認知が広がりつつあると捉えています。
開示された職務記述書を、実際のキャリア開発においてどのように活用していく仕組みになっているのでしょうか。
毎年10月に実施する「キャリアデザイン面談」において、上司と部下の対話の中で記述書をうまく活用してもらうようにしています。
キャリアデザイン面談は、日常の業務タスクから一度離れ、1on1の形で最大1時間をかけて実施することを推奨しています。事前にかなり細かい「面談シート」に従って自身の将来の希望や次に行きたい部署などを記載してもらい、それを基に上司と対話を行います。
単に次の異動希望を聞くだけでなく、中長期的な視点に立って「10年後にどうありたいか」というビジョンや、本人の強み・弱み、さらには内面の根源にある「価値観」にまで踏み込んで対話を行うアプローチを推奨しています。業務を離れて自分を振り返る時間は、従業員にとって非常に重要であり、エンゲージメント向上に最も直結する機会であると考えています。
従業員が自らキャリアを考え、選択していくため、どのような教育や自己啓発の支援を行っていますか。
当社では「プロティアン・キャリア(変幻自在なキャリア)」という考え方をキャリア形成の基盤として取り入れています 。この思想に沿って、キャリア相談室の設置などさまざまな施策を展開し、ブラッシュアップを重ねています。
研修制度としては、上司向けに部下のキャリアを支援する技術を磨く「キャリア支援力強化ワークショップ」を実施しているほか、30代の従業員を対象とした「キャリア対話ワークショップ」も実施しました。
30代向けのワークショップは、キャリアコンサルタントの資格を持つ人事メンバーがファシリテーターとなり、4、5人ずつ車座になって実施します。個人の強みを互いにフィードバックし合ったり、自身のキャリアビジョンを言葉にしたりしながら他者から応援してもらう、自己理解を深めるための1時間ほどのセッションです
主体的な学びを促す仕組みについても教えてください。
年に3回、会社が費用を一部補助する形で通信教育を提供しており、希望者は全員受講が可能です。メニューを並べるだけでなく、当社が定めている「能力定義」の要素と研修プログラムをしっかりとリンクさせています。会社から指示されて行く研修ではなく、自身の能力課題とひもづけた上で「自分で考えて自分で選ぶ」という手挙げ式のキーワードを重視しています。
受講終了後にはレポートを提出してもらいますが、その中に書かれた意欲的な学びの気づきやおすすめコメントを、他の従業員もイントラネットで閲覧できるようにしています。同じ会社の仲間がどのように学び、何を得たのかを共有することで、次に受講を検討している従業員の背中をそっと押してあげるような施策を打っています。

マネジメントに依存しない「専門性」の評価と、56歳役職定年廃止によるシニア層の全員活躍
職務等級の中に「専門性」を評価する新たな軸が新設されたとうかがいました。その狙いについて詳しくお聞かせください。
従来の職務等級制度は、部長やマネジャーといった「部下を持つマネジメントのポジション」が主流であり、評価の焦点もそちらに当たっていました。新制度においては「専門」という軸を明確に設定し、四つの新しい等級を設けました。
最高峰の等級として本部長クラスの処遇に相当する「フェロー」を設定し、その下に部長級相当の「シニアエキスパート」、マネジャー級相当の「ミドルエキスパート」、そして「エキスパート」という4段階の専門職等級を定義し、職位との比較を明確に規定しました。
R&D(研究開発)部門はもちろんのこと、DX、法務、経理財務、あるいは人事といった本社の機能部門も含めて、高い専門性が求められる領域があります。従来のマネジメント寄りのキャリアパスとは異なる、自身の専門性を究めて会社に貢献したいと志向する従業員に対して、明確なキャリアパスを提示できたと考えています。
専門職等級の導入に対する、現場の反応や手応えはいかがでしょうか。
多くの部署からポジティブな声が寄せられています。専門領域でキャリアを歩んでいこうとする従業員から「自分の進むべき道が見えた」という意見をもらうなど、非常に良い手応えを感じています。
高い専門性を持つ人材が相応の報酬を得られるポジションを増やした上で、明確にしたことが、会社としての強いメッセージとなり、専門性を高めていきたいという従業員の成長意欲も後押ししていると認識しています。
シニア層の活躍推進という観点から実施された、「56歳での役職定年の完全廃止」という施策についても、内容と背景を教えてください。
最大の目的は、年齢にとらわれることなく「全員が活躍できる」組織を作ることです。これまでは、56歳に達した段階で役職定年となり、副参事や主査といった別の役職定年者向けの等級へと移行する仕組みでした。その際、基本給に対して一律の減額措置が取られていましたが、今回の改正で役職定年の仕組みを完全に廃止しました。
基本的に全員が定年の60歳まで、元の能力等級のまま維持されます。能力給の減額措置がなくなったため、この年齢層における多くの方が改正前と比較して報酬増となりました。一度下がった処遇が元に戻ることで、高いモチベーションを持って業務に臨めていると捉えています。
社内のボリュームゾーンであるシニア層の活性化は、多くの企業にとって喫緊の課題となっています。
当社にも50代のミドルシニアが多く、この層の活躍がなければ会社が立ち行かなくなるという強い危機感を持っています。そのため、数年前から50代向けのキャリア研修などを地道に実施してきました。そうした下地を作った上での役職定年廃止だったので、現場には非常にポジティブに受け止められています。
また、60歳以降の定年後再雇用(シニア等級)についても見直しました。能力給と職務給の組み合わせという構造は維持しつつ、シニア再雇用者に対しては全員に五つの「ジョブグレード」のいずれかを適用し、担ってもらう職務の範囲を一人ひとり明確に定義する運用を行っています。
最長70歳まで働ける仕組みを整えており、若い世代や中堅層に対しても「60歳以降にどのような働き方と処遇の選択肢があるのか」について、早期に情報を提供しています。働く意志がある限り、年齢に関係なく成果と職務が適切に認められるという安心感を、組織全体に醸成していきたいと考えています。
全国70回の対話がもたらした信頼関係と、次世代を見据えた柔軟な組織づくりへの展望
これほど大規模で多岐にわたる制度改正をスムーズに導入し、現場に浸透させるために、コミュニケーションの面でどんな工夫をされたのでしょうか。
新制度の導入にあたり、全従業員に向けて約70回に及ぶ「理解促進会」を対面形式で実施。人事のメンバーが全国各地の工場や営業拠点など現地へ直接足を運び、リアルな場で顔を合わせて開催することを徹底しました。
こうした制度説明会では、人事部が改正内容を一方的に説明して終わってしまいがちです。当社においては説明内容を事前に動画で配信し、従業員に視聴・理解してもらった上で当日を迎えるようにしました。そうすることで、当日の説明会の時間は、すべて現場の従業員との「双方向での対話」や「意見交換」にフォーカスしたのです。また、対話の場では、参加者が萎縮せず発言しやすい雰囲気づくりに最も気を配りました。
従業員から寄せられた生の意見や率直な提言の中には、実際の制度設計の細部に反映したものもあります。その場合、「皆さんからの意見を受けて、このように制度を変更しました」というプロセスを全社のイントラネットでしっかりと発信しました。人事が現場の声を聞き、真摯に応えるという双方向のコミュニケーションを継続したことが、信頼感につながったと感じています。
導入から約1年が経過した現在、組織や従業員の皆さまの反応、あるいはサーベイの数値にはどのような変化が見られますか。
まだ移行の途中段階ではありますが、さまざまな属性の従業員から制度改正に対するポジティブな感想や意見をもらう機会が増え、人事部としても手応えを感じています。
定期的に実施している全社従業員サーベイでも、人事制度に関連する各数値はおおむねポジティブな方向へと推移しています。これまでは、人事の評価や決定プロセスがどこか「ブラックボックス」のように見えていた部分があったかもしれません。知りたいと思えば職務記述書や給与テーブルを含めて公に分かりやすく開示される仕組みへと舵を切ったことが、数値の良化に表れていると受け止めています。
今回の改正で見えてきた、新たな課題や今後の展望についてお聞かせください。
制度を実際に動かしてみて初めて見えてきた課題がたくさんあります。育児や介護をはじめとして、さまざまな事情や制約を抱えた従業員を念頭に置いた、より柔軟な働き方の設計や福利厚生制度の在り方は、今後も継続して検討すべき大きなテーマです。
当社ではテレワークなどの仕組みを比較的早期から導入しており、働きやすさに関しては以前から取り組んできました。しかし、職種によっては業務の性質上、どうしてもテレワークができない現場もあります。多様な領域でビジネスを展開している企業だからこそ、特定の層だけでなく全体のバランスを考慮しながら、一人ひとりの事情に寄り添う施策をいかに打ち出せるかが問われています。
また、転居を伴う転勤制度のあり方や、若手の成長を支える「入社後約10年間で3部署を経験するジョブローテーション制度」の運用、さらには定年制度における年齢設定そのものの在り方にいたるまで、向き合うべき課題は数多くあります。
人事が一方的に制度を押し付けるのではなく、従業員が自分の意見を普通に発言できる風土を大切にしながら、地に足のついた情報分析を進めていきます。これからも経営層、従業員の双方と丁寧な対話と議論を重ね、当社の風土や経営戦略、価値観と連動した、あるべき人事制度を追求し続けていきたいと考えています。

(取材日:2026年5月21日)
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